「だからねぇ……! やっぱり変でしょうに! 何だって、私達が厳戒注意を受けるのよ!」
ジョッキのビールを片手に小田巻は文句を発する。
「それは仕方ないですよ。だって、我々はあくまでも、自警団ですし。国家にとって定義されたZORAの管理者を名乗るにしては、それこそ横暴ですよ」
「あぁん? 蜷川ぁっ! あんた、私達の職務に文句があるって言うの?」
「いや、そうとは言ってませんけれど……」
「もういいっ! 飲め、飲めぇ……っ!」
「ちょ……っ! 自分はトレーラー動かすんですから飲めませんってば……!」
酒の席では小田巻は無敵である。それに、こうして酔っぱらっているようで彼女は一ミリも酔っていないのだ。それがある意味では性質の悪さとして有名で、ワタルはちびちびとジンジャーエールを飲んでいる。
「……けれど、我々円卓騎士団が発足して……もう二年、ですか。早いものですよね」
「日神クンはナーバスが過ぎるのよ。大体、円卓騎士団の中でもせっかくの序列三位でしょう? もっと誇りなさいな」
卓上に置かれた創作料理を口に運びつつ、小田巻はどこかやけっぱちに口にする。
「……でも、日神さんもすごいですよね。ZORA内での戦闘の勝率はほとんど百パーセント。そりゃあ、あれだけ気難しい傑物の揃った円卓騎士団でも上を狙えますよ」
「よしてくださいよ、蜷川さん。僕は……まだ、言っても未熟者なんですし」
「日神クン、謙遜も過ぎれば毒になるわよ。それに……このホウエン地方じゃ、ZORAの普及率はほとんど全市民に行き届いているんだから、その中でも円卓騎士団の名声は通っている……はずなんだけれどね」
「……普及率百パーセント、か……。元々はシーキンセツグループの作り出した、画期的なVRMMOゲームが最初だったんですけれどね。それがまさか、たったの五年足らずでほぼ全地方に普及したんですから驚きですよ。五年前の頃には、まだZORAなんて欠片もなかったんですから」
「原型となったネットワークシステムはあったけれど、今みたいに完全なフルダイブ型のシステムが設計されたのは五年前が最初よ。そうなれば世界の構図が切り替わるって……そりゃあまぁ連日報道が過熱したもんよ」
ぐびぐびと小田巻はビールを飲み干す。その飲みっぷりはあまり酒を嗜まないワタルにしてみても気持ちのいいものである事は分かる。
「小田巻さん、飲み過ぎですよ。明日に響きますよ?」
「構うもんですか! 酒は飲んでも飲まれるな! ……それに、飲まないとやってけないわよ。序列三位がここまで舐められているってなるとね」
「僕は別に……序列三位って言ったって、所詮はZORA内でしか意味はないでしょうし。こうして現実世界に出てみれば、ただのしがない自警団の隊員モドキですよ」
「それもこれも、ZORAと言う名の恩恵にあずかって、か。……やってけないわね。こっち! ナマ一丁!」
またしても店員を呼び出す小田巻の酒豪っぷりに蜷川とワタルは揃って閉口する。
「はいはい……。えっと、ナマ一丁ですね」
「それと、この創作料理、結構イケるわ。これも人数分ちょうだい」
「ありがとうございます! それ、オレが作ったんですよ」
そう言ってオーダーを取る青年は人懐っこい笑みを浮かべており、どこかこいぬポケモンのワンパチを想起させる。
「あら、そうなの? じゃあ、あなたのとっておきを最後に貰おうかしら」
「あざっす! ナマ一丁と本日のおすすめ入りやした!」
調理場に取って返す青年の背中をワタルは少しだけ眺めながら、こうして日常を享受する自分達の責務を考える。
確かに治安維持局の職員が言ったように、チーターの取り締まりと言えば聞こえはいいが、実際のところは喰らい合いに等しい。正義と悪などと言う二元論ではどうにもならないのが実情である。自分の所属している円卓騎士団とて、政府や公的機関というわけではない。
ただ名乗っているだけの自警団。それも、ZORA内の秩序を闇雲に守っているだけの勘違い集団だと言われる事も珍しくはない。
「アキヒロ君! 二番テーブルのお皿を下げてもらえるかな?」
「はい、ただいまっ!」
ホールに出ていた高校生辺りと思しき少女の声に先ほどの青年が快活な声で応じる。自分達がよく出入りするここ――小料理屋「さかもと」は夜の時間帯では結構にぎわっている。元々、ホウエン地方を代表する大都会であるキンセツシティにおいては小規模であるものの、立ち並ぶビル街からは少し離れた立地のために顔馴染みが多いのが特徴だ。
「……けれど、ここ最近、物騒になってきましたよね。件の連続怪死事件もありますし」
それを蜷川が口にすると、自ずと小田巻も酔いが醒めたように頬杖を突き、ワタルも口数が少なくなってしまう。
「……ZORAネットワークに接続中に死んでしまう、なんて公に出来るわけがないのは分かっているけれど、治安維持局は事故死で処理。……そりゃあ、私達だってヤバい案件だって言うのはひしひしと感じるわ。でも事故死なわけないでしょう? 今月で十人目よ?」
連続怪死事件、と評されるのはここ数カ月のZORAを賑わせるとある事件であり、被害者は全員、ZORAに接続中に原因不明の死亡事故を起こしているのだ。
「……検死の結果じゃ、心臓麻痺だって……」
「それだって本当なのか疑わしいわよ。私達に調べさせないつもりなのが見え見え。……ま、ホトケさんを拝ませるなんて事でもない限り、なかなかね。どうしたってZORA内部の事件というよりもただの事故として処理したほうが都合もいいわ」
「心臓麻痺自体は、ZORAに接続していれば起こり得る、と言うのが大筋の見解ですよね……。長時間のZORAへのログインによって、健康に支障を来すって言う……」
「家族が気付かないのも妙な話よ。それに、いくらZORAに入り浸っているとは言え、心臓麻痺で死ぬ? ……考えづらいわね」
自ずと三人とも潜めた声になっていた。
「……僕は、正直に言えば何者かの作為があると思っています。けれど、いずれにせよ事故なのか事件なのか、それでさえも明らかにされないって言うのは異常ですよ」
「ログイン中の人間を殺す、自体は不可能な線ではないわね。ZORAに夢中になっているうちに、毒入りの注射器でも打ち込めば一発でしょうし」
「でも、全員が揃いも揃って心臓麻痺……。何か、妙な感じですよね。都市伝説っぽいって言うか……」
蜷川はウーロン茶を飲み干して創作料理に手を付ける。都市伝説、というアプローチにワタルは神妙になって頷いていた。
「……ZORAネットワークが出来始めた当初は結構ありましたよね。まだ流行るか流行らないかって頃に、ZORAに入ったまま孤独死した人間の日誌だったり、あるいはZORAと現実の境目が分からなくなって飛び降りた、とかいう話だったり……」
いついかなる時でも、人間は物語を求める。その結果が都市伝説なのであろうが、ZORAの発足時に依存症の危険性を説いた人間が居なかったわけではない。高度に発達したSNSは人間を滅ぼすとして、今でも地方のうちにはZORAの導入を反対している声もあると聞く。
「噂よ、噂。どんな時でも、新しいものアレルギーの人は居るものよ」
そう言って小田巻が話を打ち切ったその時、生ビールと創作料理が運ばれてくる。
「お待たせしましたー! ナマ一丁と、本日のおすすめです! ごゆっくり!」
すっかり祝杯の気分も醒めてしまっていたが、小田巻はジョッキを携えて嫌な気持ちごと飲み干すかのようにごくごくと喉を鳴らす。
「かぁーっ! やってられるかっての! ……それに、日神クンが頑張ってるのと、それとこれとは別でしょう? 連続怪死事件は治安維持局にでも任せましょうよ。私達に出来るのは、ZORA内での秩序の防衛。今日のバドレックスのチーターは随分と酷かったわね。あんなのが横行してしまえば、そのうちとんでもない厄ネタが舞い込んだっておかしくはないわ」
「……確か……バドレックスって伝説のポケモンでしたっけ。そこまで貴重なポケモンのアバターが流出しているって事ですもんね。レイスポスのデータは……」
その問いかけに小田巻は頭を振る。
「スナッチによるポケモンの確保は即座に本部に渡すべき、ってね。レイスポスのデータは提出済み。元々、スナッチ自体、あまり好ましい行為とは思われていないのよね。仕方ないと言えばそうなんだけれど」
スナッチシステムは元々、とある一地方において使われていたマイナーなシステムではあったのだが、秩序の構築の名目で円卓騎士団では使用される機会も少なくはない。曰く、強力なポケモンに対してならば処置もやむなしとの事だ。
「スナッチにせよ、連続怪死事件にせよ……我々に出来る事は対処療法の現場仕事ですよ。どうしようもないって言うのは歯がゆいですけれどね……」
蜷川の感想もよく分かる。だからこそ、前線に立つ自分は毅然としなければいけないのだ。
それが電脳戦士――[ランスロット]の心構えなのだから。