実際、戦闘の如何で言えば対戦相手がテッセンではなくナンジャモであるのは多少なりとも対策のしようはある、とレイジは考えていた。
「……パルデア地方の人気ストリーマー……。そのどこか人を食ったような物言いと、大物相手でも物怖じしないスタンスで老若男女問わず大人気、か。テッセンを倒すのも方針としてはあったが……情報が出ている分、対策しやすいかもな」
「……レイジ、起きてる?」
ノックがされたのでレイジは応じる。
「ああ、何だ。まだ起きていたのか。ジムリーダーへの対戦申請は早めにやっておけよ。早朝一番でも、ナンジャモは人気なんだ。整理券の可能性も高い」
「……うん。そうだよね……」
シズクが何だか遠慮しているようなのでレイジは部屋の扉を開ける。
「……入れよ。ただし、明日のために万全にしておけよ。一応、手に入る範囲での技マシンは使ってみたが、レベリングに関してで言えば純正のポケモンの鍛錬に比べれば不思議なアメによって上げた程度では練度は低い。ギリギリ、と言ったところだな」
レイジは端末に向かい合って作戦を建てる。トレーナー初心者であるシズクがジムリーダーに勝つのにはまぐれではいけない。確実に勝利をもぎ取るのには、確率論の世界や乱数だけではないのだ。問題なのは、相手を恐れずそして自分のこれまでの積み重ねを信じる事。
その点で言えば、シズクは精神面でも実力面でも不安要素が残る。
「……ねぇ、レイジ。あたしさ。……ううん、ごめん。何でもない」
「昨晩見た俺の姿に関してだろう。……言っていなかったんだな。テツはそこまで言及してこなかった」
あまりにも平然とこちらが告げるものだからか、シズクは目を見開いていた。
「……あれは、何なの?」
「俺にも分からない」
短く返答するとシズクは馬鹿にされたのだと感じたのか、頬をむくれさせる。
「……ふざけないで」
「ふざけてなんていない。俺も……本当に分からないんだ。ただ……時折、自分の意思とは無関係に、あの姿に変じる事がある」
「……すごい戦い方だった。まるで……コノヨザルと一体化しているみたいな……」
「あながち間違いでもないのかもな。俺はあの姿の時、ポケモンとの過度な同調……最近の学説で言うところの、“シンクロ”状態に近いのだと思う」
「“シンクロ”……って、ポケモンのダメージだとかが跳ね返ってくる現象だよね? あんな事、本当に起きるの?」
「本当に起きているのだから、困っているんだがな……」
レイジが片腕を掲げると、巻かれた包帯の痛々しさにシズクは息を呑む。
「……痛い、の?」
「……さぁな。痛みよりも、この感覚の気味の悪さのほうが勝ってしまっている状態だ。あの姿になると……自分でも抑え切れない、獣性のようなものが溢れ出してくる。その時に……仲間を殺さない自信はない」
ここまで言えばシズクも距離を取るであろう。そう感じてぶっきらぼうに放ったレイジに対し、シズクの小さな声が漏れ聞こえる。
「……るい……」
「何だって?」
直後、いきり立って立ち上がったシズクが身も世もなく叫ぶ。
「ず、ズルいズルいズルいぃ……っ! レイジ! ズルいよ!」
地団駄を踏むシズクにレイジはどこか呆気に取られてぼんやりと返事をするほかない。
「……ズルいって、何だ」
「ズルいの! ……あなたは請負人! あたしが一端のトレーナーになるまでちゃんと面倒を見てくれるんでしょ? だって言うのに、自分の不幸自慢ばっかり! そんなので……あたしをちゃんと導けるの!」
ずびしと指差されればレイジも当惑するほかない。しかし何よりも――シズクがあの姿を恐怖していない事のほうが意想外だ。もっと畏れ、そして遠ざけてもいいはずなのに、自分でも持て余す本能の獣を、シズクは怖がっていない。
否、怖くとも決してそれをおくびにも出さないのだ。
その心の強さ、そして強靭な言葉には如何にここまで不幸を噛み締めてきたレイジでも感嘆の息が漏れる。
「……まったく。依頼人のクセに、よくそこまで吼えられるものだ」
「ふんっ! だからこそでしょうが! 依頼したのに、自分が怖いのなら逃げていいなんて、そんなの絶対……! ぜーったい許さないんだからね!」
どうやら見くびっていたのはお互い様のようであった。
思ったよりもシズクは強く、そして自分は脆い。
だからこそ、改めての契約が必要かもしれない。レイジは端末に表示しておいた契約解除の書面を映し出す。
「……お前がそこまでの胆力があったのは、俺も少し浅く見ていた。だが、俺は知っての通り、訳アリだ」
「それはお互い様でしょう?」
「……かもな。だが、お前はトレーナーとしてある程度戦えるまで、俺が世話を見る。この契約に……異論がなければサインしてくれ」
「……何で今。どうせ、ギルドのほうに連絡が行ってるんでしょう?」
「……そうだな。俺なりのケジメ、みたいなものかもしれない。黄昏レイジと、シズクと言う一トレーナーとの、書面だけではない真の意味の契約だ」
まだ半人前だろうが、と最後に付け加えるとシズクは少しだけむくれてみせたが、やがて微笑む。
「……何で、レイジってそういう……不器用なんだろうね。まだ会って二日経ったか経ってないかだけれど、現実だとあんたはすごく偏屈な人間だったって事だけは分かるよ」
「放っておけ、偏屈は余計だ。……それで、契約をするのか?」
既に書面にはサインが成されている。よって、ここから先は心の問題でしかない。黄昏レイジがシズクを最後まで面倒を見るのか、と言うだけの。
シズクはペンを手に取り、それから投射された書面に向けて自身のトレーナーネームを記述する。
「……レイジさ、ちょっと誤解しているのかもね。あたしの決心……! この程度じゃ折れないんだから!」
「そうか。思ったよりもタフと言う事だな」
再契約はここに成された――ならば、自分は請負人。初心者を戦わせられるまで育て上げる責務がある。
「けれど……ナンジャモに対して、アタシの編成って不利なんだよね? ……大丈夫かな……?」
「昼にやっておいた戦闘訓練の勘をよく覚えておけよ。実質的に、デリバードはほとんど技を覚えない。プリンなんてなおさらだ。……何だってこんな二体を選んだんだ?」
「……だってぇ……カワイイじゃん」
どうやら戦力を拡充させると言う意識は希薄らしい。レイジはしかし、デリバードとプリンで戦えるだけの戦略を練っていた。ナンジャモがどれほどの猛者であったとしても、勝利するための方程式。それがないわけではない。
「……シズク。まぁ、任せておけ。惨敗だけはあり得ないようにしてやる」
「……それって負けても文句言うなって風に聞こえるけれど……」
「まだ初心者も初心者なんだ。負けても負けても、諦めずに立ち向かえ。それがトレーナーの第一歩だ」
「……エリートトレーナーの言う事は違うねぇ」
茶化されても今は嫌な気分がしない。それは多分、お互いに胸の内を多少なりとも打ち明けられたからだろう。シズクに恐れるなとは言えないが、自分に出来る事は精一杯、エリートトレーナーとして、そして先達として導く事だけだ。
「……今日はもう寝ろ。トレーナーにとっては自身の健康管理も一つの素質のうちだ」
「……べーっだ! レイジこそ、早く寝なよね! ……あたしの事、ちゃんとサポートしてくれるって言うんならさ!」
寝所へと戻っていくシズクの声を背中で聞き留めながら、レイジは戦略を組み上げていく。
ギリギリまで、対ナンジャモ戦の策は巡らせておくべきだ。それも、自分に出来る唯一の――。
「……不思議なものだな。これまでだって請負人として、責任を感じないわけではなかったのに。肩入れとは、俺らしくもない」
だが悪い気はしない、それは確かだった。