モテたい小路   作:エゴエロエゾロン

10 / 10
10. たくさん褒めてあげましょう

 さて。

 

「佐倉」

 

「あっ、な、何ですか……?」

 

 翌朝、オレは教室に入ろうとしていた佐倉に話しかけていた。

 

 彼女は、昨日櫛田が須藤の擁護をして目撃者の件を話題に出した時、妙な反応を見せていたからだ。

 

「少し来てくれないか」

 

「あ、はい……」

 

 佐倉を連れ、人に会話の聞かれないところまで移動する。佐倉が素直に従ったのは、彼女も声をかけられる理由に心当たりがあるからだろう。

 

 オレが壁に寄り掛かると、佐倉は少し離れたところで立ち止まった。

 

 オレは佐倉と交流が無い。会話を拒絶している女子生徒に話しかけ仲を作るようなテクニックはオレにはないのだ。

 

 事務的な話題で交流を図れる今回の事件は、渡りに船だった。

 

「佐倉、もしかして目撃者じゃないか?」

 

「ぁ……その、私別に───」

 

 取り乱すその反応で、オレの推測が当たっていると確信した。

 

「落ち着いてくれ。証言しろとは言わない」

 

「え……?」

 

「Dクラスから須藤を擁護する目撃者が出ても、証拠能力は弱い」

 

 とは言っても、もしかしたら嘘を吐いているのは須藤かもしれない。

 

 オレは、須藤が被害者か加害者か実際のところは知らないが、Dクラスの、この性格の佐倉が小宮たちを擁護することはまずないだろう。

 

 なので、須藤が悪だった場合の想定はしなくていい。

 

「そ、そうです、よね」

 

「恐らく、堀北は佐倉に気付いている。証言を求められるかもしれないが、無理して協力する必要は無いぞ」

 

 言葉にすると気持ち悪いが、オレは普段から女子の様子をよく観察している。

 

 なので、佐倉の様子がおかしかったことも、堀北がそれに気付いたことも、オレは把握していた。

 

「は、はい。分かりました」

 

 無意識にか、佐倉の手がバッグに触れる。

 

 何かを庇うような動作。もしかして、証拠となるものでも所持しているのだろうか。

 

「……あ、あのっ」

 

「ん?」

 

「その、わ、私───」

 

 意を決して口を開いた佐倉が、バッグから何かを取り出そうとした時、

 

「やべえ~! 遅刻する~!」

 

 HR前に声をかけたので、刻限までもう少し。

 

 慌てて登校してきた山内が走ってきて、佐倉にぶつかりそうになった。

 

「きゃっ!」

 

 オレは咄嗟に佐倉を引き寄せたが、山内が振り回したバッグが佐倉の体に掠り、取り出しかけていたデジタルカメラが宙へ跳ねた。

 

「悪い! えっと‥‥とにかくごめんな!」

 

 山内は佐倉の名前を思い出せなかったようだ。

 

 佐倉は床に落ちたデジカメの電源をカチカチと押しながら、青い顔をしていた。

 

「嘘……映らない……」

 

「すまない、オレが急に掴んだからだな」

 

「いっ、いえ。綾小路くんは何も悪くないですから。でも……」

 

 佐倉の言葉が詰まる。オレは悪くないと言いつつも、デジカメが壊れてしまったことは佐倉にとって非常に困った事態なようだ。

 

「……何か、修理に出したり買い替えたりできない事情があるのか?」

 

「えっと、その……」

 

「もしプライベートポイントの問題なら、少しなら貸せるぞ」

 

「ち、違くて……」

 

 その時、予鈴が鳴った。残念ながらオレたちは遅刻だ。

 

 急かすようなその鈴の音が、佐倉の背を押したらしい。彼女は勇気を出してオレに頼んできた。

 

「……あ、あの! 今度の休日、修理に出しに行くの、付き合ってもらえませんか……その、人見知りだから、怖くて……」

 

「オレはもちろん構わないが、佐倉はオレと一緒で平気なのか?」

 

「は、はい。綾小路くんは、その、目が怖くないので……」

 

 確かにオレは目付きの悪い方ではない。

 

 佐倉の言葉の意味するところは、性的な欲望が垣間見えない、といったところだろう。

 

 オレはモテるためという目標を掲げて生活しているが、女子生徒のカラダには興味が無い。それを感じ取ったのだろうか。

 

「そうか。佐倉に支障が無いならいい。じゃあ今週の土曜、一緒に行こうか」

 

「はい、ありがとうございます……!」

 

 オレはカメラを拾った格好のまま座り込んでいた佐倉に手を差し伸べて立たせ、急いで教室へ入っていった。

 

 

 

 

 

 

 その日の放課後。

 

 今日の聞き込みは、櫛田に引き連れられ、上級生の下へ向かった。

 

 流石は櫛田と言ったところで、既に他学年にも友人が多くいるらしい。

 

「お、君は確か桔梗ちゃんだっけ」

 

「あっ、南雲先輩。こんにちは!」

 

 2年Dクラスの教室から出たところで、櫛田へ声をかけてくる男子生徒がいた。

 

 どこかで見たな。確か生徒会の南雲雅副会長か。隣に女子生徒を連れている。

 

「察するに、須藤とやらの件の目撃者捜しで聞き込みしてんだろ?」

 

「そうなんです、何か知りませんか? あるいは、知ってそうな人に心当たりはありませんか?」

 

「いや、残念ながら。2、3年はこの件に興味ねーしな」

 

「そうですか……ありがとうございます」

 

 櫛田が礼をして立ち去ろうとすると、南雲が彼女を呼び止めた。

 

「桔梗ちゃん。礼をしてくれんなら、俺が2年に呼びかけてやってもいいぜ」

 

「えっ、本当ですか!? でも、お礼って何をすれば……あんまりプライベートポイントは無いんですけど……」

 

「はっ、1年のDクラスにプライベートポイントなんて求めねぇって」

 

 南雲は櫛田と馴れ馴れしく肩を組んだ。

 

「そうだな、じゃあ俺と付き合ってくれよ」

 

「ええっ!? そ、それは……」

 

「ぐぬぬ、あいつ俺の櫛田ちゃんに何言ってんだ……!?」

「イケメン許すまじ!」

 

 その後ろでは、今まで何の役にも立っていない池と山内が、南雲の振舞いを見て血涙を流していた。

 

「何か収穫あった?」

 

「え? いえ、まだ何も」

 

 オレが櫛田を見ていると、南雲と一緒にいた女子生徒が話しかけてきた。

 

「私、朝比奈なずな。2年Aクラスね」

 

「綾小路清隆です」

 

「ねえ、あのまま桔梗ちゃんが雅と付き合うことになったら、どうするの?」

 

「どうもしませんよ。櫛田がいいならいいんじゃないですか」

 

「冷たいね、女の子が男に迫られてるのに」

 

「女の子と言ってもただの友人です。それに、そもそも櫛田は受け入れませんよ」

 

 誰か1人の男と付き合ったら、櫛田の純潔性に罅が入る。それは男子人気を大きく損なうことになるだろう。なので、櫛田はその選択をしない。

 

「つまり、『櫛田の好きな男はオレだから……』みたいなこと?」

 

「そんなわけないでしょ。オレと櫛田じゃ全然釣り合いませんよ」

 

「まあ、確かに雅と比べたら一歩劣るかもだけど、君もそんなに悪くないよ?」

 

「それはあれですか、脈アリってやつですか」

 

「いや、全然そんなことはないけどね」

 

「残念です」

 

「ホントに思ってる?」

 

 オレが朝比奈先輩と話している間に、櫛田と南雲の交渉も進んでいた。

 

「えっと、やっぱり……」

 

「───ふっ、ははは! 冗談だ。今度デートしてくれたらいいから」

 

「そうですか? よかった……」

 

「じゃあちょっと聞いてみてやるよ。明日には大体集まるだろうから、また聞きにきてくれ」

 

「はいっ! ありがとうございます!」

 

 櫛田は南雲に深く頭を下げ、実に礼儀正しく見送った。

 

「じゃまたね、綾小路くん」

 

「機会があれば」

 

 オレも朝比奈先輩に手を振り返す。

 

「あれ? 綾小路くん、朝比奈先輩と仲良くなったの?」

 

「向こうから話しかけてくれてな。仲良くなったのかは分からないが」

 

「ふーん。よかったね。次は3年生の教室に行ってみよ!」

 

 

 

 

 

 

 しかし、やはり3年の中からも目撃者は見つからず、オレたちは何故か寮のオレの部屋に集合した。

 

 部活終わりの須藤もやってきたところで、堀北から電話がかかってくる。

 

「もしもし、何か用か?」

 

『あなた、佐倉さんが目撃者だと気付いていたのね?』

 

「何のことだ?」

 

『私がさっき確認してみたら、もう綾小路くんに声をかけられていたと白状したのよ』

 

「そうか」

 

『目撃者を見つけているのに、あなたたちは何を探しているの? あまり他のクラスに醜態を晒してほしくないのだけど』

 

「佐倉の性格だと、証言してくれと要求するのは酷だからな」

 

『それはあなたの言う通りだけれど、少しでも須藤くんの処分を軽くするために彼女には協力してもらうべきだわ』

 

 今朝、2000万プライベートポイントでのクラス移動権と、部活動の成績次第でのプライベートポイント支給という新情報が茶柱から伝えられ、須藤の価値が上昇していた。

 

「じゃあ堀北が説得してくれ。幸い、クラスメイトの力になりたいという思いはあるみたいだし。オレはやりたくない」

 

『やりたくないって……』

 

「心苦しいだろ。気の弱い佐倉に人前に立てと言うのは」

 

『あなたは須藤くんより佐倉さんの方が大事だというのね』

 

「あっちは自業自得だ」

 

『そうね』

 

「ああそうだ、明日の放課後少し付き合ってくれ」

 

『何に?』

 

「現場検証」

 

『今更? ……まあ、いいけど』

 

 

 

 

 

 

 翌日の放課後。

 

 櫛田は南雲の下へ向かったらしい。恐らくそのままデートへ直行だろう。

 

 オレは昨日約束を取り付けた通り、堀北を連れて特別棟へやって来た。

 

「ここには監視カメラが無いのね」

 

「あれば、そもそも問題にはならなかっただろうな」

 

「……そうね」

 

「しかしあっついな……」

 

 こんな灼熱の中で挑発されたなら、短気な須藤が判断力を欠いて手を出してしまったのも頷けるという気がしてくる。

 

 いや、それより気になるのは、佐倉がこんな場所で何をしていたのかということか。

 

 ここに来る理由……人目が無い、監視カメラが無い、とかか。

 

 オレが佐倉のことを考察していると、堀北が声をかけてきた。

 

「ねえ綾小路くん。あなたさっき、茶柱先生を呼び止めていたけど、何を話していたの?」

 

「とあるものの値段を確認していた」

 

「とあるものって?」

 

「それは秘密だ」

 

「……あっそう。暑いしそろそろ戻りましょう」

 

「そうだな。もう一箇所付き合ってくれ」

 

 オレと堀北が踵を返し、廊下を曲がろうとした時、反対からやってきた女子生徒とぶつかってしまった。

 

「あっ」

 

「おっと」

 

 軽い衝撃だったので、お互い転倒することはなかった。

 

「佐倉か」

 

「あ、綾小路くん」

 

 佐倉は携帯を手に持っていた。

 

「あ、えと、私写真を撮るのが趣味で……」

 

「そのためにここへ?」

 

「その、それは……」

 

「少し聞いてもいいかしら佐倉さん」

 

 堀北は目撃者である佐倉がこの場に現れた違和感を見逃さず追求しようとする。

 

 オレは堀北に、佐倉を説得してみろと言った手前遮ることはできない。

 

 なので、佐倉の味方をするように少し立ち位置を変えると、佐倉は堀北から身を隠すようにオレの背後へ回った。

 

「……綾小路くん? 邪魔をしないでくれるかしら」

 

「別に……そんなことしてないぞ?」

 

「あの、さ、さよならっ」

 

 堀北の矛先がオレの方を向いた隙に、佐倉は逃げ去っていった。

 

「千載一遇のチャンスだったかもしれないわよ?」

 

「明後日、一緒に出掛ける約束をしてる」

 

「そう。随分仲良くなったのね」

 

「この約束に仲の良さは関係無いけどな。佐倉によるとオレの目は怖くないらしい。分かるか?」

 

「ぼんやりした覇気の無い目ね。意思が感じられないという意味では、怖くないとも言えるかもしれないわ」

 

「それは褒めているのか貶しているのか」

 

「貶しているのよ」

 

「そうか……」

 

「あれー? 綾小路くんじゃん! そこで何してるの?」

 

「一之瀬?」

 

 堀北の口撃で心にダメージを受けて落ち込んでいると、後ろから一之瀬が声をかけてきた。

 

 一体、こんな場所で何をしているのか。

 

「今時間あるかな? もし甘酸っぱいデート中だったらすぐ退散するけど」

 

「それはないわね」

 

「あはは、デートスポットにしては暑すぎるもんね。ね、Cクラスとの喧嘩のことで調べものしてるんでしょ? 詳しく聞かせてよ」

 

「裏があるようにしか思えないわ」

 

「いや、一之瀬なら大丈夫だ」

 

 オレは堀北の疑念を一刀両断して、一之瀬に事情を語った。

 

「よかったら私も協力するよ」

 

「どうしてBクラスのあなたに手伝ってもらう流れになるのかしら?」

 

「だって嘘を吐いてる方が勝っちゃったら大問題じゃない? それに、Bクラスが証人になれれば信憑性がグッと上がるでしょ?」

 

 堀北は、一之瀬の提案を無言で検討していたが、暫くして首肯した。

 

「手伝ってもらいましょう」

 

 そうして、1年DクラスとBクラスの協力関係が始まった。

 

 

 

 

 

 

 一之瀬と会った後、須藤が呼び出された時の場所も確認して、寮に戻った。

 

 堀北は何故かオレの部屋までついてきた。

 

「鍵が開いている……」

 

「あ、綾小路くん、遅かったね……堀北さんもいたんだ」

 

 オレの部屋は、3バカと櫛田、松下に合鍵を所持されている。

 

 みーちゃん、堀北、平田も作るよう誘われたが断ったらしい。

 

 今回侵入していたのは櫛田だった。3バカに部屋を汚されていなくてよかった。

 

「櫛田、南雲とデートしていたんじゃなかったのか?」

 

「うん、今帰ってきたとこ」

 

「じゃあ私は帰るわ」

 

 やはり堀北と櫛田は犬猿の仲らしく、何か用事があったんだろうに、堀北はすぐさま部屋を出ていってしまった。

 

 オレはドアにチェーンをかけて床にバッグを置き、携帯を放った。

 

「それで、櫛田は何の用だ?」

 

「ストレス発散。南雲先輩とのデート、すごく気を使ったから」

 

 確かに、南雲は副会長を務めるだけあって、洞察力も優れていそうだ。

 

「あー疲れた。接待デートってだけで面倒臭いのに」

 

 オレがブレザーをハンガーに掛けて櫛田に近付くと、彼女の足が伸びてゲシゲシと蹴りつけてくる。

 

「何故オレを蹴るんだ」

 

「ストレス発散」

 

「……」

 

 そう言われるとオレは黙るしかない。できれば愚痴で済ませてほしいんだが。

 

「足を上げるとパンツが見えそうだぞ」

 

「キモッ!」

 

 暴力をやめさせようと放った言葉に対して、容赦ない罵倒が返ってくる。

 

 櫛田は、パンツを隠すとオレに言い負かされたようだと思ったのか、さらに大胆に、一発強めの蹴りを叩き込んできた。

 

「うっ」

 

「あんた、全然ふらつかないじゃん……体幹どうなってんの?」

 

「櫛田が手加減してくれたからだろ」

 

「別にしてない」

 

「まあ痛かったら押さえつけてたけどな」

 

 オレはデスク前の椅子に腰かけた。今櫛田の隣に座ったら殴られそうだ。

 

「綾小路くん、私のことが好きなんでしょ? 私が南雲とデートして嫌じゃないの?」

 

「そりゃ嫌だぞ。南雲の部屋に連れ込まれてしまうかもと心配していた」

 

「そ、そんなことあるわけないでしょ!? 逃げるし! ていうか、心配だったなら誘われた時に守りなさいよ」

 

「いや、恋人でもないんだし無理だろ」

 

「あんたが割り込んでくれれば、私も断れたのに」

 

「すまない、考えが及ばなかった」

 

「……ねえ、本当に私のこと好きなの?」

 

 櫛田の本性を見た時に咄嗟に吐いた嘘だが、なかなか足を引っ張る設定だったみたいだな。

 

 常に櫛田を助けるよう動かないと、疑われてしまう。少し面倒だ。

 

「もちろんだ。今だってとても我慢している」

 

「そうは見えないけど」

 

「……もしかして、誘ってるのか?」

 

 オレは椅子から立ち上がり、以前松下にそうしたように、ベッドに座る櫛田を押し倒した。

 

「誘ってないし。こんなことしていいって言ってないんだけど」

 

「オレに好意を証明しろと促したじゃないか」

 

「そんな痴女みたいなことしないから! 行動じゃなくて言葉で言えばいいの!」

 

 男子の部屋に1人で上がり込んでいる時点で、そんな文句は意味をなさない気がするのだが。

 

 いや、櫛田はむしろ警戒心の強い女子だ。彼女にとってオレがそれだけ特別な立場になったと解釈しておこう。

 

「好きだぞ、櫛田」

 

「…………」

 

 オレが櫛田の目を真っ直ぐ見下ろしながらはっきりと言うと、櫛田は頬を赤くした。

 

 承認欲求の強い彼女にとっては、こうして言われて得る喜びが、他の人間が感じるよりも大きいのかもしれない。

 

 なるほど、オレの嘘はその点で、櫛田にとって大きな意味を持っていたのかもな。

 

 櫛田は単純なストレス発散という目的だけでなく、オレからの好意を浴びて気持ちよくなるために、この部屋へ足を運んだのだろう。

 

「好きだ」

 

 なら、何度でも言ってやろう。

 

 もう既に伝えていること。オレにとっては何の支障も無い。

 

 こんなことで好意と信頼を稼げるのなら、いくらでも口を動かす。

 

「櫛田は可愛い。肌も髪も綺麗だし、瞳は透き通っているようだ。強いストレスの中、相当な努力をして容姿を保っているんだろう。特に笑顔は目をつい目を奪われてしまう。仕草も愛らしいな。いくらか打算が混じっているとしても、きっと大部分は素なんじゃないか。それは櫛田の魅力であると同時に、櫛田の努力が実った結果形作られたより素敵なものだ。そうと分かっていると惹かれざるをえない。櫛田が何より優れているのは、類稀なるコミュニケーション能力だろう。好きな相手と親しくすることは誰にでもできるが、嫌いな相手と態度を変えずそうするのは簡単なことじゃないとこの学校に入ってから知った。オレには到底できないことだ。素直に尊敬している。そして何よりその根本、櫛田のメンタルは確実に才覚の域だな。努力と我慢が人の何倍、何十倍とできる。オレの見てきた中で間違いなく、一番秀でた精神性をしている。すごいと思う。オレが櫛田に惚れたきっかけは容姿だったが、今はそこだ。オレは櫛田の心が好きなんだ。偽りなく素晴らしいと───」

 

「ちょっ、もういい! もういいから!」

 

 櫛田の手が、オレの顔面を叩くようにして口を塞いできた。

 

 そのまま、振り上げられた足がオレの腹部を強打して、オレは櫛田の上からどかされてしまった。

 

「どうした?」

 

 逆に引かれることにならないよう、なるべく外見ではなく内面を褒めるようにしたのだが。

 

 櫛田はオレの掛布団を引っ張って、顔を隠した。

 

「悪い、気持ち悪かったか?」

 

「そ、そう! な、なんなの? どういうつもりで……」

 

「いや、櫛田が言ったんだろ、言葉で好意を証明しろと。ただ好きと繰り返すより、具体的に褒めた方がいいかと思ったんだが」

 

「それは、そうだけど!」

 

「それに櫛田は褒められ慣れてるだろうから、なるべくたくさん言わないと届かないかと考えた」

 

「……~ッ!」

 

 櫛田が目元だけ覗かせる。何故だか凄まじく睨みつけられていた。

 

 表情から察するに、どうやらとても怒っているみたいだ。顔の赤みも照れではなく怒り故か。

 

 まずいな、行動選択を間違えたらしい。櫛田に言われた通りにしただけだというのに。どうするのが正解だったのかまるで分からない。

 

「……もう、今日は帰る」

 

 取り敢えず謝罪しておこう、と考えていたら、櫛田はすぐに立ち上がって、さっさと部屋を出て言ってしまった。

 

「ふぅ」

 

 今晩は反省会だな。似たような時のために、正答を導き出しておかなければ。

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