Wizard   作:オンドゥル大使

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ACT11「縛られし名前」

 

 結論だけで言えば、ヒウンアイスの店長の証言には成果も何もなかったのだ。

 

「それにしても、よく言えるわよねぇ……。前後の記憶が全くない! なんて……!」

 

 荒々しくそう言い放ってビールを呷る小田巻に蜷川が諫める。

 

「飲み過ぎですよ、小田巻さん……。そりゃあ、確かになしのつぶてって言うか……期待したほどじゃなかったですけれど……」

 

「期待なんてものじゃないわよ! ログの上でも、記憶でもその間の店長のアバターが完全欠損しているせいで……ZORAによる修復が出来ないって言うのは!」

 

 卓上に大ジョッキをどかんと置いた小田巻に蜷川が怯む。ワタルはその言葉を受け止めながら、ですがと言葉の穂を継いでいた。

 

「……奇妙でした……。だって、考えられますか? “その間の記憶も記録も一切ない”なんて。それで無罪放免なんて信じられませんよ」

 

 ワタルは辛うじて記録が許された映像資料を卓上に置く。そこで語られたのはヒウンアイスの売買がちょっとした法律に触れる者であった以外、何もないと言う記載であった。

 

『……儲かると思ったんです。ホウエンじゃ、まだヒウンアイスってのは本物を知られていない。なら、似せた別物でも何とかなるんじゃないかって。……正直、円卓騎士団の方が騎士勲章を見せてくれたところまでは……覚えているんですが……』

 

 言葉を濁す拘束された店長はどうにも承服出来ないように首をひねる。現実世界のヒウンアイス店長がちょっとした犯罪者であったのは想定外であったが、それよりもワタルの眼に留まったのはZORAの中では恰幅のいい男性であったのに、現実では疲れ切った女性であった事だろう。相変わらず、どれほどまでに技術が進歩しても男と女を偽る事だけは人間が有史以来やめる事の出来ない悪癖なのだろう。

 

『……旦那にも逃げられて……。どうしようもなくなってから、ヒウンアイスの偽造に手を染めて……もう戻れないって思ったところに円卓騎士団ですよ? 逃げられるって思うほうがどうかしています……』

 

 自分の権限も一応は役には立ったのだろうが、店長の女性はため息をつくばかり。

 

『でも……違法改造のアバターなんて私……使ってません! それだけは確かです! ……何度記録を見せられたって分からないんです! こんなの……使った覚えなんて……!』

 

 その後は堂々巡りの証言ばかりで、ワタルは端末の再生ボタンを押して打ち切る。

 

「違法改造のアバターは使っていない。まぁ、証言するとすればそうよね。チーターが今のところ、ZORA内では最も罪が重いでしょうし。その中でさらに殺人なんてすればね」

 

「でも……マルガイだって言う根拠はないんですよね? この店長のアバターが壊れて……403が出てきたって事以外は」

 

 蜷川の当惑に小田巻はあーあ! と大声でぐびぐびとビールを飲み干す。

 

「やってらんないわよ! ……せっかくの当てが外れたって事なんだから! ナマビールもう一丁!」

 

「飲み過ぎですよ。……明日に響くんじゃ……」

 

「おあいにく様。私の明日は破損した[ランスロット]のアバターの修繕で一日! ……まったく、この職業もとんだブラックね」

 

「はいー、ナマ一丁! ……あれ、お三方。何だか沈んでいらっしゃいます?」

 

 好青年の店員の人懐っこい言葉に、小田巻がダル絡みをする。

 

「分かるー? やってらんないんだってば!」

 

「分かります! お仕事大変ですもんね! これ、さきづけサービスで!」

 

「ちょっと、アキヒロ君! ……もう、勝手にサービス付けちゃ駄目だって言ったじゃないの」

 

「でも、サナちゃん。この人達、連日こんな調子なんだから……。きっとすごく大変なお仕事なんだよ」

 

「言い訳はいいから。……伝票、間違わないでよね」

 

「……参ったな」

 

 女子高生らしき店員に目を付けられた好青年はこちらへと視線を流す。何とか助けてくれと言う懇願に見えたが、その時にはもう小田巻が手を付けているのでどうしようもない。

 

「うん! これ、美味しいわ!」

 

「でしょー? ちょっとホウエン産の豆とか工夫すれば、ちょちょいのちょいで辛味のあるおつまみの出来上がり! えっと、レシピは……」

 

「アキヒロ君! ……レシピは秘伝!」

 

「……でした。すみません!」

 

 軽く謝って好青年は厨房へと向かっていく。何だか嵐のような男だなとワタルは思いつつ、小田巻へと声を振る。

 

「……いずれにせよ、404……無貌の電脳戦士がいずれ出てくるはずなんです。それと……相手はグソクムシャを使っていました。白い……色違いのグソクムシャです!」

 

 ようやく思い出した相手の特徴を口にするも、小田巻は諦めムードだ。

 

「色違いの申告なんて、それこそ星の数ほどあるわよ。それに、グソクムシャのトレーナーを今から探すの? ZORAのネットに潜って? ……悪いけれど、それはパス。時間がいくらあっても足りないわ」

 

「……ですよねぇ……」

 

 ZORAネットワークは遠く離れたアローラ地方にも至っている。あの時間帯だけを狙っても、グソクムシャのトレーナーは大勢居るであろう。それに円卓騎士団にはそこまでの権限は許可されていない。

 

「……けれど、404を追ったところでやはり証拠がなさ過ぎるって言うか……。あの一回だけの可能性もあるでしょう? 日神さんが接触したって言う、謎のポケモンはどうなんです? あの後、きちんとデータベース照合はしたんですよね?」

 

「したんですが……これが解析結果です」

 

 ワタルは端末を差し出すと、放たれた緑色の蓄光が拡散し、謎のポケモンの姿をぼやかしている。

 

「……これ、特性ね。正体が分からないようにぼやかしている」

 

「そう思われます。実際、[ランスロット]に成っていた時も、照合不明でしたし。既存のポケモンの範疇じゃない、と思うべきなんでしょうか?」

 

「まさか、伝説級? それこそ嘘みたいな話でしょう? 伝説級のそのほとんどが、今の技術ならある程度の解読は可能なのよ? この間のバドレックスだって、ガラルの伝説ポケモンだけれど、もう解析されて久しい。そうでなくっとも、各地の伝承、幻と言われた遭遇率の低さも今では解消されつつあるの」

 

 ZORAの普及は各地方で息づいていた伝説や幻のポケモンを丸裸にした側面もある。曰く、それはとある伝承にまつわるポケモンであったり、他の神話と組み合わせてしまえば取るに足らない存在であったりするのだ。

 

 ここまで神秘が薄まった時代もなかったであろう。技術の発展はトレーナー達からロマンと呼べるものを奪い去った。

 

「……残っている不思議なんて、この世を創造したとされるアルセウスや、遠い昔に絶滅したとされるミュウくらいものですか。何だか寂しいもんですね。全人口一大トレーナー時代と言われた時期だってあったのに」

 

「そんな時代は私が赤ん坊のころに過ぎ去ったわよ。今や、如何に能率よくそして効率を目指してジムバッジを取るか、でしょう?」

 

 やるせない、とでも言うような蜷川の言葉に対し、小田巻は創作料理を楽しむ。

 

「……ですが、我々円卓騎士団の不要論が上がっているのも事実です。ZORAにおける自由は、同時にトレーナーと言う職業の不自由さも加味している……」

 

 昔はトレーナーの受け皿不足が嘆かれていたが、今となってはZORA内でその問題点は解消されつつある。ギルド、と呼ばれる労働組合の発足と、そして現実世界とZORAでの制度の見直しによってトレーナーは安定した職業に変わっているのだ。それもこれも、時代の流れと言ってしまえばそこまでだが、ワタルにしてみればどこか因縁めいている。

 

「……そう言えば、日神さんはその大トレーナー時代の名残でしたよね? お名前の由来も――」

 

「馬鹿っ」

 

 そこまで言いかけた蜷川を小田巻は後頭部をはたいて制する。突然に殴られたものだから、蜷川にしてみればとんだ理不尽だ。

 

「痛ったぁ! 何するんですか!」

 

「日神クンにその話題は禁句なの。分かんないの?」

 

「分かんないって……由来ってだってあの四天王ワタルでしょう? 高名なドラゴン使いで……ジョウトリーグではチャンピオンにまで一時上り詰めたって言う……」

 

「それが日神クンにとっては地雷なの。……四天王ワタルの隆盛期にベビーブームがあってね。その時、あやかって名前を付けようって親がこぞって……」

 

「……まぁ、ありふれた理由ですよ。四天王ワタルのように強くなれって。どんな親だって夢見るもんです。自分の子供が四天王や……あるいはチャンピオンになって、世の中を照らす太陽みたいになるんだって言う……まやかしですよ」

 

「私は嫌いね、そういうの。だって他人頼みって言うか、いくら名前がご立派でも、その人間が何を成すのかまで親に形作られたんじゃ堪ったもんじゃないわ」

 

 小田巻が言うと迫力とでも言うべきか、説得力が違う。気の利いた言葉を返そうとしていると蜷川が割って入る。

 

「それって……小田巻さんの叔父さんの……」

 

「馬鹿っ!」

 

 本日二度目の鉄拳制裁は先ほどよりも力が入っており、やはり自分の事となれば威力も違う。

 

「痛った……! でも、本当の事じゃないですか」

 

「本当の事だから嫌なんでしょうに。……叔父さんの七光りでここまで上り詰めたなんて言った奴は、例外なくぶっ飛ばしてるわ」

 

 ふん、と鼻息を漏らして小田巻がその拳を威勢よく振るう。ワタルは、これも因果だなと思いながらノンアルコールで喉を潤していた。

 

「アキヒロ君! そっちのオーダー間違ってる!」

 

「ごっめん、サナちゃん!」

 

 相変わらずの喧騒の店員達を見渡しつつ、ワタルは直後、ぐっと顔を上げた小田巻にぎょっとしていた。

 

「お、小田巻さん……?」

 

「……ぐぅ」

 

 ばたんと卓上に倒れ伏した小田巻に蜷川と顔を見合わせる。

 

 どうやら今日の限界が来たらしい。小田巻に肩を貸し、蜷川と一緒になってお会計に入る。

 

「すいません……おあいそ……」

 

「ああ、分かってますよ! ……えーっと、三人でしめて……」

 

 会計する好青年にワタルはふと声を掛けていた。

 

「……毎回、こんな調子なんです。お会計はちょっと多めに払いますんで……」

 

「いいんですって! お客さんに喜んでもらうのが小料理屋の冥利に尽きるってもんですよ!」

 

「居候のくせにねぇー」

 

「……サナちゃん。それは言いっこなしだろ? あ、一万円のお預かりで!」

 

 すぐにお釣りが出されてにこやかに応対される。ワタルはこの目の前の好青年だけは、ともすればこの世界に蔓延る世の中の汚さからは隔絶されているようにさえ思われた。

 

 だが、そこまで思い至って自分でも浅薄だと感じる。

 

 結局のところ、自分の身の回りの人間は皆、良い人間であると規定したいだけなのだ。否、自分の身の回りくらいはと言えなくもないか。

 

 ZORA内では連日、連続怪死事件だけではない、聞くだけでおぞましい事件やあるいはどうしようもない醜い人間の悪性を煮詰めたような書き込みや行動が続いている。

 

 そんな人間ばかりではないと分かっていても、そんな人間達ばかりが目に付くのが自分の職務だ。だから、いつの間にか他者に期待せず、いつの間にか誰かに“正義”なんて見るのは馬鹿馬鹿しいのだ、と思い込んでいた。

 

「またどうぞー!」

 

 好青年に見送られ、ワタルは居眠りする小田巻の横顔を眺める。

 

「しっかし、小田巻さんも困ったもんですよねぇ……。飲むだけ飲んで寝入っちゃうんですし。この人、偉そうですけれど結局は酒豪なだけの……あ、痛ったたた……!」

 

「気を付けたほうがいいですよ、蜷川さん。小田巻さん、寝てても悪口だけは聞こえるみたいですから」

 

「何でです? エスパー……?」

 

「ぐぬぬぅ……」

 

 寝息を立てながらも小田巻は蜷川の首を絞め上げていく。ワタルは肩を貸しながらもそうはなりたくないな、と一瞥を振り向ける。

 

「……それにしても……」

 

 ふと気にかかってワタルは今しがた出て行ったばかりの小料理屋さかもとへと振り返っていた。

 

「……気持ちいい奴と言うか……爽やかな人間って居るものなんですね」

 

「我々、ただでさえ人間の嫌な側面を積極的に見るような職業ですし。そういう点じゃ、ああいった気持ちいい人間ってのは会っていてストレスもないもんですよ。きっと、いい親御さんだとか……そういう人に恵まれてるんでしょうね」

 

 好青年の人懐っこい面持ちを思い返し、ワタルは小田巻を担ぎ直す。

 

「……僕らも頑張らないと……ですね」

 

 

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