残機無限系クソボケ   作:なめなめろう(旧名:ELDERSIGN)

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隣人(の抱えている)トラブル

 

 ナイアの家へと赴いてから数日後。龍はナイアの用意した新たな住処であるマンションの一室に様々な家具や家電を運び込んでいた。なお、運び込んだ家具や家電類はナイアの好意から後払いで良いと許された。

 

「よっこいせ。ふー……ひとまずこんなもんかな」

 

 綺麗に整頓された部屋で龍は一度大きく深呼吸をした。その表情には達成感が滲み出ている。こう見えて龍はかなりの綺麗好きであった。爆破のせいで今は無き地下室。そこで自殺を繰り返していたのも、寝泊まりする場所に血や死体が置かれるという状況が生理的に受け付けなかったためである。

 

「さて……お隣さんに挨拶しに行くか」

 

 ナイアからの依頼によって護衛することになった隣人。彼女に関する情報を全くナイアは語らなかった。曰く、本人からなぜ護衛の必要があるのかを説明してもらえ、とのことだった。

 

 玄関の扉を開け、隣の部屋へと向かう。隣人の部屋番号は206。角部屋であった。

 

 インターホンを押すと、ピンポーンという軽くて安っぽい音が鳴った。中々しっかりとした作りのマンションだというのに、インターホンの音だけがお粗末なのがどこか笑いを誘う。

 

「隣の205号室に越してきた神谷龍です〜。挨拶に参りました〜」

 

 しばしの沈黙。そのすぐ後に扉の向こうから僅かな物音が聞こえたかと思うと、鈴の鳴るような美しい声がインターホンから返ってくる。

 

「あ、ど、どうもご親切にありがとうございます。権兵衛様のおっしゃっていた方ですね。今玄関を開けますので少々お待ちください」

 

 カチャリと鍵の開く音。扉がゆっくりと開いていく。

 

「??????????」

 

 中から現れた隣人。その姿を見て、龍は頭の中が疑問符で埋め尽くされた。

 

 まず目を引くのは頭部であった。1.5 mほどの身長のその先についている、楕円状で渦を巻く頭部。そこからは虫の触角のようなアンテナが幾本か伸びている。身体は薄桃色で、鉤爪を持つ多くの脚や光沢のある体表は全体的に甲殻類に近い印象を抱かせる。そして背には一体の翼が伸びており、その翼は鳥の翼というよりは蝙蝠の翼のように見えた。――そう、彼女は人間では無い。彼女の種族、その名は――。

 

「あの、だ、大丈夫ですか?」

「ミ=ゴやんけ……」

「はい、そうですが……?」

 

 護衛対象が人間だと思っていた龍にとって、これは想定外も想定外であった。彼は生命体の種族如きで差別するような性格ではないが、それでも人かそうでは無いかの違いは大きいと思っているタイプである。そもそも、彼女の美しく可愛らしい声からは到底想像もできないビジュアルがドアから出てきたのだから困惑するのも仕方のない事であった。

 

「あー、失礼。少々想定外だったので。ナイアからは貴方の種族に関して特に伝えられていなかったものでして」

「な、なんと……」

「安心していただきたい。俺は種族への差別意識などは特にありません。それに、貴方の美しい声にも驚きました」

「……ありがとうございます。私、人間が好きでたくさん発声練習をしたんです。だから、そうやって褒めてくださいますとなんというか、照れますね……」

 

 照れのせいか彼女の楕円状の頭部が様々な色で点滅する。その様子を見て、龍はなんだか可愛らしいなと思わずにはいられなかった。そう感じるのもやはり声が美しいからだろうか。

 

「立ち話もなんですし、どうぞ中へ。それと、堅苦しい話し方もしなくて大丈夫ですよ? きっと、長い付き合いになりますから」

「……そうか。なら、お言葉に甘えさせてもらおうかな。お邪魔します」

 

 彼女の部屋はミ=ゴという種族から想像されるような科学的で物々しい部屋ではなく、ごく普通の清潔感のある女の子らしい部屋だった。

 

「紅茶とコーヒー、どちらがお好きですか?」

「どっちも好きだけど、今日はコーヒーの気分かな」

「わかりました。ちょっと待っててくださいね」

 

 ふわふわと浮遊しながらキッチンへと移動するミ=ゴ。龍の知り合いにミ=ゴがいないのもあってか、かなりの非日常感がある。

 

「お待たせしました。インスタントですが……」

「いやいや、ありがとう。最近はインスタントもレベルが上がりすぎてて俺の舌じゃ正直ちゃんとドリップしたコーヒーとの差があんまりわからないし」

 

 可愛らしいマグカップになみなみ注がれているコーヒー。立ち上る湯気からは豊かな香りが漂っている。一口飲むと、爽やかな酸味と香ばしい香りが鼻を通り抜けた。

 

「浅煎りか。久しぶりに飲んだ気がするな」

「深煎りの方がお好きでしたか?」

「いいや? どっちも好きだよ。……さて。それじゃあ、色々と事情を聞いてもいいかな?」

「……はい」

 

 龍がミ=ゴに話を促すと、彼女は触角を物悲しげに垂れ下げながら話し始めた。

 

「まずは申し遅れましたが、私、クィ=ヌスと申します。人間の方には少々発音が難しいと思いますので、お気軽にヌスちゃんと呼んでいただけると……」

「ヌスちゃんね。わかった」

「ありがとうございます。それでなんですが……龍さんは、浄化思想戦線という団体をご存知ですか?」

「申し訳ないけど知らないな。そいつらがどうしたんだ?」

「彼らは、種族による棲み分けを明確にすべきだという思想を持つもの達の中でも過激派として扱われている団体です。犯罪行為を厭わず、他種族を排斥し、場合によっては殺すこともあります。そしてつい最近、彼らがこの地区にも手を伸ばし始めたのです」

「なるほどな。そいつらから身を守って欲しいと」

 

 クィ=ヌスは、申し訳なさげに頭を様々な寒色で輝かせながら頷いた。

 

「失礼なことだとは思うが、引っ越しをすれば済む話じゃないか?」

「確かにそうなのですが……私はこの物件をとても気に入っていまして。少し、こちらに来ていただきたいのですが」

 

 クィ=ヌスはそう言うと、ゆっくりと飛びながら隣の部屋を開けてその中へと入っていく。彼女に促されるまま、龍は彼女についていった。

 

「ここは……」

 

 部屋の中はかなり広々としているが、とりわけ目を引くのは明らかに性能の良さそうなPCとその周辺機材である。どれもかなりのお金がかかっていそうだった。

 

「実は私、配信業をしていまして。私の収入を考えると、ここよりも条件の良い防音室がないのです」

「なるほどなぁ。ちなみにどんな配信をしているんだ?」

「いわゆるバーチャル世界での配信ですね」

 

 バーチャル技術の進歩は目覚ましいものがある。バーチャル世界にダイブする技術自体は100年以上前から存在するが、好きな世界、好きなアバター、好きな時間に、五感すら再現された理想郷に入り浸る者は今も多い。

 

「人類達の作り上げたカルチャーに感動して、憧れて、配信やバーチャル世界で精力的に活動していきたいって思ったんです。それを家族に話したら喧嘩になってしまって。今は家出をしていて、もう頼れるのは貴方しかいないのです……」

「よし、そういうことなら任せとけ」

 

 相手はいくら命の価値が軽い現代とはいえ平然と殺人を起こす集団。そして護衛対象は好きなものの為に一生懸命頑張っている女の子。龍にとって断る理由は一つもなかった。むしろ、こんなにもやりがいのある仕事は珍しい。龍はやる気がどんどんと湧いてきた。

 

「はい、これ。常に持っておいてくれ」

「……これはなんでしょう?」

 

 龍がクィ=ヌスに手渡したのはルービックキューブほどの大きさの黒い箱。かなり軽く、振っても音はしない。何かが入っているような様子はなかった。

 

「お守りみたいなもんだな。一応常に警戒してるけど、隣の部屋だし俺が気づかなかったり、間に合わないかもしれない。だから本当に死ぬかもしれないって時はそれを強く握ってくれ」

「わかりました。では、これからしばらくの間、よろしくお願いします」

 

 その言葉に、龍は満面の笑みとサムズアップを返すのであった。

 

 

 

 

 

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