実際にギルドを組んで戦ってみれば、それぞれの戦闘スタイルはまるで違うとレイジはシズクへと説いていた。
「……それは、ダンジョンに潜る場合の心得って事?」
「確かに、ホウエンのZORAは特に現実世界を反映して、険しい道のりが多いが、俺が言いたいのはトレーナーとのエンカウントもある」
「さっきみたいに……テツだっけ? 戦ってみせたのを見たら、あんたがただの請負人じゃないのは分かる。あたしでも知ってる、ルカリオって言うのがどれくらいオールラウンダーなのかってのは。だから、あんたがさ。コノヨザルだっけ? ピーキーなポケモントレーナーだって事くらい」
レイジは松明を囲んでそれぞれにキャンプを張る事に決めた周囲を見渡す。ZORAの電脳世界の草むらとは言え、野生ポケモンとの遭遇率は一定に設定されている。ニューキンセツから出る事はまだ推奨されていないが、ギルドの改めての申請は明日には進めたいとテツ達に進言したところ、シズクはまずはキャンプの練習がしたいと言い出したのだ。
「……現実と違うのは、この夜に野生ポケモンが出るって言っても、それはプログラム上の動きでしかないって事だ。ZORAにおけるポケモンの遭遇、そして捕獲は厳格に調整されている。未熟なトレーナーが全滅する事がないように」
あるいは、腕に覚えがあるトレーナーにとってはある程度の歯ごたえがあるように、でもある。ZORA内ではポケモンの手持ちの数を増やす事は基本的には出来ない。しかし、現実と同じようにモンスターボールでの捕獲行為は可能だが、全てポケモンセンターに送信され、その捕獲ポケモンと同レベル、同個体に「近しい」ポケモンを後から支給される形だ。
如何にZORAが万能の電脳世界を気取っていたとしても、これだけは模倣出来ないのだろう。
実際に生態系のモニタリングは可能だが、それと現実世界に棲息するポケモンとはイコールですらない。現実はより厳しく、そしてイレギュラーの連続だ――と、レイジはエリートトレーナー講習でよく聞き馴染んでいた言葉を思い返す。
「……ZORAは所詮、機械の模倣に過ぎない。反射される光、そして反応はZORAネットワークの広大な規模とそしてサーバーの生み出す一時の幻影、と言える」
「だからこそ、こうしてあたしとあんたはキャンプをしている。……あたしみたいな未熟なトレーナーでも死ぬ事だけはないから」
どこか自嘲気味に放たれた声音にレイジはそろそろ聞き出す頃合いか、と切り出していた。
「……何で、いきなりトレーナーになんて成りたい?」
「……それを聞くんだね。まぁ、それもそうか。あんたは請負人。あたしは依頼人だもん。そりゃー、聞くよね……」
「……オレは依頼人に肩入れ過ぎしないつもりだ。だが、どうせ現実でもポケモントレーナーの申請なんて難しいわけじゃない。ポケモンセンターが受理すれば、ほんの十分程度でただの一般人がトレーナーに早変わり。しかし、お前はそう思っていない……ように感じる。ZORAでわざわざ申請している辺り、面倒くさいしがらみに囚われているようにもな」
レイジは仕入れておいた夕飯代わりの固いパンを頬張る。シズクは燃え盛る薪を挟んでちまちまと柔らかいカレーパンを頬張る。
「……ZORA内じゃ、ごはんを食べてもお腹いっぱいにはなるんだ……」
「それがZORAの誇る、最も革新的な部分であろうからな。最早、ほとんど現実との境目はない。しかし、現実じゃないのだけは確かだ。……お前は、現実だとトレーナーになる事に……何か不都合を感じているのか?」
その問いかけにシズクはキッと鋭い一瞥を寄越す。
「……あんたは所詮、請負人でしょうに」
「かもな。だが、一先達として、少しばかりの老婆心はある。……トレーナーをやるのは、現実でもZORAでも変わりはしない。茨道だ。それをZORAだから楽だとか、現実だから辛いだとか思って欲しくはないのさ」
「……エリートトレーナー職を持っているあんただからこそ、言えるって事ね」
どこか吐き捨てる論調を伴わせているシズクの言葉に、レイジは固いパンを手元の火で炙る。クラフト可能なオブジェクトであるパンと火が交差し、瞬く間に表面を焦がしていく。
「……俺はこれでもトレーナーとしての歴は長い。だからこそ、辛いだけだとも言える。トレーナーになるって言うのは、簡単じゃない」
「それ、警句? あたしみたいなガキに、いちいち諭すほどの」
「……家出少女として一括りにするのにしては、多少の警戒心があるのだと感じただけだ。お前は……何を恐れている?」
「別に。あんたはあたしにとっては依頼人以上の何者でもないんでしょう。あたしにとっても……あんたは請負人以上の意味なんて持たない」
「……そうなるか。だが、俺は……」
そこから先の言葉を紡ごうとして不意打ち気味の気配にレイジは呼気を詰まらせて振り返る。
「……待て。何者だ?」
「……ギルドマスターのおじさん?」
先ほどのギルドの集会所のギルドマスターがどこか夢遊病者めいた足取りでこちらへと迫ってくる。
「それ以上近づくな。……シズク。俺の後ろに」
「何で……? ギルドの登録に不都合があったとかなんじゃ――」
「俺はこれまで、色んな人間を見てきた。だからこそ、分かる。……その眼、普通じゃない」
断言したレイジに、ギルドマスターの男の網膜に映ったのは電磁のノイズめいた淡い緑色の発光プラズマであった。「何か」がギルドマスターの身体を今しがた、掌握した。そうとしか思えず、レイジはシズクをそっと後ずらさせようとして唐突に草むらから飛び出したのは巨大な張り手を翳した鋼鉄のポケモンであった。
「……挟撃! シズク、来い!」
「えっ……!」
咄嗟にシズクを引き寄せ、一撃から逃れさせる。鋼鉄のポケモンの張り手が地面をくぼませている。その威力は明らかにただのポケモンのそれではない――いや、それ以上に。
「……姿かたちはハリテヤマにしか見えないのに……機械なのか?」
シルエットは格闘タイプのポケモン、ハリテヤマそのものなのに照り受ける炎の輝きが装甲に反射している。黄色の巨大な張り手型の両腕を浮遊させ、そのポケモンは電子音を生じさせる。
「……なに、これ……。レイジ、これもポケモン……なの?」
「いや、見た目はハリテヤマだが……こいつ……!」
今は逃げに回る時だ――そう断じて駆け出そうとした瞬間、脳天をつんと貫く激痛にレイジは膝を折っていた。
「ねぇ、レイジ! レイジ、どうしたの!」
「……また、か……? 頭痛がァ……っ!」
脳髄を内側からこじ開けるような耐え難い疼痛を前に、レイジは瞼を強く瞑り、そして身動き一つ出来なくなる。全身から発汗し、体温が異常上昇して心臓が体内を蹴破りそうなほど早鐘を打つ。
「……Wiz……」
「がぁ……っ!」
奥歯を軋らせ、レイジが呻く。その途端、思考回路を漂白していく輝きと、そして何度も明滅する鮮烈なイメージが瞬く。
それは――灰色の姿かたちをした装甲を持つ、異形の騎士――。
「……ねぇ、レイジ! 来るよ……!」
シズクの声で何とかレイジはギリギリの意識の中でホルスターから習い性で緊急射出ボタンを押し込む。
「コノヨザル! シャドーパンチ!」
繰り出されたコノヨザルが謎のポケモンに対し、「シャドーパンチ」の一撃を食い込ませるが、その一打だけでは沈まない。明らかに鳩尾に叩き込まれたはずの打撃をまるで意に介さず、ハリテヤマのシルエットのポケモンから放たれたのは返答の電撃を帯びた殴打であった。コノヨザルがそれを寸前で弾き返して互いに距離を取る。
レイジは呼吸を荒立たせて何とか立ち上がろうとするが、その度に脳内が焼き切れそうなほどの痛みに苛まれる。
「……なんだ……また、俺は……!」
「レイジっ! 敵が来る! 逃げよう!」
「……にげ、る……? にげれば……」
逃げればいいのか? と言う疑念。そんな差し込まれた意識の間を裂くようにして、ギルドマスターの男が立ちはだかる。
「……Wizノマッサツ……」
ギルドマスターの男の太い腕がシズクの細腕を無理やり捻り上げる。
「い、痛い……っ! レイジぃ……っ!」
「シズク……!」
無理やり引き剥がされる寸前に、レイジはコノヨザルに命じかけて緑色の電磁が周囲に拡散する。
「……コノヨザル……」
ここまで鍛え上げそして研鑽の日々を繰り広げてきたはずのコノヨザルが無力に吹き飛ばされていた。謎のポケモンは全身から緑色の燐光を棚引かせ、姿勢を沈めて瞬間的にコノヨザルの懐に潜り込むなり、電撃を纏った連撃を浴びせ込む。コノヨザルほどに鍛え上げられたポケモンでもまるで技の「起こり」を察知出来ずに一方的に嬲られる。
その姿にシズクが見ていられないとでも言うように視線を逸らす。
「……W……izハ、ハイジョ……」
「いやぁ……っ! レイジぃ……っ!」
ギルドマスターの男がシズクの身体を引き寄せ、ブロックノイズバグの生じたその片腕を伸ばす。それをただ見ている事しか出来ないのか、とレイジは自問する。
今、シズクの命が危機に晒されている――だと言うのに、自分は一歩も動けず、何一つ成せず。シズクを害されていいのか――その凝縮された一点の意識が心拍と同一化して、不意に像を結ぶ。
「……させ、ない……ッ!」
今にも意識は閉ざされそうだが、それでも構わない。何を失ってでも、何かを致命的に欠損したとしても、それでも立ち上がれ。今、目の前の少女一人救えずして、何がエリートトレーナーの誉れか。
「シズク……っ……――!」
その息の根が、不意に止められていた。背後に迫っていた謎のポケモンによって、レイジは心臓を射抜かれたのだ。