眾禍祓除 SHU-KA-FUTSU-JO   作:タカノ/髙野

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第三話『とりあえずよろしく』

 部屋から廊下に出る三人。

 

──そういや、ここ地下って言ってたっけ。

 

 窓のない薄暗い廊下を見て、先程の喬示の言葉を思い出す天平。

 

──危険性が認められないから解放って、危険性があったらどうなってたんだ? まさか幽閉?

 

「なにぼやっとしてんだ? 置いてくぞ」

 

 あり得たかもしれない未来を想像して顔を青くする天平。

 そこに喬示から声がかけられ我に返る。

 速歩きで喬示と純礼のもとへ行き、エレベーターに乗り込む。

 エレベーターは広く、ボタンにはB1と1から5までの数字が記されたボタンがある。

 

「地上五階地下一階……立派な建物ですね」

 

「ん? あぁ。まぁ、国の機関だからな。ここ霞が関だぜ」

 

「え? そうなんですか」

 

 てっきり拝揖院を民間の組織だと思っていた天平は喬示の言葉に驚く。

 

「知ってるのは政府でも上の方の連中だけだがな」

 

「国家機密ってことですよね? 俺が知って大丈夫なんですか? もしかして一生監視付きとかになるんですか?」

 

 青ざめた顔をして言う天平を見て、喬示は苦笑する。

 

「それに関する話を今からするんだよ」

 

 喬示が言い終わるタイミングでエレベーターが四階で停まり扉が開く。 

 

「こっちだ」

 

 喬示に言われ、エレベーターを出て後を追う。

 高級そうなカーペットの敷かれた廊下をしばらく歩き、突き当りにある扉の前で立ち止まる。

 喬示が扉を三回ノックする。

 

「入れ」

 

 中から入室を許可する声が聞こえ、喬示が扉を開け入る。

 

「し、失礼しま〜す」

 

 喬示に続いて、恐る恐る部屋へと踏み入る天平。

 部屋にはテーブルとそれを挟んで置かれた黒のレザーソファ。

 その奥にはエグゼクティブデスクがあり、そこに男が座っている。

 男は立ち上がると、三人のもとに歩いてくる。

 喬示と似たようなスーツを着た中肉中背の中年男性といった漢字の男は、天平の前で立ち止まると右手を差し出す。

 

「はじめまして。私は拝揖院禍霊対策局局長の新倉(にいくら) 照義(てるよし)だ」

 

「帚木天平です」

 

 天平も右手を差し出し軽く握手をする。

 

「話は聞いている。大変だったようだね。まぁ、座って」

 

 新倉に促され、ソファへ。

 扉から見て右側のソファに新倉と喬示、左側のソファに天平と純礼が座る。

 

「長崎から取り寄せたカステラだ。良かったら食べて」

 

「いただきます」

 

 箱に入った個包装タイプのカステラが差し出されると、すかさず純礼が手に取る。

 

──意外と食いしんぼうか?

 

 天平がそんなことを思いながら純礼を見ると、彼女は咳払いをする。

 

「夜食べれてないのよ。誰かさんのせいで」

 

「ああ、はい。すみません」

 

 そう言われては、天平は何も言えない。

 二人がそんなやり取りをするなか、喬示は新倉に天平に関する報告をしていた。

 

「なるほど。危険性はないと」

 

「はい。暴走に関しちゃよく分からないっすね。覚醒が遅かったのと関係あるのかも」

 

「ふむ」

 

「あの……俺はこれからどうなるんですか?」

 

 腕を組んで考え込む新倉に、天平が躊躇いがちに言う。

 

「君のような一般家庭出身の寄処禍に対して我々の取る対応はいくつかあるが、最も多いのはリクルートだ」

 

「リクルート……。拝揖院に採用するってことですか?」

 

「そう。寄処禍は勉強したり資格を取ればなれるものではないからね。慢性的な人材不足なのさ。君たちのような子どもを戦わせるのは心苦しいがね」

 

「お前は筋が良いし、入るなら歓迎するぜ」

 

 新倉と喬示の言葉を聞いて、天平は考え込む。

 

「君に関して簡単な調査を行ったが、特に不審な点はない。中々複雑な生い立ちのようではあるが」

 

 新倉がテーブルに置かれた資料を手に取り見ながら言う。

 喬示も横からそれを覗き込む。

 

「親がいねえのか」

 

「あ、はい。母は小さい頃に亡くなってて、父親はそもそも籍すら入れてなかったらしくて会ったこともありません。祖父母に引き取られたんですが、祖父も三年前に亡くなりました。祖母も一年前から入院してて今は一人で生活してます」

 

「苦労してんなぁおい。なおさらうち来いよ。秘密組織とはいえ公務員だから給料は安定してるぞ」

 

「と言うか、入りたいって言ったら入れるんですか?」

 

「ちょっとした試験はある。落ちるようなもんじゃねえさ」

 

 そう言われて、天平は純礼を見る。

 何個目かのカステラを食べていた彼女は、ゆっくりとそれを飲み込む。

 

「なぜ私を見るの?」

 

「いや、どう思うかなって」

 

「貴方が決めることよ」

 

「そうだね。まぁ、やるだけやってみようかな」

 

「決まりだな」

 

 喬示はそう言って背もたれに寄りかかる。

 

「禍霊対策局について少し説明しておこうか。禍対(かたい)と略して呼ぶことが多いんだが、主な業務は禍霊の祓除と寄処禍犯罪者の取り締まりだ。四つの実動部隊があり城東・城西・城南・城北の四地区をそれぞれ管轄している。君が入るとしたら、喬示が隊長を務める第二部隊だ」

 

 新倉の言う四地区とは皇居──かつての江戸城──を中心として見た東西南北の各地域で、東京23区のうち千代田区を除いた二十二区のこと。

 城東地区は、中央区・墨田区・葛飾区・江戸川区・江東区・台東区の六区。

 城西地区は、新宿区・渋谷区・世田谷区・杉並区・練馬区・中野区の六区。

 城南地区は、港区・品川区・大田区・目黒区の四区。

 城北地区は、文京区・荒川区・豊島区・板橋区・北区・足立区の六区。

 

「第二部隊は城西地区、つまり新宿、渋谷、世田谷、杉並、練馬、中野が管轄だ」

 

「東京23区だけですか?」

 

「各都道府県にも小規模ながら支部はあるよ。禍霊には東京、正確には皇居を目指す習性があってね。そこを取り囲んでる地域で構えていれば向こうから来るというわけさ」

 

「まぁ道すがらに問題起きて、支部じゃ対応できずに、こっちから人員送ることも結構あるけどな」

 

「なるほど」

 

「他に聞きたいことはあるかな?」

 

「えっと、試験はいつ……?」

 

 天平の質問を受け、新倉は喬示を見る。

 

「実はもう一人、新入りがいるんだよな。しかもお前らと同い年。学校も同じだ。ただちょっと事情があって出遅れててな」

 

「そういえば、事故で入院してるとかで入学が遅れてるクラスメイトがいます」

 

「そいつがそうだ。六月の頭くらいには来るだろうから、そん時にまとめてやる。それまではまぁ……試用期間ってことで。それで良いっすよね? 局長」

 

「ああ。お前に任せる。喬示」

 

「んじゃ、そろそろ帰るか? 疲れたろ」

 

 喬示が立ち上がるのに天平と純礼も続いて、新倉に挨拶をして部屋を出た。

 

 

           ☆

 

 

 エレベーターで一階に降りエントランスを抜け本部から出る。

 時刻は十一時近いが周りのビルには明かりが点いている部屋が多い。

 

「秘密組織なのに随分堂々と建ってますね」

 

「結界で囲われてて普通の人間には見えないようになってんのさ」

 

 しばらく歩き霞が関駅の出入口近くまで行ったところで喬示が立ち止まる。

 

「そういや、これの説明してなかったな」

 

 喬示はそう言うと両手を構える。

 

「禍仕分手」

 

 その言葉と共に、手を合わせパンッと音を鳴らす。

 すると一瞬で世界が夕暮れに変わった。

 

「あ、これ……」

 

「ここは間世(あわいよ)と呼ばれる、生者の世界である現世(うつしよ)と死者の世界である幽世(かくりよ)の狭間の世界だ。人は死ぬと幽世に行くが、強い未練や恨みを抱えた人間はここで禍霊に転化し、しばらくすると現世に転移する」

 

「禍仕分手は間世に入るための移動手段。拍手の音を聞いた禍霊を転移させる術式よ。禍仕分手と唱えて手を叩けばそれだけで発動できるわ」

 

「俺たちも転移するのは禍霊と繋がってるから?」

 

「その通りよ」

 

「ア……アアア……」

 

「ん?」

 

 三人が話していると、駅の出入口から人間が現れた。

 酷く痩せこけており、肌が異常なまでに青白い。

 

「あれは……」

 

「死者の霊だ。ああやってしばらく間世を彷徨って、最終的に禍霊になる。くるぞ」

 

「アアアアアアアア!」

 

 霊は突如絶叫しうずくまり、次の瞬間には嫌な音を立てながら変形し、まるで巨大な蝿のような姿になった。

 

「禍霊の姿は禽獣虫魚(きんじゅうちゅうぎょ)変幻自在。色んな姿のやつがいる。最初はビビるだろうが、すぐに慣れるさ」

 

 蝿の禍霊を見て絶句している天平に喬示が言う。

 

「ミエテル?」

 

 蝿の禍霊は加工音のような奇妙な声を発する。

 

「禍霊は人間の恐怖を食べる」

 

「恐怖ですか?」

 

「ああ。だからああやって見えるか確認する。見えなきゃ怖がらせようがないからな」

 

「じゃあ、見えない人間には無害ってことですか?」

 

「だったら良かったが、お構いなしに人間を殺傷する個体もいるから発見したらすぐ祓うのが鉄則だ」

 

「ミエテルミエテルミエテルミエテルミエテルミエテルミエテルミエテルミエテルミエテルミエテルミエテルミエテルミエテルミエテルミエテル!」

 

「うるせえ」

 

 自分の方を見ながら会話を続ける喬示と天平を見て、自分の姿が見えていると判断した禍霊は猛スピードで二人に迫る。

 しかし、喬示に蹴りを喰らい文字通り一蹴された。

 さらに喬示は蝿の禍霊に手をかざし、

 

「"翳月(かげづき)"」

 

 憑霊術を発動。

 黒い(もや)が発生し、蝿の禍霊に触れる。

 次の瞬間には靄に触れた場所から跡形もなく消滅した。

 

「うお……」

 

 禍霊を瞬殺した喬示を見て、天平は感嘆の声を漏らす。

 

「さて話の続きだ」

 

 そして何事もなかったかのように間世の説明を続ける。

 

「ここは見ての通り、現世を模してる。常に黄昏時であること以外は現世とほぼ同じだ。ここにある物をいくら破壊しようが現世の方には何の影響もないから、好きに暴れていい。禍霊と戦う時にはここに移動しろ」

 

「分かりました」

 

「ただ、長時間居続けるのと、短時間に何度も行き来するのはやめた方が良い。」

 

「はい」

 

「もう一つ気をつけるべきなのが……」

 

 喬示はそう言うと、少し歩いてジュースの自動販売機のもとへ行く。

 そしてそれを蹴り壊し、ペットボトルの清涼飲料水を取り出し、キャップを開けて逆さにし、中身を地面に注ぐように零す。

 

「ここは現世を模してるわけだから、飲み物や食い物も同じように存在してるが、絶対に口にするな。口にしたら戻れなくなる。一生ここで過ごすことになるぞ」

 

「ひえっ……」

 

「説明はこんなとこか」

 

 言って喬示は再び手を叩く。

 すると三人は現世に戻る。

 

「戻る時はもう一度手を叩けばいい。んじゃ、今日はもう帰れ。タクシー呼んでやるからここで待ってろ」

 

 そう言いながらスマホを取り出し電話をする喬示。

 その後、タクシー代を純礼に渡し、手を振り来た道を戻って行った。

 二人はそばにあるベンチに座ってタクシーを待つ。

 

「連絡先交換しておきましょう」

 

「あ、うん」

 

 純礼の提案で二人は連絡先を交換する。

 

──女の子と連絡先交換するのなんて初めてだな……

 

「どうかした?」

 

「え? いや、なんでもないよ」

 

 純礼の連絡先が映ったスマホの画面をじっと見つめている天平に、純礼が声をかける。

 天平は慌ててスマホをしまい平静を装う。

 

「とりあえず、これからよろしくっ」

 

「こちらこそ」

 

 高校一年の春。

 平凡な少年だったはずの帚木天平の人生は大きく変わろうとしていた。

 

 

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