「うぅ~……痛った……。二日酔い~……って、どうしたの! 日神クン!」
出勤してきた小田巻の声にワタルはちょうど編纂を終えた資料を片付けている最中であり、昨晩から詰めっ放しのせいで憔悴していた。
「ああ、小田巻さん。その……ですね。どうやら、昨晩、緊急警報があったらしくって」
「緊急警報……? あ、待って。頭痛の種ならノーサンキューよ」
トレーラー内で向かい合った小田巻へと心配の種を言うのは気が引けたが、その迷いの途中で蜷川が割って入る。
「何でも……出たらしいです。件の403が」
「403? ……それって本当に?」
「……ZORAネットワーク上のストレージに残っていたらしく、昨晩のニューキンセツ近辺にて、偶然ですが」
監視カメラが捉えた映像資料を再生していると、緑色の電磁ノイズが迸り、その映像の特定を困難にしている。
「……まだケースが少ないけれど、これは確かに日神クンが遭遇した403だわ。けれど、これだけ? だって……」
小田巻が息を呑んだのも伝わる。出現した謎のポケモン――今回はハリテヤマに酷似したように映る形状の存在が緑色のノイズの血液を出したかと思えば、その先に居るであろう、倒したはずの存在――つまるところの404は。
「……おかしいのは、403はまだ見える形で観測されているんですが、明らかに交戦したであろう、404が観測されず……。我々のデータベースも走らせたんですが、空振りに終わってしまって……」
蜷川が腕を組んで考え込む。小田巻は何度か解析した404のデータを照合させようとしたが、その度に反証エラーが浮かび上がる。
「反証エラー? ……おっかしいわねぇ……。私の作った追跡プログラムが意味を成さないって?」
「あるいは、404ではないのかもしれません。無貌の電脳戦士ではなく……」
「別の存在? そうなると、厄介にはなるけれど……。って言うか、二人とも。まだ朝の四時よ? 昨日の夜からって……」
「……小田巻さんをタクシーに任せて、僕らがトレーラーに帰ったところで作っておいた追跡プログラムが発動したんです。けれど、小田巻さんの許可なく電脳戦士[ランスロット]は出撃出来ませんから。様子見……をしているうちに、夜が明けてしまって」
「……その結果が徹夜ってわけ。日神クンにも無茶をさせたわね」
「ちょ、ちょっと! こっちには労いはないんですか?」
蜷川が自分を指差して主張するのを小田巻がふんと鼻を鳴らす。
「あなたはただでさえ働きが足りないんだし、ちょうどいい残業でしょうに」
「横暴だ! 日神さんだけがスタッフじゃないでしょう!」
「あー、うるさいうるさい」
とは言え、本気で言い合いをしているわけではない。ある意味ではじゃれ合いに近い二人のやり取りを視界に入れつつ、ワタルは思案する。
「……けれど、403だとすれば、あの一体だけではなかった、と言う事になりますよね?」
「……そうね。一つのイレギュラーだけなら見過ごすって言う手もあったけれど、当てが外れたわね。この事件そのものが円卓騎士団にとって大きな案件となって……ちょっと待って」
言葉の途中で不意にコール音が響き渡り、小田巻は応対する。しかし、その声音が直後には震えていた。
「ちょ、ちょっと待ってください! 日神クン……いいえ、[ランスロット]はまだ……! いえ、それは確かに、迅速に向かうべきなのでしょうが……」
「……どうしたんです?」
視線で問いかけると、小田巻は通話口の相手に冷静な対処を求めているようであった。
「……[ランスロット]は円卓騎士団でも序列三位。そう容易く、使われるのは……ああ、いえ。確かに。使える時に使わなくては、円卓騎士団の名折れではありますが……」
戸惑いを浮かべる小田巻に、ワタルは首肯する。
「……小田巻さん、承認してください。僕なら行けます」
「……ええ、分かりました。では、出撃準備を……。円卓騎士団上層部より、矢の催促。403が確認出来たとの事よ」
「403が……? どこです!」
「焦らないで。トレーラーを出発させ、その場所まで最短距離で向かうわ。蜷川、頼むわよ」
「任せてくださいよ!」
蜷川がハンドルを握りトレーラーを動かしている間にも状況は動いているはずだ。ワタルは立ち上がり、自身のバイタルチェックを行う。それを小田巻も心配しているのか、チェック項目を埋めていく。
「……小田巻さん。僕のコンディションに懸念があるのなら心配無用です。[ランスロット]は出られます」
「そう断言出来ればいいんだけれどね。……どうにもきな臭さも感じるのよ。そもそも、円卓騎士団にデータを提供して、まだ二日と経っていないのよ? だって言うのに……ZORA内でまたしても403を?」
「仕組まれてるって言うんですか?」
蜷川がトレーラーを走らせながら問いかけるが、小田巻は断言を渋っているようであった。
「……と言うよりも、体のいい駒として使われている感覚が……気に食わない、と言うべきなのかしらね。[ランスロット]だって、充分に戦力だって言うのに」
「小田巻さん。僕はやれます。何よりも……前回はまるで敵わなかった。僕とカルボウも……リターンマッチが可能ならそうしたい……!」
モンスターボールを握り締めて口にした決意に、小田巻は嘆息をつく。
「……仕方ないわね。上のお達しもあるし。日神クン、ZORAへのログイン、頼むわ」
ワタルはトレーラー内に積載されたZORAネットワークへのログイン機器に仰向けに寝かされ、首筋のバーコードを読み取られる。その際、少しばかりの痛みとくすぐったさを伴わせる。
「……いつでも」
「電脳戦士[ランスロット]……ログイン開始!」
直後には緑色の電脳世界への扉を潜り、ワタルは着地していた。
『日神クン、そこはニューキンセツから少し離れた場所だけれど、現在地の把握は出来そう?』
「……ええ。ニューキンセツを北方に抜けたところ、と言った具合でしょうか」
積み上がるのは白色の火山灰だ。ZORA内でも地形データが反映されているので、ここはフエンタウンに向かう道中と推察される。
ZORA内でもホウエン地方の地理は精密に再現されており、フエンタウン近辺は急勾配が多い。
『私達が直接送信出来るのは、正直、その辺りが限界。周りに敵影は?』
「敵影……ですか。そうですね、この辺は人も少な――」
口にしかけて、ワタルの視界に入ったのは奇妙な姿をした少女であった。緑色の電脳空間のグリッジの合間に似つかわしくないような、目が覚めるような青い髪を二つ結びにしている。
その瞳が不意にワタルに据えられ、そしてどこか諦観を浮かべたように細められた。
『日神クン? 異常事態でもあったの?』
「あ、いえ……そこの……あれ? 居ない……」
青い髪の少女は掻き消えている。まるで最初から、そのような存在など居なかったかのように。
「一体、あの少女は……」
『日神クン! 後ろよ!』
小田巻からのオペレーションの声が劈き、ワタルは咄嗟に飛び退る。今しがたまで自分が居た空間を引き裂いたのは「れいとうビーム」の氷結光線であった。
目を凝らせば火山灰の上で、無数の人影が横たわっている。
目の前の謎のポケモン――その見た目はデリバードに酷似した存在が、頸椎を引き出させて威嚇する。
「……403……! 交戦します! アバターコネクト!」
『了解。円卓騎士団、序列第三位、日神ワタルへとアバターコネクトを承認!』
小田巻の許可を得て、ワタルは全身を開く。青白い電磁を纏いつかせ、装甲が展開されて即座に纏いつく。頭蓋を覆う鎧が構築され、最後にバイザー型の赤い眼光が煌めいて命の灯火を宿していた。
「電脳戦士、[ランスロット]……! 推参!」
ワタルは[ランスロット]へと変身を遂げ、カルボウを繰り出す。
「今度は……攻撃の隙なんて与えない……! シンクロ進化!」
[ランスロット]とカルボウの同調率が引き上がり、蜷川のモニター音声が耳朶を打つ。
『[ランスロット]、カルボウとの同調を開始! 数値、安定域に入ります!』
そのままぴったりと全ての感覚野が同一化し、直後には青い焔の刃を交差させて顕現していた。
「(シンクロ進化……ソウブレイズ!)」
『日神クン、[ランスロット]としての数値は安定しているけれど油断しないで! 相手は凶悪な403よ……何をしてくるか分からないわ!』
「(了解……サイコカッター!)」
思念の刃を飛ばして牽制とするが、謎のポケモン――403は軽くそれを吹き飛ばす。やはり膂力や戦闘能力では遥かに押し負けている。だが、今回は最初からその存在に関してのデータはあるのだ。前回のように戸惑っているわけでもない。心拍も脳波も冷静ならば、勝てない勝負ではないはずだ。
ソウブレイズを纏った[ランスロット]は跳躍して403の背後を取る。想定通り、緩慢な仕草で振り向こうとした403に対し、炎の刃が掻っ切る。
「(……無念の剣……!)」
403の躯体を瞬時に断絶させ、その戦闘能力を奪ったかに思われた。そうでなくとも「むねんのつるぎ」は切り裂いた相手の体力を吸収する技。その特性上、確かに斬撃は通った確信はあったのだが。
「(……ほとんど効果がない? く……っ!)」
再び掃射された「れいとうビーム」の砲撃網に[ランスロット]は後退を選ぶほかない。まるで出力の減退も、ましてや一発ごとの精度も落ちる事のない403の技の乱射に翻弄されていく。
次第に、火山灰は凝固し、逃げ場をなくしていた。
『日神クン! 周囲は火山灰よ! 足を取られるわ!』
「(……それに対して、403は依然として、優位が変わらず……。一体、何なんだ……)」
戸惑いに対し、403は自身の砲門から推進剤のように加速し、一瞬にして[ランスロット]の背後を取る。
「(……ぐっ……!)」
咄嗟に刃の腕を交差させるも、その至近距離から放たれた光条の威力には目を瞠る。減殺し切れずにダメージが身体に至り、冷却された肩口から激痛が染み渡ってくる。
『[ランスロット]、シンクロ率低下! 神経系のダメージです! このままでは……シンクロ進化の維持には……!』
『日神クン! もしもの時にはシンクロ進化を解いて! それでも生存が最優先よ!』
「(……ですが、ここで403を逃がせば……被害が拡大します。僕には……出来ません……!)」
火山灰の中に倒れ伏した人影は403に始末された人間達であろうか。[ランスロット]はソウブレイズの構えを取り、鋭角的な脚部から炎を噴き出させて瞬時に加速し、403を叩き切ろうとするが、その刃が装甲を叩いた瞬間に刃毀れする。
「(……届きもしないのか……!)」
今にゼロ距離で砲撃が敢行されようとした、その時である。
「――やはり、テツノツツミ。となれば、相対する方法は決まってくる」