あれほど世界を揺るがしていた轟音が、嘘のように遠ざかっていく。
最後の敵が肉塊となって大地に沈んだとき、戦場に訪れたのは、耳が痛くなるほどの完全な静寂だった。
地平線の彼方から、血のように赤い夕日が差し込み、俺たちの影を地面に細長く伸ばしていく。その長い二つの影は、俺と彼の間に横たわる、決して交わらない物理的な距離を証明しているようだった。
「――フゥ」
彼はふっと短くため息を吐き、無造作に巨大な槍の先を地面に引きずった。
その瞬間、先ほどまで彼の瞳の奥で獣のようにギラついていた、あの純粋な戦いの熱が、一気に引いていくのが見えた。
まるで冷たい氷水が流し込まれたかのように、彼の瞳は、無機質で冷酷な殺戮機械のそれへと急速に冷め切っていく。他人の欲望によって強制的に起動させられる、いつもの冷たいプログラムの顔だ。
俺は、その凍りついた背中に向かって、トコトコと足音を響かせながら歩み寄った。
今の俺の顔には、カルデアの食堂で見せていた、あの誰もを安心させる「底なしの光の笑顔」はどこにもない。他人の感情を思いやる優しさをベリベリと剥ぎ取り、ただ相手の本質を冷徹に見つめる、無機質な顔。
「どうだい? ストレス発散になったかい?」
俺の声が、静まり返った荒野にぽつりと落ちた。軽い口調のつもりだったが、俺の目は一切笑っていない。
彼はめんどくさそうに、怪訝な顔で振り返り、地を這うような低い声で応じた。
「あ?」
俺は歩みを止めない。彼の大きな身体を見上げながら、その存在の根源にある絶望を、言葉のメスで淡々と解剖していく。
「キミは、自分が何が得意で、何のために生きるのか、その答えをもう持っている。……だからこそ、余計辛いんじゃないか?」
その言葉が届いた瞬間、彼の動きがピタリと止まった。
怒るのではない。ただ、触れられたくない心の最深部の急所を真っ直ぐに射抜かれ、彼の思考が一瞬だけ完全にフリーズしたのだ。彼の目元に、すっと濃い影が落ち、その頑なな表情が目に見えて曇っていく。
「……何が言いたいんだ、お前は」
射殺すような鋭い視線が俺を貫く。一歩間違えれば、その巨大な槍で一瞬にして肉塊に変えられるかもしれない圧倒的な強者。けれど、俺の心には1ミリの恐怖も湧かなかった。
むしろ、自分と同じ「役割に殺された同類」を前にして、ひどく冷ややかな親しみすら覚えていた。
「キミは確かに、クー・フーリンじゃない」
俺は冷ややかに、残酷な現実をそのまま突きつける。
「自分の意思で生きていないものは、もう何者でもないのだから」
普通の優しい主人公なら、そんなことない、君は君だと励ますのだろう。けれど俺は、彼の「意志を持たぬ空っぽの絶望」を、一度100%完璧に肯定した。
彼は驚愕に瞳を揺らし、苦しげに顔をしかめた。誰かの願いによって都合よく作られ、心を消された自分という空っぽの存在を、この生身の凡人に完全に見透かされた驚き。彼は牙を噛み締め、フッと諦めたように、自嘲気味に呟いた。
「他人の欲望で鋳造された俺には、初めから意志などない」
それは、彼のプライドが出した絶望の答えだった。
俺はそれ以上何も言わず、すっと彼に背を向け、夕日に向かって数歩歩き出した。そして、長い影を背負ったまま、ポツリと言葉を投げかける。
「俺が、キミを戦場ではクー・フーリンにしてあげるよ」
背後で、彼が本気で困惑したように息を呑む気配がした。
「……なんだ、いきなり。意味が、わからねえよ」
俺は、夕日の逆光を浴びながら振り返った。顔全体に濃い影が落ちる中、目元だけが、不敵な笑みを浮かべて怪しく光っている。
「キミがキミらしくいられる戦場を、俺が作るよ」
かわいそうだからと戦いから遠ざけるのは、彼から唯一の居場所を奪い、その無意味さの地獄にさらに突き落とすだけだ。
なら、目標達成にしか生きられない俺の脳を使って、彼が何も考えずにただ美しく暴れられる「完璧な戦場」を、俺が全力で構築してやればいい。
俺は、いつの間にかすり替えていた。
世界を救うという、人類から押し付けられた「退屈な正義」を、『彼が生きられる戦場を作る』という、俺だけの傲慢なエゴへ。
生まれた瞬間から自らの意志を持つことを許されなかったお前を、俺が救い出す。それができれば、汎人類史の集合無意識に操られて、本当の理想を押し殺して進むしかない俺自身も、いつか救われるはずだと証明したかった。
大義名分をかなぐり捨てて見つけた、俺の最初で最後の、狂おしいほど純粋なエゴだった。