ダンガンロンパ〜超高校級の調香師〜   作:Mr.♟️

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平穏な時間

 

初めて会ったのは、彼の家族が経営するフレグランスショップでしたわ。元々彼が作る香水をネットから購入し、愛用しておりましたの。

 

ですが、ネットでは3種類しか販売していないのに対し、実店舗では数十種類を扱っているという情報を耳にし、自ら足を運びました。

 

容姿は上の下。

 

上品質な香水を作成する優れた能力と合わせれば、性格に難がなければ、この私に従順であるならば下僕──ナイトにして差し上げてもいいと思いましたの。

 

好みの香りを伝えると、現在の在庫に私のリクエストと完全に一致するものはないからと、後日改めて受け取りに来るよう言われましたわ。

 

言葉を交わした雰囲気では、特に性格に問題があるようには見えませんでしたわね。

 

 

 

 

 

言われるがまま、次に赴いた際に差し出された香水は──この上なく私の好みに合致する至高の品でした。なんでも、そのお店に並ぶ香水はすべて彼の手作りだとか。

 

完全なオーダーメイドの香水ゆえ、当然ネットで購入できるはずもなく、私は定期的にそのお店へ通うことになりましたわ。ですが、それは些末なことですの。

 

彼と関わる時間が増えれば、果たしてどのランクを与えるのが適切か、より正確に値踏みできますから。

 

その目論見通り、常連客となってからは彼とお話しする機会も増えましたわ。

 

その中で得た情報は、彼が毎日フレグランスショップに立っているわけではないということ。

 

ショップにいるのは金曜日から日曜日の3日間。

 

月曜日と火曜日は向かいの喫茶店。そして水曜日と木曜日は、隣のマッサージサロンにいらっしゃるとのことでしたわ。

 

彼が喫茶店やサロンに出ている日は、ご両親がショップで接客をなされているそうですわ。

 

それにしても、喫茶店とマッサージサロンは週にたった2日の営業だったのですね。一度、彼がいる日に足を運んでみるのも一興かもしれませんわ。

 

──見事に、ハマってしまいましたわ。

 

爽やかな香りが濃厚なミルクと絶妙にマッチしたロイヤルミルクティー。そして、その風味を最大限に引き立たせるレアチーズケーキのセットメニュー。

 

意識して気を張っていても、思わず心身絆されるような、極上のアロママッサージ。

 

まったく、お見事ですわ。

 

まさかこの私が、いまだ従者にすらなっていない相手に対し、これまでに誰一人として与えたことのない『C+』のランクをつけることになるなんて。

 

 

足しげくお店に通いながら、何度か私専属の調香師、あるいはマッサージ師にならないかと勧誘しましたけれど......いずれもやんわりと躱されてしまいましたわ。

 

ですが、私は一度狙いを定めた獲物は決して逃がしませんの。幸いにも、彼が希望ヶ峰学園に入学することは、ネットの裏掲示板にあった新入生スレッドの情報で把握しておりました。

 

ですから、在学中にゆっくりと私の下僕──従者へと躾ける予定でしたのに。まさか、このような理不尽な事態に巻き込まれるなんて......いえ、むしろ好機ですわね。

 

 

 

 

 

 

 

 

このような異常事態の中であれば、頑なに私の専属となることを拒み続けている彼とて、少なからず判断力が鈍るはず。

 

まずは唯一の知人として親交を深め、囲い込む機会を窺うことにいたしましょう。

 

「手持ちの香水を切らしてしまいまして。神崎くんなら、いくつかお持ちではないですか?」

 

これは、彼を掌握するための記念すべき第一歩ですわ。ついでに、安らぐ香水も頂戴することにいたしましょうか。

 


 

「え、うん。嫌だけど」

 

そこまで僕が作った香水に執着してもらえるのは、作り手として素直に嬉しいね。まあ、絶対にあげないけど。

 

「......?」

 

「............?」

 

彼女は何故、不思議そうに小首を傾げているんだろうか?

 

いやいや、いくら店の常連客だとしても、こればかりは譲れない。今、僕の手元に残っている香水は、たった4つしかないんだから。

 

この学園にいつまで閉じ込められるか分からない以上、まずは自分が使う分の確保を優先するべきじゃない?普通に考えて。

 

「......いただけないのですか?」

 

「うん」

 

彼女の用事はこれで終わりかな?それなら、こっちは早くベッドに入りたいんだ。できるだけ早急に、この部屋から立ち去ってほしい。

 

「でしたら、トランプで決めましょう。お時間はとらせませんわ」

 

「いや、そんな勝ち目のない勝負は......」

 

──待てよ。そうか、そういう事か。わかったぞ。セレスさんが、わざわざ夜時間に僕の香水を欲しがった本当の理由が。

 

彼女は、不安なんだ。

 

予測不能なこの異常事態に対する不安を誤魔化すために、普段から身にまとっている『日常の香り』を欲している。

 

そう考えれば、原則外出禁止であるはずの夜時間に、わざわざ僕の部屋を訪ねてきたことにも合点が行く。

 

【超高校級のギャンブラー】として名を馳せたプライドの高い彼女は、そんな弱気な理由で香水を求めている事実を誰にも悟られたくなかったんだろう。

 

......仕方ない。ここは僕が大人になって、折れてあげるべきか。運良く、彼女が愛用している香水と同じものが手元にあるし。

 

僕が作った中でも5本の指に入るお気に入りだからね。君は本当に運がいい。

 

「勝負なんてしなくてもいいよ。気が変わった。欲しいなら、あげるよ」

 

「......ありがとうございます。それでは、また明日お会いしましょう」

 

あ、目当ての香水を受け取った途端、足早に去っていった。現金過ぎない?え、本当にこの為だけに来たの?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『──私が訪ねているというのに、早く帰ってくれないかな?みたいな雰囲気はなんですの』

 

いいですわ。今はまだ、その態度で。近い将来あなたは、私の足元に跪くことになるのですから。

 


 

目を覚ましたら実は夢でした、なんて都合のいい話はなかった。7時になると、モノクマの朝を知らせる放送が流れ始めた。これで夜時間は終わりか。

 

とりあえず、大神さんを誘って食堂に行こうかな。この状況下で仲良くするなら、彼女一択だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「美味しいーっ!」

 

フレッシュハーブとトマトのチーズオムレツ、生ハムとモッツァレラのバゲットサンド、デザートはフルーツの盛り合わせで、ドリンクには紅茶。

 

朝ごはんにしては、少し量が多いけど【超高校級のスイマー】と【超高校級の格闘家】には大した量じゃないみたいだ。2人とも体を動かすアスリートだもんね。

 

朝日奈さんがいるのは、僕が大神さんを朝食に誘いに行く時にバッタリと出会ったから。

 

彼女は初日時点で既に大神さんと交流を深めていたし、無下にしたら目的である大神さんとの親交を深めれない可能性があった。

 

だから、彼女も含めて僕は3人分の朝食を作る羽目になったよ。お店ならこれだけで1人前10,000円はするのに。無償で提供することになるなんて、勿体ない。

 

「うむっ。朝食は和食であるべきだと考えていたが、これは美味い」

 

「喜んでもらえたなら、なによりだよ」

 

「うんうん!本当に、お店で売ってるやつよりも美味しいよ!」

 

「ああ、うん。一応僕も店を構えてるからね。そう言ってもらえたら嬉しいよ」

 

さて、人と仲良くするためには、共通の趣味があるといい。自然と関わりやすいし、なにより仲間意識が生まれやすい。

 

こういう状況では尚更ね。

 

「実はさ、僕が2人に話しかけたのは下心があるからなんだよね」

 

「下心!?エッチ....!」

 

ちょっと待って。この段階でその反応をされると、まるで僕が変態的な要求をしたみたいじゃないか。人の話は最後まで聞いてくれないかな。

 

待って待って。大神さんの顔も険しくなったんだけど。

 

「....朝日奈さんがどういう想像をしたかはちょっと僕には分からないけど、そういうことじゃなくて、少しお願いがあるだけだよ」

 

あ、この言い回しも良くない。朝日奈さんから反応が返ってくる前に、さっさと言葉を続けないと。

 

「いざという時に頼れるのは、自分自身だからさ。身体を鍛えたいんだ。この環境でもできる、効果的なトレーニングを2人なら知ってるんじゃないかと思って」

 

そもそも、下心って単語だけでエッチな想像をする朝日奈さんの方がエッチな気がするけど、言葉にするのはやめておこう。

 

「ふむっ。筋肉はある程度あるようだが、我の鍛錬相手にはならぬか」

 

それはこちらから慎んでお断りさせてもらうよ。命が惜しいから庇護を求めてるのに、何が悲しくて自分から死ににいかないといけないんだろうか。

 

「そうだっ!じゃあ、これから3人で体育館でサーキットしようよ!」

 

本気で言ってる?サーキットトレーニングなんて、あんなきついメニューを好き好んでやるなんて、頭がおかしいんじゃないかな。

 

「朝日奈がそう言うのなら、そうしよう」

 

「メニューは、ダッシュ、ジャンプスクワット、腕立て伏せ、マウンテンクライマー、反復横跳び、バーピー、V字腹筋、ベアクロールでいいよね?」

 

「構わぬ」

 

「マウンテンクライマーと、ベアクロールってなに?」

 

別にこっちは、本気で鍛えるつもりはなかったんだけど。こうなったら仕方ない。ここで嫌がる素振りを見せたら、間違いなく評価が下がる。

 

「あ、わかんないよね。体育館に行ってから説明するねっ!」

 


 

なんで僕はこんなことをしているんだろうか。終わってる。悲しい。キツイ。辛い。

 

「もう少しだよ!頑張ろうっ!」

 

このメニューを1セット繰り返すだけでも辛いのに、もう8セット目なんだけど。どうなってるんだ。

 

こういうキツイメニューって、普通2~3セットで終わるものじゃないの。ちなみに、僕の隣でベアクロールで歩いてる朝比奈さんは10セット目。

 

彼女は下心って言葉だけで人のことをエッチ呼ばわりしておいて、今の自分の体勢の方がよっぽどエッ....考えるのはやめよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これ.....でっ....!おわ、り....?」

 

息が整わない。なんでこんなことに。なんでこんなことに。接し方を間違えた。他のアプローチで親交を深めるべきだったんだ。

 

辛うじて、産まれたての子鹿並にぷるぷると身体を震わせながら、余裕綽々の2人に問いかける。

 

「うん!頑張ったね!」

 

「初日であることを考えれば、この程度でいいだろう」

 

嬉しい言葉と嫌な言葉が聞こえた。初日?え、なんのこと?まさか、こんなハードなことを明日もやるつもりだったりする?

 

「....ハハハッ、ちょっとまだ僕は2人のペースについていけなさそうだ。自分で鍛えて、2人と運動できるくらいまでは1人で頑張るよ」

 

大神さんとは、別に何か関わる機会を見い出せばいい。こんな運動を毎日させられでもしたら、ろくに動くこともできない。

 

「えー、明日も一緒に運動しようよ」

「うむ。我らは気にしておらぬ」

 

「自分の未熟さを知ったよ。ドイツの文豪ゲーテもこう言っていた『自分ひとりで石を持ち上げる気がなかったら、二人でも持ち上がらない』ってね」

 

勘弁して欲しい。僕はまだ死ぬ気はない。こんな強度の運動なんて、毎日できない。嫌だ。無理。

 

「まずは、自分1人で精一杯頑張りたいんだ。今日は付き合ってくれてありがとう」

 

身体にムチを打つ。早くこの場から立ち去らないと、彼女たちの善意のせいで明日以降の僕が死に体になる可能性がある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さくらちゃん、神崎って意外と体力あるんだねっ!」

 

中学時代の男子のクラスメイトなんて、5セット目くらいで音を上げて諦めてたのに。神崎って、何かスポーツでもやってたのかな?

 

「うむ。最後の1セットは、完全に意地だけで乗り切っていた。気骨があることには違いあるまい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「......疲れた」

 

なんとかシャワーを浴びることができた。腕を上げるだけで一苦労だった。とにかく寝たい。お昼ご飯なんていらない。

 


 

「っぐ......はぁ」

 

重い瞼を開けて時計を確認すると、時刻は20時30分を回っていた。夜時間は22時、つまり食堂が閉鎖されるまであと1時間30分しかない。

 

お腹がすいて仕方ない。なにか胃に入れないと。

 

とりあえずベッドから這い出し、熱めのシャワーを浴びてから、念入りに時間をかけてストレッチを行った。

 

動くたびに全身の筋肉が悲鳴を上げるけれど、なんとか歩くことくらいはできそうだ。

 

これなら、明日か遅くても明後日には筋肉痛も和らぐはずだ。

 

いや、こんなところでのんびりしている場合じゃない。

 

シャワーとストレッチに時間をかけたせいで、食堂が閉まるまであと1時間10分まで迫っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ、こんな時間なのにまだいるんだ」

 

「あ、神崎くん。これからご飯ですか?」

 

食堂には、舞園さんがポツンと一人で座っていた。彼女の前のテーブルに食器は置かれておらず、とても食事をとっているようには見えない。

 

誰かを待っているのか、それとも考え事か。

 

まあ、僕には関係のないことだけど。

 

 

 

 

 

 

 

「えっと、僕になにか用かな?」

 

舞園さんは、親鳥を追うひよこのように、調理場に入った僕の後ろをトコトコとついてきた。そんな彼女の視線を背中に浴びながら、僕は米を研いで炊飯器にセットする。

 

食堂で慌ただしく食べるより、持ち運びしやすいおにぎりを作って自室でゆっくりと味わいたいからね。

 

お米が炊きあがるまでに50分。残り20分をおにぎりを握る作業に充てれば、22時のタイムリミットには十分間に合う計算だ。

 

ちなみに僕は、自分で作るならシンプルな塩むすびが一番好きだ。具材を仕込む手間もないから、炊き終わるまでは完全に手持ち無沙汰になってしまう。

 

「神崎くんとは、まだあまりお話できていませんから。良かったら、少しお話しませんか?」

 

「別に構わないよ。舞園さんは、今日は何をして過ごしてたの?」

 

「私は苗木くんに付き添ってもらって、護身用の武器を探していました。決して、皆さんを信用していないわけではないんですが、どうしても少し不安だったので......」

 

「ああ、大事なことだね。その切っ先が、僕に向かないことだけを祈るよ。苦手なんだよね、サスペンス映画みたいな展開は」

 

流石は芸能界なんていう荒波の中で生き残っているトップアイドルだ。こんな状態で不安なはずなのに、行動は極めて冷静だ。

 

「神崎くんは、何をしてたんですか?」

 

「大神さんと朝日奈さんに混ざって、運動をしてたよ。この環境で最後に頼れるのは、結局のところ自分自身の身体だからね」

 

まあ、本音を言えば『最強の武闘派である大神さんの威を借る狐になりたい』という打算からの行動なんだけど。

 

もちろん、いざという時のために自分を鍛え直さなきゃいけないというのも嘘じゃない。

 

「運動ですか。身体を動かしたら、嫌なことも少しは忘れられそうですね」

 

「あの2人なら、多分舞園さんが誘っても快くトレーニングに付き合ってくれると思うよ」

 

「神崎くんは、一緒にしてくれないんですか?」

 

「まあ、うん。心と身体に余裕があったら、するんじゃないかな」

 

軽い遊び程度の運動なら全然付き合うけど、今日みたいな地獄のサーキットトレーニングは金輪際お断りだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んー、このまま平和な状態が続くとは思えない」

 

おにぎりを頬張りながら、1人呟く。

 

僕がこの誘拐事件の犯人だった場合、この状況は面白くない。なぜかは分からないけど、僕たちを閉じ込めている相手は僕たちが殺し合うことを望んでるみたいだからね。

 

強制的に殺し合いをさせる手段なんていくらでもある。

 

例えば、殺人が起きない場合、全員を殺すなんて言われたら従わざるをえない。

 

「杞憂であればいいけど...」

 

そうであって欲しい。

 


 

サーキット中の朝日奈

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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