真っ青な顔をしながら視聴覚室の机に置いてあるテーブルを指さす苗木くん。ああ、それがモノクマが『動機』とかいってたやつかな。
今日は朝から面倒なことだらけだ。今後は毎朝の食事を全員で摂ることになるし、動機なんていらないものまで与えられるし。
ダンボールの中を見ると、自分の名前が書いてあるディスクが入ってた。別にモノクマの言葉に踊らされて見る必要もないけど、外の情報は気になる。
まあ、結局見るしかないよね。
『入学おめでとう。上手くやっているか?お前が希望ヶ峰学園に入学できたこと──』
両親からのメッセージが流れ始める。なるほど。陳腐だけどこの外での思い出を刺激しようって魂胆か。甘いね。こんなのどうでもいい。
そもそも、僕と両親はどちらかといえばビジネスパートナーに近い。このメッセージを見たところで、帰りたいとは思わないよ。
ジ....ジジ......
画面が変わった。ついさっきまでは、フレグランスショップで僕を祝っていた両親の姿は動画から消え、残されたのは──見るも無惨に荒らされたお店だけ。
あ、
ああ、
悲しい。お父さんとお母さん死んじゃったのかな。まあ、いずれ寿命で死ぬわけだし、早いか遅いかの違いだよね。僕は長生きするけど。
え?ああ、悲しいよ。うん。これからはネット販売も僕が手をつけないとダメになるのかぁ。いっその事、店舗販売だけにしようかな。
元々、僕は僕の手が届く範囲でやりたいことをやってただけだし。ECサイトでの販売は分不相応だったのかもね。
そっかそっか、うんうん。こういう動画だったのか。うんうん。
───許せない。僕が作った香水をどれだけ壊したんだ。
香りには好みがある。だから合う合わないを論じるのは好きにしてくれればいい。むしろ、僕もそういった話から人の好みを学んでる。
でも、僕の完璧な作品を無意味に故意に壊すだなんて、許せない。まったくもって度し難い。
『やめてっっ......!!!』
内心僕が怒っていると、悲痛な大声が聞こえた。舞園さんの声だ。苗木くんが呆然としてる。え、なに。セクハラ?振られた?
「追いかけないと....」
苗木くんが舞園さんの後を追おうとしている。僕もついて行こうかな。いや、別にそこまで仲がいいわけじゃないからやめておこう。
今僕がすべきことは、動画を見て混乱している大神さんと朝日奈さんのフォロー。
万が一大神さんが誰かを殺そうとしたら、ここに止めれる人間はいない。なにより僕は、安全確保のために彼女の威を借る狐になりたいんだ。
朝日奈さんについては、彼女が元気になれば雰囲気が良くなる。全体を明るくしてくれる人は重要だからね。それに、この2人はそこそこ関わりがある。
「朝日奈さん、大神さん。そんな暗い顔してどうしたの?」
まあ、どうしたもこうしたもないだろうけど。もし同じような動画を見せられてたなら、混乱するのも恐怖を抱くのも仕方ない。
「だ、だって...!ねぇ、これって捏造だよねっ....!?」
「いや、わかんない。僕、全然そっち系の才能はないし」
そんな切羽詰まった表情で聞かれても、分からないものは分からないんだよね。モノクマならどっちの可能性も有り得る。
「でもさ、僕たちがここで怖がっても意味がないことは分かる。だって、そんなことよりもっと有意義なことがあるから」
あれ、2人以外の視線も集まっちゃった。え、そんな大したことをいうわけじゃないんだけど。ま、いいかな。勝手に注目してきただけだし。
「サーキットトレーニングだよ。クタクタになるまで身体を動かせば、気持ちが落ち着くでしょ。だからさ、体育館に行こう。僕は見学で」
「それに、激しい運動をすることで『幸せホルモンJJM』と『覚醒物質XBH』が脳内に分泌されて、頭の回転を飛躍的に早くしてくれる効果があるんだ。だからこそ、今この不安な瞬間にこそ、運動するべきなんだよ」
そんな専門用語があるかどうかは知らないけれど、適当にそれっぽいアルファベットを並べておけば説得力が増す気がする。
どうせ、脳筋気味な朝日奈さんと大神さんには細かいことなんて分からないだろうし、これでいいよね。
「......確かに!ここでずっとクヨクヨしてても仕方ないかもっ!運動して、頭スッキリさせようっ!ね、さくらちゃん!」
「う、うむ......?」
はい、これで問題なし。
朝日奈さんの持ち前の勢いに上手く乗せられて、大神さんも釣れた。クタクタになるまで身体を動かせば、あんな悪趣味な動画のことなんて考える余裕はなくなるはずだ。
「──私には、声をかけてくださらないのですか?」
「もちろん、この後に声をかけるつもりだったよ。君も一緒にどうかな、セレスさん」
セレスさんは汗を流すような運動は嫌いなタイプだと思っていたけれど、そうでもないのだろうか?
元々彼女を誘う予定なんて微塵もなかったけど、あえて拒む理由もない。
「っはー、じゃあ俺も付き合ってやんよ。ここにいても、気が滅入るだけだしな。ってか、XBCって野球用語じゃねーの?」
あ、なんか予想外のところから【超高校級の野球選手】まで釣れてしまった。まあ、交友関係が広がるのは悪いことじゃない。
「へー、そうだったんだ」
全然知らなかった。
今度から適当な専門用語をでっち上げる時は、もう少しバレにくい言葉を選ぶようにしようっと。
僕は死んでいた。正確には、僕とセレスさんは体育館の壁を背もたれにして座っていた。
「───2度とやらない」
「...........あなたが言い出したことでは?」
「そうだったかな。覚えがないけど」
僕たちを除いた3人は、ドッジボールか何かして遊んでる。僕たちも誘われたけど、当然ながら断らせてもらった。
サーキットをした後に、そんなに動けるはずがない。まあでも、前回ほど酷くはない。動こうと思えば動ける。
『まだまだいこーっ!』
「それにしても、セレスさんは運動もできるんだね」
それが意外だった。流石にこの体育館にいるメンバーと比べるのは酷だけど、それでも運動神経は悪くない部類に入ると思う。
「えぇ、ギャンブルには体力も必要ですから。体力がありませんと、集中力が切れてしまいますもの。それに.....いえ、この先はやめておきましょうか」
「へぇ、そこで止められると気になるなぁ」
まあ、別に無理に聞き出そうとは思わないけど。やぶ蛇の可能性もあるし。
「気になるのであれば、あなたが私の専属調香師兼マッサージ師になるなら教えて差し上げてもいいですわ」
「前も言ったけど、専属とか興味ないから。自由に生きたいんだよね、僕は」
やりたいことをやって、やりたいように生きる。前から専属にしたいって誘いは多いけど、全部断ってる。セレスさんだから断ってるわけじゃない。
「自由に、ですか。ふふふ、それはこの学園に閉じ込められても変わりませんか?」
「もちろん。こんな小さい箱庭で一生を終えるつもりはないよ。セレスさんは適応しようって言うけど、僕は嫌だね」
そんなふうにセレスさんと雑談を続けていると、体育館の扉が開いて2つの影が歩みを進めてきた。
苗木くんと舞園さんだ。舞園さんに取り乱した様子はなく、いつも通りに見える。一流アイドルはメンタルの切り替えも一流らしい。
「ねぇねぇ、せっかく人数も集まったし、チームで別れてやろうよっ!」
「それなら、僕は審判をやろうかな。そしたら3対3で別れることができるし」
出来れば動きたくないしね。あ、セレスさんからの視線が強くなった気がする。
体育館での運動が終わったあと、各自シャワーを浴びてから、体育館組の7人全員で夕食を食べようという話になった。
え、ドッジボールの結果?そんなの、大神さんがいるチームの全勝だよ。桑田くんも頑張ってたけど、基礎スペックが違いすぎる。
「......なんで僕が、全員分のご飯を作る流れになってるのさ」
そのご飯を僕が作ることになったのは不満でしかないけれど、仕方ない。
あの顔ぶれの中で、まともに料理ができそうな人間が僕以外に見当たらなかったからね。これは仕方ない。
「お手伝いしますよ、神崎くん」
エプロンを締め直していると、ひょこっと調理場に舞園さんが現れた。
トップアイドルが包丁を握って料理をするイメージなんて微塵もないんだけど、果たして大丈夫なんだろうか。
「はい、出来ますよ。アイドルだって料理くらいしますっ」
「......流石エスパー。じゃあ、一緒に作ろうか」
本当にエスパーなんじゃないかって疑いたくなる精度だよ。まあ、手伝ってくれるならありがたい。
「何を作るんですか?」
「天ぷらと味噌汁、それとほうれん草のおひたし。米は炊いてるから、天ぷらからやろうか」
基本的に僕が作る料理は洋食だから、天ぷらとかはあんまりやらないんだけど.....僕が天ぷらを食べたい気分だから仕方ないよね。
「舞園さんは野菜のカットをお願いできるかな。僕は衣を作って油を準備するから」
「任せてくださいっ!」
エプロン姿の彼女は、僕の失礼な予想を見事に裏切って、鮮やかな包丁さばきを見せた。トントンと軽快な音が調理場に響き渡る。
「すごいね、手慣れてる」
「ふふっ、こう見えて自炊もするんですよ。アイドルは体調管理も大切なお仕事ですから」
そんな他愛のない会話を交わしながら、綺麗にカットされた野菜や海老に衣を纏わせ、適温になった油の海へと落としていく。
パチパチと小気味良い音を立てて、黄金色に揚がっていく天ぷらたち。香ばしい匂いがふわりと漂い、空腹の胃袋を強烈に刺激してくる。お腹空いた。
「わぁ......すっごく美味しそうですね」
続々と揚がっていく中、舞園さんが目を輝かせていた。
「味見してみる?はい、揚げたてのさつまいも」
僕が小皿に取り分けて差し出すと、彼女は『いいんですか?』と嬉しそうに微笑み、小さく息を吹きかけてからパクリと口に含んだ。
「んっ、熱っ......!でも、すっごくサクサクしてて甘いですっ!」
熱さに少し目を瞬かせながらも、満面の笑みを浮かべている。その飾らない表情は、テレビの向こう側で見せる完璧な笑顔よりも、ずっと自然で魅力的に見えた。
「......僕ももらおうかな」
僕もつまみ食いに便乗して、揚げたての海老を口に放り込む。うん、サクサクで完璧な仕上がりだ。
「つまみ食いって、どうしてこんなに美味しいんでしょうね」
「料理する人間の特権だからじゃない。優越感、みたいな?」
2人で顔を見合わせて、思わず小さく吹き出してしまった。
こんな狂った状況下だというのに、ほんの少しだけ、日常の平穏を取り戻したような錯覚に陥ってしまう。
完成した。メンバーも食堂のテーブルに揃ってるし、あとは運ぶだけだ。
「うん、まあいいんじゃない?」
「美味しそうに出来てよかったです」
完成した料理を見て、嬉しそうに微笑んでいる舞園さん。ああ、やっぱりトップアイドルはどんな場面を切り取っても絵になる。
なんでだろうか。純粋な容姿の造形だけでいえば、他の女子メンバーも決して負けていないはずなのに、身に纏っているオーラとでも言えばいいのだろうか。
「その、神崎くんにお願いがあるんですけど...」
「面倒事じゃなかったらいいよ」
「ありがとうございます。もし、神崎くんが香水を持ってたら、譲ってもらえませんか?」
「香水を?んー.....」
どうしようか。セレスさんに譲ってしまったから、僕の手持ちは3つしかない。いつまでここに閉じ込められるか分からないし、出来れば譲りたくない。
「お願いします」
「....はぁ、後で僕の部屋に取りに来てくれたらあげるよ」
動機の動画を見てあれだけ取り乱してたんだ。
僕の香水で多少気を紛らわすことができるなら、譲ってあげよう。殺人の方面に考えがシフトしたら困るし。
「その、異性の部屋に行くのはちょっと....」
.......トップアイドルってめんどくさい。まさか、僕の方から届けに来いと?え、流石にそれは厚かましすぎないかな。
「出来れば、夜時間に私の部屋に持ってきてもらえませんか?その...」
「アイドルの部屋に異性が入るところを見られたくないから、かな?」
本当に厚かましすぎないか。もう、びっくりだよ。
「ふふ、エスパーですか?」
「うん、驚いた?......まあ、今回だけだからね。いいよ、夜時間に持って行ってあげるよ」
こんな厚かましいお願いをしてきているのに、決して嫌な気持ちにならないのは、彼女が持つ天性の才能なのかもしれない。
まあ、冷静に考えれば全然めんどくさいとは思うけど。
「それでは、お料理運んじゃいますねっ」
「ああ、うん。よろしく」
「......本当に、ごめんなさい」
彼女が調理場から去る時、小さく呟かれたその声は、僕の耳には届かなかった。
ジャージセレスさん
躍動朝日奈さん