どうにも名乗りたがらないところを見るに、訳アリなのは窺えるが何一つ知らないままトレーナー登録に同席する事は難しい。
「……そうか。シズク、俺は年齢的には……お前の兄を名乗ったほうがよさそうだな。ポケモンの希望はあるのか?」
「……希望……つーか、あたしみたいなのでも使えるポケモンなら何でもいい」
「なら初心者向けのレンタルポケモンを頼りにするのがよさそうだ」
ポケモンセンターの受付でレイジはトレーナー登録を慣れた所作でこなしていく。受付嬢も特に警戒した素振りはない。そもそも、トレーナー登録の場において成人の同席が必要と言う形式は半ば形骸化しており、殊にそれがZORA内であるのならば違法登録の温床になっている部分も大きい。
「はい、お兄様ですね。ではシズク様の登録候補は、これで如何でしょう?」
提示されたのはいくつかの通称だ。ポケモントレーナーは現実世界においてアイデンティティとして通り名を使う事が推奨されている。
「……えっと……じゃあ、“ミニスカート”……で」
先ほどまでの態度の大きさはどこへやら、受付嬢相手にどこか及び腰なシズクに対し、レイジは仮面の笑顔を張り付かせてにこやかに応対する。
「すみません、妹はまだトレーナーとしての歴が浅く……。色々と都合をつけていただく事も多いかと思いますが……」
「構いませんよ。初心者も大歓迎なのが、ここニューキンセツのポケモンセンターですから」
受付嬢の裏表のない笑顔にシズクは僅かに戸惑いを浮かべたらしいが、そのような些末事に構っている時間も惜しい。
「……こいつ、緊張しがちなんです。昔っから変わんなくって……」
「では、トレーナー登録に関してはお兄様にお任せするのがよろしいかと存じます。ポケモンの所有数は如何なさいますか? 初心者なら二体持ちを推進しますが……」
「では、初心者向けの……そうですね。ホウエン地方なら地面タイプ、草タイプなどが多いでしょうし、それらに打点が取れるポケモンを用意していただけますか?」
「かしこまりました。では、こちらのリストからどうぞ」
シズクは無数のポケモンのリストから、まるで最初から望んでいたように二体のポケモンを選出していた。
「じゃあ、この二体で……」
「それではご用意しますね。おめでとうございます! 晴れて、あなたはポケモントレーナーとしての一歩を踏み出されました!」
受付嬢の賛美にシズクは少しだけ気圧されたようにしていたが、やがてすんと顔を伏せて頷く。
「あ……はい……」
「こういうのは形式なんだ。もっと肩の力を抜けよ」
肘で小突いてせいぜい仲のいい兄妹を演出する。モンスターボールが二つ、差し出されたのでシズクはまだ使い込まれていないホルスターにそれらを留める。パチン、と真新しいマグネットの音が響いていた。
「……あんた、慣れてるんだね」
受付嬢が出入り口まで手を振ってトレーナーとしての門出を祝うので、少々離れてからシズクはようやく口を開く。
「……まぁな。俺だって仕事なんだ。とちりたくはないさ」
「……まぁ、いいけれど。あたしみたいな訳アリ女子とか、結構見飽きたって奴?」
「……それもそうなのかもな」
濁すような物言いを選んでいるとシズクはニューキンセツの街頭モニターに表示されたヤドンアバターの配信者を視界に留める。
「……あれ、さ。あたしと多分、そんなにトシ変わんないんだよね。だって言うのに、向こうは億万長者。あたしは地を這う虫ポケモンみたいなものでさ。住む世界が違うって言うの?」
「何だ、ストリーマーに憧れているのか? ZORA内では職業選択の自由だけは担保されている。何なら、今からでも変えるか? “ミニスカート”のシズク」
「……誰が。第一、あんた、ニューキンセツ出るまでの契約だって言うんだから、忘れないでよね!」
自分の優位を崩したくないのだろう。シズクの声音にレイジは淡白に返す。
「……分かってるよ。俺はあくまで通行証みたいなものだ。ニューキンセツを出て、そこから先どうするのかまでは関知しない。それでいいんだろ」
「……分かってるのなら、いいんだけれど」
どうやらシズクにしてみても自分の立ち位置は意想外であったらしい。それほどまでにすぐにトレーナー登録が必要なのには理由もあるのだろうが、レイジは下手に勘繰るつもりもない。
「ニューキンセツを出るのにはいくつか手順が必要となる。一つは、街の外に出るためのトレーナー登録。そして、もう一つはギルドへの入会……だが、こちらは適当な連中を集めればいい。幸いにして、ギルドの集会所は空いている」
レイジが集会所の扉を開くと、それまで酒盛りをしていた人々がしんと静まり返る。
「……なに? 急に静かだけれど」
大方、自分の悪評が広まっているのだろう。この調子では、一両日中にギルド契約を結ぶのも難しいか、と思いつつレイジは受付に問い合わせる。
「ギルド契約を結びたい。空いている連中は居るか?」
「空いている連中だぁ?」
カウンターの奥で新聞を読み漁っていた大柄な男がこちらを睨む。レイジはしかし、全く視線を逸らさずに応じる。
「ああ。ギルド契約はいつでも空いている、との事だったが」
「……あの甘ちゃんギルドマスターも困ったもんだよなぁ。死神に仕事をあてがってくれだなんてよ」
「……死神……?」
シズクの当惑を他所にレイジは話を進める。