残機無限系クソボケ 作:なめなめろう(旧名:ELDERSIGN)
量子テレポーテーションという技術がある。量子もつれという現象を利用した転送技術なのだが、詳細に関しては極めて複雑な理論の説明を要するため省略する。いわゆる、この余白はそれを書くには狭すぎるというやつである。
この量子テレポーテーションという技術を用いれば、間の空間を通らずに遠く離れた物体を一瞬で移動させることができる。つまるところ、伝達における速度と確実性を最も高度に担保した技術である。
しかし、この技術にも一つだけ欠点がある。命のあるものを対象に量子テレポーテーションを行うことはできないという点だ。
二十年ほど前、量子テレポーテーション技術を大きく発展させたとある天才は、小動物を用いて量子テレポーテーション実験を行った。結果は惨憺たるものであった。
量子テレポーテーションで転送された小動物達は、例外なく死亡していた。それは転送によって死んだというよりは、まるで最初から死んでいたものを転送してしまった、という印象だったそうだ。
実験を終えた後、天才はこう述べた。
「量子テレポーテーションは、望んだ場所に物体の複製物を作り出す技術だ。であるならば実に当然の話ではあるが、そもそも複製物を作れなければ量子テレポーテーションは実行できない。我々命あるものが量子テレポーテーションによって転送されるためにはまず、魂の複製法を探る必要があるだろう。でなければ、
以来、生命体に量子テレポーテーションを使用することは禁止されている。
◇◇◇
(ま、俺は例外だけどな)
龍と量子テレポーテーションの相性は最高だった。転送時に死んでしまうという致命的すぎるデメリットを踏み倒すことができるため、龍にとって最も優れた移動手段が量子テレポーテーションである。
もちろん、量子テレポーテーション用の装置は使い切りな上、非常に高価だ。しかし、ノータイムで瞬間移動できるのならばその金額以上の価値がある。まさに時は金なり、である。
「ぐっ……はぁ、はぁ……ふぅ……」
「で、なんでお前ここにいるわけ? 動かざる天秤に引き渡したはずなんだけど」
今なお股間を押さえながらうずくまる男の頭を踏みつける。男は全身から脂汗を流しながらそれを甘んじて受け入れることしかできない。
「なんでお前がそんなことを知っている……?」
「俺が質問してるんだけど? 余計なことは喋るなよ」
踏みつける足に力を込める。ミシミシと骨の軋む音がした。苦悶の声が上がる。
「クソ、やろうが!」
それでもスキンヘッドの男は根性を振り絞り、立ち上がろうとして足に力を込めた。
「動くな。面倒くさくなるだけだろ」
背に背負っていた刀を抜く。それは魂を斬り裂く刀――銘は幽明という――であり、一瞬刃がゆらめいたかと思えば、龍は瞬きよりも速く男の四肢を斬り刻んだ。
男の肩から先、そして足から力が抜ける。どんなに力を込めようとしても四肢はぴくりとも動かない。それは神経だけが切断されたような有様であった。
「……知っている。俺はこの太刀筋を知っているぞ! はは、そうか! お前が黒闇の正体か! まさか人間だとは!」
「はぁ……もういい。黙れ。耳障りだ」
刃が男の首を断ち斬る。男は何度か口をパクパクと動かし、それを最後に意識を失った。
龍は久しぶりに口から直接情報を得るという文化的な方法を選ぼうとしたが、結局『記憶を読む』を使うのが一番楽だと思い直した。
男の頭を掴みながら龍は考える。動かざる天秤に捕まったはずのこの男が何故ここにいるのか。そして、どうやってたった一週間で対ミ=ゴ特化の義手に換装できたのか。まず間違いなく協力者がいる。
問題はそれが動かざる天秤の内部にいるのか、外部にいるのかということであった。古巣とはいえ、動かざる天秤の内部に浄化思想戦線のような過激思想の犯罪者が紛れ込んでいるならば実に気分が悪い。
「『記憶を読む』……あ? なんだこれ」
男が動かざる天秤に捕まってから、脱獄するまで。その間の記憶が真っ黒に塗り潰されていた。
(……俺と同じように呪文あるいは異能で記憶を弄れるやつがいるな? 呪文は使うたびに精神を消耗する。だから異能と見たほうが良さそうだが、そうなるとかなり厄介だな)
面倒なことになった。そう思いながら龍は深くため息をつき、頭を掻いた。
「『記憶を曇らせる』……結局、ただもう一回しばいただけだったか」
「あ、あの。龍さん、ありがとうございました」
「ん? いや、お礼はいらないよ。むしろ謝りたいくらいだ。すぐに駆けつけられなくてすまない。怖かっただろ?」
「はい。でも、すごく安心しました。龍さんって本当にすごく強いんですね」
「そう褒められると照れるな。……で、このボロボロになった部屋だけど」
龍は部屋を見渡す。襲撃された部屋は見るも無惨な状態になってしまった。壁はひび割れ、玄関は破壊されて跡形もない。防犯設備0のガバガバ建築である。
「とりあえず、早急にリフォームします。それでも数日はかかるので……龍さん。お願いがあるのですが」
「なんだ? なんでも聞くぞ」
「ひとまず防音室は無事なので、リフォーム中も配信などはしたいと思っています。そこで大変心苦しいのですが、リフォーム中はこの私の部屋で護衛していただけないでしょうか……? 配信中だけでもいいので!」
「なるほど?」
必死に頼み込むクィ=ヌス。その様子を見るに、何か大切な予定でもあるのだろう、と龍は思った。そもそも、彼女が護衛を望んだのは、変わらぬ日々を守りたいからである。部屋に侵入者が訪れ、それによって部屋が破壊された以上過失は龍にある。
「わかった。リフォームの間はバッチリ護衛させてもらう」
「本当ですか! ありがとうございます!」
「ああ、そうそう。ちなみになんだが、今日浄化思想戦線の本拠地を潰した。だから恐らくもう襲撃が来ることはない……はずだ」
「え? ほ、本拠地を? 潰した?」
「ああ。それのせいでヌスちゃんを危険に晒したんだから本末転倒だけどな。……はぁ、集会の日なら襲撃もないと思ったんだけどな」
クィ=ヌスは、自分の思っている何倍も龍という男が強いのではないか? と思い始めた。
「ま、今日みたいに想定外な事が起きたり、残党がいるかもしれないから引き続き守らせてもらうよ」
口でそうは言ったものの、もう特にトラブルはないだろう、という予感があった。スキンヘッドの男を脱走させた人物という不安要素はあるものの、自身の手がかりを徹底的に消し、他人を使って事を起こす慎重さを見るに、これ以上その人物が大胆に行動することは恐らくない。実に気に食わないが。
そんな龍の予想通り、206号室がリフォームされる数日間が平穏に過ぎていくのだった。