「……蜷川。あなた分かってないわね。……[ランスロット]は日神ワタルが専属。それ以外の譲歩なんてないわ」
「だからって! ……あんな物言いじゃ……。って言うか、お兄さんが居たんですね」
「……身内の恥よ。あんなのはね。それに、日神クンにすぐにでも通達しないと。彼も療養とは言え、カヤノ先生に任せた以上、何か感じるものもあるでしょう」
「……あのおじいさん先生、知り合いなんですか?」
対面の椅子に座り込んだ蜷川に小田巻はふふんと鼻を鳴らす。
「長生きしたければ、カヤノ先生をおじいさんだなんて口が裂けても言わない事ね。あの人はその道じゃエキスパート。それに、日神クンと私の事情が分かった上で手を貸してくれている。正直、今の円卓騎士団上層部よりよっぽど当てになるわよ」
「……小田巻さん。噛みついたってしょうがないんですから。それに、日神さんが気にかかるって言うんなら、多少は……」
「多少は媚を売れって? 冗談、お断りよ。あいつらに媚を売るくらいなら舌を噛み切って名誉の死を選ぶわ」
自分の発言があまりにも傲慢に聞こえたのだろうか、蜷川は嘆息をついて後頭部を掻く。
「……まぁ、小田巻さんがそのスタンスを崩さないのなら、仕方ないですけれど。しばらくは寂しいですね。日神さんも復帰まで時間もかかるでしょうし」
「……[ランスロット]を他人に任せるって言っても、日神クンは反発するどころか、むしろその人間にエールを送るタイプだしね。ある意味じゃ、他人の悪意を知らない、純な人間だもの」
小田巻はZORA内のストレージに保全されている[ランスロット]の三次元データにアクセスする。前回の404――謎の電脳戦士、[ウィズ]との戦闘で[ランスロット]の躯体はほぼ大破。その状態からの復旧率はまだ三割程度。正直、修繕も儘ならないまま、[ウィズ]なる敵と403と戦えと言われるよりかはまだ常識の範疇であったが、それでもホクトが[ランスロット]を務めると思うだけではらわたが煮えくり返る思いである。
「……ねぇ、小田巻さん。叔父さんに……オダマキ博士に資金提供とか頼めないんですか?」
「なに、あなたまで私が叔父さんのコネや七光りでここまで来たと思っているの?」
それは自分にとって地雷だ。蜷川はこちらの剣幕に滅相もないと頭を振りながらも、それでも言葉を仕舞わない。
「……けれど、お金の問題で解決する事もあるじゃないですか。円卓騎士団はあくまでも自警団みたいなもので……その中でも序列三位の[ランスロット]を遊ばせておく余裕もないって言うか……」
それに関しては小田巻にとっても頭痛の種だ。[ランスロット]をワタル以外に任せたくない以上に、今のままでは治安維持局に先んじられる可能性もある。
「……治安維持局が円卓騎士団を目の上のたんこぶだと思っているのも分かっているのだけれどね。それはそれよ。私は……ホクトに[ランスロット]を任せるなんて……」
「けれど、小田巻さんのお兄さんって事は、オダマキ博士の甥っ子でしょう? あの人、資金力はありそうじゃないですか」
前髪をかき上げ、小田巻はそれこそが一番厄介なのだとぼやく。
「……自分の持っている力って言うものを、自覚している側ってのは面倒なのよねぇ……。殊に、それを使うのに躊躇いも何もないって言うのが……」
その時、端末からコール音が漏れ聞こえてきたので小田巻が取るとカヤノからの連絡であった。
「……はい、こちら小田巻」
『小田巻の嬢ちゃん。……日神ワタルはきちんと回復に向かいつつあるが、時間があるのならこっちに見舞いでも寄越さないか? どうせ、上との軋轢で疲れているんだろう?』
悔しいがその通り。カヤノにはやはり年長者として見透かされている部分がある。
「……すみません。日神クンを一方的に任せちゃって……」
『いいってこった。わしとお前さんとの間柄だろ。それでだな。わしなりにZORAとやらを精査してみたんだが……どうにも、解せん部分がある』
「解せない、と言うのは……?」
通話口の先でカヤノが調べを尽くしてくれているのが伝わり、小田巻は唾を飲み下していた。
『電脳戦士、だったか。名を[ウィズ]、と。こっちの裏関係の仲間に頼ってその伝手を使ってみたんだがな』
「……慣れない事を、ありがとうございます」
『世事はいいんだよ。……わしにやれる、伝手の限りを使ってみたんだが、[ウィズ]なる存在に該当するデータは一切ないとの事だ。色んなキーワードも使ったんだが、それでも聞き覚えがないと。中にはZORA開発の盟主とやらを自称する連中ともコンタクトを取ったんだが……[ウィズ]と言う名称の電脳戦士はZORA黎明から先、一度も現れた事がない、と』
「やはり、ですか……」
八方ふさがりか、と小田巻が渋面を作ったところで不意打ちにカヤノが声を差し挟む。
『ただな。……別のアプローチからなら、ちょっとは情報も入ってきた。遭遇した、403……こっちは謎のポケモンだな。照合データからデリバードの可能性が濃厚との事だが、これくらいは調べてるんだろ? そっちの称号データのほうに、一致する文献があった。スカーレットブック、ヴァイオレットブックと呼称されるレポートなんだが……パルデア地方って言えば分かるか?』
「確か……パルデアの大穴を中心にした豊かな自然が特徴的な遠方の地方ですよね? 私も一時期、ブルーベリー学園のほうに出向していた事もあるので、多少は……」
『さすがだな。そこで、だな。今回出現した403に該当するポケモンの姿が……少ないながらに該当するものがあったんだ。今からそれをそっちに送る。データ容量が大きいから圧縮しておいた』
「……すみません。先生は機械が苦手なのに……」
『まったくだよ、ったく。……だが、嬢ちゃんの頼みとあらば、少しは努力しないわけにもいかないからな。それで、だ。こいつらなんかが、近いんじゃないかってな』
筐体に送信されてくるデータは膨大で、小田巻はそれを処理しながらじりじりと粗い画素で撮影されたポケモンの姿かたちを鮮明化させていく。
「……これが……?」
それは確かに――[ランスロット]の遭遇した403そっくりであったが、まるで――そう、生命体としての尊厳もましてや矜持もないかのような生き物の熱感とでも呼ぶべきものが希薄であった。写真はモノクロだが、写し出された姿は間違えようもない。
『おお、それもパルデアの大穴――現地の人間にしてみればエリアゼロと呼ばれる禁則地に棲息されると言われている……まぁ眉唾もんの代物だがないよりかはマシだろう?』
「……この、ポケモンに見える生物の、名前は……?」
『僅かながら記述はあるな。デリバード型のポケモンの名前は――テツノツツミ。分類上では“パラドックスポケモン”と呼ばれている』
「パラドックス……? まるでこの世に居ちゃいけないみたいな分類名ですけれど……」
『……実際、そうらしいな』
一拍挟んだ呼気に、通話先でカヤノが煙草に火を点けたのが感じられる。
「……文字通り、居ちゃいけないポケモンって事ですか?」
『と言うよりも、ミッシングリンク……って言うのか? その辺に関してで言えば嬢ちゃんのほうが詳しそうだが、どうにも現状のポケモンの生態系だとかバランスだとかをまるで無視した進化系統樹らしい。それに関してで言えば、シンオウのナナカマド博士だとかも解析中との事だ。あの人の学説じゃ、ポケモンの九割は進化するらしいが……』
「現行のポケモンの進化とは思えない……。ましてや、正当にそれが自然に即したものとは……」
『噂にあるリージョンフォームや昔言われていたデルタ種とも違う……。つまるところ、データ不足ってわけだが実際にZORA内で遭遇した以上、こいつらには法則性があると見るべきだろうな』
「法則性……。そう言えば……日神クンは最初に403と遭遇した時、ヒウンアイスの店主がアバターロストしたって……」
だが、後にあの店主は無傷で現実世界に戻っている。あれは一時的なものだったのか、それとも403の出現に同期したものであるのかは今のところ不明のままだ。
「……蜷川、確か治安維持局があの店主は押さえたはずよね? 並行して調べてちょうだい。もしかすると……見落としがあるのかもしれない。403……いいえ、パラドックスポケモンが出現する法則があるとすれば……」
「法則……ですか? えっと、治安維持局に保護された店主は……驚きましたね。もうZORA内に復帰していますよ。アバターロストしたって言う日神さんの所見は早計だったのかな……」
しかし小田巻は誰よりも分かっている。あれほど焦っていたワタルが見間違えをしたなどあり得ない。だからこそ、その店主が怪しいのだ。それに、前後に謎のグリッジを観測したのもある。
「……先生。私のほうでも調べは尽くします。けれど、円卓騎士団の末端として、出来る事はせいぜい……」
『分かってるよ。外堀から埋める事も必要だろうな。安心材料として、日神ワタルに直接のダメージフィードバックに関してで言えば、療養していれば治る程度だ。そっちに関してで言えば心配するなよ。わしに任せておけ』
「……本当に……どれだけお世話になっているのか……」
『気にするな。そんな事を言い出したら、わしの世話になっている人間なんて両手両足じゃ足りん事になる。嬢ちゃんはわしの友人の中でも有数のお気に入りなんだ。胸を張れよ。……ま、張る胸もないか』
「……もう、セクハラですよ、先生」
そういう軽口を叩けるのもカヤノとの間柄の証明であった。
『……今の若いもんの中じゃ、そういうのも問題か。じゃあ、分かった事があれば適時連絡をする。……気張り過ぎるなよ』
カヤノなりの激励に小田巻は声を明るくさせて返す。
「心配しないでくださいよ。私、これでもタフなんです!」
『……だな。知っていた。じゃあ切るぞ』
通話が切られ、そう言えばカヤノもこちらを慮ってくれている以上、一度くらいはワタルの見舞いも兼ねて来訪すべきであろうかと思っていた矢先、蜷川が声にする。
「小田巻さん! 件の店長、治安維持局に興味深い証言を残しています!」
「……枝は付けられていないでしょうね?」
蜷川の操作する画面を覗き込みながら小田巻は治安維持局からの罠を警戒するが、蜷川もこれで一端の円卓騎士団のスタッフだ。それくらいは想定済みだろう。
「大丈夫です。このデータには、治安維持局もさほど重要性を持っていないみたいで……。やはり直前にアバターロストしたから、確証に足る証言だと思われなかったんでしょうね。それに、店主の言葉にも前後関係がおろそかな部分もありまして……。その中での思いついたような発言でしたので……っと、これでカメラにハッキング出来ます」
エンターキーを押すと、治安維持局の取り調べ映像が映し出される。そこにはアバターロストしたはずの店主がどこか呆けたような顔をして応対していた。
『つまり……違法なアバター改造は施していないと?』
『もちろん……。でも……何だったんでしょうか、あの……』
『それは円卓騎士団の[ランスロット]の事を言っているのか?』
『いえ、そうじゃなく。……何だろう、あれを開いたその時から、記憶がおぼろげで……』
『開いた? ……失礼ながら電脳ドラッグの使用歴は……』
『い、いえ……! こっちは真面目に商売をしているんです! ……けれど、あれだけは分からなくって……。スパムメールだと思ったんです。けれど……不思議な魅力と言うか、開きたいそういう……』
店主の要領を得ない言葉に治安維持局の者達は業を煮やして取り調べテーブルを叩く。
『だから! 何故アバターロストと同時に違法なポケモンが出てきたのかと聞いているんだ!』
その威圧的な尋問に店主はしかし恐れるでもない。どこか遠くを眺めるように視線を投げ、それから呟く。
『本当に……なんだったんでしょう? 記憶に靄がかかっているって言うか……あの円卓騎士団の、人? あの人が来るちょっと前から、自分が自分でないような感じで……。それもこれも、あのメールのせいなのでしょうか?』
『……おい、メールボックスの調べは……』
『もちろん。調べは尽くしましたが不自然なメールは一通も……』
治安維持局の職員達の当惑を他所に店主は嘆息を漏らす。
『一体、何だったんでしょう? “ナハト”と言うのは……』
『“ナハト”? ……おい、データ内に照合は……』
職員がめいめいに首を横に振る。小田巻はその発言を拾い上げていた。
「……“ナハト”? 蜷川、該当ワードは?」
「今のところゼロ件……ですが、これを重要と思わなかったのはやっぱり治安維持局にしてみれば、円卓騎士団の手柄にしたくなかったのもあるのでしょうか?」
「それもあるかもしれないけれど……。“ナハト”なるワードが、重要そうに聞こえなかったのかもね。蜷川、曖昧検索も含めて調べてちょうだい。私もちょっと……本気を出すとしますか」
両腕を大きく伸ばし、肩を回してから小田巻は筐体に向かい合う。
ワタルの戦場がZORAの中ならば、ここが自分の戦場だと規定してキータイピングの手を走らせていた。