すべての石を溶かし尽くし、画面に非情な「0」が浮かぶ深夜の作戦室。
自分の滑稽さと、未来の世界を自ら手放してしまった絶望のあまり、俺がその場に膝を突きかけた、まさにその刹那だった。
システムが煙を吹くような重苦しい沈寂のなか、誰もいないはずの召喚陣の底から、もう起こるはずのなかった「最後の残光」が、爆発的に跳ね上がった。
網膜を白く焼き焦がす光の粒子が急速に収束し、そこに現れたのは、全身に禍々しい棘(とげ)を纏った、あの見慣れた巨大な怪物のシルエットだった。
「――チッ。またお前かよ。本当に、意味のわからねえ奴だ」
再び他人の欲望によって無理やり現界させられたキミは、召喚の衝撃に少しだけ眉をしかめ、いつもの無機質で億劫そうな、しかし確かに「今この瞬間(命)」を宿した瞳で、俺を真っ直ぐに見下ろしていた。
キミの姿が、声が、脳の奥に届いた瞬間だった。
これまで俺が必死に取り繕ってきた、完璧な救世主としての「笑顔の仮面」が、内側から完全に、粉々に砕け散った。
「あ、あぁ……、う、あ……っ」
俺はその場に崩れ落ち、これまでカルデアの誰の前でも、キミの前ですら見せたことのない、喉を詰まらせるような、子供のような激しい「ガチ泣き」を始めた。涙と嗚咽が止まらず、言葉がぐちゃぐちゃに割れていく。
「君という、存在は……っ、君の意思と、ままならない運命によって作られた、唯一無二の歴史だったんだ……! 替えのきかない存在だったんだよ……!」
「それに今まで気がつかない俺は愚かだった……! いや、気がつかないようにしてたんだ! 気がついてしまったら、今まで必死に全員を等しく愛そうとして取り繕ってきた自分が、すべて嘘になってしまう気がしたから……っ!」
「みんなを救わなければいけない、そんな大義名分を捨ててしまったら、俺は本当に、空っぽになってしまうと思ったから……!」
突然目の前で、冷徹だったはずの主君が子供のように床に伏せて泣きじゃくり、自分への狂おしい執着を叫ぶ姿に、キミは完全に困惑していた。
「……おい、なんだよ、いきなり……」と、牙を噛み締めながら低い声を漏らすが、その不器用な瞳は、泣き叫ぶ俺の姿からどうしても目を背けることができずにいた。
俺の背中を、誰かの優しい手がそっと叩いた。
凍りついていた作戦室の住人たちのなかから、一人の男が静かに歩み寄り、俺の肩を抱くようにして声をかける。
「バカだな、マスター。人は神じゃないんだ」
その声は、これまで俺に「世界を救え」と無言の圧力をかけていた世界そのものが、ふっとため息を吐いて微笑んだかのように優しかった。
「いいんだよ。誰か一人を特別に思ったって、誰も責めやしないさ」
「俺たちだってそうだ。みんな、自分の大切な『何か一つ』を守るために、そのために世界を取り戻そうとしてるんだ。最初から、この世のすべてを等しく愛するなんて、人間には難しすぎるだろ」
――あぁ、そうか。
俺は世界のために自分の理想を押し殺す、完璧な「神(生贄)」になろうとしていた。けれど、人類の本質とはそんな高尚な博愛ではなく、「大切な誰かを守りたい」という、泥臭くて個人的なエゴの集まりだったのだ。
世界(カルデアのみんな)が、俺に対して「お前も一人の人間に戻っていい」と許しを与えてくれた。その瞬間、俺の胸の奥底の冷たい闇に、初めて「自分の本当の心」という本物の灯火が宿った。
俺は涙に濡れた顔のまま、呆れ顔のあいつを見上げて、今度は泣きながら笑った。
その格好悪い姿を見て、周囲の連中からも、ようやくいつもの、けれど今までよりずっと温かい笑い声が静かに広がっていった。