それは7/19のこと。
オレはBクラスの面々と共に、ケヤキモールへ足を運んでいた。
「綾小路、何買うんだ?」
「まだ悩んでいる」
オレは渡辺にそう答える。
明日7/20は一之瀬の誕生日なのだ。そのプレゼントを、一之瀬の友人たちと買いに来ているというわけだった。
ちなみに、現在は既にプレゼントを用意している女子たちが一之瀬を引き付けてオレたちと鉢合わせないようにしてくれている。
「ふむ……」
金欠のオレに許された選択肢はかなり狭い。
いっそ、金のかからない何かにした方が、一之瀬も素直に喜んでくれるのではないかとすら思える。
しかし誕生日プレゼントという気持ちが重要な問題に、節約などという理屈っぽい観念を持ち込まない方がいいことも分かる。
非常に悩ましい。
4月の松下の誕生日の時は、松下の方から欲しいもののジャンルを指定してくれたので楽だったのだが。
頭を捻らせながら、ちらりとチャットを見る。
友人の多い一之瀬のことなので、渡す側の生徒たちによるグループチャットが作られ、プレゼントが被らないように選んだものが共有されているのだ。
その一覧は参考にはなるものの、増えれば増えるほど選択肢が減っていくということでもある。
オレはそのチャットを流し見しながら、1つ案を思いついた。
「本屋に行ってくる」
「おう、何思いついたんだ?」
勝手に姿を消すのもよくないので近くにいた渡辺に声をかけると、付いてきた。
「今チャットに上げた」
「えーと、『スイーツのレシピ本』? なら直接スイーツあげた方がいいんじゃね?」
「いや、確か一之瀬はお菓子作りが趣味だった筈だ」
「へー、知らなかった」
「まあ、いい本があるかは分からないけどな」
他の生徒に先んじられないように、買わないうちから報告しておく。いいものが無ければ取り消せばいい。
渡辺と一緒に本屋までの道を歩いていると、チャットに新しく連絡が入る。
一之瀬と一緒にいた白波からだった。
『帆波ちゃんを見失いました!』
連絡先を交換している生徒同士では位置情報サービスで居場所を把握できるが、この機能の存在が広まってからはほとんどの生徒がオフにしている。
無防備な一之瀬とは言え、そこは変わりなかったようだ。
「えっ、やばいじゃん!」
「落ち着け。別に、出くわしても正直に言えばいいだろ」
「……まあ、隠せてるわけはないか」
そう話している間に、チャットへ一之瀬を見失った時の状況が投稿される。
どうやら誰かから連絡を貰って1人離れた後、戻ってこなかったということらしい。
しかし、電話も繋がらないのか。
「少し心配だな」
「確かに。俺たちも探そうぜ」
「ああ」
オレは一之瀬たちがいた場所付近の
「見つけた」
一之瀬は昼間なのに薄暗い路地裏で、上級生の男子と2人でいた。
逢引きという雰囲気ではない。男子の様子を見るに、恐らく交際を迫られているのだろう。
オレが一番に見つけられた理由は、一之瀬が、さっきまで遊んでいたところから少し離れたこの場所まで足を運んでいたからだった。
女子たちから離れ、オレたちのいたケヤキモールへ近付いていたのだ。
「おいおい、助けないと!」
「待った、これは告白の現場じゃないのか? 邪魔していいのか?」
「確かに……一旦様子を見るか」
飛び出そうとした渡辺を止め、物陰に身を潜めて覗き込む。
「なあいいだろ、俺と付き合ってくれよ」
「で、でもですね……」
「なんでだよ、好きな人がいるわけじゃないんだろ?」
「えっと……」
上級生男子は、かなり強引に一之瀬へ交際を要求していた。
一之瀬が相手の悪口を言えないような性格であることを利用して、物理的に逃がさないようにし、根負けを狙っているのだ。
「めちゃ困ってるじゃん」
「そうだな、止めよう」
オレは自分の位置を調整し、上級生男子と一之瀬が重なるアングルで写真を撮った。路地裏というロケーションと距離の近さから、性的に迫っているようにも見える。
パシャリと鳴ったシャッター音は、前方の2人にも届いた。
「なあ渡辺、この写真どう見える?」
「え? あ、ああ、ヤバいな! 先輩が一之瀬を襲ってるみたいだ!」
オレのアドリブに渡辺は上手く乗っかってくれた。
あの強引で強気な先輩を退散させるには、言葉だけでは面倒だからな。
「ちょ、おい! 何勝手に撮ってんだお前ら!」
先輩が声を荒げ、慌ててオレたちの下へ走り寄ってくる。
「よし渡辺、逃げるぞ」
「えっ!?」
先輩の焦りを確認して、オレは渡辺を連れて踵を返す。
目論見通り、彼はオレたちを追いかけて来た。
オレは足を動かしながら一之瀬へチャットを飛ばす。
『今のうちに離れろ』
『ありがとう、綾小路くん』
それから少しの間敷地内を走り回って、撒いた。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」
「ふう……お疲れ渡辺」
「ほ、ホントだぜ……お前、体力すごいな綾小路」
「体力には自信があるんだ」
出鱈目に走り回ったオレたちは、ケヤキモールから離れてしまっていた。
「お、ちょうど書店に近いな。寄っていくか」
「ま、待って……もうちょっと休ませてくれ」
渡辺の息が整うのを待ってから、2人でケヤキモール外の独立した書店へ入る。
「あー涼しい~」
渡辺は入口付近に吹き付けるエアコンの冷風を浴びて、足を止めた。
オレは彼を置いて中へ入る。
目当ての本を探して2階へ足を運ぶと、見慣れた女子たちの姿が見えた。
「あれ、綾小路くん?」
その中の1人、一之瀬が真っ先にオレに気付く。無事友人たちと合流できたようだ。
一之瀬が駆け寄ってくる。
「さっきはありがとね。おかげで助かっちゃった」
「一之瀬のためなら、あれくらいなんでもない」
「渡辺くんは?」
「下の入口で冷房の虜になってる」
「ねえねえ、さっきって何の話?」
一之瀬に付いてきた網倉が会話に入ってくる。
「んー、秘密かな」
「えー、ずるーい」
一之瀬と女子たちの会話を聞きながら、オレは目的の料理エリアを発見した。
こんなにそばにいるのだから、わざわざ隠す意味も無いか。
「なあ一之瀬」
「ん、なぁに?」
「この辺りの本で、もう持ってるものはあるか?」
「スイーツの本? あー、これとこれは持ってるかな」
結構所持していたようだ。本人に聞いて正解だったな。
その2冊をパラパラとめくり、それから他のものの内容を確認して、オレは1冊を選んだ。
「これだな」
「綾小路くん、お菓子作りやるの?」
「それも悪くないが、これは一之瀬への誕生日プレゼントだ」
「えっ!?」
「そんなに驚くことじゃないだろ」
今尋ねた時、レシピは携帯で調べる派だと返事をされていたら、本を買うことはなかっただろう。運が良かった。
オレは1回のカウンターへ行き、プレゼント用の包装をしてもらう。
一之瀬たちは付いてきてはいなかった。女子たちに止められたのだろうか。
また2階へ戻るのも格好がつかないので、そのまま書店を後にする。
「綾小路、いいもん買えたか?」
「ああ。渡辺は?」
「ちょっと探してはみたんだけど、そもそも俺本のことよく分かんなかったわ」
「ケヤキモールに戻るか?」
「そうだな。綾小路は帰る?」
「いや、よければ手伝おう。さっき協力してもらったことだし」
「そうか、じゃ行こーぜ」
そうしてオレは渡辺とケヤキモールへ戻り、夕方まで付き合わされた。
翌日。
朝、一之瀬から連絡が来る。
『よかったら、一緒にお菓子作りしない?』
『一之瀬が作るのか?』
今日は夕飯前の時間から、カラオケの大部屋で一之瀬の誕生日パーティーをやることになっている。
しかし、プレゼントを渡す生徒が多いので、その譲渡だけは直前に一之瀬の部屋に集まって済ませる予定だった。
『皆が準備とかしてくれたみたいだからね。私もお礼したいなと思って』
『お菓子作りはしたことがないんだが、いいのか?』
『平気だよ、難しくないし。綾小路くん料理してるでしょ? 大丈夫!』
『ならお邪魔することにしよう。いつ頃行けばいい?』
『お昼前とかかな。昼食は抜いてきてね。味見とかいっぱいすると思うから』
『昼食がお菓子というのは初めてだ』
朝にそんな約束をして、その日の昼前、オレは一之瀬の部屋へやってきた。
呼び鈴を鳴らすと、部屋主がドアを開けてくれる。
「こんにちは、綾小路くん」
「こんにちは。誕生日おめでとう、一之瀬」
玄関に入って、昨日買った本を渡す。
「ありがとう……えへへ」
薄紫の包装に覆われた料理本を胸に抱えて、一之瀬は嬉しそうに表情を綻ばせた。
「喜んでもらえたならよかった」
「綾小路くんがくれるものならなんだって嬉しいよ」
「そうとも言い切れないぞ。昨日たまたま一之瀬があの書店にいなかったら、既に持っているものをプレゼントしてしまった可能性が高い」
「あー、まあ確かに、同じ本2冊は……」
「その辺、オレも考慮が足りていなかった。まだ他人へのプレゼントを選ぶということの経験が不足しているからな」
一之瀬の後ろを歩いて台所へ行き、手を洗う。
「うーん、キッチンに2人はちょっと狭いかな」
「だが、向こうのテーブルでやるわけにもいかないだろ」
「それじゃあ、お互いこの本から作りたいスイーツを選んで、先に決めた人の方から交代で作ろっか」
一之瀬が包装を丁寧に解いて、リビングのテーブル上で広げる。
「こっち来て」
「ああ」
一之瀬の隣に腰を下ろすと、彼女はオレが本を見やすいように、触れ合うほど距離を詰めてきた。
「綾小路くんって甘いの好きだよね。食べてみたいのとかある?」
「そうだな……」
オレが一之瀬へプレゼントした本をペラペラとめくりながら、隣に座る彼女と、これが美味しそういやこっちの方がと味の妄想を駆け巡らせて盛り上がる。
「あ、材料のこと忘れてた」
「致命的だな」
「まあ時間はあるし。一緒に買い行こうよっ!」
「ああ」
誕生日の主役に金銭を出させるのは流石に違うと思い、材料費はオレが負担した。
「いいって言ったのに……」
「これも誕生日プレゼントの一環ということで、許してくれ」
「あー、ずるいなあ」
一之瀬の部屋に戻り、調理を始める。
交代でという話だったが、汚さずにできそうなレシピもあったので、オレはそちらに挑戦してみることに。念のためカーペットはどかした。
「わ、すっごく美味しい!」
「一之瀬のもよく出来てるな。ちょうどいい甘さだ」
スイーツ作りという慣れない作業だからか、一之瀬の純真な言葉で褒められるとオレでも少し気分が上がるのを自覚する。
そうして時間を忘れて甘味の饗宴に勤しんでいると、客を知らせるチャイムが鳴った。
「あ、皆来たみたい」
一之瀬がドアを開けると、
「「帆波ちゃん、お誕生日おめでと~っ!!」」
Bクラスの女子たちが勢揃いで、息の合った祝福を浴びせた。
「ありがとう、皆!」
「はい、お誕生日プレゼント!」
「私もっ」
「このアクセ可愛いって言ってたでしょ?」
「わ、わ、わ」
人数がいればそれだけプレゼントも増えていく。
渡すのをカラオケにしなくて正解だったな。持ち帰るのが大変だったろう。
「おっとと」
「大丈夫か」
オレは一之瀬の腕の中で崩れかけたプレゼントの山を支えた。これが書類や単なる荷物だったら代わりに運ぶところだが、友人からのプレゼントではそうもいかない。
「あれ、てかなんで綾小路くんいるの?」
「帆波ちゃんもしかして……っ!?」
「あ、いや違うよ! 一緒にお菓子作りしてただけだから!」
一之瀬はブンブンと手を振り回して否定すると、キッチンに置いてあったお菓子を持ってきた。
「ほら、綾小路くんが作ったお菓子! すっごく上手にできてるでしょ?」
「おー、ホントに?」
網倉が真っ先に手を伸ばす。
一之瀬や網倉には料理を振舞ったことがあるから、抵抗も少ないのだろう。
それを皮切りに他の女子も口にし始め、あっという間に無くなってしまった。
パーティーへ持っていくつもりで作ったものだったが、この分だとオレが作ったものは消えて無くなりそうだ。いやむしろ、パーティーで振舞うのは一之瀬の作ったものだけの方がいいか。
「綾小路くん、すごいね!」
「めちゃ美味しいよ!」
心なしか、女子たちからの好感度が上がった気がする。
女子は甘いものが好きと言うが、本当だったのか。
女子たちがオレの作ったスイーツに舌鼓を打っていると、もう一度チャイムが鳴り、今度は男子連中がやってきた。
既に女子が多数いたので一之瀬との関係こそ疑われなかったが、逆にハーレム的な方向の嫉妬をぶつけられてしまった。
その後もぽつぽつと何人かが遅れて姿を見せ、メンバーが揃ったところでカラオケへ移動。
「それじゃあ、帆波ちゃんのお誕生日パーティーを始めまーす!」
「「うおおおお~ッ!!」」
網倉の音頭に全員で歓声を上げ、オレたちは一之瀬を祝うという名目で暗くなるまで騒ぎ通した。