残機無限系クソボケ 作:なめなめろう(旧名:ELDERSIGN)
クィ=ヌスの住まう206号室のリフォームが終わってから数日後。龍はナイアと会っていた。
「ご苦労。流石だな。クィ=ヌスもすっかりお前さんを信頼しているところを見るに、私の判断は間違っていなかったようだ」
「いやあ、ヌスちゃんが優しくていい子なだけさ。一回は命を危険に晒しちまったし、普通ならクレームが来る。で、用事は終わったのか?」
「ああ。おかげさまでな」
ナイアはゆっくりと煙草を吸った。ジリジリと先端が赤く光り、灰へと変わっていく。電子タバコこそがタバコと呼ばれ、昨今では手に入れることすら難しい紙巻きタバコ。それをこともなさげに吸っているナイアは一体どれほどの人脈と資金があるのだろう。龍はそれが気になって仕方がなかった。
「ん? なんだ、一本いるか?」
「いや、別に。吸う銘柄は決めてるんでね」
「そうか」
煙からはやけに甘い香りがした。バニラに似た、胸に残る匂いだった。その匂いは、メンソールを好む龍にとってはくどすぎた。
「浄化思想戦線が消えた以上クィ=ヌスを護衛する必要性はなくなったが、お前に貸した部屋はそのまま住んでもらってかまわん。好きにしろ。それこそリフォームをしても文句は言わん」
「お、ありがたいね。まあ護衛の必要性が無くなってもヌスちゃんとは末長く仲良くさせてもらうよ」
「是非そうしてくれ」
「……ただ、一つ気になることがあってね」
「ほう?」
ナイアは片眉を上げて龍を見つめた。その目には好奇の色が滲んでいる。
「動かざる天秤に捕まった後にヌスちゃんを襲撃したやつの記憶を読んだが、肝心な部分の記憶がごっそり無くなっていた。もしかすると動かざる天秤の内部に浄化思想戦線の残党、あるいは黒幕がいるかもしれない」
できれば浄化思想戦線の首領の記憶も覗きたかった。そうすれば十中八九、事の真相がわかっただろう。しかし龍にはそれをする時間がなかった。ニア=ヒューストンがよりにもよってあのタイミングで突入してきたというのはかなりの誤算だった。龍はいつも間が悪い。
「なら、どうするつもりだ」
「どうするかって……そりゃ探し出して捕まえるしかないだろ」
「随分と潔癖だな。する必要のない苦労を進んでするとは」
「俺にとってはする必要のある苦労だからな」
「ふ。お前さんのそういう部分は素直に好ましいと思っている」
ナイアは愉しそうに、嬉しそうに、口角を上げた。僅かな表情の動きではあったが、ナイアにしては珍しいことだった。
「それで、どうやって捕まえるつもりだ?」
「今残ってる手がかりは、動かざる天秤に黒幕がいるかもしれないってことだけだ。そんで、俺は正面から動かざる天秤に入れる身分じゃない。なら、やることは一つだ」
「は、ははは! 小僧、お前は本当にアホだな!」
龍が自信満々に笑う。
「今日、動かざる天秤に殴り込みに行く。思い立ったが吉日だからな」
◇◇◇
動かざる天秤、序列
「はぁ……」
霞んだ満月を見つめながら、彼女は呆れたようにため息をついた。そして気怠げで、うんざりした表情をしながら、彼女は窓を開けた。
その瞬間、黒い影が窓の外から執務室の中へと飛び込む。その影に向かって、彼女は蹴りを叩き込んだ。
「正面から入れよ、愚弟」
「こっわ……蹴りのキレは変わってないな、姉さん」
黒闇から龍へと姿を変えながら、彼は軽口を叩いた。
「やっぱり"視えてた"か。ワンチャンバレずに入り込めるかなーって思ってたんだけど」
「申し訳ないけど、一昨日から視えてる。で、何の用事?」
アマネは頬杖をつきながら龍にそう言い放った。普段の彼女の姿からは全く想像できないほど態度が悪い。まさに家族への対応といった感じだ。
「動かざる天秤に浄化思想戦線の残党がいる可能性があると思ってね。バレないうちに捕まえてやろうかと」
「……ああ。しなくていいよそんなこと。どうせ、脱獄した浄化思想戦線のメンバーの記憶でも読んだんでしょ? それで欠落している記憶が気になった……とかそんなところ? 私たちもそれについては把握してるから」
「なんだ、把握してるのか。だったらここにきたのはただの骨折り損じゃないか」
龍は不貞腐れながら壁に寄りかかった。アマネはそんな龍を見ながら苦笑する。
「うちにも記憶を弄れる奴がいてさ。そいつが確認したら不自然に消えてる記憶を見つけた。詳しい内部事情になるから話せないけど、状況証拠的には恐らく外部の仕業。動かざる天秤に疑わしい奴はいない」
「その記憶を弄れる奴はどうなんだ? そいつが一番怪しいだろ」
「私がもう視た」
「あーあ、つまんねえの」
「私たちからすればこれからが大変なんだけどね。手がかりゼロの状況から今回の件の黒幕を捕まえなきゃならないから」
それを眠たげに話半分で聞きながら龍は体を伸ばす。バキバキと骨の鳴る音が聞こえた。動かざる天秤と戦いになることも想定していた龍にとって、この展開は完全に肩透かしであった。
「まあ、龍にとっては骨折り損かもしれないけど、私にとっては来てくれて助かったよ。いくつか小言があるから」
「……な、なんすか?」
「一つ。うちのニアちゃんをよくもいじめてくれたね。あの子はあんたと同じく人を殺せないタイプの子なのに。また無茶な戦い方したんでしょ?」
龍の顔が引き攣る。死なない、そして痛みに強いことにかまけて、龍はよく自分の身体の負傷を度外視した戦術を取る。先日の一件はそれが完全に裏目に出た。
「うっ……それに関して本当に申し訳なく思っています……いやマジで今のご時世にそんな子がいるとは思わなかったんだって」
「お陰で私からニアちゃんに色々説明する必要ができたんですけど? まーほんとにお姉ちゃんの手を煩わせるのが好きだね、あんたは」
龍とアマネは三歳差である。そのため昔から立場が強いのは断然姉だった。アマネから詰問されることで古の数々の恐ろしい記憶が蘇り、龍の顔色がどんどんと悪くなっていく。
「二つ。やり方が雑すぎ。家族のよしみで黒闇と龍が繋がらないようにこっちが取り計らってるけど、にしたって限度があるよね? やるならバレないようにやれって昔から言ってるでしょ」
「はい……おっしゃる通りです……」
「三つ。……いい加減、動かざる天秤に戻ってこない?」
「あ、お疲れ様でしたー今日は本当にありがとうございましたそれでは!」
アマネのその言葉を聞くなり龍は一瞬で窓の方向を向き、逃げ出そうとした。その時である。
「ゲッ」
窓が裂ける。いや、正確には
「大人しく逃すと思うか、め・ぐ・む?」
「あ、はは……いたんだね〜キルベス君」
金髪をオールバックにし、かっちりとした銀フレームの眼鏡をかけているキルベスは、その端正な顔に青筋を立てながら龍を見下ろした。
「さあ、お縄につく時間だ、クソボケ野郎」
大人の鬼ごっこが今、始まる。