残機無限系クソボケ 作:なめなめろう(旧名:ELDERSIGN)
龍の自室。テーブルの上には手首が置かれていた。その手首の断面から、唐突に赤い煙が噴き出す。いつもの如く煙は人の形を象り、龍は蘇生した。
「…………」
掌を見つめる。夢から醒めた龍は、見た夢を覚えていない。あるのは漠然とした、それでいて深い、罪の意識だけだった。
龍は目を瞑り、キルベスとの会話を想起した。彼の放つ言葉の全てが正しく、自身が間違っているという自覚があった。それでも、自身が不死身であるが故の価値観を変えることができない。どうしようもない自己嫌悪だけが胸の奥にへばりつく。
「思い上がりも甚だしいな。死ねず、殺せず。命を守る為に他の命を奪う生命として当然の営み。それすらできないような奴が人を守るだなんて土台無理な話だと、とうの昔にわかっていたはずなのに」
ベッドに倒れ込む。無気力感に襲われた彼は、白い天井を見つめ、そしてゆっくりと目を瞑った。
◇◇◇
「……駄作だな」
男はそう呟くと、描いていた絵を真っ黒に塗りつぶした。
「まだこちらの方が見ていられるというものだ」
たった一色の黒で塗りつぶされた絵。しかし、その黒には不思議な引力があった。人の心を掴んで離さない引力が。
「お前も、そう思うだろう?」
くるりと男が振り返る。彼の視線の先、アトリエの入り口には、白い衣装を着た男が立っていた。その衣装は動かざる天秤のものである。
「興味がない。お前を捕らえること以外な」
「つれないな」
白い衣装とは対照的な黒い剣を抜き放ち、その切先を画家の男へと突きつける。彼の胸元には、No.7という文字が刻まれていた。
「お前が、浄化思想戦線の煽動者だな」
「ん?……ああ、そうか。確かあの組織はそんな名前だったな? あれは酷い失敗だった。私は君達を適切に評価しているつもりだったが、どうやら過小評価だったらしい。君たちが思ったよりも優秀だったせいで、想定を遥かに下回る騒ぎにしかならなかった」
画家の男の自白。それを聞くなりNo.7は駆け出し、その剣を振るった。剣が画家の男の手を切断する直前、黒い絵の具がひとりでに動き出し、その剣を防いだ。
「おいおい、なんであんなことをしたんだ? とか聞かなくていいのか? そういうこと、君達は気になるんじゃないか?」
「今ここでそれを聞くことに意味があるとは思えない。どうせ、捕まえて記憶を読めば済む話だ」
「おお、こわい。そして実に合理的だ。人間味がないな、貴様」
「は。戦闘を行いながら執行対象と話す程度の人間性は、ある!」
No.7の姿が一瞬にして消えた。かと思えば、彼は画家の男の背後へとぬるりと現れ、腕を斬り飛ばした。画家の男が大きな悲鳴をあげる。腕からは赤色が迸った。
「……なんてね?」
腕を失った男は苦悶の表情から一転、にこやかな笑顔を浮かべた。
斬り飛ばした腕は沸々と泡立ちながら溶けていく。肌も、筋肉も、骨も溶けていき、後に残されたのは薄橙色と赤色の絵の具だけ。よく見ると、画家の男の肩から溢れる赤い液体も鉄の匂いがしない。それもまた絵の具であった。その様子にNo.7は舌打ちをする。
「いやあ、申し訳ない。ここにいる私は絵の具で作った偽物でね。また探してくれよ?」
「……糞食らえだ」
No.7の悔しげな顔を満足げに見つめた後、画家の男の全身が絵の具へと変わり、地面の染みになった。その様子を苛立ちに満ちた瞳で眺めた後、No.7は携帯を取り出し、電話をかけた。
「浄化思想戦線の煽動者は予想通りでしたが、逃してしまいました。すみません、アマネさん」
彼の声色には、悔しさが滲んでいた。彼は動かざる天秤の諜報部隊隊長であり、任務の遂行率は90%を超えている。今回は、彼にとって久方ぶりの失敗であった。
「あまり気に病まないで。今回の事案が内部犯ではなく、外部犯であることが確定しただけで大きな成果です。それに、今回は逃しただけで次捕まえれば良いだけでしょう?」
「それは……そうですが。では、私はこのまま彼を追跡する、ということで良いのですか?」
「ええ。恐らく貴方が1番の適任者ですし。ただ、今判明していることだけでも相手の能力は非常に多彩です。常に警戒して事に当たるように」
「了解」
ピ、という音とともに通話が切れる。No.7は、何も表示されていない黒い液晶画面に向かって深いため息をついた。
彼は無人となってしまったアトリエを見渡した。雑多に捨て置かれている絵画はどれもこれも素人の目から見ても感嘆するほどの出来栄えであった。
しかし、それだけであった。アトリエにはただ絵画が捨て置かれるのみで、特に目新しい情報などが出てくることはなかった。
「結局、また振り出しか」
苛立ちのこもった足取りでNo.7はアトリエから出た。
それからしばらくして。床に溜まっていた白い絵の具が、ひとりでに波紋を作る。そして、その波紋の中心から画家がぬるりと現れた。
「木を隠すなら森の中、ってね。いやあ〜動かざる天秤もまだまだだねぇ」
そう言って、画家の男はケタケタと嗤うのであった。