「それが報告書の体かね」
厳しく言われてしまえば閉口するほかない。ワタルにとって、病み上がりで円卓騎士団へもたらした報告書に不備がないと言えばそれも嘘になるだろう。
「……しかし、そう報告するしかなく……」
執務机でこちらを見据える男の眼差しにワタルは二の句を継げないでいた。片腕にはその身分の証である「Ω」の印の赤い腕章を付けている。
「お言葉ですが日神クンはきちんと職務を果たしました。逃げずにイレギュラーに立ち向かったのは褒められどすれ、糾弾されるいわれはないかと」
隣で自分と同じように叱責の対象となっているのは小田巻で、彼女の強気な声のお陰で報告書を無様に取り下げないで済む。
「しかし……穴だらけだろう。今一度、問い返すぞ。連続怪死事件を追跡していた途中で、ヒウンアイスの店長のアバターが破損。その際、出現した謎のポケモンによって日神ワタルは電脳戦士[ランスロット]に成ったがそれでも手も足も出ないと来た。挙句の果てには虎の子のシンクロ進化を使ったと言うのに、一矢報いる事さえも出来なかった、と」
並び立てられてしまえば情けなさが前に立つ。しかし、だからと言って訂正を促す気にもなれないのは、全て事実であるからだ。
「……はい、その通りです」
「……わたしはね、別に一度や二度、仕損じたからと言って君らを懲戒免職しようと言うわけじゃない。円卓騎士団はあくまでも平等かつ対等でなければならない。何のための円卓の名を戴いているのか、と言うのもある。しかし、不明瞭な報告書を出されれば、そこに異議を差し挟まないのも妙だろうに」
「不明瞭と仰いましたが、私も確認しております。それらは事実です」
小田巻の補足にだからだよ、と返答される。
「……だからこそ、厄介なのだ。映像資料はほとんど意味を成さないが、ZORAを記録上では誤魔化せても、三人分の証言は誤魔化せない。……とは言え、妙としか言いようがないだろう。死んだはずのヒウンアイスの店長は……何せ、無傷で生きているのだからね」
そうなのだ。ワタルも奇妙に思っていたところである。
「……アバターは完全に破損……いいえ、死亡していたと言ってもいいでしょう。しかし、現実の肉体には傷一つない、と?」
「むしろ健康なほどだ。我々、円卓騎士団が駆けつけたその時には、一時的な意識の混濁はあったようだが……君の言う、謎のポケモンによって殺された様子も、ましてやそのポケモンの主と言うわけでもない」
「それは……それはおかしいのではないでしょうか? 自分が見た限りでは……ヒウンアイスの店長は確実に死んでいるはずです。それに、謎のポケモンを排除してみせた……イレギュラーも」
「これかね? ……まったく、もうちょっと鮮明な記録情報を共有して欲しいものだ」
メモリーチップで再生された映像は、どれもこれも粗くそしてブロックノイズに塗れている。そのせいで、謎のポケモンを倒してみせた光の存在は観測出来ない。
「……記録情報と音声照合から、謎のポケモンを倒したのは、その光の存在なのだと推定されます」
「加えて……ですが。映像だと粗いですが、使われたのは白いグソクムシャです。それも……信じられないとは思いますが」
「シンクロ進化、か」
濁した先を結ばれ、ワタルは首肯する。映像資料を読み込んでいた相手は、ほとほと呆れたように息をつく。
「……いいかね? シンクロ進化がそう容易く出来るのならば、とっくの昔に円卓騎士団で実用化している。分かっているのだろう? 円卓騎士団の中でも、出来る者はたったの三人。それも、安定化の点で言えば、君以上の適任も居ないのだ。日神ワタル」
それくらいは了承している。だからこそ、こうして対面の形で報告書を提出しているのだ。
「日神クンと渡り合うほどのシンクロ進化の使い手となれば、内々を疑うのも無理はないでしょう」
「……円卓騎士団の他の者の証言を取れと? あいにく、それほど暇でもない。他のエージェント達は任務の真っ最中だ。彼らの時間を無駄にしてまで、事態を究明すべきだとでも言うのか?」
暗に、内々の潰し合いは旨味がない事、そして円卓騎士団の中にそのような不心得者が居るとは思えないと判断されているのだ。
「……でしたら、せめて解析映像を。調べる部署くらいはあったっていいはずですが」
「それも、君ら特7の管轄だろうに。何のために電脳戦士一人のために二人のバックアップを必要としているのか、考えた事はないのかね?」
――特7――それは栄えある異名であるのと同時に自分達を縛り付ける鎖である。
特殊事件対策7課の通称、特7。自分達三人のチームはそう呼ばれている。電脳戦士[ランスロット]の誉れある実績を快く思わない上層部が居るのは知っていたが、まさかこんな非常事態でも鼻つまみ者扱いされるなんて、とワタルは絶句する。
「しかしそれは……!」
「これ以上の問答は無意味だ。下がりたまえ。小田巻君、日神君。それとも、わたしの限りある時間を使ってまで、押し問答を続けるかね?」
打ち切られるべきと判断したのか、小田巻は挙手敬礼する。
「いえ、ありません。それでは」
身を翻したその強い語気は後々、面倒ごとになりかねないとして、ワタルは丁寧に敬礼する。
「……失礼します。……小田巻さん!」
充分に高官から離れてからワタルは呼び掛ける。
「……放っておきなさい。あの人はどうせ……権威におもねる事しか考えていないわ。円卓騎士団が次の選挙で優位に働けばいいけれど、そうでなければ金食い虫。ごく潰しとして解散されかねないのよ。いちいち取り合ってはいられないのでしょうね」
「ですけれど! ……あの未確認のシンクロ使いは……」
「それなんだけれど……蜷川君からつい今しがた、報告が上がっていたわ」
蜷川から接続されたのは戦闘の際の映像であったが、解析作業を押し進めた際、謎のエラー番号に遮られる。
「……何です? これ」
「話は……本人に聞いたほうが早いわね。蜷川君! トレーラーを寄越しなさい!」
小田巻の命令に蜷川が円卓騎士団の支部へとトレーラーを横付けする。小田巻も相当な女傑だが、その直属の部下である蜷川もやり手だ。トレーラーをドリフト走行させて支部の駐車場にミリ単位で駐車する。
「出ました! 解析結果です!」
早速トレーラーに乗り込んだ小田巻とワタルは結果が見られると少しだけ湧き立ったが、その期待は淡く裏切られた。
「……何ですか、これ……」
「やっぱり、ね」
「やっぱり?」
小田巻の確証めいた声にワタルが問い返すと、識別された番号を読み上げる。
「この謎の光を纏った電脳戦士……らしき相手。識別しようとすればするほどに、この番号に遮られる。かなり昔、まだパソコンでのインターネットが普及したての頃に出たエラーの一部よ。俗に404エラーと呼ばれるわね」
「……404……」
「どれだけ深層まで潜っても、どうしてもこのナンバーに遮られるんです。ですが、小田巻さんの言っているインターネットなんて、何十年前年前なんだか……。今のZORA内で出るはずがないんです。404エラーなんて」
「……意味は?」
小田巻は座り込んで腕を組んで憮然とする。
「……404エラーはNot Found……即ち、URLのミス、あるいは該当のものが存在しない、リンク元が古いなどがあるけれど、簡潔に言えば――“該当なし”と言えるでしょうね」
「該当なし……。そんな、だってZORAは……!」
「ZORAはダイキンセツホールディングスが開発に漕ぎ付けた夢の舞台であり、現時点でアクセス率は九十パーセント以上の大インフラよ。これに、“該当なし”なんてものは事実上存在しないわ。だからこそ、奇妙なのよね。……どう足掻いたってこの番号に行き当るのは」
存在しないはずのエラーに、存在しないはずの電脳戦士――その違和感にワタルは思わず息を呑む。
「……ですが、こっちの謎のポケモンとやらもそうですよ。破壊された痕跡を徹底的に調べてみましたが、どうにも……」
蜷川が後頭部を掻きながら観測器を走らせるも、それらは全て障壁らしきものに遮られ、エラーコードが映し出される。
「……こっちは403エラー、ですか」
「403は閲覧権限がない――詳細不明の上に“閲覧禁止”、と言うのが最も相応しいわね」
「“閲覧禁止”って……。ZORA内ですよ? それに、僕は目の前でこいつと戦いました! 閲覧禁止なんて、そんなわけが……」
「わけがない事が二つ同時に起こっている。これは……円卓騎士団始まって以来の危機かもね。上役も面倒事は特7に押し付けたいのが実情でしょうし、他の電脳戦士に手を借りるほどみんな暇じゃない。……しばらくは私達だけの秘密になるわ」
「ですが……! それを許せば! 404の電脳戦士に、403の標的……! どっちもZORAの秩序を乱す存在です!」
「でも、404のほうは403の謎のポケモンを倒したんでしょう? そっちの調書が取れてないとは言わせないわよ、蜷川君」
「もちろんです。この後、きちんと押さえていますよ」
「信頼はしているわよ。じゃあ、とっとと治安維持局預かりの証人に会いに行きましょうか」
小田巻はやはり一枚も二枚も上手だ。自分だけならこの電脳戦士らしき相手と謎のポケモンに付きっ切りになっていただろうに、彼女は既に別の視座を持っている。
その明晰な頭脳は時に恐ろしい。
「……小田巻さん。けれど、この404……いえ、その見た目を口にするのならば……顔のない電脳戦士は……敵ではないのでしょうか?」
「顔がない、ね。さしずめ無貌の電脳戦士とでも呼ぶべきかしら。こいつの追跡は負っての話になるでしょうね。それに、日神クンだってどこかで分かっているでしょう? この事件が……単にヒウンアイスの店長一人を捕まえた程度では終わらない事くらい」
それは予感としてあった。
何よりも、連続怪死事件の中で、ヒウンアイスの店長のアバター破損だけがどこか浮いた出来事でさえもある。
「……まだ、事件は続くと言いたいんですか」
「そう思わないと、ここまでの犯行を仕立て上げた相手にしては……張り合いがない、それだけよ」
小田巻はコーヒーメーカーで抽出したコールタールのように真っ黒なコーヒーに口をつける。差し出されたのでワタルも受け取って喉で嚥下する。
「……苦いですね」
「真実って言うのはいつだって甘くはないものよ、日神クン」