Aクラスは、あまりいい雰囲気ではなかった。
先行したDクラスによって多くのスポットを押さえられてしまい、良質なベースキャンプを確保することができなかったためだ。
「葛城さん!」
「どうした」
1日目の夜。
葛城の詰めているテントへ戸塚が入ってくる。その表情から朗報が察せられた。
「Dクラスのリーダーが分かりました、綾小路です!」
「何? 何故分かった」
リーダーが誰かは最も隠すべき情報。こうも簡単に判明しては逆に怪しく感じてしまい、葛城は情報の出どころを聞いた。
「見張りが、あいつがキーカードを使うところを見たんですよ。多分点呼の直前で急いでたから、夜の暗さで分からないと高を括ってたんです!」
「なるほどな」
葛城は、1月で1000のクラスポイントを0にまで落としたDクラスのことを、無意識のうちに見縊っている。
なので『ポイント欲しさに安易な動きをしたのだろう』と、納得してしまった。
「よくやった。もうDクラスの占有しているスポットの見張りはしなくてもいいと伝えてくれ」
「いいんですか?」
「ああ。綾小路の行動から察するに、こちらの監視はバレていない。バレていたら流石にそんな軽率な行動はしないだろうからな。つまり、向こうにとっては見張りがいてもいなくても変わらないということだ」
「あっ、確かにそうですね。分かりました!」
戸塚がテントを出ていく。1人しか残っていないテントの中で、葛城はDクラスを嘲笑した。
「リーダーの暴走で、努力が無駄になったか」
そうしながらも、葛城は頭を回す。
考えるべきはこのまま現状維持でいいのか、という問題。
Aクラスが最終日まで現状維持した時の最終ポイントは270+66(スポット)+50(D当て)で386だ。
偵察によるとBクラスはスポットを1つしか獲得できていないので、消費を100程度に抑えられたとしても308ほど。Cクラスがリーダーを当てられれば150。
Cクラスは300ポイントを全消費しており、B、Dを当てられても100。スポット占有の有無は不明だが、たった数十増えてもAクラスの足下にも及ばない。
Dクラスは多数のスポットを獲得していたがそれは全て無に帰した。Bクラスと同じく消費を100に押さえられたとしても、A、Cクラスからリーダーを当てられて、残りは100。
圧勝だ。
「リスクを取り手を打つ必要は無い、な」
CクラスがBクラスのリーダーを当てられなかった場合だけBクラスと僅差になってしまうが、それでも負けるわけではない。
「Aクラスの勝利だ」
◇◇◇
Bクラスはスポットを1つしか占有できていない。
しかし、綾小路に譲られた場所が生活をする上では非常に有用だったので、クラスの雰囲気は明るかった。
そもそもBクラスは、この特別試験で積極的に勝ちを狙うつもりが無い。
なので、スポットをほとんど獲得できなかった時点から早々に意識を切り替え、なるべく節約しつつも楽しんで1週間を過ごすことに目的を変更したのだ。
「んー……」
「柴田、どうした?」
神崎は、点呼のため急いでベースキャンプに戻ってきた柴田が何やら悩んでいるところを見つけて、声をかけた。
「ああ神崎。いやな……さっき綾小路がキーカード使ってるとこ見ちまってよ」
「なんだと? 綾小路がリーダーだということか?」
「他の生徒がキーカードを使うのはダメなんだろ? なら綾小路がリーダーってことになるな。1人だったし」
「そうだな……だが、何故だ? キーカードの使用を1人でするなんて、リスクが高すぎる」
「いやほら、俺今、点呼のために急いで戻って来たじゃん」
「そうか……スポットの更新時刻が点呼前で急いでいたから、単独行動したというわけか」
「それに、もう暗いからな。見つからないと思ったんじゃないか?」
「なるほど……」
神崎も葛城と同様に、Dクラスの著しいポイント不足という背景を繋げて、綾小路の行動に納得してしまう。
「やったじゃないか柴田。お手柄だ」
「いやでもさ? 綾小路にはこのスポットを譲ってもらったわけだろ? 恩人なのにリーダーとして指名するのは……」
「柴田。Dクラスがここを譲れたのは、先行してスポットを獲得したからというだけでしかない。逆にオレたちが先に動いていれば、そんな恩は発生しなかったんだ。それにその譲渡も互いに利のある取引で行われたこと。つまり恩も何もない」
「……そうかあ?」
「そうだ。指名はすべきだ」
「んー……取り敢えず一之瀬にも相談しねぇ?」
「……そうだな」
神崎と柴田は、星之宮に点呼の協力をしている一之瀬の下へ。
状況を説明すれば、一之瀬は柴田と同じく首を横に振った。
「神崎くん、私たちがこの試験を過ごす上で決めたコンセプトは覚えてる?」
「……楽しむこと」
「そう。実際がどうかはともかく、私たちは綾小路くんに恩を感じてる。そんな相手を売るようなマネをして、気分の良くないポイントを獲得しても、私たちは勝ったと言えるのかな?」
「……」
「もちろんクラスのことを思えば、神崎くんの言うことは正しいよ。でも、Dクラスとは協力関係にあるし、綾小路くんがこのスポットを譲ってくれたのもその一環だと思うの」
「確かに、そうだな。俺の頭が固かったようだ」
「分かってくれてよかった。あそうだ、このことは皆には言わないでおこうね」
「ああ、分かった」
一之瀬に説得されて、神崎は不承不承といった雰囲気で頷いた。
これを機に、神崎は自クラスの雰囲気に不安を覚え始めることになる。
◇◇◇
2日目。
スポットの更新タイミングは4時、12時、20時。4時前から回る必要があるので、オレは3時半頃に目を覚ました。
もちろん辺りはまだ暗い。
オレは暗闇に目を慣らし、まだ誰も起きていないこの時間を利用して、女子の荷物がまとめてある一角へ近付く。
目的は伊吹のリュック。
クラス毎にリュックの色は異なるが、この暗さでは青と緑は判別がつきにくい。事前に位置を確認していたので問題は無いが。
「これは……デジカメか」
リュックを漁り、目的の物を発見する。
堀北の精神を追い詰めるためには、堀北が自分で管理しているキーカードを紛失しなくてはいけない。撮影では堀北が盗撮に気付かない場合もある。
なので、伊吹のデジカメを水で破壊した。拭き取れば証拠は残らない。
まずは伊吹に、堀北がキーカードを管理していることに気付かせ、その後盗む機会を用意しなければいけない。
しかしそのタイミングはなるべく遅い方が望ましい。キーカードを盗まれた後にそのまま証拠隠滅のため隠されてしまっては、ボーナスポイントを失う。
なので、この件で動きだすのは6日目頃になるだろう。
それまではAクラスのリーダーを探りながら、のんびり過ごすとしよう。
「おはよう、綾小路……」
スポット巡り組の中でこの早朝に起きられたのは、三宅だけだった。
「眠いところ悪いが、急ぐぞ」
「ああ、分かってる……」
まだ日も昇らない暗闇の中、懐中電灯の明かりを頼りに2人で15カ所のスポットを更新していく。
「三宅、このままAクラスが占有しているスポットも偵察しに行こう。隙があれば奪う」
「それは、危険だろ。もしリーダーがバレたら……」
「三宅。これはクラスメイトの誰にも言わないでほしいんだが、リーダーはバレてもいいんだ」
オレはリーダーすり替えの策を三宅に説明した。
三宅はあまり友人と話すタイプの男子ではないので、リスクは低い。
「なるほどな」
「ああ。だからチャンスがあれば、Aクラスに確保されているスポットは積極的に狙っていく」
「分かった」
「改めて念を押すが、すり替えは作戦の肝だ。誰にも言わないでくれ」
「ああ。ちゃんと分かってる」
Aクラスの更新タイミングは5時、13時、21時頃と、オレたちよりも約1時間遅い。
オレと三宅はAクラスが占有しているベースキャンプ以外のスポットのデバイスを確認して詳細な更新タイミングを知り、最も早いスポットのそばで身を潜めた。
「なあ、隠れる必要はあるのか? 堂々としていた方がAクラスは占有しずらいと思うんだが」
「まず、スポットのそばで
「そうか……でもこっちはリーダーがバレてもいいんだから、更新できるようになるまで牽制して、堂々と奪えばいいんじゃないか?」
「こっちから積極的にバラすことはできない。相手は『見抜いた』と思っているからこそ、そこで思考停止してこっちの作戦まで考えが及ばないんだ。こっちから開示したら、何が狙いなんだと考えさせてしまうだろ?」
「はー、なるほどなぁ。綾小路、お前頭いいんだな」
「実は、この作戦を考えたのは堀北なんだ。昨日は櫛田が皆に提案したけどな」
「堀北が……」
「オレは堀北に説明された通りに言ってるだけさ」
三宅とそんな風に話しながら、時間を待つ。
「そろそろだ。5、4、3……」
占有が終わった。その瞬間にオレたちは飛び出し、さっさとスポットを奪ってしまう。
恐らく、早朝・暗さ・方向感覚の不慣れなどが原因で遅れているのだろう。
「やったな!」
「次に急ぐぞ。全て奪ってしまおう」
「ああ」
そのまま、オレたちは7つのスポットをAクラスから奪った。
残念なことに、最後の方ではAクラスのスポット巡り組に先回りされてしまって、全てを奪うことはできなかったが。
昨日の時点で島の調査は終え、スポットの総数が28だと判明している。
このスポット強奪でAクラス5カ所、Bクラス1カ所、Cクラス0カ所、Dクラス22カ所となった。
そして、Aクラスのリーダー候補を数人にまで絞ることができた。戸塚、司城、鬼頭、吉田、石田、清水の6人のうち誰かだ。
「くそっ、Dクラスめ!」
「もうDクラスのリーダーは分かってるんだろ? そんなに気にする必要ねーって」
「だがAクラスの獲得できるボーナスポイントは減るじゃないか!」
戸塚と吉田がそんな風に話しながら、ベースキャンプへ帰っていく。
彼らがいなくなったのを確認して、オレと三宅は一息ついた。
「ふう。大戦果だな」
「ああ。恐らくAクラスは、ベースキャンプからスポットまでの道のりに慣れてなかったんだろうな。だから移動に時間がかかったんだ」
「つまり、この2日目だからできたことってわけだな」
「そういうことだ。ラッキーだった」
明るくなってきた森の中を、2人並んでベースキャンプへ向かう。
これで相手が女子だったらよかったのだが、しょうがない。
「これからどうするんだ? Aクラスが占有してるスポットに見張りでもつけるか?」
「いや、恐らくあの6人は変わらない。それ以上は絞れないだろう。だったら暫く何もせず、ゆっくり警戒心をほぐしていった方がいいと思う」
「そうか?」
「ああ。Aクラスに1つ、スポット占有デバイスが遠方から覗きやすいスポットを与えている。探りはそこを使うつもりだ」
「へえ。そこまで考えてたのか? それも堀北が?」
「ああ。他クラスのリーダーを探るため、覗きやすそうなスポットは占有せず残しておけとな」
「すごいな……」
堀北の評価を持ち上げながら、ベースキャンプに戻る。
三宅はまた少し眠るらしく、テントへ戻っていった。
オレは、既に起きていた堀北の下へ。
「はい、キーカード」
「ちょ、軽々に渡さないでちょうだい」
堀北は奪うように受け取り、ジャージのポケットに仕舞い込む。
「堀北。体調の悪いお前に頼みたいことがある」
「別に体調悪くなんてないけど、何かしら」
「あっちの方に、スポット占有デバイスを遠くから覗きやすい、Aクラスが占有しているスポットがある。タイミングになったらそこへ行って、Aクラスのリーダーを探ってほしい」
「なるほど、動かない仕事というわけね。他のスポットはいいの?」
「下手に移動させて、Aクラスに警戒されるきっかけになるリスクは排除したい。それに体調不良のお前には厳しいだろ」
「別に体調不良ではないけど、承ったわ。何時頃?」
「5時、13時、21時くらいだな。念のため1時間くらい前から待機してくれ」
「ええ」
堀北が頷いたのを見て、オレは彼女の下を離れる。
早く起きたついでにクラスメイトの朝食を用意して、オレは三宅と同じく仮眠をとることにした。
19話で綾小路が櫛田を呼んだ場面で、「リーダーすり替えは説明しないでくれ」と要求する描写を追加しました。