疾走するトレーラーの中でワタルはZORAネットワークにアクセスしながら、小田巻へと言葉を振る。
「小田巻さん。……連続怪死事件の被害者がまた出たそうです。今回は、本当にログインしたまま、心臓麻痺で……」
今しがたまでZORAにログインしていたワタルが引き上げられるようにしてヘッドセットを外すと、小田巻はモニターから視線を振り向ける。
「……日神クン、君のせいじゃないわ。思い詰めないようにね。連中の言じゃないけれど、治安維持局が必死になっても犯人が見つけられないのよ。それってつまり……私達の領分じゃないって事なのかもね」
「ですけれど……やっぱりやるせないですよ。何のための円卓騎士団なんだか……」
ワタルにしてみれば自身の存在証明を脅かす事件でもある。ZORA内においてこれだけ権限を持ち、なおかつ力も持ち合わせているのに何も出来ないなんて。
「けれど……連続怪死事件がどうのこうのって、何で警察は追わないんでしょう? 今のところ原因不明って言うのが大方の推理ですよね?」
「蜷川! 前見て運転する! ……そうね。だって言うのに、被害者は出続ける。これじゃ、重要な証言を得る前に取り返しがつかない事になりかねないわ。日神クン、続けざまだけれど、もう一回ZORAに潜ってもらえる?」
小田巻の言葉にワタルは首肯して、首筋のバーコードを押し当てさせる。
「了解。これよりZORAにログインします」
ZORAに潜る時には、いつだって奇妙な感覚が纏いつく。まるで脳髄の意識と呼ばれる部位だけを抽出されているような、ぞっとする感覚だ。ZORAネットワークの安全性は担保されて久しいが、この脳内を覗き込まれるような奇異さだけは拭い去れない。
ワタルの意識は次の瞬間にはZORAを闊歩していた。
ZORAは現実のホウエン地方の鏡写しのようになっており、現在地はキンセツシティのZORAでのアーケード街――通称、ニューキンセツである。
『ニューキンセツでの聞き込みは有効よ。日神クン、頼んだわ』
「分かりました。……あ、ちょっとそこの。連続怪死事件に関して、お話を聞かせていただけますか?」
立ち止まったのはベトベターのアバターを使っているプレイヤーで、その見た目に反してフレグランスの匂いが漂っていてどこかミスマッチである。
「あっしですかい?」
「ええ。自分はこのような身分でして」
懐から取り出したのは円卓騎士団の騎士勲章であり、それを見るなりベトベターのアバターが解かれ、中身の人間が露になる。
「……あ、円卓騎士団……。えっと、ポケモンのアバターの禁止事項には抵触してないはずですが……」
「お話を聞きたいだけです。お手数をおかけしてすみませんが、連続怪死事件。ご存知ですよね?」
「ZORAに入ったまま、死んじまうって言う、アレですかい? そりゃー、聞きかじっちゃいますが詳しいかどうかで言えば……」
相手はそれとなくニューキンセツで出店しているヒウンアイスの名店へと視線を投げる。そこで情報を聞き出せ、と言う合図なのだろう。ワタルは首肯して、それから捜査への協力の礼を述べる。
「……ありがとうございます」
「一つ、いいですかい? ……円卓騎士団って言うのは、ZORA内での非道な行いをBANする、ヤバい連中だって言うのは……」
悪評はどこに行っても付き纏う。ワタルは視線だけ振り向けて、その評価に対して肯定も否定もしなかった。
「……そういう側面も、あると言う事なんでしょうね」
ヒウンアイスはイッシュ地方ヒウンシティの名物であり、ホウエン地方でも出店しているほどの銘菓として親しまれている。現実のキンセツシティにもリアル店舗は存在するが、ヒウンアイスはZORA内でも軒を連ねており、ニューキンセツにおける名店だ。
「ちょっと。並んでいるでしょうが」
分け入ろうとして声を掛けられたので、ワタルは騎士勲章を示してから捜査を推し進める。
「ちょっと失礼……。ヒウンアイスの売買に関して、少しだけ話を聞かせていただきますか?」
「……あんたは……」
店主へと騎士勲章を掲げると見るからに嫌そうな顔をして店内へと導かれる。
「……何だって言うんです? 円卓騎士団の人間が、ここまで来るなんて。言っておきますが、ウチは健全ですよ? ヒウンアイスには妙な都市伝説はありますがね」
「……現地のヒウンアイスは実はポケモンだ、と言うまことしやかに囁かれている噂ですか」
「ただの噂ですよ。他の何でもない。どうせなら食べていきますか? 円卓騎士団の方々も喜ばれると思いますよ」
店主の物言いにワタルは遠慮してから、バックヤードを見渡す。
「……お聞きしたいのは連続怪死事件に関して、です」
「ここ数日間、ZORAを賑わせている? 何だって、そんなものを」
「最新の被害者はニューキンセツに出入りしていた。そして最後に食べたものが、ヒウンアイスであったとされています」
もちろん、この情報は秘中の秘。小田巻から切り札としてとっておけと言われていた内容である。人のよさそうな店主はその言葉を聞くなり、顔を曇らせる。
「……どうにも。いただけませんな。我々がその連続怪死事件に関わっている、とでも言われているようで」
「証言が欲しいんです。被害者の人相と、それにどのような行動に出ていたのかを」
『日神クン、最新の被害者の顔写真をダウンロードしたわ。騎士勲章に送っておくわね』
小田巻の秘匿通信の声を聞き、ワタルは騎士勲章端末に浮かび上がる被害者の顔写真を目にしていた。
「……この顔に見覚えは?」
「……さぁね。ヒウンアイスの直営店は連日盛況なんです。リアルとZORA内とでの照会だけでも三日はかかりますよ」
「ですが、貴重な足跡となり得ます。ここでヒウンアイスを買ったという記録は残っている。記憶は誤魔化せても、記録だけは誤魔化せないはず」
「……だとして。何が仰りたいんです?」
店長はそれとなく懐から電子タバコを取り出す。電脳世界でやり取りされている煙の少ないタイプで、副流煙はほとんど感じさせない。
「……ZORA内で食べ物を食べたのならば、現実の肉体には残らずともアバターやプレイヤーデータとしては残留します。それが重要な手掛かりとなる可能性も捨てきれない」
「……毒、とでも?」
ワタルが沈黙を是とすると店長は大仰なため息をついていた。
「……円卓騎士団のお方。毎日百個以上を売り上げるヒウンアイスに毒を仕込むなんて、それこそ非効率ですし、それに狙った相手を殺せるとも思えませんよ。第一、調べれば分るでしょう? 連続怪死事件の死因くらいは」
一般レベルでも毒殺ではないと言う事くらいは知れ渡っている。ここで鎌をかけても旨味はないか、とワタルは一歩引いていた。
「……では。監視カメラのデータをいただけますか? 被害者の顔くらいは映っているかもしれませんし」
「構いませんよ? ですがね……治安維持局がうるさいのなんのって」
円卓騎士団はあくまでもZORA内の自警団。捜査権は治安維持局に比べれば二の次だ。
「……その時間帯のカメラ映像を見せていただけるだけで構いません。データファイルの提出までは求めませんので」
そこまで譲歩して、店長はようやく映像資料を差し出す。渋々ではあったが、協力してもらった事は感謝せねばならない。
「……困るんですよねぇ、こういうの」
「いえ、助かります。……少し巻き戻していいでしょうか?」
「お好きに」
観測されたのはつい半日ほど前。途切れる事のない列に割り込んできたのは今回の被害者だ。それまで並んでいた人々をかき分け、一時的とは言え不自然な乱数配置がある。
「……待ってください。小田巻さん、共有出来てますか?」
『こっちでも見ているけれど、どうかした?』
「これ……時間の秒数がずれてるんです。何だか……意図的とでも言うべきでしょうか」
数刻して、小田巻の返答がもたらされる。
『……こっちでも観たわ。確かに、レイコンマ数秒以内だけれど、並んでいた列に割り込んだ……不正なグリッジとでも言うべきでしょうかしらね』
「ですが、このレイコンマのグリッジは……誰にも認められていないように思われます。ヒウンアイスの店長だって、これには……」
店長はわざとこちらの声が聞こえないようにミュートにしているようであったが、それでも先に勘付いているのであればこの映像でさえも共有させないはずだ。
「……小田巻さん。店長に記録を残らないように、この映像資料のコピーを」
『いいけれど……後々、治安維持局に目を付けられかねないわよ』
「いえ、ですがもし……このグリッジ行為が、連続怪死事件のきっかけならば、と……」
『日神クンなりの第六感ってわけね。いいわ、ファイルを共有しましょう』
ダウンロードまで、残り三十分。如何にZORA内が最適化されているとは言え、ニューキンセツの名店の一角からの完全な足跡を辿らせないのには時間がかかる。その間、何とか持ち堪えさせられないか、と考えていたワタルは背後にまで歩み寄っていた店長を目にして息を呑む。
「……これは円卓騎士団としての介入行動で……」
言い訳を並べる前に、店長の首が不意に九十度回転する。一体何が起こったのか、ヒウンアイスの店長の喉の奥から漏れたのは文字化けの悲鳴であった。
「あ、あががががが……!」
店長のアバターの像が歪む。その内側から生じたのは不正なパスコードの類であった。黒煙が生じ、店長のアバターがぎりぎりと首を捻じ曲げさせ、脊髄が引き出される。
店長のアバターを吸収したのは一体のポケモンであった。
「……何者……!」
そのポケモンを外付けのポケモン図鑑で計測しようとして、全ての情報が封鎖される。ワタルは唐突に掻き消えたデータベースの参照エラーに戸惑っていた。
「……小田巻さん? 蜷川さん! ……一体、何が――!」
声にする前に飛び掛かってきた謎のポケモンのアバターによってワタルの肉体は引き裂かれかけるが、それを寸前で騎士勲章から生じたデータ障壁によって防御する。
「……アバターコネクト!」