彷徨い歩くのはとうに慣れているつもりであったが、それでもやはり居場所がないと言うのは辛いものだと考えていた。
だからこそZORA内における資金が尽きかければ、ギルドに顔を出す事も儘あるので、当然ギルドマスターからは嫌な顔をされる事も多い。
「……あんた、この間も仕事を探していたよな? 何だってそんなに点々としているんだ?」
「……仕事さえこなせれば文句ないだろう」
「それはそうなんだが……俺だってギルドマスターなんだ。不評な奴に斡旋するのは気が進みやしない。えっと……確か名前は……」
「――レイジ、だ」
ギルドマスターはその名前を認証し、そうだったなと返す。
「レイジよぉ。この間、お前さんと組んだって言うパーティ全滅したんだって? ZORAにおける全滅なんて現実の生き死にに比べれば怖くないとは言え、それを推奨するって言うのは……」
「言いたい事は分かる。俺はただ……仕事が欲しいだけなんだ」
こちらの物言いにギルドマスターは渋い顔をする。
「……分かったよ。初心者パーティでいいか? お前は特別な口利きで、そいつらを引っ張って欲しい。なに、簡単なクエストだよ。初心者向けなら、ニューキンセツから出た事のない奴らの御守りってところだな」
「……世話になる」
ギルドマスターがレイジの名前を署名し、それからニューキンセツの待ち合わせ場所を指定する。
「待ち合わせ場所はニューキンセツの屋上。そこの噴水広場で待っているとの事だ」
レイジはその声を受けて身を翻しかけてギルドマスターの声を受ける。
「……待てよ、レイジ。お前さん、ちょっと迂闊なんじゃないのか? いくつものパーティを全滅させて回っているなんて通り名、真っ当じゃないぜ? 誰かはお前さんの事をこう言う。“死神”と」
死神か。それは似合いの通り名だ、とレイジは胸中に結ぶ。
「……どう思われていようと構わない。俺は……ただ……」
「ただ?」
そこから先はあえて言葉にせず、レイジはギルドマスターの酒場から出るなり、ニューキンセツの屋上を目指す。元々、現実世界のキンセツシティを模した形状のニューキンセツであったが、なにせ現実には不可能な違法建築や重力を無視したクラフトが可能ともなれば、それを試してみたくなるのが人情と言うもの。
すっかり夜が暮れた頃合いには三十階建ての高層ビルから覗く真紅の光と、下層のアーケード街がまるで生物の腸のようにいびつに結ばれている。
――この街じゃ、一端を気取れば喰われる。
それは共通認識としてある。
ZORAが如何に現実世界を映す鏡であろうとも、このニューキンセツの夜はいつだって不気味だ。魑魅魍魎が跋扈し、人々をあらぬ眼差しで穿っている。
行き交う人々は思い思いのアバターを纏っており、レイジのように人型で装飾の少ないアバターのほうが少ないくらいだ。
実際、現実世界との差異はほとんどない。金髪に碧眼。多少なりとも筋肉をつけて見栄えをよくしている部分はあるものの、それ以外は生身と変わらない。服飾はぼろきれのような黒い衣装だが、特段、それを意識したつもりもない。
「……この街は狂ってる」
ニューキンセツの街頭モニターに表示されたバーチャルアイドルが歌声を撒き散らす。最近流行のヤドンと女子高生を混ぜたようなギャルファッションの配信者がダブルピースと共にサイケデリックな声を披露する。
『みんなー! オデの事、たっくさん愛してぇーっ!』
「……愛して、か」
思わず自嘲が漏れる。愛して、なんて嘘でも言うものではない。
「……あ、あんたが例の……?」
噴水広場で待ち構えていたのはまだ少女の年かさが似合うアバターであった。装飾はレイジほど簡素ではないものの、それでもZORAを行き交うのならば地味と言ってもいい。片方の相貌を彩るのは、デリバードを思わせる突き立った赤い耳と水色の氷結した頭髪である。
「……お前か。ニューキンセツから出るための……護衛の依頼なんだと聞いた」
「……ギルドマスターの情報通りなら、あんたがレイジ、なんだよね? 噂の……」
どういう噂なのかは言及しなかったが、きっとろくな噂ではないのだろうとレイジは鼻を鳴らす。
「そうだ。……今なら払い戻しも効くが」
「……冗談。あたし、ニューキンセツからどうしても出たいの。……協力してよね」
真っ昼間のように明るいニューキンセツの夜は単純に眼に悪い。レイジは顎をしゃくっていた。
「……ついて来い。まずはポケモンの登録が必要だろう」
「……あたしの手持ちじゃ当てになんないって?」
「ここはZORA内のニューキンセツ。現実のキンセツシティとは異なると思っていい。レベル差も、ましてや挑んでくる連中も段違いだ。現実世界じゃ、今もキンセツシティってのは再開発の途中なのか?」
「……あんた、いつの話をしてるの? キンセツなんて、今頃はアーケード街で組まれた……近未来都市として有名なのに。ホウエンでもダンチだよ」
「……そうか」
あまり言葉を尽くす必要もない。レイジはまずポケモンセンターに寄っていた。少女は付き従いながら、少しだけ怪訝そうにする。
「……ねぇ。トレーナー登録ってやっぱ……身元だとか必要になるわけ?」
「いや、同意人が居れば未成年でもポケモンの所持は可能だ。本来ならば、両親や三親等以内の成人の同意が必須だが……問題ない。お前の事は、既にギルドマスターから伝え聞いている。……親を頼りに出来ないんだろう?」
その言葉振りに少女は気圧されたようであったが、嘗められたら終わりだと思っているのかふんと鼻を鳴らす。
「……勘違いしないでよね。あんたみたいな三下……親代わりに利用するだけだし」
「問題ない。俺も仕事の一環だ。肩入れするつもりもないさ」
「……そっ。なら、お互いちょうどいいんだろうけれど」
「……名前は?」
「……シズク」