残機無限系クソボケ 作:なめなめろう(旧名:ELDERSIGN)
「貴方はドナーマン……!? 何故ここに……いや、そもそもこの状況は一体……」
自身が取り締まるはずだった組織は既に壊滅し、そこに居たのは彼女が追いかけていたもう一人の犯罪者であるドナーマン。この状況にニアは酷く混乱したものの、警戒は怠らずに得物である二丁拳銃を龍へと向けた。
「一足遅かったな。こいつらは俺がやった。命に別状はないはずだ。どうやって動かざる天秤にこいつらを引き渡そうか考えていたから、丁度良かったよ」
そう話しながら、龍もまたこの状況に焦っていた。彼は黒闇として浄化思想戦線を無力化した。傷さえ与えずに対象を無力化するというのは、黒闇としての常套手段である。だが今ここに立っているのは、神谷龍という自分自身としての姿であった。これが黒闇という虚像としての存在と結び付けられると実にまずい。少なくとも、活動の自由度が大きく下がる懸念があった。
どうこの状況を切り抜けるのか。幾つもの方法が龍の頭を駆け巡るが、結論は出ない。そしてニアも彼が結論を出すまで悠長に構えているほど、生易しい人物ではなかった。
「貴方がこの要注意団体を無力化してくれたことには感謝しましょう。ですがそもそも、貴方にも要注意人物の疑いがあります。その上、地面に倒れている彼らを制圧したというのは、如何なる理由があろうとも正当防衛の域を逸脱しています。よって、大人しく同行していただけるとこちらとしても手間が省けるのですが」
「済まないが、此方にも事情があってね。動かざる天秤に捕まるのだけは避けたい」
「……仕方ありませんね」
溜息混じりでニアが拳銃の引き金に指をかける。そしてそれを引こうとしたその瞬間。
「……貴方は、外道ですね」
「悪く思わないでくれ」
龍は倒れている浄化思想戦線のリーダーを盾にした。動かざる天秤は治安維持組織であり、人々の命を守ることを第一義としている。いくら犯罪者であろうと盾にされれば無闇に傷つけることはできない。
「さあ、どうする?」
「……舐めるな!」
「ッ! マジか!」
銃口が火を吹く。放たれた弾丸は盾にしていたリーダーから僅かにはみ出していた龍の身体を、僅かに掠めた。
「1cmもあれば当てるのは訳ないんですよ! 覚悟してください!」
「ハハ! 凄いなそれは!」
続け様に銃弾が放たれていく。そのどれもが龍のみに当たる弾道を描いている。彼はそれをすんでのところで回避し続けた。
「どうやらもう盾はあまり役に立たないみたいだな? なら、俺も覚悟を決めるとするか」
人質にしていた浄化思想戦線のリーダーを適当に地面へと投げ捨てる。それと同時に、龍はいつも使っている二振りの刀を抜き放った。
盾のない龍。ニアはそんな彼に向かって、最も避けにくい正中線、そのさらに真ん中である腹部へと照準を合わせ、引き金を引いた。弾丸が迫る。だが龍に焦りはなかった。
到底人間の腕の速度では追いつけないはずの弾丸。しかし、流れるように振るわれた刀は、弾丸を確かに斬り払った。その銃弾に込められていた殺人的な威力によって、刀からビィーンと金属が震える音が鳴る。
「銃弾を、斬った!?」
「クソ……腕が痺れるな。それに……」
銃弾を斬った刀を見ると、その刃は刃こぼれをしていた。長年連れ添った相棒の美しい曲線美が、見るも無惨な姿に変わってしまい、龍は心の内で泣いた。だがニアはそんな事もお構いなしに銃を撃ち続ける。
「無駄だ。もう見切ってる」
ニアの射撃は正確だった。一つの誤りもない完璧な弾道。しかし、それでは龍の守りを越えることはできない。致命的な負傷となる弾丸は全て斬り払い、避けられる弾丸は軽く身体を傾けて避ける。龍の一つ一つの動きには一切の無駄がなかった。
「どういう理屈で銃弾を斬ってるんですか!?」
「銃弾が剣を振るう速度よりも速く飛んでくるなら、銃口を見ればいいのさ。銃弾は曲がらない。銃口を見て弾道を読み、あらかじめそこに刀を置けば、あとは勝手に斬れる」
典型的な、言うは易く行うは難し、というやつである。理屈の上ではその通りだが、実際にそれを行える者はほんの一握りの強者のみだ。
「なら、これならどうですか?」
銃口が僅かに下へと向く。明らかに龍には当たらない角度。だが、ニアはそのまま発砲した。ズドン、という重い音と共に床が砕ける。
「……お?」
ニアの発砲の直後、龍は右腕に力が入らないことに気がついた。カラン、と刀を取り落とす。一体何が起きたのか。そう思いながら右腕を見ると、前腕に大きな銃創が出来ていた。鮮やかな血がドクドクと流れ出ている。
「なるほど、跳弾か」
「ええ。そして、詰みです」
「? なんでだ? まだ片腕が残ってるだろ」
「そのまま右腕を見ていればすぐにわかりますよ」
その言葉に従ってじっと右腕を見ていると、異常に気がついた。右腕に大きく空いている穴を中心に、血管がビキビキと浮き出始める。
そしてまるで早送りをするかのように傷口が塞がっていく。かと思えば、塞がりつつある傷口から血が滲み出し、再び傷が開く。それが絶え間なく続く。ひたすら絶え間なく。
「何故私が時代錯誤な実弾銃を使っているのか、おかしいとは思わなかったんですか」
「いや、別に……俺も実弾銃使うし、結構好きだし……」
「……コホン。まあ、そんなことはどうでもいいです。貴方が当たった銃弾には私の血液が入っています。そして、私の血液は特別でして、白血球はウイルスやら毒やら果てには肉や金属すら物理的に取り込み消化し、逆に血漿は自然治癒力を急激に活性化させます」
「つまり……?」
「つまり、精製されていない私の血液入り弾丸を喰らったが最後、傷口が破壊と再生を繰り返し、耐え難い苦痛を生み出すのです! さあ、観念してお縄につくのですよ!」
彼女の言葉の通り、傷口は自壊と再生を繰り返していた。それが命に関わることはないが、それに伴う苦痛はひょっとすると死よりも恐ろしいものなのかもしれない。しかし、相手が悪かった。彼は、神谷龍なのである。
「申し訳ないけど、俺は痛みに鈍くてね。でもまあ、いい能力だと思うよ。人を殺さずに捕まえるには、すごくね」
そう言いながら、龍は自身の右腕を切り落とした。
「あ、貴方! 何をやって……」
「さあ、続きをやろうか」
「続きって……貴方は今、片腕を失ったんですよ! 腕を切り落としておいて、そんな簡単に……」
ニアは龍の躊躇いのなさに狼狽した。今までにこんなことは一度たりともなかった。本来であれば彼女の銃弾に穿たれた者は皆、泣き叫びながら地面を転がる。そして確かに、幾人かは負傷部位を切り落とそうとしていた。だがそういった者たちも、あまりの苦痛に全身から力が抜け、まともに行動出来た者は一人もいなかった。
片腕になった龍が刀を構える。その姿にニアは恐怖した。龍に恐怖したのではない。彼はいくら撃っても止まることはないだろう。その果てにあるのは、彼の死。ニアは、彼を殺してしまうかもしれないという事実に、心の底から恐怖した。
人を守り、悪を正す。その理念に従って生きてきたニアにとって、自身が殺人を犯すことは絶対にあってはならないことだった。
「投降してください! もう、勝負はついています! 貴方の腕からもたくさん血が出ています、いつ死んでもおかしくない!」
「大丈夫さ。ほら、ニア。君も銃を構えろ」
ニアの手が震える。掌に感じる拳銃の重さ。正義の重みであったはずのそれは、今の彼女にとっては死の重みとしか思えなかった。
困惑。躊躇。恐怖。嫌悪。不安。心配。怒り。様々な悪感情が渦を巻き、混ざり、心の奥底へと溜まっていく。彼女は目眩と吐き気を覚えた。
威勢の良かった彼女の態度が急激に萎んでいく。龍はその様子を見て悟った。彼女は自分と同類だ、と。
「そうか。君は、犯罪者だったとしても人を殺したくないんだな。そんな奴は今時珍しい。君みたいな奴がまだいるっていうのは、いいことだ」
「貴方は……」
一体何者なんですか。ニアがその言葉を言い放とうとした瞬間、異変が起きた。
「うわ、マジか」
龍の懐から黒い箱が飛び出す。それは以前、龍がクィ=ヌスに渡した物と寸分違わぬ物であった。その黒い箱は、急激に膨張したかと思えば、各面を底面とした6つの四角錐に分かれて龍を取り囲み、龍へと紫色の光を照射し始める。
龍の額と背中に冷や汗が噴き出す。
(やばい。このままだと黒闇と俺の存在が結びつけられるのも時間の問題だ。なんも対策できてないじゃん。え、どうしよ。……まあいいや、なんとかなれー!)
龍は半分諦めつつも、精一杯平静を装ってニアへと顔を向けた。
「……ニア=ヒューストン。俺は今から消えるから最後に言っておく。俺の切り落とした腕と俺が売っていた臓器をDNA鑑定してみろ。きっと、面白いことがわかるぞ」
龍はニアの純粋さと猪突猛進さに賭けた。腕と臓器のDNAの結果が同じだと判明すれば、自分への誤解が解けると共に、その結果の方に意識がいく。そうすれば浄化思想戦線を倒した手口までは頭が回らず、自分と黒闇を結びつけることはしないのではないか、という淡い期待をした。
「ま、待ってください!」
「じゃあな。また会える日を楽しみにしてるよ」
その言葉を最後に、龍は彼を取り囲む黒い箱から分たれた6つのパーツと共にその場から消えた。
その場に残されたのは、ニア=ヒューストンと地面に転がる浄化思想戦線のメンバーのみ。彼女はその場にへたり込んだ。
「情けない。情けない! なんで私は犯罪者が逃げて、安心しているんですか……」
未だに震える両の手。それを見つめながらニアは少し泣いた。