Wizard   作:オンドゥル大使

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ACT1「電脳戦士[ランスロット]」

 

 ――やぁ、来たね。

 

 これは昔々のお話。ポケモンと人間の境界が曖昧で、そしていつの時代よりも強固だった頃の物語。

 

 私は紡ごう、楽園の最果てで一人の魔術師として。

 

 これは英雄譚ではなく、ましてや勝利者の物語でもない。

 

 これは愚かなる騎士道を貫いた、非凡なる人生を歩む三人の戦士達のいっときの泡沫を描いたまで。

 

 では前座はこの程度として語りましょう。

 

 罪なき戦士達の、王の物語を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どこまでも拡がる青空だけが、この世界が自由である証明だ。

 

 その青さに魅せられたようにして、今、大地を蹴ったのは一体のポケモンに騎乗する影であった。黒くくすんだような色彩の表皮を誇る影が軽い丘陵を抜けていく。その姿、そして立ち振る舞いは人間ではない。

 

 白い獣が、騎馬の手綱を握って操っている。

 

 追跡するのはパトランプに白と黒の色彩を施された近未来的なドローンであった。しかし、それらが追いつく前に黒い騎馬を操る存在が四方八方に向けて光り輝く自律兵装を飛ばす。

 

「――アストラルビット」

 

 紡がれた直後にはドローンが撃墜され、黒煙を上げて墜落していた。大地に落下した瞬間、色彩が反転し、赤や青の磁場が撒き散らされる。

 

 道なりに草原地帯を抜けていく存在を、生き延びたドローン一基に搭載された「観」の字を通して照合する。

 

『対象はバドレックス。恐らくは“黒馬状の姿”、タイプはゴースト・フェアリー複合。……厄介ね。すぐに倒すとしましょう』

 

『ですけれど、追いつけますか? マルガイは機動性に優れ……』

 

『泣き言を言っている暇があったら、解析班! そう教わったでしょう!』

 

『う、うっす……! 頑張ります……!』

 

 二人分の声が通信網を流れていく中で、眼下にバドレックスとやらを視認する。

 

『日神クン、やれるわね?』

 

「……もちろんです」

 

 一呼吸だけの迷いを差し挟んでから、応ずると声の主は満足した様子であった。

 

『では……これよりエージェント、日神ワタルをトランスミッションします。ZORA内在ネットワークに直通アクセス。変数調整スタンバイ』

 

『日神さん! ……まだデータは取れていませんので、可能な限り、採取用の交戦データをお願いします』

 

『そんな悠長な事、言っている場合でもないでしょう。日神クン、変数調整最適化まで、残り20セコンド』

 

 たった20秒間しか、自分には猶予などない。そう実感し、日神ワタルは固唾を呑んで、今にバドレックスに向けて実体化する時を待ち望んでいた。

 

「……行きます」

 

 直後、無数のデータの網に肉体を変換され電脳の躯体がバドレックスの眼前に出力される。

 

「……止まれ!」

 

 バドレックスが手綱を引いて慌てて止まる。

 

「……ZORAネットワーク規約、第三項に違反している。バドレックスのアバターデーターは通常、手に入らないはずだ」

 

「……貴様、何者だ?」

 

 全身を迸る蒼い雷光がネットワークによって構築された鎧となって今、顕現する。装甲を纏い、可変する表皮を逆立たせて最後に頭部変形シークエンスが実行されていた。

 

 それはちょうど、真紅のバイザーを有する鎧騎士である。蒼く雷光を明滅させ、自らの名を名乗る。

 

「……ZORAネットワーク管理者エージェントが一人。電脳戦士、[ランスロット]だ」

 

「[ランスロット]だと……? ……あの悪名高い、円卓騎士団の、か」

 

 悪名高いとはとんだ言われようだなとは思ったが、ワタルは――否、[ランスロット]は心を鋼鉄にして応じる。

 

「管理者エージェントの一人として、横暴を見過ごすわけにはいかない。行け!」

 

 掌の内側からフレームワークで構成された赤と白のツートンカラーのボールが形成される。

 

「……カルボウ!」

 

 繰り出されたのは小柄な二足歩行の躯体であった。「戦士」という言葉が想起される最も一般的とも呼べる容貌で、両腕を構えて肩口から炎を生じさせている。

 

 それを目の当たりにして、バドレックスは哄笑を上げる。

 

「愚かしいな! カルボウ、とは! 未進化ポケモンでこの……伝説のポケモンであるバドレックスを降せると思ったか!」

 

「やってみないと分からないさ……!」

 

 カルボウが[ランスロット]の志を受け継いだように鋭く吼える。それが目障りであったのか、あるいは心底自身の力に酔いしれているのか、バドレックスが手綱を強く引いて声にする。

 

「後悔させてやる! アストラルビット、連射!」

 

 再びドローンを叩き落した自律兵装である光が拡散する。「アストラルビット」と呼称される技はゴーストタイプの通常攻撃でありながら、広範囲をカバーしておりただ闇雲に放つのならばこれほど最適な技もない。

 

 しかし、[ランスロット]は落ち着き払ってカルボウを駆け抜けさせる。それはちょうど、バドレックスの放った包囲網の中心軸であった。

 

「カルボウ! 射程まで潜り込め!」

 

「エージェントが聞いて呆れる! アストラルビットの命中率は百パーセントだ!」

 

 その言葉通り、全ての光芒がカルボウを今に射抜くかに思われたが、その刹那に[ランスロット]は己の精神へと深く沈む。

 

 ――恐れるべきは、この場ではバドレックスを纏っている相手に非ず。

 

『電脳戦士、[ランスロット]へ。同調率……四十パーセントで推移。行けます!』

 

「……よし」

 

 カルボウがこの瞬間に全方位から攻撃を受けて蜂の巣になるかに思われたが、軽く躯体を跳躍させてまず一発目の光芒を回避し、続いて落下時のモーメントを利用して背面のままに二発目をかわす。さらに三発目をスライディングで紙一重の距離で潜り抜けたかと思うと、なだらかな丘陵の地面に埋め込まれた僅かなくぼみを利用してその攻撃を無効化する。

 

 直後には土煙が上がったが、それがカルボウの回避率の底上げに繋がっていた。

 

 光芒は交差してカルボウを狙い澄ましたが、それらは既に通り過ぎている。カルボウはバドレックスの懐にまで入り込んでいた。

 

 当然、相手はうろたえる。

 

「……あり得ない……。バドレックスの攻撃は確実に命中するはず……!」

 

『[ランスロット]、分からせてやりなさい。これこそが……円卓騎士団の電脳戦士と、その他大勢のチーターとの違いだって事を』

 

「カルボウ! その至近距離で噴炎!」

 

 カルボウが全身から灼熱の炎を滾らせ、バドレックスの操っている黒馬であるレイスポスとの連携を断ち切る。

 

 当然、レイスポスありきのポケモンであるところのバドレックスは大幅に能力を削られた形となっていた。

 

「……くそっ! レイスポスを……!」

 

『逃がしては駄目よ! そのまま追撃を!』

 

「カルボウ、ナイトヘッド!」

 

 カルボウの放つ漆黒の念動力がバドレックスの肉体に叩き込まれ、相手は足がもつれたのかその場に転がる。

 

「く……っ! レイスポスさえあれば……!」

 

『[ランスロット]に、スナッチの許可、出ました! レイスポスを捕獲してください!』

 

「了解……。スナッチシステム、起動!」

 

[ランスロット]が左腕の肩口から真紅の閃光を迸らせ、掌に灰色のモンスターボールを形成する。それを投擲し、レイスポスを瞬時に拘束してみせた。

 

 バドレックスは肝心要の戦力を失い、逃げおおせようにも追撃しようとしてくるドローンが周囲に展開する。

 

「くそっ! くそぉ……っ! せっかく高い金を払って……バドレックスのアバターを手に入れたってのに……!」

 

「そこまでだ」

 

 カルボウの赤い腕が、静かにバドレックスの後頭部に当てられる。さすがにこのまま強制ログアウトは望んでいないのか、バドレックスは――否、バドレックスを「纏って」いたプレイヤーは剥がれて両手を上げる。

 

「くそ……っ! この……権力の狗が……!」

 

「それを言えるのは、このZORAで真っ当に生きている人間だけだ」

 

 精一杯の抵抗のつもりで放たれた言葉に、[ランスロット]は無感情に応じる。ドローンがチートプレイヤーへと威嚇射撃のパラライザーを撃ち込み、相手はようやく静かになった。

 

『お疲れ様、電脳戦士[ランスロット]。さすがの手腕だったわ』

 

『カルボウとの同調率もかなりいいですね。やはり、円卓騎士団でも名うてのA級エージェントなだけはありますよ』

 

『こら! 蜷川! 調子に乗るな!』

 

『の、乗ってませんってば……!』

 

 通信先での喧騒に[ランスロット]は仮面の下で少しだけ微笑ましく思いつつ、運営のドローンによって引き剥がされたバドレックスとそれを操っていたプレイヤーを見やる。

 

「……バドレックスはどうなるんでしょう……」

 

『本局で当分は様子見でしょうね。珍しいポケモンである事は事実でしょうし。それにしても、ここ最近増えて困るわね。日神クン、帰投したら報告書の制作をお願いね。なにせ、今回スナッチの要請まで出したんだから、結構面倒くさいわよー』

 

 その言葉には辟易しつつ、[ランスロット]は駆けてくる運営側のプレイヤーを見やる。

 

「お疲れ様です。……自警団の……」

 

「はい、円卓騎士団、序列三位」

 

「……失礼ですが、本人照合をさせていただけますか? 特殊アバターだと、内面が割れませんので」

 

 彼らも役所仕事で大変なのだと思いつつ、[ランスロット]は纏っている装甲を排除していた。蒼い雷光で明滅する鎧が剥がれ、そこにあったのは気のいい笑みを絶やさない一人の青年であった。

 

「……はい。ZORA内でのハンドルネームはワタル、で通っています」

 

「……困るんですよね。円卓騎士団、とか言うの。我々、治安維持局があるって言うのに、勝手気ままにチーター狩りでしょう? 報告書がややこしいったら……」

 

『何よ! こっちが対抗しなければ今頃、バドレックスのチーターは逃げおおせていたでしょうに!』

 

 自分にしか聞こえない秘匿通信とは言え、目の前の相手を貶されるのは素直に精神衛生上よくない。

 

 治安維持局職員の証である「α」の文字があしらわれた青い腕章をつけた相手は面倒そうに報告書をしたためる。

 

「……心中お察しします。けれど、バドレックスのチーターはどこからこんな高度なポケモンを引っ張ってきたんでしょうか……?」

 

「それこそ、越権行為ですよ。あなた方は所詮、自警団に過ぎません。ZORAネットワーク内の秩序は我々に任せていただきます。それに、チーター狩りなんてしたって、どうせ似た者同士でしょう? あなた達だってチーターみたいなものだ。電脳戦士、とは」

 

 鼻で笑われ、ワタルはどこか憔悴したように肩を竦めるほかない。

 

「ですけれど……ここ最近、ZORA内での犯罪行為は増え続けています。僕らだけでも、せめて秩序の守り手で居たいと言うのは……ワガママなんでしょうか?」

 

「いずれにしたところで、円卓騎士団と言うのは信用なりませんよ。……はい。照合完了しました。これで多少なりとも、ZORAが平和になればいいんですがね」

 

 治安維持局にしてみても、これらの雑事は面倒この上ないのだろう。ワタルも分からないでもなかったが、それでも困り果てるというもの。

 

 ふと、どこまでも茫漠と広がる青空を見やる。

 

 これも偽りの空なのだ、とワタルは思い直していた。ヒトが思い描いたある種の楽園――その赴くところ、誰かが求めた遥か遠き理想郷のカタチ。

 

『日神クン、ログアウトするわ。その際の意識情報の剥離に備えて』

 

「……了解です。小田巻さん」

 

 治安維持局の職員とドローンが充分に離れてから、ワタルはZORAよりログアウトしていた。

 

 いつだって、ログアウトの瞬間はどこか夢うつつの感覚が近い。強制的に夢の皮膜を剥がされるのは、いつだって誰だっていい気分ではないのだろう。ワタルはヘッドセットを外し、首筋に刻印されたバーコードから機器を外す。傍らにはモンスターボールがあり、ホルダーに埋め込まれている。

 

「お疲れ様、日神クン。それにしたって……あいつら、なんて失礼な奴! 私達がやらなくっちゃ、バドレックスのチーターを捕まえるなんて出来なかったくせに!」

 

 ぐぬぬ、と両拳を握り締めてログアウトしたばかりのワタルへと顔を向けたのは、軍服めいた衣服に袖を通している女性であった。特徴的なのは束ねた茶髪で、勝気に吊り上げられた瞳にワタルは椅子から立ち上がりかけて少しだけふらつく。

 

「おっと! ……大丈夫? 日神クン。やっぱり、同調時のエラーが残っているんじゃ……?」

 

「いえ……ちょっと眩暈がしただけですし……。それにZORAからログアウトした時にはよくある事ですので……」

 

「そう? あまり我慢はよくないわよ。そうだ! どうせだし、祝杯を上げに行きましょうか! そうと決まれば、直帰! 蜷川! トレーラーを走らせてくれる?」

 

 その言葉に今しがたまでオペレーターを務めていた困り顔の男性が嘆息をつく。

 

「……小田巻さん、それって公私混同ですよ。このトレーラー、円卓騎士団からの貸し出し品なんですし」

 

「いいのよ。いつだって職務に邁進しているって証でしょ? 日神クン、このままいつのもお店に直行しましょうか。今日は私が奢るわ」

 

 ふふんとどこか上機嫌な自分の直属の上司である小田巻に、ワタルは微笑む。

 

「……いいですけれど……」

 

 どこか煮え切らなかったのは、治安維持局の職員の言葉もあったからなのかもしれない。

 

 所詮、自分達は自警団――身勝手な正義を振り翳しているだけの、チーターと大差ない。

 

 そう言われてしまえば立つ瀬もなく、ワタルは首裏をさする。

 

 そこに刻まれているはずの電脳戦士としての「聖痕」は、今ばかりは輝いてくれている様子もなかった。

 

 

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