絶えて叶わぬ願いの果てに   作:百合うおおお!

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後編

 燦燦と輝く初夏の太陽の下に、夜空の欠片が犇めいている。

 

 落ちた星から生まれる獣──星獣たちだ。それぞれ生物、非生物の形を取った夜空の怪物たちが、そびえ立つ土の防壁を破らんと一心に押し寄せてくる。

 

「それっ!」

 

 幼い掛け声と共に、怪物たちを小さな影が迎え撃つ。

 

 ノヴァである。銀髪を風になびかせ、しなやかな足を剣を掲げるように天へ向け、力を貯める。

 

 星獣の群れが目と鼻の先に迫ると同時、足を振り下ろした。

 

 遠雷のごとき爆音。常識はずれの膂力で踏み抜かれた地面が陥没し、すさまじい衝撃波が発生。怪物たちを吹き飛ばす。

 

 それだけでおよそ半数の星獣が消滅し、生き残ったものたちも大きく怯んでいる。

 

 その隙を逃さず、無駄のない足運びで距離を詰めるノヴァ。

 

 巨大なクマの形を模した星獣の前足を掴み、力任せに引く。自身の十数倍はある巨躯を布切れのごとくたやすく持ち上げ、片手で振り回した。

 

 大質量の鈍器と化した星獣の体が、みるみるうちに周囲の星獣の数を削っていく。

 

 このままでは全滅すると見たのか、犠牲をものともせず全方位から星獣が迫る。狐型の星獣が三体、攻撃の隙間に辛くも潜り込み、夜空の顎を開いてノヴァの背中に咬みついていく。

 

 しかしその牙が届くことはなかった。

 

 防壁の上から炎の矢が飛来し、狐型星獣を貫いた。防壁の上に位置する魔法使いの援護だ。

 

 魔法と暴力の二重奏による蹂躙が続き、やがてダメージによって大クマ星獣が消滅した頃には、見える範囲でほんの数体しか残っていなかった。

 

 日頃から百体は下らない数を相手にしているノヴァが、今更苦戦するはずもない。流れ作業で残敵を片付け、息をつく。

 

 それから、防壁の上に手を振った。

 

「スタリィさーん、終わりましたー!」

 

 すると、重厚な土の防壁にトンネルが開く。

 

 駆け足で通り抜けたところに愛しい人影が見え、勢いのままに飛びついた。

 

「あぶな」

「ぶえっ! なんで避けるんですかっ!」

 

 人影──スタリィはひょい、と身をかわした。受け身も取れず地面に落下し、ノヴァがむすっと頬を膨らませる。

 

 しかしスタリィはまるで悪びれず、じとっとした目で見下ろしてくる。

 

「あなたの馬鹿力で抱きつかれたら、ケガしそうで怖いのよ」

「力加減くらいできますよ! 寝るときいつもケガしないでしょ!」

「あれだって本当はイヤだよ。暑いし怖いし」

 

 ノヴァとスタリィは、出会ってから今に至るまで同じベッドで寝ている。ベッドが一つしかないからとノヴァがごね、その後スタリィがもう一つ用意しようとしたが、ノヴァがギャン泣きによってどうにか阻止した。

 

 ノヴァはスタリィが好きだ。せっかく好きな人と眠れている現状を変えてなるものか。

 

「あたしはスタリィさんと寝られるの嬉しいです!」

「あ、そう。私はイヤ」

 

 取りつく島もない冷たい声音だった。

 

 辛辣で冷徹、好意なんて欠片もない。

 

 だからこそ好きなのだ。誰からも無条件に愛される願いの影響を受けず、自分を公平に見て、ちゃんと嫌いになってくれる彼女だから。

 

 冷たい視線に恍惚としていると、スタリィはげんなりしてそっぽを向き、「それにしても」と話を変える。

 

「星獣、全然減らないね」

「ですねー、不思議です」

 

 スタリィとノヴァは、山の向こうから押し寄せる星獣を退治する仕事を請け負っている。正確にはスタリィが受けた依頼を勝手にノヴァが手伝っているのだが、それは余談だ。

 

 星獣を生み出す『落ちた星』は、徐々に輝きを失い、やがて星獣を生まなくなる。時が経つにつれやってくる星獣は減っていくはずなのだ。

 

 しかしこの二か月で数が減った感覚はまるでない。防壁前にはたった一日で夥しい数の星獣が集まり、それをスタリィの魔法とノヴァの膂力で蹴散らす毎日だ。

 

「いいじゃないですか。スタリィさんとあたしなら、いつまでだって戦えます。ずっと一緒に戦いましょ?」

「ざけんな。別に私はいいけど、村の人が気の毒でしょ。村を滅ぼす化け物がいつもすぐそこにあったら、気が休まらないじゃん」

「あー……たしかに。ごめんなさい、軽率でした」

 

 自分の事しか考えないノヴァとは違い、スタリィは村のことをしっかり考えていた。赤面して恥じ入るノヴァ。

 

 謝罪を「ん」と軽く受け流すと、スタリィが手を差し伸べてくれる。

 

「帰ろ。村長さんに今後のことを相談しなきゃ」

 

 自分よりも大きく、けれど白くて柔らかな手を掴む。優しい力で引っ張り起こされた。冷淡な態度の中に垣間見えるちょっとした優しさもまた、スタリィの魅力だ。

 

 立ち上がった後もつい、スタリィの手を両手で包んで頬ずりをしてしまう。

 

「ふへへ」

「きっっも」

「ああっ、待ってぇ!」

 

 即効で手を振り払われ、さっさと歩いていくスタリィ。

 

 ノヴァはその後を慌てて追った。

 

 

 

ーーー

 

 

 

「──分かりました。ではあと一か月様子を見て、星獣の数が減らないようなら、落ちた星の本体を叩きに向かいます」

 

 村長の家での話し合いはそう結論して解散になった。

 

 流れはよく分からない。真面目な顔で難しい話をするスタリィの横顔をじっと見るのに、ノヴァは忙しかったのだ。

 

 夕刻、村はずれの家に向かう道中にて。

 

 話聞いてた? と問われたノヴァは、正直に「全然聞いてません!」と答え、スタリィが深いため息をついた。

 

「こーの色ボケチビ女……もう一回だけ説明するからちゃんと聞くこと、いい?」

 

 そうして語り始めたスタリィによると、こういうことだ。

 

 普通、星獣が出なくなるまで持ちこたえれば、落ちた星は輝きを失い、勝手に空へ戻る。その期間は落ちてから数か月、長くても半年ほど。

 

 しかし今回の星は、落ちてから三か月は経つのに星獣の数が減らない。このままでは村は延々と滅びの瀬戸際にあり続けることになる。

 

 だからあと一か月様子を見て星獣が減らなければ、山の向こうに落ちたという星を直接潰しに行く。

 

「星に近づけば近づくほど、星獣の数も質も桁違いに高くなる。もちろん私も行くけど、前衛で戦うのはノヴァなんだよ。人の顔見てデレデレしてないで、ちょっとは気合を入れて」

「あたしを頼りにしてくれてる……!? それだけで気合入りまくりですよ! この白色矮鬼、ノヴァにお任せください!」

「ほんとに分かってんのかな……」

 

 もちろん分かっていない。ノヴァが知る戦いとは流れ星の塔でのそれだけで、落ちた星と星獣の危険度はよく知らないのだ。

 

 だがしかし、スタリィが頼りにしてくれている。それが分かれば十分だ。たとえ夜空の星すべてが落ちてきたって、ぶん殴って空に打ち返してやるのだ。

 

 ふんすふんすとノヴァが鼻息を荒くし、スタリィはその熱意にドン引きするのだった。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 村の防衛は順調だった。

 

 様子見を決めた日以降も、ノヴァが前に出てスタリィが援護する戦術で、星獣を一日おきに全滅させた。数が減る兆しは今のところないものの、一か月の猶予期間は問題なく過ごせそうだった。

 

 だからノヴァはひとまず仕事のことは脇に置いて、それよりずっと重要な問題を考えることにした。

 

 スタリィとの関係である。

 

 ノヴァはスタリィが好きだ。世界で唯一、自分の願い事の影響を受けない人。冷淡だけど優しくて、子供っぽく意地になるところもかわいい。

 

 そんなスタリィともっと仲良くなりたい。もっと深く知りたい。

 

 スタリィはあまり自分のことを話さない。どこで生まれ、どこで魔法を勉強して、どうやってこの村に来たのか。塔を上って叶えたという願い事はなんなのか。すべてを知り尽くしたい。仲を深めるとはたぶんきっとそういうことだと、少なくともノヴァはそう信じている。

 

 とはいえ正面から聞いても恥ずかしがりなスタリィが教えてくれるはずはない。

 

「どうしたらいいですか?」

 

 なので、人に相談してみた。

 

 村の広場にて。今日も元気に遊び回る三人組の子供たちを呼び止めて、作戦会議を開始する。

 

 三人は顔を見合わせ、口々に言った。

 

「正直に聞く!」

「出来たら苦労しないです。次」

「お酒を飲ませるとおしゃべりになるらしいよ」

「あの人お酒飲まないです。次」

「森の奥にある緑のキノコを食べさせると~、気分ふわふわでなんでもしゃべりたくなるんだって~」

「一服盛ってんじゃないですか。論外!」

 

 ろくな案がなかった。

 

 その後も子供たちはあれやこれやとアイデアを出したが、どれもスタリィを追い詰めて無理やりしゃべらせる方向性だったので、すべて却下した。尋問めいた方法で仲良しになれるとは思えない。

 

「うーん……」

 

 粘り強く会議に付き合ってくれる子供たちに、ノヴァはふと罪悪感を覚える。

 

 こんなにも親切に付き合ってくれるのは、願い事のせい。誰からも愛され、優しくされたいと願ったから。

 

 そうでなければこの三人も、自分を一瞥すらしない。声をかけたって無視されるか舌打ちされるか石を投げられ唾を吐かれるか。願いが彼らの心を歪め、無理を強いている。

 

 考えた途端、すべて虚しくなった。押しつぶされそうな虚無感と罪悪感。

 

 願いを叶えて以来、人と関わるといつもこうだった。すさまじい情緒の乱高下で心が軋みを上げている。

 

「ごめん、付き合ってくれてありがとう。自分で考えるよ」

「そう? 力になれなくてごめんな」

「ノヴァならきっと大丈夫だよ。あの人冷たいけど、ノヴァには優しいし」

「緑キノコは東の花園を抜けた先だよ~」

 

 励ましと毒のススメを背に受けて、ノヴァはその場を去った。

 

 足を向けた先は、村はずれの家。スタリィは用がなければいつも家にいるか、近くの川で黄昏ているかだ。

 

 猛烈にスタリィに会いたい。たった一人、素の自分を見てくれる彼女に。

 

 その一心で足を動かしていると、声が聞こえた。

 

「ん……?」

 

 村の広場から川に向かう道中だ。木漏れ日が揺れる中に響く川のせせらぎに、耳慣れない声が混じっている。

 

「どうして急にいなくなったの? ずっと心配してたんだよ?」

「……」

「何か言ってよ……トリーネも、言いたいことあるよね?」

「……」

「えっと……立ち話もなんだし、場所変えない? どこかでゆっくり話そう、ね?」

 

 声の主は、桃色の髪の少女だった。使い込まれた質の良い軽鎧を身に着け、腰には双剣を下げている。

 

 その少女の左右で黙り込んでいるのは、スタリィと、金髪の少女だ。こちらも軽鎧と、腰には直剣。

 

「あの、ほんと、二人とも何か言って~……」

 

 桃色髪が困り眉であたふたするが、スタリィと金髪の少女はお互い黙り込んだまま目も合わせようとしない。

 

 すると、道の真ん中でその様子を見ていたノヴァに、桃色髪が気付き、「あ」と声を上げた。

 

 それにつられて金髪とスタリィもこちらを見て──スタリィが猛烈な勢いで駆け寄ってきた。

 

「スタリィさ──」

 

 事情を問う暇もなかった。

 

 ふにゅ、と柔らかなもので口がふさがれる。次いでかつん、と固いものが前歯に当たった。

 

 視界にはスタリィのきれいな顔。熱い吐息と甘い匂い。

 

 突如、ノヴァは唇を奪われていた。

 

 そのまま数秒程固まって、だしぬけにスタリィが顔を離し、桃色髪と金髪に向き直る。

 

「こういうことだから。私たち、もう関わらない方がいいと思う。行こ、ノヴァ」

「え、あ、はい」

 

 唖然とする二人を置いて、ノヴァはスタリィに手を引かれ、村はずれの家に帰るのだった。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 家の扉を開けるなり、スタリィは帽子もブーツもそのままでベッドに身を投げ出した。

 

 呆気にとられるノヴァをよそに、膝を抱えて体を丸め、シーツを被って動かなくなる。

 

「ぐすっ……」

 

 小さく鼻をすする音。くぐもった忍び泣きの声がかすかに聞こえてくる。スタリィがここまで弱っているのを見るのは初めてだ。

 

「だ、大丈夫ですか?」

「すんっ……ごめん、今は放っといて……」

 

 か細い声は弱弱しく震え、へたに触ると壊れてしまうような気がした。

 

 あの二人は誰なのか、どうして泣いているのか、そして唇同士をくっつけて「こういうこと」とは何なのか。聞きたいことを胸にしまって、ノヴァはそっと家を出た。

 

 先ほどまで晴れていたのに、雲が太陽にかかって薄暗い。スタリィに手を引かれてきた道を、駆け足で引き返していく。

 

 川を越えてしばらくすると、先ほどの二人の背中が見えてきた。村に向かっていたらしい。

 

「あの、すみません!」

 

 呼び止めてすぐ、振り返る二人。桃色髪の方は驚いた表情で、金髪の方はこの世の終わりのように顔色が悪かった。

 

 しかし二人の気持ちや体調を思いやる余裕はない。息巻いて詰め寄るノヴァ。

 

「貴方たちは誰ですかっ? スタリィさん、すっごく悲しそうに泣いてました。何かひどいことを言ったんですか?」

「ま、待って」

 

 桃色髪が慌ててノヴァを窘める。

 

「急にわっと聞かれても困るよ。私たちも君に色々聞きたい。場所変えてゆっくり話さない?」

「そうしましょう!」

 

 ノヴァは即決し、二人を連れて村の広場に向かった。

 

 子供たちと作戦会議をしていた木陰に入り、切り株の椅子に腰かける。

 

 口火を切ったのは桃色髪だった。

 

「私はモモヨ。こっちは相棒のトリーネ。首都で塔の攻略をしてる」

「……トリーネよ」

「ノヴァです。私も塔の攻略をやってました。よろしくです」

 

 手早くあいさつを済ませ、本題に入る。

 

 桃色髪、モモヨが人差し指を立てて提案した。

 

「こうしない? お互い一つずつ、交代で聞きたいことを聞く」

 

 渡りに船だった。ノヴァが首肯し、口早に質問がやり取りされる。いくつかの問いは同じものだった。

 

 まず、スタリィとどんな関係なのか。

 

「仕事仲間兼、大親友です。あ、仕事っていうのは、山の向こうに落ちた星をどうにかすることですね」

「恋人じゃないの?」

「何ですかそれ?」

 

 首をかしげると、二人は目を丸くした。

 

 じれったくてノヴァが答えを急かすと、やっと応えてくれる。

 

「私たちはスタリィと一緒に塔を攻略したの。三人チームで、女神様に願いを叶えてもらった」

 

 モモヨは迷うように視線を泳がせて、

 

「そのときちょっとしたすれ違いがあって、スタリィは何も言わずチームを抜けちゃったんだ」

「ふむふむ。それで心配になってここまで探しに来たと?」

「うん。凄腕の魔法使いが辺境の村を星獣から守ってるって噂を聞いてね」

 

 つまり、先ほどスタリィと顔を合わせていたのは感動の再会の一場面だったわけだ。

 

 しかしスタリィの様子や、ずっと沈んだ顔で黙り込むトリーネを見るに、チームを解散した際のすれ違いは相当なものだったらしい。

 

 モモヨは困り眉でしょんぼり肩を落とす。

 

「直接会って話をすれば、きっと仲直りできるって思ったけど……考えが甘かったみたい。トリーネもこんな調子だし」

「……ごめんなさい」

 

 地面にめり込まんばかりに落ち込むトリーネ。その頭にモモヨが慣れた様子で手を置く。

 

 仲睦まじい二人の様子を見ながら、ノヴァは拍子抜けしていた。要はケンカ別れして気まずいだけらしい。

 

 スタリィは少し意地っ張りなところがある。自分が公平に三人の仲を取り持ってあげれば、スタリィも泣き止んでくれるだろう。

 

「で、どんなひどいすれ違いをしたんです? もしよければ仲直りのお手伝いしますよ」

「それが……分からないんだ」

「えっ」

 

 モモヨは申し訳なさそうに、トリーネを見やる。

 

「トリーネとスタリィの間に何かあったって、私も後で知ったの。トリーネも全然話してくれないし……スタリィさんから何か聞いてない?」

「何も。だから質問したんですよ」

「そりゃそうだよね」

 

 はぁ、とため息をつくモモヨ。

 

 重苦しい沈黙に耐えられず、ノヴァはポケットからあるものを取り出した。

 

 キノコである。スタリィへの貢物を探して森を散策した際、いくつか採っておいたのだ。

 

 キツイ蛍光緑に白い水玉模様のある奇怪なそれを、トリーネに差し出す。

 

「ところでトリーネさん、これをどうぞ」

「なに、これ?」

「いい気分になれるキノコです。気持ちがふわふわして、どんな質問にも答えたくなるんですって」

「ひっ」

 

 唯一の情報源ことトリーネが、さっとモモヨの後ろに隠れた。

 

「もう……ノヴァちゃん、あんまり怖がらせないで。きっと二人だけのデリケートな問題なんだよ」

「でも当事者二人がこの調子だと、一生解決しないですよ」

 

 正論をぶつけると、モモヨはまたも困り眉で目を伏せる。

 

「……私たちは一旦首都に帰るよ。今日はスタリィが元気にしてるのが分かったから、また今度会いに来る」

「帰るんですか。村長に頼めば一日二日くらいは泊まれますけど」

「ありがとう。でも、二人にはもう少し時間が必要だと思うの」

 

 そう言って立ち上がるモモヨとトリーネ。

 

 馬をつないである村はずれまで二人を見送った。馬には大きな旅の道具を詰め込んだカバンがいくつも下げてある。ここから首都へ行くには山を三つ超える必要があり、とても楽な道のりではない。それでも仲直りのためにやってきたのだ。

 

「あれ?」

 

 三人の友情に不思議な感慨を覚え、同時にちくりと胸が痛む。

 

 その正体に首をかしげていると、トリーネが駆け寄ってきた。

 

「ノヴァちゃん。スタリィのことをお願いね。あの子、一人でなんでも抱え込んじゃうから」

 

 出会ってから初めて聞く、しっかりした声音だった。澄んだ瞳でまっすぐとこちらを見据え、背筋を伸ばしている。おそらくこの振る舞いが本来の彼女なのだろう。

 

 当然とばかり、ノヴァが拳で胸を叩く。

 

「任せてください!」

 

 トリーネは強張った表情をふっと緩ませ、踵を返す。馬に飛び乗り、モモヨと共に村を去った。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 図らずも垣間見えたスタリィの過去は複雑で、簡単に踏み込んでいいものではなさそうだった。

 

 けれどもし話してくれたなら、何をおいても絶対に力になるのだと、ノヴァは固く誓ったのだった。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 モモヨとトリーネを見送ってノヴァが家に戻ると、スタリィはいつものそっけない態度に戻っていた。二人が首都に戻ったことを伝えても「そう」と答えるだけ。何事もなかったように振る舞う彼女にノヴァも合わせ、いつもの生活に戻った。

 

 毎日決まった時間に防壁を見回り、ノヴァが星獣を蹴散らして、数によってはスタリィが防壁を爆破する。空いた時間は村をぶらついたり家でぼうっとしたり。ときたまノヴァが村の周りで見つけた珍しい生き物やキノコを持ってきて、スタリィが悲鳴と共に魔法を放つ。穏やかで、少し騒々しい時間。

 

 そんな生活を送る中、ノヴァの心中には消えない疑念があった。

 

「『こういうことだから』って何?」

 

 唇同士をくっつけて、昔の仲間である二人に見せつけるようにして言い放ったあの瞬間が、しきりに脳裏に過る。

 

 スタリィの瑞々しい唇は、今まで口にしたどんな食べ物より柔らかだった。感じる吐息は熱く、長いまつ毛が顔に触れてくすぐったい。もっと味わっていたかったのに、スタリィはすぐに止めてしまった。

 

 あの動作とそれに続く言葉の意味は、きっとスタリィの過去に関わることだ。無理に聞くのは良くない。

 

 とはいえ気になるものは気になるので、遊び仲間の子供たちに尋ねてみると、

 

「えっ、ちゅーしたの!?」

「それはもう夫婦だねぇ~」

 

 あの動作をちゅー、もといキスと呼ぶことが分かった。非常に仲のいい二人がするものらしい。誰からも嫌われていたノヴァには無縁の行為で、知らないのも無理はなかった。

 

 となると、スタリィは昔の仲間にこう伝えたかったのだ。『あなたたちとは色々あったけど、今はこの子と仲良く元気に暮らしています』と。

 

 つまり、スタリィはそっけない風を装いながらも、ノヴァのことを大の仲良しとして認めていることになる。

 

 結論に至ったとたん、ノヴァは温かい感情で胸がいっぱいになり、スタリィのもとへ息を切らして駆け付けた。

 

「スタリィさん! キスをしましょう!」

「……へ?」

 

 川辺で膝を抱えていたスタリィは、目をぱちくりさせている。ぽかんとするその表情すら愛しくてたまらない。

 

 先ほどの天才的な推理を早口でまくしたてると、スタリィは顔を真っ赤にした。

 

「わ、私とあなたが、大の仲良し……!?」

「だってそうでしょ? キスは仲良しじゃないとしないって子供たちが言ってました」

「そうだけど、そうじゃなくて……ちょっ、いや、離れて!」

「嫌ですか? 本当に嫌なら魔法使ってください」

 

 有無を言わさず距離を詰め、目と鼻の先に顔を近づけるノヴァ。後ずさるスタリィの背に両手を回し、がっちり捕まえる。

 

 スタリィは落ち着きなく視線を泳がせ、やがて目を閉じた。魔法の杖は脇に転がったままで、使おうとする気配はない。了承と受け取って、ノヴァは唇を重ねた。

 

 温かく柔らかな感触。視界がスタリィの顔でいっぱいになり、スタリィの匂いと体温を全身で感じる。

 

 蝉の声と川のせせらぎが響く中、じっと固まる二人。

 

 満足して体を離そうと身じろぎするノヴァ。

 

 すると、スタリィがノヴァの小さな体に両手を回した。

 

「!?」

 

 閉じた唇を温かいものに撫でられる。

 

 スタリィの舌だった。驚きでわずかに開いたノヴァの口内に入り込み、ノヴァの舌を捕まえ、絡みつく。

 

 誰にも触られたことのない体の内側を、乱暴に貪られる感覚。未知の体験がもたらす快感で体が震える。お腹の奥がじんわりと熱く、頭はふわふわとした多幸感で考えが定まらない。気持ちいい、おいしい以外に何も考えられなくなる。

 

 呼吸すら忘れ、意識が遠のき始めた頃、やっとスタリィが体を離した。

 

 透明な橋をぺろりと舌でなめとりながら、スタリィは嗜虐的に微笑む。

 

「くっつけたままぼうっとしないでよ。キスってのはこうやるの」

 

 色白の肌を朱に染めて、しっとりと汗ばんだその表情は、どうしようもなく艶っぽい。

 

 その顔をじっと見つめながら、ノヴァの口は勝手に動いた。

 

「悲しそう、です」

 

 根拠はない、考えもしていない。

 

 ただ、ノヴァは本能でかぎ取った。

 

 艶めくスタリィの表情が隠した、深い悲しみを。

 

「どうして悲しいんですか。何が苦しいんですか」

「……っ」

 

 スタリィの頬に手を添える。壊れものを扱うような手つきで。

 

 スタリィは答えず、弾かれたように顔を背け、立ち上がる。

 

「あーあ、萎えちゃった。せっかくそっちに合わせてやったのに」

 

 もう知らない、と吐き捨てて、早足で家の方向へ去っていく。

 

 取り残されたノヴァは、じっと考える。どうしてスタリィは悲しんでいるのか、自分がそう感じたのはなぜか。

 

 日が暮れるまで頭を捻っても答えは出ず、キスの快感よりもずっと大きな疑念が心を占めるのだった。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 詮索はしないと決めたものの、心配は募る。

 

 なんでも抱え込んでしまう、とトリーネは言っていた。事実、スタリィは何か悩みを抱えているのだろう。だから仲良しのキスをしているのに悲し気な顔を見せたのだろう。

 

 けれど無理やり聞くなんて出来ない。スタリィが平気なふりをして日常を送ろうとしているなら、ノヴァもそれに合わせるしかなかった。生まれつきの怪力しか持ち合わせていないノヴァに、人の悩みを解決する力なんてないのだ。

 

 そうして再び村での仕事と日常を送り、直に一か月が経とうとしていた頃。

 

 緩やかな日々は、唐突に壊れた。

 

「スタリィさん、ノヴァっ!」

 

 早朝。東の空が白み始める時刻に、村はずれの家の扉が勢いよく開かれた。

 

 飛び込むように入ってきたのは、よく遊んでいる村の子供の一人だ。入ってくるなり膝をつき、せき込みながら呼吸を整えている。

 

 ただならぬ様子にスタリィは即座に跳び起き、ノヴァも頬をぺちぺち叩いて眠気を払った。

 

「ゆっくり、落ち着いて深呼吸して」

 

 死に物狂いでここまで走ってきたのだろう。息も絶え絶えな子供の息が整うのを待つ。

 

 しかし子供はそんな暇はないとばかり、スタリィに詰め寄る。

 

「星獣がっ、空飛んで……! みんな、逃げる、間に合わな……けほっ」

「ノヴァ!」

 

 スタリィが血相を変えた。薄手の寝間着のまま魔法の杖だけを持ち、外へ駆ける。

 

「その子をお願い!」

 

 短い言葉と視線。小さく頷くノヴァ。

 

 それだけで十分だった。スタリィが外へ飛び出していき、ノヴァは残された子供の体力が回復するのを待ちながら、何が起きているかを整理していく。

 

 星獣が村を襲っている。

 

 数キロにわたって築いたスタリィの防壁が破られたわけではない。空を飛び、直接村にやってきたのだ。

 

 星獣の形は落ちてきた星によりまちまちで、この一か月、防壁で阻止できる種類ばかりだった。空を飛べる新型が今になって出てくるのは想定外だ。

 

「の、ノヴァ……」

「もう平気? じゃ、私も手伝いに行ってくる。ここでじっとしてて」

 

 子供が落ち着いたのを見て取り、ノヴァも立ち上がる。不安げに瞳を揺らす子供だが、ついて来ても危険なだけだ。

 

「絶対なんとかします。ね?」

 

 言い聞かせ、子供がやっと頷いて、ノヴァは家を飛び出した。

 

 東の空が黒と紺のグラデーションに染まっている。清涼な夏の匂いに満ちた山道を、村に向けて一心に駆ける。

 

 川を越えたあたりで爆発音が聞こえた。スタリィが火魔法を使ったのだろう。遅れて誰かの悲鳴も響いてくる。

 

 ついに村が見えてきた。小さな民家と中央の広場、その向こうには畑と山。

 

 その上空を、星の煌めく夜空が飛び回っている。

 

 星獣たちだ。カラスと白鳥を象った夜空の欠片たちが村を覆い、くちばしと爪で民家を破壊している。

 

 生きた鳥のサイズではなく、星獣は一羽が大人の男性ほどもある。土壁や屋根が無残に砕け、裂かれていく。

 

「はぁっ!」

 

 無数に飛び回る星獣の群れに、炎の槍が放たれた。

 

 極太の火炎は一度に十数羽を巻き込み、消滅させる。続いて二発、三発と発射され、飛び回る星空を消し飛ばす。

 

 スタリィが奮闘している。村でもっとも大きい建物──村長の家の屋根に立ち、懸命に魔法を放つ。村人たちはその家に集まっているのか、中から多くの気配がした。

 

 瞬間、本能的に身を伏せる。

 

「わわっ!?」

 

 頭上を勢いよく何かが通り過ぎた。顔を上げると、カラス型の星獣が一羽飛び去って行く。

 

 あと少し反応が遅れれば、爪で頭を抉られていただろう。

 

 ぞっとすると同時、上空の群れの一部がノヴァに向けて殺到する。

 

 常人ならなすすべのない一斉攻撃だが、ノヴァは怯まずに拳を構える。スタリィと目配せし合い、それぞれで戦闘を開始した。

 

 四方八方から襲い来るカラスと白鳥。勘と経験で軌道を見極め、近づいてきた個体を片端から打ち抜き、蹴り砕く。

 

 幸い、鳥型の星獣たちは脆弱だった。スタリィの魔法とノヴァの拳により、みるみる数が減っていく。

 

 朝日が差し込む頃になると、空を覆っていた星空の怪物の姿はまばらになり、残り数体に。

 

 数の有利がなくなった星獣に苦戦する道理はない。流れ作業で最後の一体まで駆逐し、二人はほっと息をついた。

 

 屋根の上のスタリィに向けて手を振る。スタリィは風魔法でふわりと体を浮かせ、下へ降りてきた。

 

「けがはない? あの子供は?」

「大丈夫です。あの子はあっちで待っておくように言っときました。スタリィさんこそケガは?」

「平気。村の人たちも、すぐ避難したっぽいから大丈夫そうだけど──」

 

 村長の家に目を向けるスタリィ。小走りで入口へ駆けていく。

 

 ノヴァと少しだけ距離ができた、その瞬間。

 

「あっ……」

 

 物陰から星獣が飛び出してきた。

 

 片翼が捥がれたカラスの星獣だ。墜落してそこに潜んでいたらしい。

 

 星の瞬く鋭いくちばしを突き出し、スタリィに飛び掛かっていく。すでに避けるも迎え撃つも叶わないタイミングだ。

 

 ノヴァの思考が加速する。

 

 スタリィが危ない。守らないと。

 

 どうやって? 分からない。なんでもいい。

 

 迷う暇は寸毫たりともなかった。

 

 咄嗟に地面を蹴る。爆発的な脚力が土を抉り、ノヴァの小さな体を前へ弾き飛ばす。

 

 そうして星獣に横合いから衝突した。

 

 星獣の体ともつれ合い、転がっていく。

 

 やがて勢いを失い、村の広場で止まった。星獣は衝突で限界を迎えたのか、塵となって消える。

 

 それを横目で見ながら立ち上がろうとするが、力が入らない。

 

「──」

 

 声も掠れて出なかった。

 

 かと思うと、腹に火が付いたような熱を感じる。

 

 どうにか首をもたげて見てみると、脇腹に拳大の穴が開いていた。血が泉のごとくあふれ出てくる。

 

 もみ合った拍子に、星獣のくちばしが突き刺さっていたらしい。

 

 遅れてやってくる焼けるような激痛と、失血の悪寒。力が抜ける。

 

「ノヴァっ!!」

 

 今にも泣き出しそうなスタリィの顔と悲鳴を最後に、ノヴァの意識が途絶えた。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 目を開く。

 

 見慣れた天井があった。視線を動かして窓の外を見る。満天の星空を、彼方に建つ真っ白な塔が断ち割っている。これも見慣れた景色だ。

 

 夜まで寝ていたのか、それとも何日か経ったのか。身じろぎすると、脇腹が張り裂けるような痛みを発し、声にならない悲鳴を漏らす。

 

「ノヴァ! やっと目が覚めた……傷の具合はどう?」

 

 そんなノヴァの様子に気付いたのか、スタリィがやってきた。少し赤くなった目でノヴァの顔を覗き込む。

 

「少し痛いですけど、平気です」

「平気なわけないでしょ! 背中まで貫通してたんだよ! 回復魔法はかけたけど完治はしてないから、絶対無理しないで」

 

 有無を言わさぬ口調で告げるので、ノヴァは小さく頷くしかない。

 

 すると、スタリィはがくりとうなだれて声を震わせた。

 

「ごめん。私のせいで……」

「あたしが仕留め損ねた星獣だったかもです。スタリィのせいじゃありません。それより、あの後どうなりました?」

 

 矢継ぎ早に言って、重苦しい沈黙を埋め合わせる。

 

 スタリィはぐっと唇を引き結んでから、重々しく口を開き、何が起きてどうなったのかを語り出した。

 

 まず、村人たちから死者は出なかった。逃げる際に転んだりしてけが人は出たし、民家のいくつかは倒壊したものの、取り返しのつかない被害はなかった。

 

 ただ、新型の星獣が今になって出てきた点は深刻な懸念だった。星が落ちてきてから数か月経ったにも関わらず、星獣の数は減らないどころか新型まで出現し、防壁を超えて村を襲った。もはや様子見などしている場合ではない。

 

「だから明日、山の向こうに落ちた星を直接倒しに行く。村長さんと話して、そう決めた」

「私も」

「ダメ」

 

 言い切る前に否定された。

 

 言葉を探すうち、スタリィはノヴァの腕に視線をやる。古傷の刻まれた、右の上腕だ。

 

「今回のケガだけじゃなくて、その古傷。あなた、右腕がうまく動かせないでしょ?」

「……」

 

 図星だった。

 

 一人で塔を攻略する際に負った傷の影響で、ノヴァは利き腕の力を失っている。日常生活に支障はないものの、戦いにはとても使えない。今まで左手と蹴りだけでどうにかしていたのを、スタリィは見抜いていた。

 

「元々私一人で受けた仕事だよ。ちゃんとこなしてくるから、心配しないで」

「……でも」

 

 ノヴァは不安げに言い縋る。

 

「落ちた星を倒しに行くなら、最初からそうすればよかった。出来ないから、今まで守りに徹していたんじゃないですか」

 

 気まずげに目を伏せるスタリィ。

 

 しばし言い訳を探すように黙り込んでから、観念してため息を漏らす。

 

「そうだね。風が強くて、山を越えるには地表を行くしかない。星獣の相手をしながら慣れない山道を行くリスクを避けたかったのが一つと──もう一つ。落ちてきた星の正体は、十三星座の一つかもしれない」

「十三星座?」

 

 耳慣れない単語に小首をかしげるノヴァ。

 

 スタリィは首肯して続ける。

 

「太陽の通り道にある特別な星座のこと。何百年かに一度落ちてきて、落ちた後も光が弱まることはない。放っておくと際限なくいくらでも星獣を生む」

「それって……すごく危険ですよね?」

「このままだと近くの村はみんな星空に呑まれちゃうだろうね。首都まで迫れば、首都の守護騎士団がどうにかしてくれるだろうけど」

 

 二人の目が窓の外──夜空を断ち割る白の巨塔に向く。あの根本に国の首都があり、人外の戦力を誇る守護騎士団たちに守られている。

 

 故に人類が滅ぶ心配はないが、この村はなくなってしまう。無限に湧き出る星空に呑まれて。

 

 だったら全員で逃げればいい。村人たちみんなで首都に逃げ込めば、守護騎士たちが守ってくれるのだから。

 

「逃げないよ」

 

 考えを見透かしたように、スタリィは首を横に振った。

 

「故郷を捨てるのって結構重いんだ。命だけあればいい、なんて気軽に言えない。それに、一回受けた仕事を途中で放り出すなんて絶対イヤだし」

「イヤって、そんなこと言ってる場合ですか! 守護騎士団が出るような化け物相手に、一人で戦うなんて──」

「ノヴァ」

 

 強く名を呼ばれ、言葉を呑み込む。

 

「ここから首都まで山を三つ超えなきゃいけない。後ろからは山ほど星獣が追いかけて来てる。村人みんなを守り切るなんて出来ると思う? ましてや──」

 

 痛ましそうにノヴァの傷を見やるスタリィに、ノヴァは察した。首都まで逃げるとしたら犠牲は避けられず、その候補は体力の乏しい女子供やけが人──まともに動けないノヴァになるだろう。

 

「守護騎士団は首都を守る以外に何もしてくれない。みんな生き残るには、私がどうにかするしかない」

「どうにかって……出来たら苦労しないでしょ」

「まあねぇ」

 

 スタリィは笑うしかないとばかり頬を緩め、その場にぺたんと座り、ベッドの上に肘をつく。

 

 ノヴァの頭に手を伸ばし、さらりと銀髪を指で梳きながら、ぽつりとこぼす。

 

「『もう二度と、誰も好きになりませんように』」

 

「え?」

「願い事。あの塔のてっぺんで、私はそう願った」

 

 唐突な告白に言葉を失う。

 

 かつてスタリィが叶えた願い事。誰も好きにならない。この世の誰もに好かれたいノヴァの願いに相反する内容だ。

 

 だからスタリィはノヴァを嫌うことができた。願い同士が相殺し、二人はただの人間として出会うことができたのだ。

 

 納得すると共に、このタイミングでその話をすることに不吉なものを覚えるノヴァ。

 

 その不安に構わず、スタリィは遠い目をして、秘密にしていた過去を語り出した。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 スタリィはちょうどこの村のような、小さな寒村の生まれだった。幼なじみのトリーネと共に、ごく普通に育った。

 

 潮目が変わったのは十歳の折、村の近くに星が落ちてきてからだ。村に戦える者は一人もおらず、押し寄せる星獣によって村は滅んだ。

 

 首都へ逃げる道中で大人たちの多くが飢えや病で死に、スタリィとトリーネも生死の間際を何度もさまよった。どうにか二人で首都の暮らしを初め、塔の攻略によって食いつなぐ道を見つけた。二人の孤児が稼げる口はそれくらいしかなかったのだ。

 

 幸いにも二人には才覚があり、こつこつと実力をつけ、次第に野望を抱くようになっていった。

 

 故郷の再興だ。二人で塔の頂点に至り、故郷を元に戻してと女神様に願うのだ。

 

 とはいえ二人だけの快進撃もやがて止まり、行き詰まる日々が始まった。

 

 そこに現れたのがモモヨだ。

 

『初めまして。私はモモヨ。よかったら二人の仲間に入れてくれないかな』

 

 モモヨは強く、いい子だった。

 

 今まで前衛を一人で努めていたトリーネと肩を並べ、塔にはびこる星獣たちを蹴散らしていった。そこにスタリィの魔法による援護が加わると強力無比で、一同は一気に頂点へ至った。

 

 しかし女神に見える直前、最後の戦いにて。

 

 モモヨが死んだ。

 

 トリーネは呆然自失となり、スタリィも悲しみにくれた。けれどモモヨの死を無駄にしないためにも、振り返らずにトリーネを連れ、女神のいる頂点へ足を踏み入れ──そしてトリーネは、「モモヨを生き返らせて」と願った。

 

 スタリィに何の断りもなく。

 

 モモヨは難なく生き返り、トリーネと手を取り合い、涙を流して再会を喜び合う。

 

 その光景を前に、スタリィはなぜか絶望した。

 

 なぜなのか、その時は分からなかった。ひどく絶望し、失望し、すべてがどうでもよくなって、こう願ってしまった。

 

「誰も好きになりませんように」と。

 

 

 

ーーー

 

 

 

「たぶん、モモヨが邪魔だったんだと思う」

 

 スタリィは淡々と告げる。

 

「トリーネは私にとって特別だった。ずっとずっと二人きりがよかった。でもトリーネにとっての特別は、私じゃなくてモモヨになってて……それが分かっちゃったから、絶望したんだ。こんな思いをするくらいなら、もう二度と誰も好きになりたくないって願った」

 

 小さく息を吸い、こみ上げるものを呑み込むスタリィ。

 

「どうしようもないヤツだよね。衝動で故郷を見捨てて、トリーネとも合わせる顔がなくなってさ。モモヨが死んだとき、心のどこかでラッキー、って思ってた。モモヨは大切な仲間だったのに、生き返らせるなんて考えもしなかった」

「……あたしにキスしたのは、二人への当てつけ?」

 

 こくん、と頷いた。トリーネとモモヨがいなくても楽しく暮らしていると見せつけるために、ノヴァの存在を利用したのだ。

 

「あなたの好意に付け込んでごめん。こんなだから私は何も叶えられない。半端で薄情で自分勝手、最っ低の落伍者だよ」

「そんなこと……っ!」

「分かってる」

 

 ノヴァの反駁を制し、スタリィは穏やかな目で続ける。

 

「それでも、あなたは私を好きだって言ってくれる。こんなケガまでしてさ。ノヴァはすごい子だ」

 

 スタリィが立ち上がる。背を向け、椅子にかけていたローブを羽織り、とんがり帽子を身に着け、宝玉付きの杖を持つ。

 

「ごめんね」

「へ?」

 

 突然の謝罪に目をぱちくりさせる。

 

「初めて話をしたとき、ノヴァが身投げしたって聞いて怒ったでしょ。だけどそんな資格はなかった。私もずっと死にたくて、そのための魔法も使えたのに、何もせずただ生きてた。全部から目を背けて、逃げていただけだった」

 

 ノヴァは心から欲しいものを願い、それが二度と手に入らないことが虚しくて、身を投げた。

 

 スタリィも同じだった。欲しかった特別は別の誰かのものになり、その虚しさを抱えて死んだように生きていた。ノヴァとの違いはただ実行しなかったことだけだ。

 

 けれど、とスタリィは続ける。

 

「私はもう逃げない。投げ出さない。最後までやり通す。絶対、死んでも、守り抜く」

 

 声に込められた、寒気のするほど凄烈な覚悟。すべてを擲つことも厭わない気迫。  

 

 行かせてはいけない。

 

「スタリィさ──」

 

 痛みも忘れて飛び起きようとするノヴァ。

 

 その額に、杖先の宝玉がこつん、と触れる。

 

 宝玉が青く光ったとたん、猛烈な眠気で体から力が抜ける。

 

 意識が闇に呑まれる直前、唇に甘く、柔らかな感触。

 

「私の新しい特別になってくれて、ありがとう。ばいばい」

 

 優しい声色が耳を撫ぜ、ノヴァは深い眠りに落とされた。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 防壁の上から山を見上げる。星空の背景の上に、黒々とした山の影がくっきりと浮かび上がっていた。

 

 視線を下に向けると、様々な形の星獣たちが防壁に集まってきている。掃討した後なので数はせいぜい数十体といったところ。壁を超えるほどの数が集まるにはまだまだ時間がかかるだろう。

 

 警戒すべきは空だ。鳥型の星獣は数が少ないとはいえ、一体でも村に到達すれば死人が出る。

 

『上級魔法:暴風装纏(テンペストクローク)

 

 杖をかざす。宝玉が輝き、暴風の衣をスタリィは纏う。

 

 風を巧みに操り、防壁の向こうへ身を躍らせた。

 

 地表スレスレを滑空し、視界の悪い山道を登っていく。

 

 その姿を認めた星獣たちが襲い掛かって来るが、暴風の鎧に阻まれて近づくことすらできない。

 

 しかしすべての脅威を無視することはできなかった。巨大な蛇型の星獣が現れ、風を意にも介さず牙を剥く。

 

『初級魔法:火炎球(スピットファイア)

 

 燃え盛る火球で迎撃。頭部に命中し、爆炎を上げて星獣がのけぞる。その隙に脇を通り抜け、山頂を目指す。

 

 星獣は次から次へと現れ、山頂に近づくにつれ密度が増していく。しだいに無視できない巨大な星獣に出くわす頻度が高まり、スタリィは歯噛みした。

 

 やがて鬱蒼とした木立が途切れ、視界が開ける。森林限界だ。

 

 ごつごつした山肌が足元から稜線まで続いており、そのところどころに大小様々な星獣たちが存在し、それぞれ頭部に当たる部位をスタリィに向けている。

 

 野生動物の殺意とは違う、機械的な害意を一身に浴び、思わず震えるスタリィ。

 

「くっ……」

 

 ダメ元で飛行高度を上げてみるが、山頂から吹き下ろす風に煽られ、やはりうまくいかない。

 

 深呼吸で覚悟を決め、山肌を滑るように登っていく。

 

 襲い来る星獣を躱し、迎え撃ち、やり過ごす。その間、一秒たりとも空への警戒は緩めていない。

 

 数百体もの星獣に対処する中で、星空の一部に違和感を覚える。鳥型の星獣だ。

 

『上級魔法:多重追尾火線(ブレイズレイ)

 

 杖の宝玉が激しく明滅し、幾条もの火線が発射される。

 

 鳥型星獣はひらりと回避するものの、火線は執念深く急旋回して追尾し、星獣を消し飛ばした。

 

 素早い標的を確実に仕留めるための大掛かりで複雑な魔法だ。魔力がごっそりと減り、わずかに重くなった体を自覚するスタリィ。

 

 星獣たちは構わず攻撃を続け、スタリィは地上と上空の両方に対処しつつどうにか進む。

 

 そうしてついに稜線を超えた。

 

 切れ落ちたような急斜面が足元から続く。さて落ちた星はどこかというと、一目で分かった。

 

 谷底に星明りが瞬いている。星空の欠片ともいうべき星獣とは比較にならない、星の光そのものと言っても過言ではない光の塊だ。

 

 目が慣れてくると、その光は人の形をしていた。筋骨隆々の男性。弓を携え、しかし下半身は馬。

 

 ケンタウロス──十三星座の一角、いて座である。他の星とは違い、地上に落ちてなお眩い輝きを保つ怪物だ。

 

 いて座の瞬く光の中から、今しも星獣たちがにじみ出るように生まれ、斜面を登ってきている。あのいて座を打倒し、星空に返せば、村を──ノヴァを、守ることができる。

 

『上級魔法:多重追従炎剣(ブレイズブレイド)

 

 杖をかざす。周囲に炎が吹きあがり、八本の剣へと収束し、スタリィを囲うように配置される。暴風装纏と合わせ、上級魔法を同時に使用する荒業だ。

 

 消耗は激しいが、元より長期戦では勝ち目がない。持ちうる手札をすべて使い、最初から全力で行く。

 

「……ふっ」

 

 小さく息を吐き、最大加速。暴風がスタリィの背を強く押す。

 

 星獣たちが進路を塞いだ。炎の剣がことごとく斬り払い、暴風の衣が弾き飛ばす。

 

 瞬く間にいて座の怪物へと肉迫した。

 

 炎の剣を束ね、一本の巨大な杭へ変え、上から下へ振り下ろす。

 

「ウソでしょ……!」

 

 迫りくる杭の先端を、いて座は両手で受け止めた。

 

 しばし拮抗するも、力ずくで杭を横へ反らす。

 

 杭が岩肌を穿ち、爆破。いて座の輝く体をわずかに傷つけ、そして爆風がスタリィを吹き飛ばした。

 

「ぐっ……」

 

 岩肌をごろごろと転がり、どうにか膝をついて立つスタリィ。帽子は灰になり、ローブは焼け焦げ、体中が軋んでいる。暴風の鎧がなければ致命傷だったろう。

 

 先ほどの炎の杭は、スタリィの魔法の中で二番目に威力が高い。実際、爆風だけで他の星獣がすべて消し飛んでいる。直撃すれば十三星座でもなんでも勝てるはずだった。

 

 しかしあのように防がれるなら、もう一つの手を使うしかない。正真正銘の最大火力をぶつけるのだ。

 

 立ち上がり、杖をかざす。

 

『上級魔法:暴風装纏(テンペストクローク)

 

 機動力を取り戻すと同時、いて座も動いた。

 

 弓を構え、空に向かって撃つ。

 

 星空がきらめき、光の矢が雨あられと降り注ぐ。風の鎧を上方に集中させ、辛うじて防ぐ。

 

 同時、いて座が弓をこちらへ向けた。

 

 悪寒。回避はできない。上方からの矢を防御するため足を止めている。

 

『上級魔法:地殻重盾(アースエンブレス)

 

 岩肌が歪み、壁を形成した次の瞬間、粉々に砕けた。極太の矢がスタリィの体を掠めてていく。

 

 直撃は避け、威力も減殺したものの、致命傷だった。掠めた腕が肩口から消失し、滝のように血が流れ出る。遅れてやってきた灼熱の激痛に立っていられず、膝をついて頭を垂れた。

 

「……っ」

 

 痛みとめまいで呼吸さえままならない。

 

 それでも根性で顔を上げる。霞んだ視界の中、いて座が再び弓をこちらに向けているのが見える。油断も慢心もなく、自分の得意な距離で確実に仕留めるつもりのようだ。

 

 せめてもう少し近づいてくれれば、まだやりようはあった。

 

 けれどこの状況。スタリィは大ダメージによって立つこともできず、いて座の射撃に対処するのは不可能。

 

 であれば、もう手段は一つしかなかった。

 

 取り落とした杖に手を添え、魔力を込める。宝玉内に仕込まれた魔法式が起動し、真っ赤な色で明滅を始めた。

 

「あーあ……全部終わらせてから、意外と楽勝だったって……そう言って、またノヴァに褒めてもらおうと思ったのにな……」

 

 叶わない理想を口にして、自嘲の笑みを浮かべる。

 

 スタリィは落伍者だ。望んだものを何一つ得られず、一時の衝動で願いの権利さえ無駄にした。浅はかで救いようのない人間だ。

 

 だからこそ。

 

『好きです、スタリィさん!』

 

 そんな自分を好きだと言って、無邪気に笑ってくれるあの子のために。

 

 虚無と絶望と自己嫌悪のどん底から、救い上げてくれたあの子のために。

 

 最期まで頑張り通すくらいはしてみたいと、そう思うのだ。

 

『禁呪魔法』

 

 杖をかざす。真っ赤な光を放つ宝玉の上に、小指の先ほどの光が生まれ、

 

矮星招来(ミニチュア・サン)

 

 そして光が輝いて、球状に膨張したそれはいて座もスタリィもまとめて呑み込み、すべて消し飛ばしたのだった。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 目を開けた。

 

 雲一つない青空が広がっている。次いで、凍えるような寒さを感じる。

 

「さむっ、何、どこ!?」

 

 スタリィは勢いよく身を起こし、周囲を見回した。

 

 ここは真っ黒に焼け焦げた、すり鉢状の穴の底だ。スタリィが横たわっていた地面は岩石質だが、よほどの高温に曝されたのか一部がガラス化している。

 

 一体何があったのか。考えるより早く、冷たい強風に体を撫でられ、震え上がる。帽子はなく、黒いローブは半分以上が破れて半裸だ。このままでは凍えて死ぬ。

 

 すぐそばに愛用の杖が転がっていた。拾い上げ、魔法を使う。

 

『初級魔法:火光(ボンファイア)

 

 手のひら大の火球を生み、手をかざして暖を取る。ひとまず寒さが解消されてほっと息をついた。

 

 落ち着いて状況を考える余裕ができた。まずはここがどこか。次に何があったのか。

 

「あっ、私死んだんだ」

 

 簡単に思い出すことができた。

 

 ここはとある村の近くに聳える山の頂から、少し下ったところにある斜面だ。

 

 スタリィはここに落ちてきた星を直接撃破し、空に返すことで村と、村で眠る大切な友だちを守ろうとして、死んだ。自身が誇る最高威力の魔法で落ちてきた星を自分もろとも焼き尽くし、無理やり空に返したのだ。

 

 自分が使う魔法の威力は把握している。あの魔法は発動さえすれば、どんな存在だろうと消滅させる。スタリィが生き残る可能性は万に一つもない。

 

 にもかかわらず生きているのはどういうことか。

 

「……いいや。後で考えよ。ていうか今いつだろう」

 

 答えは出そうになく、とにかく村に戻ろうと立ち上がった。

 

 時間経過は不明だが、死んでから間もないなら村を守る防壁の近くに生き残りの星獣が潜んでいるかもしれない。そうでなくとも村がきちんと救われたのか気がかりだ。

 

 風魔法で体を浮かせ、スタリィはふよふよと山を下って行った。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 防壁はそのまま残っていたが、星獣の姿はなかった。誰かが処理してくれたのかもしれない。

 

 村は健在で、鳥型星獣に破壊された民家に修繕の痕がある以外に異常はない。村人たちはそれぞれ畑を耕し、家畜を世話したりしている。

 

「……」

 

 村長を遠くに見かけたが、声をかけるのはやめておいた。

 

 今のスタリィは半裸である。十代の女として、この格好で人前に出るのは憚られた。

 

 村の中心部を迂回し、村はずれの民家に向かう。木漏れ日の揺らめく細い道を進み、川を渡るとすぐに見えてきた。煙突のある平たい建物だ。

 

 ドアノブに手をかけ、少しためらい、ゆっくりと開ける。

 

「はぁ……」

 

 中は無人だった。

 

 あてが外れてしまった。てっきり、あの子がおかえりなさいと笑顔で駆け寄ってくれるものかと思ったのに。

 

 やはりこれで最後だからと開き直って過去を明かしたのがまずかったのだろうか。ケガが治ってすぐ、あんな人でなしは知らないと出て行ってしまったのか。

 

 そう考えたとたんに虚しくなって、ベッドに身を投げ出した。着替えるのもめんどくさい。杖を放り投げ、枕に顔を埋めてじっとする。

 

 枕に残ったあの子の匂いを微かに感じて、余計虚しさが募った。

 

 こんなに寂しいなら、生き返るんじゃなかった。このまま眠りに落ちて、二度と目覚めなければいい。

 

 すっかりふてくされて、スタリィは意識を手放した。

 

 

 

ーーー

 

 

 

「スタリィさんっ!」

 

 浅いまどろみの中をたゆたって、数日は経っただろうか。

 

 激しくドアを開ける音と共にあの子──ノヴァの声が聞こえ、目を開ける。

 

 果たしてそこにはノヴァがいた。きらめく白銀の髪、夏の深い空のような青い目、雪のように白い肌。

 

 ばっちり視線が合うと、ノヴァの大きな瞳からぽろぽろと雫が零れ、泣きながら抱き着いてきた。

 

「よかったー! 山頂に行ったんですけどいなくて、村の人たちも見てないって言うから、女神様がうっかりしたんじゃないかって心配で~!」

「ふぅん」

 

 唐突な展開、支離滅裂な言動。

 

 夢だ。スタリィは確信した。

 

 ただ、自分の妄想にしてはノヴァの再現度が高い。お日様のそれと似たノヴァの匂いや、薄くて細いのにしなやかで強い体、ほんのり膨らんだ胸の柔らかさまで、まるで本物だ。

 

 参考までに、どんな都合のいい理由付けで今に至ったのか聞いてみる。

 

「村が無事なのは見てきたけど、一体何があったの? どうして私は生きてる?」

「願い事です!」

 

 ノヴァは体を離し、至近距離でノヴァと向き合いながら、事の顛末を語る。

 

 スタリィが消滅した翌朝、ノヴァはすぐに山を越えようとしたが、村人たちに止められた。そのケガで無理をすれば死んでしまう、と。

 

 その時には新しい星獣が防壁までやってくることはなくなっていたので、おそらくスタリィは落ちた星を無事倒したと思われた。だから大人しく帰りを待てばいいと説得され、しぶしぶ従った。

 

 しかしいくら待ってもスタリィは帰ってこない。

 

 やがてノヴァのケガが動ける程度に回復し、ノヴァ自ら山を登った。防壁を超えるついでに生き残りの星獣を蹴散らし、山を越えたところで見たものは、大きな爆発の痕。

 

 意味が分からない。スタリィはどこに行った。まさか跡形もなく蒸発したとは、このときは考えもしなかった。

 

 途方に暮れるノヴァが頼れるのは、あの二人──トリーネとモモヨだけだった。もしかするとノヴァに自分語りをしたのが気まずくて、あの二人のところに身を寄せているのかも。

 

 そうして村を離れ、首都で二人の元を訪ねた。意外な来客を歓迎する二人だったが、ノヴァが事情を洗いざらい話してみると、絶望的な顔で泣き崩れた。

 

 スタリィとチームだったトリーネとモモヨは、スタリィが使える魔法のことを知っていたのだ。山頂の状況からスタリィはいて座と相討ちになって死んだ、と察することができた。

 

 目の前が真っ暗になり、へたり込むノヴァとトリーネ。

 

 しかしモモヨは違った。彼女は毅然としてノヴァと目を合わせ、こう言ったのだ。

 

『女神様に願おう』

 

「と、いうわけで! 三人でもう一度塔のてっぺんまで行って、スタリィさんを生き返らせてもらいましたっ!」

「はっ、雑な展開」

「雑!?」

 

 やはり夢などこんなものか。スタリィは鼻で笑って矛盾を指摘する。

 

「願い事は一人につき一度だけ。三人の誰の願いを使ったって言うの?」

「モモヨさんですよ」

「えっ」

 

 意表を突かれ、固まるスタリィ。

 

 スタリィとトリーネ、モモヨの三人は一度塔を制覇し、それぞれ願いを叶えている。トリーネはモモヨを生き返らせること。スタリィは二度と誰も好きにならないこと。

 

 スタリィは願ってすぐ、ふてくされて一人だけ行方をくらましたために、その後のことを知らなかったのだ。

 

「モモヨさん、塔を登ってくる途中で死んだから、願いの権利はないって追い返されたらしいです。だからあたし含め三人で改めて攻略して、スタリィさんの復活を願ってもらったんですよ」

「なっ……」

 

 絶句し、ノヴァに詰め寄る。

 

「バカじゃないの!? 一生に一度しかない願いをそんなことに……! それこそ、トリーネと私の村を元に戻してってお願いすれば……!」

「そんなことじゃないですっ!」

 

 スタリィ以上の力で、ノヴァが押し返してきた。勢い余ってベッドに押し倒される。

 

「モモヨさんとトリーネさんも言ってました! 故郷が元通りになっても、スタリィさんがいないなら意味ないって! 二人も私も、スタリィさんのことが大好きなんですよ!」

 

 返す言葉が見つからない。

 

 スタリィは最低な落伍者だ。自分勝手な独占欲と嫉妬心を拗らせ、一生に一度の願いを無駄にして、望んだものを一つも得られず惨めに死に損なっている。

 

 そんな自分が生きることを、願ってくれる人がいるなんて。

 

「こんなの……夢じゃん。死に際の、幸せで都合のいい、ただの夢……」

「違います」

 

 泣き顔を両腕で隠そうとするも、ノヴァの小さな手に掴まれ、ベッドに押し付けられてしまう。

 

「現実ですよ。生きてください、スタリィさん。あの二人も……いいえ、二人よりもずっとずっと、あたしがそう願っています。大好きなあなたと、一緒に生きていたい」

 

 鼻先がくっつき合うような距離で、深い青の瞳に正面から射抜かれて、熱い気持ちを告げられる。

 

 夢でも現実でも、スタリィにはもうどっちでもよかった。

 

 ただ、目の前の健気で愛しい女の子の隣にいつまでもいたいと願い、そっと目を閉じる。

 

 甘い口づけが交わされ、互いの体の隅々まで触れ合い、声が枯れるまで睦み合うのだった。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 絶望と孤独から生じた願いは流転し、ついには果てに至る。

 

 彼方に聳える流れ星の塔が、その様子をじっと見守っていた。

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