5/1。
Dクラスのクラスポイントは0に落ちた。
プライベートポイントの振り込みも0。減少を予想していたとはいえ、無くなるのは想定外だ。
オレは毎日のように友人と遊び歩いていたとは言え、日常生活のほとんどを無料商品で済ませていたので、貯金は半分以上残っている。
喫緊の問題は中間テストだ。今のところ、退学候補者が7人もいる。
この日の放課後、平田はクラスポイントを獲得するための話し合いを教室で開催したが、オレは茶柱に呼ばれて
職員室に入ると、茶柱がいないことを見回して確認し、近くの教員に声をかける。
「すいません、茶柱先生居ますか?」
「え? サエちゃん? えーっとね、さっきまでいたんだけど。ちょっと席をはずしてるみたい。中に入って待ってたら?」
「いえ。じゃあ廊下で待ってます」
廊下に出ると、今しがた声をかけた女性教師もひょっこりとついてきた。
「私はBクラス担任の星之宮知恵って言うの。佐枝とは───」
「あ、綾小路くーん」
オレが星之宮に絡まれていると、一之瀬が声をかけてきた。
「一之瀬、職員室に用事か?」
「そうなの、ちょっと先生にお話があってね。綾小路くんも呼び出されてたから、もしかして会えるかなと思って」
「あらあら~? 2人、仲良いの?」
「はい! 綾小路くんは友達ですよ!」
「───」
「あれ、綾小路くん? そこで黙られたら不安になっちゃうよ?」
「ああ、悪い。友達と明言されたのが、地味に初めてだったと思ってな」
もしかしてオレは、嬉しいと思っているのか?
確かにこの1カ月、オレは友人作りに奔走した。相手から友達だと明言されることは、これまでの努力が実った証明だ。
そう考えると嬉しさを感じてもおかしくないが、自分のことながら少々以外だった。
「一之瀬さんは綾小路くんのハジメテのお友達ってこと?」
「いえ……まあ、他クラスで初めての友人ではありますね」
「へえ~」
星之宮は何やら楽し気ににやけると、オレの腕を抱き寄せて耳元へ口を近付けてきた。
「実際のところどうなの? 一之瀬さんのこと気になってたりしない?」
「そりゃあ意識しないと言ったら嘘になりますよ。一之瀬は可愛いしいい奴ですから」
いや、恋愛的に意識してはいない。
ただ、恋愛に興味のない男だという話が広まると、女子からの恋愛的興味が向けられにくくなるだろうという打算で嘘を吐いた。
「えぇ~ッ! やっぱりそうなの!? こ、告白とかしないの?」
「しません。オレは友達がたくさん欲しいので。そういうのが広まると女子に遠慮されそうじゃないですか」
「ん-、まあそれはあるかもね。むしろ一之瀬に近付くな~って敵視されちゃうかも」
「安易に喋ったりしないですよね?」
「しないしない」
「何やってるんだ、星之宮」
突然、現れた茶柱がクリップボードで星之宮の頭をしばいた。
「いったぁ。何するの!」
「うちの生徒に絡んでるからだろ」
「絡んでません~。恋愛相談を受けてただけだから」
「えっ、恋愛相談!?」
「いやしてませんけど」
「あれっ、綾小路くん!? 裏切り者!」
どうしてか一之瀬が驚いていた。もしかして少しはオレに気があるのだろうか?
「もういいか? 待たせたな綾小路。ここじゃなんだ、生活指導室まで来て貰おうか」
「指導室って……オレ何かしました? これでも一応目立たないよう学校生活を送って来たつもりなんですか」
「口答えはいい。ついてこい」
「じゃあ一之瀬さん。私たちは職員室にでも行きましょうか」
「はい。またね綾小路くん」
「ああ、また」
茶柱は生活指導室に入ると、オレを隣の給湯室に押し込めた。
暫くすると生活指導室に堀北がやってきて茶柱に直談判。オレは入試の成績をバラされ、堀北に目をつけられてしまった。
「すぐに改善しなければならないことは大きく3つ。遅刻と私語。それから中間テストの点数で全員が、赤点を取らないこと」
Aクラスに上がるために動くことを決めた堀北は、現状をそう分析する。
「そこで───綾小路くんにも協力をお願いしたいの」
「オレが協力したら、堀北はこの中間テスト、Dクラスから1人の退学者も出さず乗り切れるのか?」
オレの、女子からモテるための計画の対象には堀北も入っている。何故って、見た目がいいから。
だが、堀北は他者を排斥している。そんなんでは人に恋する筈もない。
だから堀北を攻略するためには、彼女に人と繋がりをもつ意識を芽生えさせなければならない。
そのためには、この女の高いプライドを一度破壊し、自身が間違っていたと認めさせ考えを改めさせる必要がある。
「馬鹿にしているの? 私ならできるわ」
「そうか。なら協力してもいい」
恐らく堀北は失敗する。
やれることと言えば須藤ら赤点組の学力を上げること。つまり勉強会を開くことになるだろう。
だが、須藤を筆頭に、学力の低い生徒はそもそも勉強が嫌いでモチベーションがない。そして堀北の高慢な態度では、その点を改善させることができない。
堀北が態度を改めるならそれでよし。
自分にはできないと諦めるならそれでもいい。オレが今言った念押しのせいで、堀北のプライドに罅が入るだろう。
「じゃあ、考えがまとまったら連絡するから。その時はよろしく」
そして約1週間後。
その昼休みに平田が勉強会を開くことを宣言したが、須藤、池、山内の3人は参加を拒否した。
オレは堀北に呼び出され、堀北の開く勉強会にその3人を呼ぶように言われる。
「何か褒美を用意しないと無理だ。満点取れたら堀北と付き合うとか」
「死にたいの?」
「いや真面目に。何かモチベーションを用意しないとあいつらは動かないだろ」
「……私にはよく分からないわ。あなたがなんとかしてくれない?」
「じゃあ櫛田に協力を頼むか。櫛田が誘えば褒美とかなくても釣れる」
「それはやめて」
「なんでだ? お前、妙に櫛田を嫌ってないか?」
「あなたは自分のことを嫌っている人を傍に置いて不快に感じないの?」
「ん?」
櫛田が堀北のことを嫌っている?
とてもそんな風には思えないが……
「だが実際問題、櫛田は必要だ。他の女子じゃ効果が低くて確実とは言えない」
「……分かったわ。背に腹は代えられないもの。けど、櫛田さんの手伝いを認められるのは赤点組を集める作業だけ。勉強会に参加させることは認められないわ」
「だが残念。お前がそう言う前に、櫛田からは了承を取ってしまった」
「取り消して」
「そもそも現実的じゃないな。櫛田を使って集めるんだから、勉強中も櫛田がいないとモチベーションが保たれない」
「……はぁ。彼女は赤点組じゃないでしょう? 余計な人を招き入れるのは手間と混乱を生むだけよ」
「そうでもないと───」
「とにかく。私は櫛田さんが勉強会に参加することは認められないわ」
そう強く言って、いつの間にか昼食を終えていた堀北は立ち去っていった。
オレは櫛田にチャットを送る。
『櫛田が勉強会に参加しなくても、須藤たちを集めることは可能か?』
『あー、ちょっと遅かったね。今、池くんに、私も参加するからって言ってOK貰っちゃった』
『そうか。実は堀北が、櫛田が勉強会に参加することは認めないって言っててな』
『やっぱり反対されちゃったか』
『櫛田が堀北と接触できる数少ない機会だし、参加させる方法は考え付いている』
『おおっ、聞かせて!』
『3人の他にもう1人、赤点ギリギリの生徒を連れてきて、先に堀北にそいつの参加を認めさせる。その後に櫛田も実は学力が同じくらいなんだと言えば、論理的に拒否はできないだろう』
『すごい! 私の考えてた作戦とおんなじだよ!』
『そうか。ならその選ぶ生徒も任せていいか?』
『おっけー! 3人のことも任せてよ!』
その翌日の放課後。
櫛田は赤点組の他に
しかし、勉強のできなすぎる須藤たちにキレた堀北が凄まじい口撃を放って、勉強会は崩壊。
「1人の退学者も出さず乗り切れるんじゃなかったのか?」
「考えを変えたのよ。退学者を出さないことよりも、あの愚か者を処分しておく方がいいとね」
「違うな。お前はやらなかったんじゃなく出来なかったんだ」
「なんですって?」
「こう言い換えてもいいな。お前は自分の力量を過信して大言壮語をしていたんだと」
「面白いことを言うわね。彼らにやる気があれば赤点を回避させることなんて簡単に達成できるわ」
「面白いことを言っているのはお前だ。そもそもこれは如何に赤点組に勉強させるかというモチベーションの問題だろ? あいつらにやる気があったら平田の勉強会に参加して終わりだ」
「……」
「その他人を排斥する思考を、まず何とかしろ」
この程度のことが理解できない堀北ではない。
彼女のプライドには罅が入っただろう。その隙間に、無力という毒が染み込んでいく。
「じゃあな」
オレは堀北を沈黙させると、櫛田を追いかけた。散々な結果になってしまったことを謝罪するためだ。
ちらりと見えた彼女の後姿は、カツンカツンと階段を上っていく。
その後を追っていくと、櫛田は施錠された屋上のドアの前で立ち止まった。
「あ──────ウザい」
あの櫛田が発したとは思えないほど、低く重たい声だった。
「あー最悪。ほんっと、最悪最悪最悪。堀北ウザい堀北ウザい、ほんっとウザいっ」
誰にも聞かれない場所で悪罵を叫び続ける櫛田を見ながら、オレは頭を働かせていた。
見なかったことにして、これを知っていることを櫛田に知られないまま付き合いを続けるか。
それとも姿を現して新しい関係を構築する賭けに出るか。
前者なら友人関係は続けられるが、それ以上の感情を抱いてもらえる可能性は皆無だろう。
後者なら関係は確実に悪化するが、そんな中で信頼を勝ち取れれば恋愛に発展する可能性が残される。
俺は後者を選んだ。
ガンっ!
その時、櫛田がドアを蹴って大きな音を立ててしまい、焦って振り返る。
「……ここで……何してるの」
「櫛田を追いかけてきたんだ。今日、手伝ってもらったのに無駄になってしまったからな」
「あっそう」
迫って来た櫛田は左前腕をオレの首元にあてがい、壁に押し付けてきた。
「今聞いたこと……誰かに話したら容赦しないから。もし話したら、今ここであんたにレイプされそうになったって言いふらしてやる」
櫛田はオレの左手首を掴むと、なんと自分の胸を触らせようとしてくる。
しかしオレはそれを遮り、逆に櫛田の両手首を掴んで壁に押し付けた。
「きゃっ!」
「櫛田、取引しよう」
「……き───」
櫛田が悲鳴を上げようとしたので、口を押さえた。
「お前にオレの弱みを握らせる。その代わり、本当のお前のことを教えてほしい」
櫛田のことを知らなければ、信頼なんて築けない。
口元から手を離しても、櫛田はもう叫ばなかった。
「……弱みって?」
「櫛田は今、胸元の指紋でレイプの証拠にしようとしたんだろう? なら、オレが櫛田を犯そうとしているような写真を撮らせてやる」
「はぁ? そんなことしてなんの意味があんの?」
「オレはお前の信頼を得たいんだ。そのためにはお前よりも下の立場に落ちる必要があるだろ」
「……信頼って、なんで」
「櫛田のことが好きだからだ」
「───はァ!?」
もちろん本心は違う。
しかし、モテたいからだ、などと言えば、櫛田に渡す弱みが2つになってしまい、より軽度なこちらを広められてしまう可能性がある。
この嘘なら、櫛田も『綾小路くんって私のことが好きなんだって~』などと吹聴することはできないだろう。
「オレは誠意を見せているんだ。この弱みのこともそうだし、さっきのドアを蹴っていた時の様子を撮影や録音するなどせず、証拠を残さなかったこともそう。お前を陥れる意図は無いと伝えたいんだ」
「…………本当に誰にも言わないのね」
「約束する。契約書なんかに残してもいい」
「…………私のカラダを要求したりもしない?」
「もちろん。オレはお前に好かれたいんだ」
信用させるために迷いのない口調で断言すると、櫛田は少し頬を赤らめながら、頷いた。
「じゃあその写真撮ろ。そうしたら信用してあげる」
「ありがとう」
オレは櫛田を信じていると示すために躊躇無く彼女から離れる。
踊り場の内側の手摺りの真下に携帯を立てかけ、カメラのセルフタイマーを起動した。
「抵抗してくれ」
「うわ、きゃっ!」
オレは櫛田を優しく床へ倒すと、のしかかり、左右の手で櫛田の両手を押さえつけた。
櫛田は演技なのか本気で怯えているのか、足をバタバタと暴れさせる。
本当にこのまま手を出すことも可能ではあったが、当然そんなことはしない。
パシャリと音が鳴ると、オレは即座に離れた。
「すまない、怖かったか?」
「……別に」
オレは携帯を回収し、撮影した写真を櫛田へ送った。
しっかりと、踊り場から覗いた第三者が撮影したかのように見えている。
「じゃあ約束だ。本当の櫛田のことを教えてくれ」
「はぁ。それ、写真を渡す前に要求することでしょ」
「信頼のためだ」
「分かった」
そうして櫛田は語った。
どんなに嫌いな相手からでも信頼を集めることが自分の存在意義を満たしてくれるのだと。
「……そうか。不愉快な話じゃなくてよかった」
「は?」
「櫛田は信頼を得るため、誰かを陥れているわけではないんだろ?」
「……まあ、それはそうだね」
「ならオレがお前に思うことはない。むしろオレには決してできないことをしている点に尊敬を覚えるほどだ」
実際には、櫛田がどんな悪辣な手段を使っていても、オレはどうとも思わなかっただろう。
だがこういう風に理由付けをすれば、櫛田も納得しやすい。オレの言葉を受け入れやすい。
「ッ……それは、私がまだ全てを語ってはいないからだよ。私が起こした事件を知ったら、そんなこと言えなくなる」
「じゃあ教えてくれ」
「絶対に言わない」
「オレが櫛田のことを知りたかったのは、隠し事を排して信頼を作る土壌を整えるためだ。その事件のことを隠しているせいで櫛田がオレの言葉を信じられないと言うのなら、今本性を語ったことがまるで無意味になるぞ」
「……ちっ…………」
「櫛田。何度も言うが、オレはお前の味方だ。決して陥れることはない」
オレは言葉だけでなく行動でも示している。いくら感情で納得できずとも、もう実際的に櫛田はオレの上に立っているのだ。
それを理解できない少女ではない。
「はぁ、分かったってば」
中学生の櫛田は演じるストレスをブログで発散していたがそれがバレ、敵になった同級生から自衛するために真実をぶちまけた。
「なるほどな」
「誰かに言ったら殺す」
「櫛田の演技は、凄まじくストレスを溜めるんだな」
「そうだけど?」
「ならオレは、そのストレスの
「何? ぶん殴られてくれるの?」
「ブログを使っていたんだろ? つまり誰かに聞いて欲しかったってことだ。オレがブログの代わりになる」
「……………………別に、いらない」
櫛田は長い沈黙の後、まるで認めたら負けだと思っているかのように、小さく拒絶した。
「オレが櫛田を害することはない。それだけは念を押させてくれ。それじゃ、また明日な」
オレは櫛田をその場に残し、階段を下りていった。
ストレスの部分は、ラッキーな要素だったな。
おかげで、互いを嫌煙し距離を取る仲ではなく、接点を作ることができそうだ。