もっとも、このZORA内においてその銘はあまりにも意味がない称号ではあるが。しかし三人組にとってはその名前は思った以上に効果的であったらしい。
「……え、エリートトレーナー……? 何だってそんな奴が……ニューキンセツの集会所に居るんだよ……!」
「こいつの保護者兼依頼人でな。ここから先は、対等な条件での試し合いではなくなる。さぁ、どうする? 大人しくギルドを組むか、それとも他の連中に出し抜かれるか」
二者択一のようで、これは一択の選択肢だ。リーダー格のトレーナーは残り二人に振り返り、やがて疲れ切った頬を引きつらせる。
「……言っておくが、ギルドを組むって事は取り分があるって事だぜ? ……いいのか?」
問いは純粋に。そしてシンプルなものだ。
三人組はやがて観念したかのように頷いていた。
「……分かった。ギルドを組もう。それにしても……お互いに訳アリっぽいな。ここじゃ目立つ。酒屋に……っと、その嬢ちゃんは未成年か」
リーダー格の慮った声にシズクは頬をむくれさせる。
「馬鹿にしないで! ……あたしだって、もうとっくにトレーナーなんだから!」
ふんすと鼻息を荒くするシズクにレイジは嘆息を漏らす。
「……連れて行ってくれ。必要だろう?」
三人組と連れ立って赴いたのは小料理屋であり、ニューキンセツの中でも店の規模は小さい。
「ここはおれ達の憩いの場でな。メシもうまい」
その小料理屋は「さかもと」と言う名前であり、レイジはどこか居心地が悪い。それもこれも、全員が顔見知りのように振る舞っているからだろう。どうにも一言さんお断り感の強い場所だ。
「いらっしゃい! 今日の創作料理、出てますよ!」
ぎこちない所作でメニューを取りに来たプレイヤーの名前が頭上に表示されており、[マヨイ]と記されている。
「アキヒ……[マヨイ]君! こっちこっち! オーダー取って!」
それに対比するように少女のアバターを使った店員が急かすと[マヨイ]なる店員が景気のいい笑みを浮かべた。
「分かってるって! これ、サービスの突き出しです!」
ZORA内における飲食は実際には腹に貯まらないのだが、それでも満腹感を覚えられるところが既存のVRMMOとは根本的に異なる点だ。開発者曰く、ZORAの中ならば全てが可能、との事であったがあながち誇張でも何でもない。
「……で、話だが……本当にギルドを組んでくれるのか?」
「あれだけの衆目の前でコテンパンにやられたんだ。嘘は言うつもりはない」
リーダー格の参ったとでも言うようなジェスチャーに他の二人も追従する。
「けれど……何だってあんなに強いのに……集会所に? あんたほどの実力者なら、わざわざギルドを組まなくっても」
「こっちの都合なんだ。トレーナー初心者でな」
シズクへと顎をしゃくると彼女は不服そうに腕を組んで憮然とする。
「……あたしがまるで邪魔者みたいじゃないの」
「今回の依頼者はそっちなんだ。邪魔なわけがあるか」
「……そうか。訳アリなのはお互い様だな。おれらは……察しがついているかもしれないが、バッジ三つの取得には成功したものの、それ以上はてんで……。だから一旦ニューキンセツまで戻って立て直そうと思っていたんだ」
「リーグ挑戦者か? それにしてはボロボロだな」
レイジの問いかけにリーダー格は肩を落とす。
「……あんたは知っているかどうか知らないが……ZORA内におけるリーグと言うのは表とはまるで異なる。現実世界でのリーグへの挑戦権と、ZORAでの実力は変わってくるんだ。それもこれも……キンセツシティを作り直し、そしてZORAの管理を一手に担っているジムリーダー、テッセンの計らいなんだろうが」
「……テッセンって?」
「そんな事も知らないのか? ……キンセツシティのジムリーダーであり、ニューキンセツホールディングスの責任者だ。実質的にZORAと言う名のインフラを全て掌握していると言っても過言ではないだろう」
「……し、知ってるわよ! 知っているけれど聞いたの!」
どうにもシズクは舐められる事に抵抗したいらしい。無知を罪とは言わないが、聞くは一時の恥に過ぎないのにとレイジは思う。
「……まぁ、そんなこんなで……。ZORA内でのリーグ優勝と、それに伴っての戦いは現実よりも難易度が高い。かと言って、おれ達が表のリーグを制覇出来る実力化と言えば……」
先刻の戦いで全て分かったはずだとでも言うようにリーダー格は声をしぼませる。その自信のなさも、ZORA内で数多の実力者に揉まれてきたのならばさもありなん。
ZORAでは現実では決して出来ない戦法も可能となる一方で、苛烈なるトレーナー競争に火を点けたと言ってもいい。ただでさえ、トレーナーとしての品格は実力者とそうでない人間との間では埋めようのない溝なのに、ZORAは全てを可能にすると言う謳い文句でハードルを下げているようで、実際のところは上がっているのだ。
「……そっちの言い分は分かった。何が問題点なのかもな。だが、俺の依頼は一つだ。こいつ……シズクをニューキンセツから出し、そしてトレーナーとして一端にする。それが今回の俺の請け負った仕事だ」
「……それは分かるが……あんたほどの実力者なら、別に二人っきりでも……」
「駄目だ。ギルドの加入がなければZORA内では上手く立ち回れない。それに、ギルドに入っていれば、こいつの面倒も見やすくなる」
「……あのね、レイジ! こいつこいつって……あたしにはシズクって言う名前があるんだって……!」
「そっちこそ、会ってまだ三十分と経ってないのに、レイジと呼び捨てか。目上の人間には敬意を払えとは習わなかったんだな」
「……何よ。偉そうに!」
ふんと鼻を鳴らすシズクに三人組は戸惑いながらもこちらの事情を理解したらしい。
「……あんたらのやりたい事はよく分かった。要は、そっちの嬢ちゃん……シズクちゃんをトレーナーとして一端にしたい。それには二人だけのギルドでは難しいから、おれらに声を掛けた、と言うわけか」
「そういう事だ。本当ならば戦闘すら必要はなかったんだが」
戦いに持ち込んだのはともすれば悪手か、とレイジは感じたが三人組はそれほど屈辱とは思っていないらしい。
「……いや、おれらも腐っていた。改めて、よろしく頼みたい。レイジ、とシズクちゃん……。おれの名前はテツ」
ルカリオ使いの名前はテツと言うらしい。レイジが握手を交わすと、他の二人も名乗った。
「僕はサイ。こっちはエル」
残る二人は大方、テツのバックアップなのだろう。ギルド制ではメインとなるトレーナー以外はサポートに回る事も少なくはない。それは一人のトレーナーが所有出来るポケモンの型の限界もあるが、何よりも一人旅は手持ちが全滅すればその場からポケモンセンターまでの道のりでさえも過酷だ。ともすればその間にさらに追い剥ぎを食らう事もあり得る。ZORAにおけるギルド制とは、身の安全の保障も兼ねているのだ。
レイジはサイとエルとも握手する。しかしシズクは信用ならないのか、握手さえもしない。
「……おい。せっかくギルドを組んでくれたのに」
「……信頼出来ない。あたし、この街を出るまでは誰も信用したくないの」
「……俺に委任状を頼んでおいてよく言う」
「それは……! 絶対に必要だったから……仕方なく、よ!」
「……どうにも。元気な様子だが、シズクちゃん。手持ちはどうなってる?」
テツの問いかけにシズクは先刻渡されたばかりのモンスターボールを取り出す。
「……なるほど。確かにこの編成ならば、ニューキンセツを出るくらいまでは有効か」
光に透かして中を見やったテツからシズクは引っ手繰るようにして戻す。
「もういいでしょ。……あと、ギルドに登録したからって何かいい事でもあるの?」
「ギルド登録はZORAにおける安全保障に等しい。トレーナーは元々旅がらすではあるが、それらの安全、そして安定のためにはギルド加入は話が変わってくる」
「シズクちゃんはまだ初心者なんだろ? なら、おれ達がきっちりとその領分を果たすってわけさ。特に新人トレーナーには優しくするって言うのは不文律のようなものでね。中にはビギナー狩りを生業にしている連中も居るが、そういう奴らから守るって言うのもギルドの仕事のうちだよ」
「ビギナー狩り……」
シズクが人知れず身を強張らせる。それもそうか、とレイジは思う。ギルドに加入しなければ、ニューキンセツを出る前に無一文になっていてもおかしくはないのだ。それがこのZORAと言う現実とは違うもう一つの仮想世界における弱肉強食のルールである。
「ZORAならば現実ほどに厳しくはないと踏んでいる連中も多い。しかし、実のところで言えばZORAも現実もさして変わるところはない。トレーナーにとって生きやすいかと言えば、それも疑問だ」
「それに最近じゃチーターも出てきたとなってくる。まったく、平等が聞いて呆れるよ」
「お待たせしました! 本日の創作料理です!」
店員が運んできたのはあたたかなポタージュとこの時間帯ならではのおつまみであった。テツは酒を注文する。
「……まぁ、祝杯でも上げようか。ギルド結成に、乾杯!」
「ああ。乾杯」
レイジはしかし、どこか乗り切れないでいた。シズクの事もそうならば、ギルド加入に際して懸念がないと言えば嘘になる。そもそも、何故自分がこのような仕事に身をやつしているのかは――。
「……ねぇ、レイジ。明日からはちゃんとニューキンセツを出る事は……」
「……何も心配は要らない。ギルドに入れたのなら、まずは一歩目だ」
レイジもカントー産の度数の高い酒を呷るが、酔えないのは自分が一番よく知っている。
「……そう、だよね……。これが一歩目……」
シズクは何を不安がっているのだろう。そもそも、こうしてトレーナー登録した時点で、親離れでもしたかったのだろうか。あるいは別の理由か、と考えたがどれも詮無い事だと打ち消す。
今はただ、不確定要素が少しでも減ってくれる事を願うしかなかった。