眩い光が、瞼を透かして差し込んできた。
セリアがゆっくりと目を覚ますと、そこはフカフカのベッドの上だった。
天井が高い。見事な彫刻が施された柱。高級感のある調度品。
(ここは……ロズワール邸、か)
背中の痛みは完全に消えていた。衣服も、小奇麗な寝巻きに着替えさせられている。
セリアが身体を起こそうとした、その時。
「あ、動いちゃダメよ!」
部屋の扉が開くと同時に、トレイを持ったエミリアが慌てて駆け寄ってきた。
彼女はトレイを近くのテーブルに置くと、セリアの肩を優しく押さえてベッドに戻した。
「エミリア……」
「もう、まだ寝てなきゃダメ。三日間も眠り続けてたんだから、みんな心配したのよ?」
「三日も……?」
驚くセリアに、エミリアはふっと表情を柔らかくした。その瞳には、深い安堵の色が浮かんでいる。
「ええ。でも、お熱も下がったし、傷も綺麗に治ったわ。本当に……よかった」
エミリアはベッドの脇に腰掛け、セリアの手をそっと握った。王都の時と同じ、少しひんやりとした、けれど心地よい手。
「セリア、改めてお礼を言わせて。私を助けてくれて、本当にありがとう。あなたがいてくれなかったら、私、今頃どうなっていたか……」
「ううん、私の方こそ。エミリアが治癒魔法で助けてくれたんでしょう? お互い様だよ」
セリアが微笑むと、エミリアは少し照れたように視線を彷徨わせた。
「私のは、当然のことをしただけだもの。それより、セリアのあの時の魔法……すごかったわ。パックも、あんな不思議な陰魔法は見たことがないって驚いてたのよ?」
「あれは……自分でもよく分からなくて。必死だったから……」
セリアは苦笑混じりに答えた。前世の知識があっても、あの『重力操作』のような現象が何だったのかは正確には分からない。ただ、エミリアを守りたいという強い感情が、眠っていた gate を開いたのは確かだった。
「ふふ、そうなのね。でも、セリアがすごーく強い魔法使いさんで良かったわ。あ、そうだ。ここ、私の後見人を務めてくれている、ロズワール・L・メイザース辺境伯のお屋敷なの。セリアのことも、事情を話して、しばらくここで静養してもいいって許可をもらったわ」
ストーリーは概ね原作をなぞっている。だが、どういうわけかスバルの存在が消えていて、代わりに自分がここにいるようだ。
セリアは複雑な心境だったが、エミリアの隣にいられるという事実が、何よりも嬉しかった。
「ありがとう、エミリア。私、行くあてもなかったから……本当に助かる」
「もう、『ありがとう』は禁止! 私たち、お友達でしょう?」
エミリアはぷくっと頬を膨らませて見せた。その子供っぽい仕草が、たまらなく愛らしい。
セリアは思わず、握られているエミリアの手に、少しだけ力を込めた。
「うん、お友達……だね」
同じ少女として、エミリアの隣にいること。
それは前世のセリア(男)にとっては叶わぬ妄想だった。だが今、こうして手を繋ぎ、見つめ合っている。
エミリアの紫紺の瞳に映る自分の姿は、少し髪の長い、儚げな少女のものだ。
(この身体になって、良かったのかもしれない……)
セリアは心の底から、そう思い始めていた。
「さあ、お腹空いたでしょう? 双子のメイドのラムとレムが、美味しいお粥を作ってくれたの。はい、あーんして?」
「えっ!? あ、あーん!?」
セリアは跳ね起きそうになった。
エミリアがスプーンでお粥を掬い、フーフーと息を吹きかけてセリアの口元に差し出している。
「な、何言ってるのエミリア! 自分ですすれるよ!」
「ダメよ、病人は大人しく甘やかされるものなの。ほら、あーん」
大真面目な顔で迫ってくるエミリアに、セリアは顔が沸騰しそうなほど赤くなるのを感じた。
元男としての羞恥心と、現女子としての心臓の高鳴りが混ざり合い、脳内は大パニックだ。
しかし、エミリアの真っ直ぐな瞳に見つめられ、拒絶することなどできるはずもなかった。
「……あ、あーん」
小さく口を開け、お粥を迎え入れる。
優しい出汁の味が口いっぱいに広がったが、セリアにとっては、それ以上にエミリアの距離の近さ、鼻をくすぐる彼女の甘い匂いの方が強烈だった。
「ふふ、美味しい?」
「……うん、すごく美味しい」
セリアは顔を真っ赤にしたまま、俯いた。
エミリアはそんなセリアの様子を見て、嬉しそうに何度もスプーンを運んだ。
窓から差し込む朝の光が、二人を優しく包み込んでいる。
ルグニカでの新しい生活は、激動の予感を孕みながらも、これ以上ないほど甘やかに始まろうとしていた。