「あ、」
全く呆気なく、そして何のドラマもなく。
自分は完全に息絶えて横たわる。灰色に染まる世界の中で、シズクの手を無理やり引っ張ってギルドマスターの男と謎のポケモンが離れようとする。
「いや……っ、いやぁ……っ! レイジぃ……っ!」
「……そうだ、俺、は……おわれ、ない……」
途端、左胸に、灼熱の鼓動が宿る。
謎のポケモンとギルドマスターの男が振り返っていた。レイジはまるで糸に吊られたかのように重力を無視して立ち上がり、左胸に渦巻く灰色の脈動を誇っていた。まるでブラックホールのように、心臓の極点に光を吸い込む導きが指針となる。
顔を上げ、レイジは両腕を交差させて吼えていた。
「――行くぞ!」
肉体を蝕み、そして覆っていく灰色の表皮。全身を焼き焦がし、今に全てを葬ってしまいかねない緑色の電磁の燐光がまるで自分のただ一つの存在証明のように片目から煮え滾る。
「……W……iz……? イヤ、コレハ……」
その言葉が明瞭になる前に、謎のポケモンを吹き飛ばしていたのは復活したコノヨザルの怨念を帯びた拳であった。その意識と同一化し、レイジは――否、ここで解き放たれた野生の電脳戦士は叫ぶ。
それは意味を持たない文字化けの羅列でありながら、まるで獣のような本能からの咆哮。
コノヨザルが跳ね上がり、謎のポケモンへと瞬時に踏み込むなり横合いからの鉄拳を浴びせる。謎のポケモンが怯んだ直後には、さらにもう片方からの鋭いボディブロー。ほとんどゼロ距離の「インファイト」による連撃が突き刺さり、謎のポケモンの腹腔が切り裂かれる。
「レイジ……なの……?」
シズクの疑念に応じるような余裕もない。獣の電脳戦士に成り下がったレイジの意識はただただ、目の前の敵を葬る事のみに集約されている。
「……コノヨザル……!」
呼んだ瞬間、コノヨザルと自分自身との自我境界線が曖昧になり、レイジは本能のままに同調した鉄拳を謎のポケモンに向けて撃ち放つ。
怨嗟と執念を燃え滾らせ、コノヨザルの右拳が謎のポケモンの腹腔を突き破り、生命活動に必須であったと思われる緑色の電光の血潮を迸らせる。
「――憤怒の拳……!」
「ふんどのこぶし」を抜くと同時に謎のポケモンが爆ぜ、その衝撃波でギルドマスターの男も同時に吹き飛ばされていた。その手から逃れたシズクへとレイジはよろめきながら近づこうとして、彼女の恐れを宿した眼差しに気圧される。
「い、いや……!」
「お、れは……」
直後、身を焼く灼熱の脈動が全て消え失せたかのように肉体から力が抜け、灰色の装甲は景色に溶けていく。
「レイジ……? レイジ!」
シズクが身を揺する。レイジは命脈が尽きてしまったかのように、意識が遠のくのを感じ取っていた。
「レイジ! 死なないで! レイジ……!」
「お、れは……おれ……」
昏倒の闇の中に意識は沈み、張り詰めていた神経は消失点の彼方に落ちていくだけであった。
「……今の……」
別段、狙ったわけではない。だが、ニューキンセツ周辺の草むらは自分の庭同然だ。だから、ちょっと風に当たるつもりであっただけなのに、今しがた端末に捉えた写真に身が震える。
「……もしかして……あれが噂の……“電脳戦士”?」
幾度となく情報交換を繰り返してきたので、件の円卓騎士団の電脳戦士の粗い画素は見てきたが、いざ目の当たりにすると違う。まさしく、命の削り合いを写真に収めサナは――ニューキンセツのベンチに座り込む。
「……どうしよう。こんなの撮るつもりじゃなかったのに……」
「お困りですかな?」
途方に暮れていると、不意に声がかけられて面を上げる。くたびれたコートを羽織った中年男性が、帽子を傾けてニヒルな笑みを浮かべている。
「……い、いえ……! 別に……!」
すぐさま気取られぬように逃げ出そうとして、その背中に呼び止められる。
「妙なものを、見たのではないですかな? お嬢さん」
息を詰まらせる。サナが硬直していると、中年男性は柔和に微笑む。
「……そ、それは……」
「いえ、隠す事はない。ZORAでは見えなくっていいものも見える事がある。逆も然り。ですが、ちょっとありましてね。自分、こういう者です」
「……タマムシ新聞社の……アマギさん?」
差し出された名刺を読み取って顔を上げると、アマギと名乗った男性は帽子を傾けて会釈する。
「何かありましたら、この番号に。いつでも構いません。たとえば……あなたが迷った時や、今宵のように訳の分からない事態に巻き込まれた時に、力になれる」
アマギはそれだけを言い置いてZORAから即座にログアウトする。その先を聞こうとして、サナはベンチに虚脱して座り込む。
「……アタシは……どうすればいいんだろう……」
その問いかけに、答えはなかった。