無人島での特別試験が終了した、すぐ後のこと。
オレは茶柱と話していた。
「見事だったな、綾小路」
「満足してもらえたなら、あの男が接触してきている証拠でも見せてください」
「私がお前のことを詳しく知っている。それが証拠だ」
それだけでは、あの男が高育にオレの退学を迫っている直接的な証拠にはならないが、どういうわけかオレが高い実力をもっていることを把握しているのも事実。
少なくとも、あの男の接触があった可能性は消えていない。
「いつか後悔しますよ」
「私の人生はとっくに後悔だらけだ」
茶柱を置いてその場を離れる。
オレはまだ動かなくてはならない。
だが、今回大量のクラスポイントを稼いだおかげで、暫くは猶予がある。いくつかのクラスポイント獲得機会を逃しても『今後のため』と言い訳が効く。
その間に堀北クラスを成長させ、オレが動く必要の無い環境を作れれば理想的だ。
よって引き続き、まずは堀北の意識改革を行わねば。
無人島での特別試験が終了した、その翌日。
「D……いえ、Cクラスは大勝利でしたね」
「そうだな。オレもびっくりしてる」
「私はすぐにリタイアしていたので、何が起こったのか詳しくは知らないんです。聞かせていただけませんか?」
オレは椎名と2人で話していた。
場所は、豪華客船の隅でひっそりと客を招いている和風のカフェ。立地と雰囲気の影響で生徒はあまり近付かないらしく、今も店内にはオレと椎名だけしかいない。
オレたちはその店のさらに隅で、隣り合って座っていた。
「オレもポイントの詳細は把握していないんだが───」
椎名とは1週間も会えなかったので、試験が終わってからすぐに連絡を取った。
「分かってることは、Dクラスは大量のスポットを掌握していたってことだな。そのおかげで多量のボーナスポイントが入ってきたし、占有するスポットを活用することで出費を抑えることができた」
「なるほど……では、どうしてDクラスはそんなにたくさんのスポットを独り占めできたのでしょう?」
「無人島に上陸する前、この船は島の周りを1周しただろ? あれがヒントだったみたいだな」
「そうなのですね……私、ずっと部屋で本を読んでいました」
「仕方ないんじゃないか? 特別試験だなんて、その存在すらオレたちは知らなかったんだ。そう警戒する方がおかしいだろ」
「しかし、思い返してみれば放送の文言には違和感がありました。Dクラスのブレーンの方はそこで警戒心を抱くことができたのですよね?」
残念ながら、椎名の言ったことは違う。
オレは茶柱の接触によって無人島で何かがあると分かっていたから警戒し、最初から無人島の外観から情報を得ようとしていた。放送は何も関係無い。
この点、オレは何も優れたことはしていない。ただ状況が異なっただけだ。
「あまり気にする必要は無い。次からの特別試験で勝ち上がっていけばいい話じゃないか」
「しかし、私のクラスが勝ち上がることは、綾小路くんのクラスが没落するということでもあります」
「それはもうしょうがない。試験では競い合っても、プライベートで仲良くしちゃいけないってことはないんだ」
「はい、それは綾小路くんの言う通りです。しかし今回の結果を受けて、龍園くんはかなりDクラスを意識しています。もしかしたら、今後こうして2人で会うことは難しくなるかもしれません」
「それは……寂しいな」
「はい、私も綾小路くんと疎遠になるのは嫌です」
椅子は動かないまま、椎名の肩が少しだけこちらへ寄った。
いや、もしかしたら錯覚かもしれない。心が近付いたと感じたことで、体が物理的に接近したかのように勘違いしたという可能性もある。
「もしそんな状況になったら、オレがなんとかする」
「綾小路くんが、龍園くんを?」
「直接戦うとは限らないけどな。椎名が悲しむことにはさせない」
「……ふふっ。まるで物語のヒーローとヒロインのようですね」
そんなつもりは、あった。
カッコつけたかったんじゃない。椎名の不安を払拭するための言葉選びをしただけ。
そういう思考経路は、確かに物語のヒーローと通ずるところがあるのだろう。目的はまるで異なるわけだが。
「オレは今回、リーダーを務めていたからな。もしかしたら椎名に、オレを探れというような命令が下るかもしれない」
「その時は……」
「その時は、オレには何も伝えず、素直に従ってくれていい。椎名がクラスでの立場を失うようなことになるのはオレも不服だ」
「ですがそれでは、私は綾小路くんと素直に付き合えなくなってしまいます」
「そうじゃない。後ろめたく思わなくてもいいと言いたかったんだ」
龍園から椎名へオレを探るように命令が下った時点で、椎名には命令を遵守するか、無視してオレに利するかの2択しかない。
ここでオレに味方してくれと言ってそうしてくれるなら、オレは他クラスの手駒を得ると同時に、その後彼女が龍園に追い詰められた際に心を救済することで依存させることを狙えるというものだ。
しかしそうはならない。椎名は理性的な生徒なので、オレに対し罪悪感を抱いたとしてもクラスを優先する選択をする。
結果が変わらないのなら、オレはクラスを優先しろと言うべき。
オレに味方してくれと言って断らせ、罪悪感を植え付けるという方針は、その後のオレと椎名の関係性を悪化させる可能性が高いと判断した。
「オレたちはクラスの垣根を超えた友人だが、互いのことよりもクラスを優先すべきなのは当然で、それは何も悪いことじゃない。もちろんオレも、そんなことで椎名を嫌煙したりはしない」
「それは、分かっているのですが……」
割り切れるものではない、か。
オレと違って、椎名は優しいからな。
「まだ起こっていないことで不安になってもしょうがない。この話はやめよう」
「そうですね」
オレは無人島での出来事を話した。
川で遊んだこと、初めて釣りをしたこと、島の探索で見つけたもの。
この特別試験で以前よりも話すようになった、三宅や長谷部、小野寺のことなど。
「私はほとんど部屋にいたんですが───」
椎名は意外と、同室の女子たちに誘われてプールに行ったりもしていたらしい。
「大勢で遊んだりすることは好まないのかと思っていた」
「好んではいませんよ。ただ特別嫌なわけでもありません。折角の機会ですしね。特別試験中で生徒が少ない間に、普段なかなか出来ないことはいくつか体験してみました」
椎名の1週間のことを聞く。
高級レストランへ赴いてみたり、ダーツやビリヤードといったこれまでは縁遠かったアクティビティ、劇やオーケストラの観賞など。
彼女の話はとても興味深かった。
なんと言うか、椎名が興味を抱く対象が、オレのそれと似通っているようなのだ。
「惜しいな。椎名と一緒に行きたかった」
「では、私が案内してあげますよ」
「頼んでもいいか?」
初めてのことを経験するのに、案内人や手本となる者がいることは素直にありがたい。
「ええ。綾小路くんのご予定は?」
「今日この後は用事があるんだ。明日でいいか?」
「はい。では楽しみにしていますね」
和風カフェで椎名と共に昼食まで済ませ、オレたちは別れた。
その後オレが訪れたのは、医務室だ。
いくつか並んでいるベッドの1つに、堀北が横になっていた。
彼女は伊吹との戦闘の後、6日目8時の点呼で茶柱に体調不良のため続行不能・リタイアを宣告されたらしい。
今回、堀北は何の役にも立っていない。
Aクラスのリーダーを知るチャンスを逃がし、伊吹にキーカードを盗まれDクラスリーダーの情報をCクラスに与えてしまった上、自分はリタイア。
オレの策略の下になかったら、逃したポイントは130にも上る。大失態だ。
もちろん、それは全てオレの仕組んだ精神的攻撃だったわけだが。
その効果は抜群だった。
「堀北、大丈夫か?」
「……」
オレがベッドの脇に腰を下ろすと、堀北は何も返事をしないまま寝返りを打って背中を向ける。
かなり落ち込んでいるようだ。
だが、このまま腐らせはしない。
「……ねえ、あの試験結果はどういうことなの?」
「どういうとは?」
今、この医務室には誰もいない。
「本当だったら、リーダーを当てられて-50ポイントの上、ボーナスポイントも無効になる筈だったでしょう。消費を抑えられていたとは言え、リタイア3人を含め150程度しか残らなかった」
「どうしてだか、分かるか?」
堀北により成長を促すため、簡単には答えを与えない。
「自分で考えろと? 生意気ね」
彼女はそれから少しの間口を閉ざした。
「ボーナスポイントが入っているということは、私たちのクラスはリーダーを当てられていないということよね」
「そうだな」
「けれど、私は伊吹さんにキーカードを奪われた。Cクラスは確実に、あなたがリーダーだと分かっていた筈よ」
「確かに」
「私の持っていたキーカードが偽物だった……ということかしら」
「残念ながら違う。あの試験でキーカードの偽物なんて用意できなかったろ。購入品のカタログにはそれらしいものも無かったし、他クラスのキーカードを盗むなんてこともほぼ不可能だった」
「じゃあどういうことなのっ」
堀北はやはり、少しだけ精神的に不安定になっているようだ。
「考えろ」
オレは冷たくそう言い放つ。
堀北はそれから暫く悩んでいたが、リーダーがオレだという固定観念から抜け出せないようだった。
「オレはリタイアしたぞ」
なのでヒントを与える。
「……もしかして、リーダーが交代していたの?」
すると、すぐに答えへ辿り着いた。
「そういうことだ」
「そのためにあなたはリタイアしたのね。確かに30ポイントなら安いわ」
「それだけじゃない。オレは他クラスに自分の正体をバラすように動いていた。Bクラスは指名しなかったようだが、CクラスだけじゃなくAクラスもオレを指名し外している」
「そんな……」
言葉も無いといった様子だ。
しかし、ここでオレとの差を痛感し絶望するようでは見込みは無い。
「堀北」
オレは彼女の肩を掴み、強引に顔をこちらへ向けさせた。
「ちょ、やめなさいっ」
反射的にオレを叩こうと振るった腕を掴み、押さえつける。
堀北は、表情こそ気丈にしているものの、瞳の奥には失意と諦念が渦巻いていた。
「このままでいいのか?」
「え……?」
「今、クラスメイトは全て堀北の功績だと思っているが、実際のお前は今のところ、ただの役立たずだ」
「いいわけないでしょう。この失敗は必ず取り返すわ」
「そうだ。そうしなければならない。お前にはその義務がある」
堀北の眼差しに、段々と熱が戻ってくる。
諦めへ向かっていた心に火がついた。
「オレは今回、必要性があったからクラスに手を貸した。だが今後は、今回ほど積極的に動くつもりは無い」
「どうして? あなたならAクラスに導くことも……」
「それはお前には関係無い。重要なことは、オレがフェードアウトする以上、次はお前がクラスを引っ張る必要があるということだ」
「……私には、あなたのようには出来ないわ」
「オレがお前を導く」
腕を掴んでいた手を動かし、堀北の手を握る。
肩を押さえていた方の手を離して彼女の目元にかかっていた前髪をどかし、真っ直ぐに視線を合わせた。
これはマッチポンプだ。
プライドの高い堀北の精神を追い詰め、そしてこの手で救い上げる。
この先も繰り返す。何度だって苦境へ追いやり、そしてオレが引き戻す。
「オレがお前を成長させよう。お前はお前の兄貴を超え得るポテンシャルを秘めている。そうして、お前がクラスを牽引するんだ」
やがて、堀北はオレに依存する。
オレの助言、オレの救済、オレの存在が無くてはならないものになっていき、決してオレから離れられなくなる。
「私が……?」
「そうだ。まだお前は孵化すらしていない。オレが高みへ連れていく」
上体をそっと抱き起し、まだ僅かに熱の残っているその体を優しく抱き締めた。
「ぁ……」
「お前の失敗を償う手助けをしてやる。その代わりに、オレに代わってクラスを導いていけ」
堀北を依存させるには、一方的な救いよりも、相互に利益のある関係としておく方がいい。
少なくとも表面上は。
「っ……」
堀北はじっと黙っていた。
オレを抱き返して自ら求めるでもなく、突き飛ばし拒絶するでもない。
ただ受け入れている。
それの意味するところは、オレという存在が堀北の深いところを侵し始めているということだった。