モテたい小路   作:エゴエロエゾロン

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12. その勇気に価値を

 一之瀬と白波の告白事件の翌日、土曜日。

 

 オレは佐倉と待ち合わせをしていた。デジカメの修理の件だ。

 

「おはよう、佐倉」

 

「お、おはよう、綾小路くん」

 

 今日の佐倉は普段の伊達メガネだけでなく、帽子を目深に被り、マスクまでしていた。

 

 顔を念入りに隠している様子だ。

 

「その恰好は、佐倉だとは分かりにくいが、普通に目立つぞ」

 

「や、やっぱりそうですか……」

 

 オレが指摘すると、佐倉はベンチから立ち上がって、マスクを外す。

 

 こんな暑い日にマスクなんかしていたので、口元が少し湿っているようだった。

 

「すみません、こんなことに付き合わせてしまって……」

 

「気にするな。頼られるっていうのは嬉しいものだ」

 

 佐倉と並んで量販店へ向かう。オレはあまり利用したことがない店なので、彼女に付いていく格好だ。

 

「なあ、どうして顔を隠していたんだ?」

 

「えっと、それは……」

 

 何気ない話題という風を装って、オレは言葉に詰まる佐倉の表情をよく観察した。

 

 恥ずかしいからという様子ではない。

 

「いや、言いにくいならいいぞ」

 

「ご、ごめんなさい……」

 

 無口気味な佐倉相手に場をもたせるため、この数か月で培った雑談力を総動員していたら、実際にかかった時間よりも主観的には早く到着した。

 

 そこで、オレは佐倉がオレの同伴を求めた原因に気付く。

 

「これはあれだな、中の部品が故障してるな、うん」

 

 この妙にハイテンションで不気味な目をした修理カウンターの店員に、佐倉は分かりやすく怯えていた。

 

「預かるから、これに必要事項書いて。氏名に住所に、で、電話番号」

 

「ッ……」

 

「貸してくれ」

 

 オレは、個人情報を知られることに怯えている佐倉に代わり、用紙に自分の情報を書き込んだ。

 

 慌てて文句をつけてくる店員を黙らせ、佐倉の背を押してさっさとその場を後にする。

 

「あれでよかったか?」

 

「あ、ありがとう綾小路くん……すごく、助かったよ」

 

「不快な雰囲気がオレにも感じ取れたからな。1人で来なくて正解だ」

 

「う、うん、ごめんね」

 

「次行く必要があったら、また呼んでくれ。不安になるからな」

 

 オレは佐倉をフォローしながら、家電量販店の中を見て回る。

 

「何か、買いたいものがあるの?」

 

「買いたいというわけではないんだけどな」

 

 パソコンや機械の得意な外村に相談したいことがあったが、佐倉と2人でいるこの状況でそれはあまりよくないだろう。

 

 取り敢えずその場にある機種の性能や値段、正式名称だけ全て暗記しておいて、後で確認することにする。

 

 オレと佐倉は涼しい家電量販店から出た。

 

「疲れたろう。もう帰───」

 

「あれ、綾小路くんに……佐倉さん、かな?」

 

 声をかけてきたのは、松下だった。周りには森や佐藤などクラスメイトの女子が数人集まっている。

 

「2人で何してるの?」

 

「少し用事があってな。もう帰るところだ」

 

 佐倉は人見知りらしく緊張し、少しだけオレの背後へ身を隠した。

 

「そっか、じゃあこれから一緒に遊びにいかない?」

 

 松下のグループとは結構仲良くしているので、オレ1人なら即座に承諾する提案だ。

 

 だが2人いるこちらに対して、オレだけ誘うということはないだろう。そしてチラリと振り返れば、佐倉が行きたがっていないことはすぐに分かる。

 

 なのでオレも、残念だが断ることにした。

 

「悪い、寝不足でこの暑さが少し辛くてな」

 

「そっか……佐倉さんはどうかな?」

 

「あ、えっと‥‥私もその、体調が少し……」

 

 松下なら、オレたちの理由が断る方便だとすぐに気付く。

 

 オレが断った理由が、佐倉が断りやすい雰囲気を作るためだということも看破しているだろう。

 

「そっか。ならしょうがないね」

 

 だから再び追求してくることはない。

 

 と思ったのだが、松下は何を思ったのか佐倉へ近付き、帽子のつばを避けるように下から顔を覗き込んだ。

 

「わわっ」

 

「松下、どうしたんだ?」

 

「うーん、なんだかどこかで見たことあるような気がしたんだよね。ねえ、もしよかったらメガネ外してみてくれない?」

 

「えっ、あの、その私、メガネが無いと何も見えないくらい目が悪いから……ご、ごめんなさい」

 

「ううん、全然謝らなくていいよ。私こそごめんね、変なこと言って」

 

「い、いえ……」

 

「オレたちは寮に戻る。またな」

 

「うん、またね」

 

 オレは佐倉がこれ以上ストレスに苛まれないよう、別れを切り出した。

 

 松下たちから離れ、2人並んで歩く。いや実際は、佐倉はオレの少し後ろを付いてきていた。

 

「ね、ねえ綾小路くん」

 

 佐倉の足音が止まったので、オレも立ち止まって振り返る。

 

「どうした?」

 

「目撃者がいたら、その、助かるかな」

 

 脈絡が無かったが、須藤の件の話をしていることはすぐに分かった。

 

 そして、佐倉が今、勇気を出して話を切り出したことも。

 

 ここは背を押してやった方が、佐倉の成長の一助となるだろう。

 

「ああ、とても助かるな。須藤の受ける罪を軽くすることができる」

 

「で、でも、前はDクラスの証言者はあんまり意味無いって……」

 

「それは、須藤の無罪を勝ち取るためには、という話だ。須藤の処分をなるべく軽微に済ませるためには、目撃者の証言はあればあるほどいい」

 

 もちろん、須藤に有利な証言に限るが。

 

「あの、私、須藤くんとCクラスの人の喧嘩、全部見てたの……証拠も、あるし」

 

「そうだったのか」

 

 分かっていた、などど言って白けさせてはいけない。

 

 佐倉の勇気に成果を与えてやらなくては。

 

「それはすごくありがたい。佐倉が証言してくれるなら、須藤の処分をかなり減じさせることができる」

 

 だからと言って、気負わせ過ぎてもいけない。

 

 感謝と、佐倉の勇気にとても意味があったという事実を伝えるだけでいい。

 

「そ、そうかな」

 

「ああ」

 

 佐倉はオレの言葉で嬉しそうに顔を綻ばせた。

 

 明らかにかなり見目がいい。彼女が容貌を隠すのには、何か特別な理由がある。

 

「佐倉。証言してくれるのなら、早めに学校側へ申し出るべきだ」

 

「え……」

 

「佐倉には酷なことだが、Dクラスからの目撃者というだけで、でっち上げじゃないかと疑われるのは避けられない。そして言い出すのが後になればなるほど、疑いも強くなる」

 

「うぅ……」

 

「それは佐倉も嫌だろう。だから早めに、茶柱先生にでも伝えておいた方がいい」

 

 佐倉は大きな緊張に苛まれ、呼吸のリズムを乱していた。オレに言うよりも学校に言う方が怖いのは想像に難くない。

 

 オレは落ち着かせるため、佐倉の手を取る。

 

「深呼吸しろ。大丈夫だ、何かあってもオレが守る」

 

「綾小路くん……」

 

 段々と佐倉の呼吸が落ち着いていく。

 

「この後、一緒に学校行ってくれないかな……?」

 

「喜んで」

 

 オレたちは一度寮へ戻り、学校へ入るため制服に着替えてまた集合した。

 

「綾小路くんは、休日に学校行ったことあるの?」

 

「結構あるぞ。図書室に顔を出しにな」

 

「本、好きなんだ」

 

「ああ。それに金がかからないからな。5月に入ってからは頻繁に利用している」

 

「わ、私も行ってみようかな。本はあんまり読まないんだけど……」

 

「是非来てくれ。本に詳しい友人がいるから、初心者におすすめの読みやすい作品もきっと知ってるだろう」

 

 そんな風に他愛も無い会話をしながら学校へ向かい、玄関で靴を履き替えて職員室の前に立つ。

 

 ドアを開ければ、ちょうど茶柱の姿を見つけることができた。

 

「茶柱先生」

 

「ん? 綾小路じゃないか。何の用だ」

 

「少しいいですか」

 

「ああ、ちょっと待て」

 

 佐倉に、教員の目がたくさんある職員室内で話をさせるのは望ましくないので、茶柱を廊下に呼び出す。

 

「それで何だ?」

 

「須藤の件、佐倉が目撃者として名乗り出てくれました」

 

「そうなのか」

 

 茶柱の視線が佐倉へ向く。

 

「……はい、見ました」

 

「どうして、私がHRで話をした時ではなく、今になって証言した?」

 

 担任として、佐倉の性格くらいは知っているだろう。

 

 つまり茶柱は佐倉の気弱を責めているのではなく、佐倉がオレや他の何者かに要求されて虚言を吐いているのではないかと懸念している。

 

「い、言い出したかったん、ですけど、怖くて……でも、その、私がクラスの助けになれるならって、思い、直して……」

 

「そうか。だが、お前の証言で須藤が無罪になるわけではない」

 

「は、はい」

 

「それと、場合によっては審議当日、話し合いに参加してもらうことになるが、お前にそれができるのか?」

 

「え……」

 

 やはりそうなるか。

 

 これは佐倉にとって負担が大きい。言えば勇気が(しぼ)んでしまうと思って、さっき告白された時は忠告しなかった。

 

「先生、その審議には誰が出席するんですか」

 

「事件の当人である須藤とCクラスの面々、私と坂上先生、そして生徒会だ。だが須藤が認めるなら、2人まで同席を許可しよう」

 

「ならオレも出よう。安心してくれ」

 

「う、うん!」

 

「いいんだな?」

 

「は、はい」

 

 茶柱の確認に、佐倉は強がりながらも、目を見て首肯した。

 

「そうか、では佐倉のことは伝えておこう。他に用は?」

 

「いえ、何も」

 

「なら私は戻るぞ」

 

 茶柱が姿を消すと、佐倉は大きく息を吐き出してへたり込んでしまった。

 

「ふはぁ~……!」

 

「大丈夫か?」

 

「大丈夫……じゃ、ないかも……なんだかすっごく疲れたよ」

 

「よく頑張った。図書室にでも行って休もう。廊下は暑いから」

 

「うん、そうする……」

 

 佐倉の手を引いて立たせ、オレたちは図書室へ寄った。

 

 この場所は冷房が効いているので、制服でも暑さに悩まされずに済む。

 

「ああ、涼しい」

 

 手近な椅子に座った佐倉は、冷えたテーブルに突っ伏した。

 

 オレもその隣に腰かけ、腕だけテーブルに置いて、心地よさに身を任せた。

 

「綾小路くん、こんにちは」

 

「椎名、やっぱりいたのか」

 

 オレと佐倉が本も読まずゆっくりしていると、椎名が姿を見せた。

 

 図書室内での椎名の察知能力は凄まじいな。毎回、先に見つけられている気がする。

 

 今日は休日で利用者も少ないので、おかしなことでもないが。

 

「こちらの方はお友達ですか?」

 

「佐倉愛里。クラスメイトだ」

 

「あ、さ、佐倉です……」

 

 椎名はのんびりとした雰囲気をもっている女子なので、佐倉にとっては、櫛田のような明るい子よりも合っているのだろう。

 

「学校に用事があってな。少し疲れたから涼んでいたんだ」

 

「そうでしたか。仲が良いんですね」

 

「最近話すようになったんだ」

 

「佐倉さん。私は椎名ひよりと言います。本は読まれますか?」

 

「あ、よ、読まないです……ごめんなさい」

 

 椎名は自分がCクラスだと明かさなかった。

 

 オレの『最近話すようになった』という言葉から須藤の事件との関連性を疑い、分かりやすく人見知りな佐倉の様子も勘案して、不要な軋轢が生まれることを避けたのだろう。

 

「そうですか……」

 

「あ、あの、綾小路くんはいつも、何を読んでるん……ですか?」

 

「ミステリだな」

 

「もしかして、興味ありますか?」

 

「は、はい……」

 

「では、私のオススメを紹介します!」

 

 椎名が本を集めるために離れると、佐倉はほっと一息ついた。

 

 今、自分から本への興味を示した些細な一幕だけでも、佐倉にとっては勇気が必要だったのだ。

 

「好きになれる作品があるといいな」

 

「うん。それに……あっ、いや、なんでもない……っ」

 

 佐倉が何か言いかけ、慌てて口を(つぐ)んだ。

 

 言いたくないなら聞かない方がいいだろうと、オレは背もたれによりかかって図書室の静かな雰囲気に浸る。

 

「お待たせしました」

 

 椎名が持ってきた作品は、短編集などの、そもそも文量が少ないものだった。

 

「あまり本を読まれないようですので、長い作品は途中でやめてしまうかもしれませんし」

 

 佐倉は椎名が持ってきた作品の中から『イニシエーション・ラブ』を選んだ。

 

「是非感想を聞かせてください」

 

「は、はい。読み終わったら、また来ます……」

 

 椎名の柔らかい空気に包まれて、佐倉もだんだんと心を開いていっているようだ。

 

 さて、椎名を待っている間に体も冷めた。

 

「佐倉。昼食はどうするんだ?」

 

 修理に出す前に佐倉と合流したのが10時頃だったので、ちょうどお昼時だ。

 

「どこかでご一緒しませんか?」

 

「あ、はい……行きます」

 

「綾小路くんも」

 

「ご相伴に預かろう」

 

「では、『イニシエーション・ラブ』を借りてきますね。綾小路くんは何か借りますか?」

 

「いや、前のがまだ読み終わってない」

 

「では、少し待っていてください。佐倉さん、こちらです」

 

「は、はい」

 

 オレはその椅子に座ったまま、2人が戻ってくるのを待った。

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