残機無限系クソボケ   作:なめなめろう(旧名:ELDERSIGN)

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アジトにて

 

 

「やっとこの日が来たか」

 

 龍の自室にて。床には丁寧に整備された武器が幾つも並べられている。そのどれもが隠密性を高めるために黒く塗装されていた。

 

 最初の襲撃から僅か一週間。その短い期間の間で、龍は更に三人の浄化思想戦線のメンバーと交戦し、これを下していた。そしてこの状況に、龍はもう嫌気が差していた。

 

 自身の思想と行動こそが一番正しい。そう本気で考え、そのために他者の命を簡単に奪おうとする愚者達を相手にするのは、思った以上に龍の精神にダメージを与えていた。行動こそ狂っているものの、龍は命を慈しむ、心優しい青年なのである。

 

「行くか」

 

 整備した武器を携帯し、黒い外套を身に纏う。しばらくすると、その外套は蠢きながら形を変え、龍は黒闇という存在へと姿を変えた。

 

 こうして、生きる都市伝説が夜を駆ける。それを見たものは、誰もいなかった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 実にありふれた喫茶店。玄関には『CLOSED』の札が下げられている。そんな店にポツポツと人が入っていく。閉店しているにも関わらずだ。

 

 店内の床には、地下へと続く階段が存在していた。普段は地面に隠されているのだろうか、やけに埃臭い。そんな階段を、ギシギシと木の軋む音を鳴らしながら多くの人が降りていく。

 

 降りた先には百人以上は入るであろう大きな地下室があった。そこはもはや講堂のようになっており、壇上には一人の男がマイクを持って立っていた。

 

 此処こそが、浄化思想戦線のアジト。過激な排外主義者達の巣窟である。集まった数十人のメンバー達が、今か今かと壇上に立っているリーダーの言葉を待っていた。

 

 皆の視線を集める男がゆっくりと手を上げる。その瞬間、全ての音が静まる。その光景を満足そうに見つめた男は静かに頷くと、心地よく響く低い声で話し始めた。

 

「諸君。集まっていただき感謝する」

 

 万雷の拍手。割れんばかりの拍手が地下室に響く。この音が、リーダーの求心力の大きさを示していた。

 

「さて。まずは皆に悲しい報告をしなければならない。我々のメンバーの内、五名が動かざる天秤に捕えられた。偽善に塗れ、悪を誅するという戯言を喚き続けるあの動かざる天秤にだ!」

 

 どよめきが広がる。浄化思想戦線のメンバーは数十人はいるものの、その内五人も捕えられたというのはかなり痛い事実であった。よりにもよって捕えられたのが、計画を実際の行動に移す実働部隊であるのだから尚更である。

 

「だが、良い報告もある。さあ君、壇上に上がってくれ」

 

 リーダーに促されるままに一人の屈強な青年が壇上に上がる。彼は誇らしげな顔で胸を張り、リーダーの隣に立った。

 

「耳の早いものはもう知っているかもしれないが、彼は一昨日、ミルサ地区の浄化を担当した。その働きは凄まじく、ミ=ゴや深きものなど、計23体もの侵略者を始末した。彼に大きな拍手を」

 

 再び拍手の音が地下室を満たす。その音は一度目よりも更に大きく、地上にある喫茶店からも僅かに音が聞こえるほどだった。

 

 成果に熱狂し、興奮する人々を見下ろしながら、リーダーはそれを更に煽るように話し始める。

 

「――西暦2256年。今から約150年も前に複数の世界が衝突し、侵略者どもが我らの愛すべき地球にやってきたことは周知の事実だと思う。彼らは命と精神を資源と見做す野蛮な文化を持つ上、我らよりも高度な技術、或いは能力を携えてやってきた。だが、彼らは実に巧妙で、陰湿だった。その穢れた思想と文化を隠しながら、その能力を駆使して、我らの社会を徐々に侵食している! 心当たりがある筈だ。人しかいなかったはずの日々が、気づけば異種族に塗れ始める違和感に。良き隣人は消え、新しくやってきたのは人ですらない。これが正常か? それが普通なのか?」

 

 皆が口々に「違う!」と叫ぶ。熱狂は狂気へと変わり、怒りと憎悪は煮詰まっていく。

 

「平和と平等。そんな外面だけを美しく取り繕った言葉に騙されている哀れな人々は我らを糾弾するだろう。差別主義者であり、命を命とも思わぬ残虐な者たちだと。だが、我々が行う物事の本質はそこにはない。これは種族の存続を懸けた戦いなのだ! 我らの行いは、遠い未来のためのものであり、やがて我らの偉業に気づいた数百年後の人類は、喝采でもって我らを讃えることになる! 故に。故にだ! 私は此処に宣言する! 我々は――」

 

 リーダーが一際大きく声を張り上げたその時。地下室を照らしていた光が消えた。何一つ光源の無い密室は、完全な暗闇に包まれる。

 

「これは……」

 

 突然の停電で周囲が俄かに騒がしくなる。

 

「諸君。落ち着いてくれ。ただの停電だ。……済まないが君、階段を登ってブレーカーを上げてきてくれないか」

「わかりました!」

 

 リーダーの隣に立っていた青年は、その命令に従って光一つない暗闇を手探りで移動する。そして浄化思想戦線の面々は、リーダーの冷静な雰囲気と迅速な指示によって落ち着きを取り戻し、電気が戻るのをじっと待った。それが命取りであった。彼らは本当の異常に気づけなかった。

 

「ん……?」

 

 どさり、という音が一人の男の耳に入る。重みのある音だった。まるで何かが落ちたような、倒れたような……。そう思案した瞬間、その男は意識を失った。

 

 そして再び、どさり、という音がした。またその音に誰かが気づき、その音の正体に辿り着く前に意識を失う。

 

 端的に言って、彼らは既に詰んでいた。アジトの位置を把握されてしまったこと、地下室という場所で集会をしていたこと、停電という状況に対してあまりにも楽観的であったこと、そして暗闇の中で状況を把握する術を持っていなかったこと。一つ一つは大した瑕疵ではない。しかし、積み重ねてしまえば致命的になる。

 

 ブゥーンという音と共に電気が復旧し、地下室に光が戻る。

 

「ッ!!!」

 

 壇上に立っていたリーダーは驚愕した。

 

 自身を崇拝し、慕い、志を共にする同胞たちが悉く地面に倒れていた。数十人全員が、である。しかし、驚愕した理由はそれだけではなかった。

 

「黒、闇……」

 

 正体不明。目的不明。そして、神出鬼没。人の形をした闇。そう称されることさえある黒闇という恐るべき存在が、地面に倒れ伏した同胞たちを足蹴にし、どこまでも続くような昏い孔の開いた貌をこちらへ向け、じっと見つめていたからだった。

 

 停電していた時間はほんの数分であった。その数分でこの黒闇という存在は、誰にも気づかれることなく数十人を片付けたのだ。現実味のない事実を突きつけられ、リーダーの背筋に悪寒が走った。だが、彼にもプライドがある。

 

「私を殺しにきたのか? どうせお前も異種族なのだろう? くだらないことだ。結局お前も我々とやっていることは変わらない。貴様の足元で死にゆく私の同胞たちの姿がその証拠だ!」

 

 そう黒闇へと吐き捨てた言葉への返答は、研ぎ澄まされた刃で返された。対話するつもりはない、と言わんばかりに黒闇は一瞬で距離を詰めてリーダーの懐へ潜り込むと、素早く刀を抜き放ち、彼の腰から肩にかけてを一直線に断ち切った。

 

 黒闇に斬り捨てられたリーダーもまた、他のメンバーと同様にどさりと地面へと崩れ落ちる。

 

 (……痛みが、ない? いや、それどころか()()()()()……!?)

 

 困惑が脳を満たす。刃が通った筈の部分には一つも傷が見当たらなかった。しかし、立てない。それどころか、身体を動かすことも声を上げることもできない。

 

 (そうか……あの刃は、肉体ではなく、()を斬る刃、か)

 

 黒闇が振るう刀。それは普段彼が愛用している、なんの変哲もないただ黒く塗装された刀とは少々様相を異にしていた。刀であるにも関わらず、先端付近は両刃となっている。所謂、小烏造と呼ばれる様式で鍛造された刀であった。

 

 そしてその刀は見た目だけが異様なのではない。それは妖刀であった。命あるものを斬るとき、それは肉体に傷を与えず、魂を斬りつける。斬りつけられた魂は自身が死んだと思い込み、その影響は肉体にも波及する。結果、仮死状態となる。非殺傷の制圧用武器としては最上位の性能を誇る、黒闇の秘密兵器の一つである。

 

 床に転がったまま、薄れゆく意識の中で、リーダーは同胞達を見た。彼らにも傷は一つも見当たらない。僅かに呻き声を上げるのみであった。

 

 (この期に及んで誰一人殺していないだと? 偽善……反吐の出る偽善だ。その偽善が、種族という総体の首を真綿のように締め付けるというのに)

 

 黒闇へと吐き出したい呪詛を吐けぬまま、けれども心の内で呪いながら、浄化思想戦線のリーダーは意識を失った。

 

 その様子を確かめた黒闇は変装を解き、神谷龍へと戻った。彼はゴミを見るような目で地面に転がる煽動者を見つめ、八つ当たり気味にその頭を蹴飛ばした。

 

「チッ。気分の悪い奴らだったな」

 

 龍は全てを聞いていた。彼らの思想も、たった1日で23名もの命が彼らの手に掛かり死んだことも。

 

 命を数として捉え、個々を見ずに種という枠組みで他者を考える彼らの思考に、怒りを覚えずにはいられなかった。

 

「1日くらい経てば何人かは意識を取り戻しちまうから、それまでに動かざる天秤に引き渡さないとな……ん?」

 

 地下室へと繋がる階段を、ドタドタと降りる音が聞こえてくる。残党がいたのか、と龍は刀を構えた。

 

「"動かざる天秤(バランサー)"の殲滅者、ニア=ヒューストンです! 観念してください! 貴方達の罪は明らかなのですよ! 」

「…………」

 

 なんだか既視感しかないシチュエーションに、デジャヴだぁ……と心の中で龍は独りごちるのであった。

 

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