朝、寮のロビーに下りると、一之瀬を見かけた。
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
寮の管理人へ礼儀正しく頭を下げた一之瀬は、振り返ると同時にオレの存在に気が付く。
「あ、やっほ綾小路くん。おはよう、今日は早いんだね」
「たまたま早く目が覚めてな。管理人と何話してたんだ?」
「クラスの子たちからの要望みたいなやつを纏めた意見を、管理人さんに伝えてたところなの」
「流石、一之瀬委員長だな」
「もー、やめてよ。こんなのなんでもないんだから」
Bクラスが独自に学級委員長や副委員長という役職を作っていることはとっくに知っていた。
オレと一之瀬は横に並び、自然と揃って歩き出す。
「そう言えば朝あんまり会わないけど、いつもは何時くらいに出てるの?」
「今日より20分くらい遅いな。一之瀬は朝こんなに早く出て、何してるんだ?」
「んー、何かしてるわけじゃないよ? だいたい友達と話してるだけだし」
「そうなのか。オレも、このくらいの時間に出るようにすれば、一之瀬と話す機会を増やせるかもな」
「そうしなよ! 早起きはいいことだしね」
「一之瀬の隣が空いていればの話だけどな」
こうして会話している間にも、人気者の一之瀬はたくさんの生徒から声をかけられている。
オレが一之瀬と話すために登校時間を変えても、挨拶しかしないことがほとんどになりそうだ。
「綾小路くんのためなら、いつでも空けといてあげるよ?」
「オレの特等席にできるなら、こんなに光栄なことはないな」
「い、言い方がよくないって」
一之瀬の揶揄いに少し直接的な言葉で返すと、彼女は羞恥に頬を染めた。
「ね、ねえ! 綾小路くんは、夏休みに南の島でバカンスできるって噂聞いた?」
「そう言えば、いつか茶柱がそんなことを言っていたような気もするな」
「ね、怪しいよね。私はここがターニングポイントだと見てるの」
「大きくクラスポイントが変動するかもしれないと」
「そそ。中間テストや期末テストだけじゃ、絶対Aクラスに追いつけないじゃん? 何か課題とかイベントとか、あると思うんだよね」
「そうだな。むしろこの3カ月、何も無かったのが驚きなくらいだ」
「確かに。そう考えると、どんなおっきなことが起きるのかって怖くなるかも」
「オレは早くクラスポイントを稼いで、プライベートポイントが欲しいな」
「それは皆一緒、って言いたいとこだけど、Dクラスは流石に事情が違うよね」
「体育の授業とかで頑張っているんだが、オレの実力じゃあな」
「綾小路くんも、足早いじゃん」
「別にそんなことはない。それに、うちには高円寺という怪物がいるからな」
授業中のプライベートポイント獲得機会は、ほとんど高円寺がもっていっている。
「高円寺くん、たまに見かけるけど、すごいよ。いつも上級生の女子と一緒にいるからね。もしかして、1年の中で一番上級生と繋がりがあるのって高円寺くんじゃない?」
「櫛田も負けてないんじゃないか? 一之瀬はどうなんだ?」
「私は全然だよ。南雲副会長と、あと何人かって感じ。綾小路くんは?」
「オレが交流のある相手は、朝比奈先輩だけだな」
「へー。どういう繋がり?」
「最近の聞き込みの件で、2年のとこに行ったんだ。櫛田が南雲副会長と話している間、少し話した」
「そっか~。朝比奈先輩、可愛いよね」
「そうだな。南雲副会長が侍らせてるのも頷ける」
「侍らせてるって……朝比奈先輩はそういうんじゃないと思うよ」
「そうなのか? 南雲副会長は2年の王って感じだったが」
「それはそうだけどね」
そんな話をしているうちに、校舎が近付いてきた。
「あのさ……綾小路くんに聞きたいことあるんだけど、いいかな?」
「なんでも聞いてくれ」
「女の子に告白されたことって、ある?」
「無いな。オレからしたことも無いし、ついでに言うと彼女もいない」
「そ、そうなんだ。綾小路くんカッコいいし、1回くらいあるかと」
「……これはもしかして、一之瀬に告白される前振りか?」
「ええっ!? ち、違うよ!?」
一之瀬は顔を真っ赤にして、バタバタと腕を振り否定した。
「いや、冗談だぞ。もっと軽く流してくれ」
「ふう、びっくりした……酷い不意打ちだよ」
「それで、誰かに告白でもされたのか」
「あ、うん。そんな感じなの」
「オレなんかより、一之瀬の方が告白された数は多そうだが」
「私なんて、全然そんなことないんだよ」
「それは、意外だな」
まだ恋人がいないどころか、告白されたことすらないとは。
「あのさ、告白のことで、よかったら今日の放課後時間貰えない? 忙しいのは分かってるんだけど……」
「いや、構わない。目撃者捜しも大して意味は無いしな。一之瀬の力になれるなら喜んで付き合うさ」
こういうのは即答かつ断言した方がいいと学んだ。実際、悩むようなことでもない。
「あ、ありがとう。じゃあ放課後、玄関で待ってるね」
「ああ、分かった」
「こんにちは、一之瀬さん!」
ちょうどデリケートな話が終わったところで一之瀬に声をかけてきた生徒がいたので、オレたちは自然と距離を空け別れたのだった。
放課後。
他の生徒に囲まれていた一之瀬と合流して、オレたちは体育館裏へ向かった。
「私、ここで告白されるみたいなの」
そう白状した一之瀬は、自分に届いたラブレターをオレへ見せてきた。
「まさか、彼氏のフリをしろとか言わないよな?」
「あ、そうです……」
「絶対に、正直に言った方がいい。今断れても、オレと別れた話が広まればまたアタックしてくるかもしれないぞ」
「やっぱり、ダメかな……?」
こればっかりはダメだな。
オレは誰とも交際するつもりはない。
交際するということは、1人を選んで他を拒絶する点で、モテることと相反する。
「相手は?」
「千尋ちゃんなの……」
同性、それも仲の良い友人からだったのか。それは確かに、悩ましいのも頷ける。
しかし余計ダメだ。オレは一応、白波とも交流がある。
「あっ」
一之瀬がオレの背後へ、ぎこちなく手を振った。
「綾小路くん……? どうしてここに」
もう白波がやってきてしまった。彼女はオレを見て、告白とは異なる不安そうな表情を浮かべている。
「まさか、一之瀬さんと綾小路くんは……」
「違うぞ」
オレは一之瀬から離れて白波の方へ近付いていく。
緊張している一之瀬も、子供のように後ろをついてきた。
「告白のことで相談を受けていただけだ。一之瀬はちゃんと返事してくれるから安心しろ」
「あ、綾小路くん……」
「一之瀬。告白される側にも悩みがあるだろうが、冷静になって、告白する側の想いや勇気も考えてみてくれ」
「っ……」
それだけ伝えて、オレはその場を後にした。
2人の声が聞こえない位置まで離れ、ベンチに座って緑葉を見上げながら一息つく。
5分ほど後、白波が涙を流しながら寮の方へ走り去っていった。
それから時間が経ち、日が落ちて空が赤くなった頃、一之瀬がに戻ってくる。
「あ、綾小路くん……」
オレが尻をずらしてスペースを空けると、一之瀬は素直にオレの隣へ腰を下ろした。
「私、間違ってたみたい。如何に傷つけないようにするかってばかり考えてて、千尋ちゃんの、その、恋心のことまで考えが及んでいなかったよ」
「友人で、同性で、初めてのことだった。正しい対応をできる方がおかしい」
「うん……でも、間違っちゃいけないことでもあるよ」
一之瀬は、不可抗力であっても白波を傷付けてしまったことを気に病んでいるらしい。
「間違わなかった。その結果が全てだ」
「私、間違わなかったのかな」
「白波に対しては誠実な対応をすることが正解だ。きっと自分で消化していつも通りに振舞ってくれる」
安心させるために、断定の口調で言葉を伝える。
白波がどれくらい心の強い女子なのかは分からないが、普段通りにするなら一之瀬からそう振舞わなければいけない。
「私たち、また今まで通りにやっていけるかな」
「それは2人次第だ」
「うん……今日はありがとね」
「一之瀬の助けになれるなら、いつでも呼んでくれて構わない」
「じゃあ今度は私が協力する番。やれるだけやってみるよ!」
背筋を伸ばしながら立ち上がった一之瀬は、そう言いやる気に満ちた表情でグッと拳を握った。