視界がぐにゃりと歪み、冷徹な機械の駆動音が、激しい風の音へと切り替わる。
次に目を開けたとき、俺たちの足元に広がっていたのは、草一本生えていない荒涼とした大地の肌だった。灰色の雲が低く垂れ込め、空気は火薬と血の匂いでひどく澱んでいる。特異点――壊れかけた世界の残骸だ。
「――チッ。また有象無象の群れかよ」
俺の少し前を歩く大きな背中が、低く、億劫そうに呟いた。
他人の欲望のままに鋳造された、殺戮の怪物。
全身を覆う禍々しい棘(とげ)のようなフォルムは、かつて彼を強引に形作った者の狂気の歪みをそのまま表している。
俺は、その大きく、どこか寂しげな背中を見つめながら、かつて初めて彼と出会った「あの赤茶けた荒野」の古い記憶を、静かに脳裏に蘇らせていた。
原典における彼の伝説。それは、生まれた瞬間から世界の都合や呪縛に振り回され、最後は消耗品のように使い捨てにされた兵器の歴史だった。
けれど本来の彼は、その理不尽な運命の荒波を、己の「美学」だけで乗りこなし、親友や実の息子をこの手で殺さねばならない地獄の中ですら、生き生きと鮮烈に駆け抜けてみせたという。
だが、今俺の目の前にいる『彼』は違った。
他人の欲望という、書き換え不可能なプログラムで心を上書きされ、己の美学を貫くことすら奪われた、最悪のバッドエンドの体現。
――ああ、だからこそ、俺は彼に惹かれたのだ。
初めて彼を見たとき、俺は彼の中に、自分自身の『一番最悪な終わり方』を見ていた。
人類の「消えたくない、生きたい」という傲慢な集合無意識に操られ、自分の本当の理想を心の奥底に押し殺して進むしかない俺自身と、彼の虚無は、本質が何一つ変わらない。キミは、俺の鏡だ。
正面から、地響きを立てて異形の敵の群れが押し寄せてくる。
「おい。さっさと片付けるぞ」
彼は振り返りもせず、その巨大な槍を無造作に構え、弾かれたように地を蹴った。
そこからは、言葉を失うほどの凄惨な「蹂躙」だった。
彼の振るう槍が、向かってくる敵の肉体を文字通り粉砕し、赤黒い血飛沫を大地にぶち撒けていく。骨が砕ける鈍い音と、肉が引き裂かれる凄まじい音が、荒涼とした戦場に響き渡る。バイオレンスと死だけが支配する、地獄のような光景。
普通の人間なら、恐怖に声を上げ、目を背けるだろう。
けれど俺は、その凄まじい暴力を、まるで世界で一番優しいものを見るかのような、救われた瞳で見つめていた。
人類の救世主である俺は、みんなの前で「苦しい、悲しい、こんな世界は嫌だ」という弱音や呪詛を絶対に表に出せない。俺が絶望した瞬間に、世界が終わるからだ。
だから、彼が世界を噛み千切り、容赦なく徹底的に壊していく姿は、俺が胸の奥底に抑圧していた「世界への怒り」を、100%代わりに叫んでくれているように感じられた。
彼が世界を壊してくれるたびに、俺の心がデトックスされ、張り詰めていた脳の痛みがすっと軽くなっていく。
そして、返り血を浴びながら敵を屠っていく彼の姿には、歪なほどに純粋な美しさがあった。
カルデアの他の連中のように、「誰が好き、誰が嫌い、誰のために戦う」といった、ドロドロした人間的エゴが彼には一切ない。「命令されたから、動く」。それだけだ。
けれど、そんな彼にも唯一、誰にも汚されていない聖域がある。それが、戦っている時のスリルそのものが好きだという野生の輝き。
どう効率よく、無駄なく目の前の敵を倒すのか。それを無意識に計算するプロセスそのものに没頭している瞬間の、圧倒的なシンプルさ。
未来の目標(世界救済)を達成することにしか快楽を得られず、理想を裏切りながら止まれない俺に対し、彼はただ「戦う過程」そのものを愛して輝いている。
人類の重すぎるエゴの呪いから最も遠い場所にいるその姿に、俺は脳の芯から癒されていた。気づけば、冷え切っていた俺の口元に、ふっと小さく、本物の優しい笑みがこぼれていた。