モテたい小路   作:エゴエロエゾロン

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6. 密会、密会

 その夜。

 

 オレは寮から出ていこうとする堀北を見かけ、その後を付けた。

 

 堀北は夜闇の中、寮の裏手で足を止める。

 

「鈴音。ここまで追って来るとはな」

 

 そこにいたのは、生徒会長にして堀北鈴音の兄、堀北学だ。

 

「もう、兄さんの知っている頃のダメな私とは違います。追いつくために来ました」

 

 堀北は、優秀な兄に認められるために高育へ入学してきたということらしい。

 

 それに対し、堀北兄は頑なに妹を認めない。いや認めないというよりも、既に興味も無いといった様子だ。

 

 堀北兄が妹の腕を取り、投げ飛ばそうとする。

 

 オレは姿を現し、生徒会長の手を掴んでその蛮行を止めた。

 

「───何だ? お前は」

 

「あ、綾小路くん!?」

 

 止めない選択肢もあった。

 

 堀北妹の心を折るなら、止めない方がよかったかもしれない。

 

 だが、精神的ダメージはそれまでの兄による否定で十分だと判断した。

 

 何より、ここを逃がせば介入するタイミングを失う。オレの最終的な目標は、堀北妹と仲を深めることなのだから。

 

「盗み聞きとは感心しないな」

 

 堀北兄は容赦なく手を出してきた。

 

 鋭い裏拳、急所を的確に狙う蹴りを躱し、掴もうとしてきた手を(はた)くようにして流す。

 

「いい動きだな。立て続けに避けられるとは思わなかった。それに、俺が何をしようとしたのかも、よく理解している。何か習っていたのか?」

 

「ピアノと書道なら」

 

「お前もDクラスか? 中々ユニークな男だな、鈴音」

 

 堀北兄がゆっくりとこちらへ向き直る。

 

「堀北と違って無能なんでね」

 

「鈴音、お前に友達が居たとはな。正直驚いた」

 

「彼は……友達なんかじゃありません。ただのクラスメイトです」

 

「相変わらず、孤高と孤独をはき違えているようだな」

 

 堀北兄は、妹のその返事で彼女を完全に見限ったようで、もう背を向けていた。

 

「上のクラスに上がりたかったら、死に物狂いで足掻け。それしか方法は無い」

 

 最後にそう言い残し、堀北兄は去っていく。堀北は壁際に座り込んで俯いてしまった。

 

「最初から、聞いていたの……? それとも偶然?」

 

「半分偶然だ。お前が寮から出ていくところを見てな」

 

 そう答えると、堀北はまた黙り込んでしまう。

 

「死に物狂いで足掻けとさ。もう勉強会はいいのか?」

 

「……ええ。私の判断は変わらないわ。彼らを処分した方がいいって」

 

「意地になってるな。冷静に考えろ。須藤たちを退学にすることのデメリットを」

 

「ペナルティがあるかもしれないと言いたいの? だったらむしろ、クラスポイントが0である今のうちに処分しておくべきね」

 

「本当にそう思ってるか? お前はそこまで頭が悪くないだろ」

 

「……」

 

「そうだな、シンプルに考えて体育祭はクラスポイント獲得のチャンスである可能性が高い。なら須藤を失うことは大きなデメリットだ。この学校が学力だけで生徒を測っているわけではないことから、お前と違ってコミュニケーション能力をもっている池や山内が役に立つ可能性もある。それと根本的に、これからクラス間の争いが激化していくことが予想される。もしかしたら、人数が少ないということ自体が不利な要因になるかもしれないな。それに───」

 

「分かった、分かったわ。確かにあなたの言うことは概ね正しいと認めましょう」

 

 堀北もこの程度のことには自分で気付けただろう。

 

 だがその高いプライドのせいで、自分の判断が誤っていたと認めたくなく、見て見ぬふりをしようとしていたのだ。

 

「でもまだ腑に落ちないことがある。あなたはなんのためにそこまで必死になって私を説得するの?」

 

「……なるほど、そう来たか」

 

「人を説く以上、説く人物に説得力が無ければ、ずる賢い理論も破たんする」

 

「……そうだな、堀北が知っているかどうか分からないが、オレはこの1カ月、友人作りに奔走した」

 

「ええ。毎日のように誰かと遊んでいるようだったわね」

 

「まず1つは、プライベートポイントが欲しい。これまで支給額の詳細が分からなかったから、生活のほとんどを無料商品で賄ってきたんだ。流石に辛い」

 

「友達付き合いのためにそこまで? 理解できないわね」

 

「もう1つは『Dクラス生徒』の価値を上げるためだ。茶柱も言っていただろ、オレたちは不良品だと」

 

「そうね」

 

「オレたちは今、見下される立場だ。早急に持ち直さないと、友人作りに悪影響が出る」

 

 今言ったことは、間違いではないが本意でもない。

 

 本当のところは、堀北の性格的欠点を解消し、オレに心を許す基礎を築くためだ。

 

「……なるほど、納得したわ」

 

 プライドの高い堀北は、見下されている現状への不満に共感する。すると、それ以上疑うことはない。

 

「まさか、綾小路くんに言いくるめられるなんてね」

 

 そう言って、堀北はオレに向かって手を差し伸べてきた。

 

「私は私自身のために須藤くんたちの面倒を見る」

 

「お前がそうして他人へ心を開こうと努力する限り、オレはお前に協力することを約束しよう」

 

「契約成立ね」

 

 オレは堀北の手を取った。

 

 

 

 

 

 

 部屋に戻ってくると、中から話し声がした。

 

「あ、おかえり。遅かったね」

 

 初めに声をかけてきたのは松下だ。

 

 その他に、平田、軽井沢、佐藤がオレの部屋に集まっていた。

 

「自販機に行ってたんじゃないのかい?」

 

「いや、ちょうど堀北と会ってな。説得していた」

 

 オレはカーペットに座ると、戻ってくる時に購入したジュースのキャップを空けた。

 

 4月中は節約で禁欲の日々を送っていたから、5月に入ってからはこういった嗜好品をよく手に取ってしまう。

 

「綾小路くんがジュース飲んでるのって、なんか新鮮かも」

 

 そういう松下や他2人の女子は、男子と別れてベッドに座っていた。

 

 今床に敷かれているカーペットも、オレの部屋に人が来るようになったから買ったものだ。

 

「4月は水だけだったからな」

 

「それで、堀北さんを説得したって何の話?」

 

 そう聞いてきた佐藤は少し気まずげだ。さっきグループチャットで勉強会の話題になり、堀北のことを散々貶していたからな。

 

「態度を改めろって話だ」

 

「そーだよね! いっつも桔梗ちゃんに冷たくして生意気だもん!」

 

「そうだな。だが性格面が改善されれば、あいつはDクラスのリーダーになれる」

 

「リーダーって堀北さんがぁ? 平田くんか櫛田さんでよくない?」

 

 軽井沢の苦言に、平田は首を横に振った。

 

「いや、僕はリーダーってガラじゃないよ」

 

「堀北さんよりいいんじゃないの?」

 

「今の堀北さんじゃダメだけど、性格が改善されればリーダーに適しているってことでしょ?」

 

 松下が軽井沢へ分かりやすく説明してくれる。

 

 彼女と平田は頭の回転が早いから、オレが口を動かさなくても話が進むので楽だ。

 

「えー? 平田くんの方がいいよ~」

 

「あーそうだな、例えばだが、平田は多数決とかあまり好きじゃないだろ」

 

「うん。少数派の人たちが切り捨てられてしまうからね。できれば妥協点を探りたいと思うよ」

 

「確かにそう考えると、平田くんはリーダー向きじゃないかもね」

 

「どういうこと?」

 

「リーダーには決断力が必要って話だよ。時にはどちらかを見捨てなきゃいけないかもしれないでしょ?」

 

「そういうことだ。この点は櫛田もあまり長けているとは言えないからな」

 

「だから堀北さんってことね。確かにダメな人はどんどん切り捨てそうだし」

 

 平田と松下は分かっていたが、軽井沢も軽薄なギャルに見えて知力は相当に高いようだ。

 

「そこまで深く考えていたわけじゃないんだけどな。説得っていうのは、退学者のペナルティが怖いから、堀北にまた勉強会を開くように言っていたってことだ」

 

「それが性格の矯正に繋がるから?」

 

「結果的にそうなるかもしれない」

 

「なら僕たちも、その勉強会に協力するよ」

 

「いや、やめといた方がいい。堀北は大人数を煩わしいと思うだろうし、赤点組も女子に人気な平田を敵視してるからな」

 

「そっか……」

 

「平田は他の赤点組を気にしてくれ。須藤たちはオレたちでなんとかする」

 

「分かったよ」

 

 それから少しの間雑談をして、オレたちは解散する流れに。

 

「そろそろ部屋に戻ろうか」

 

「そうね」

 

 オレが平田と松下のコップを回収すると、軽井沢も佐藤の使っていたものを集めて立ち上がっていた。

 

「ありがとう」

 

「5個は多いでしょ」

 

 受け取ろうと手を出したが軽井沢はオレに渡さず、直接台所へ向かって行く。

 

 その途中、彼女はスッ転んだ。

 

「きゃっ!」

 

 あまり高価なカーペットではないので、滑り止めが弱いのだ。

 

「おっと」

 

 オレは軽井沢が体勢を崩す直前にカーペットの歪みを察知していたので、ぎりぎり、後ろから抱き寄せるような格好で助けることが間に合った。

 

 軽井沢の持っているコップが3つでなくてよかったな。

 

「あ、ありがと」

 

「悪いな、安物のカーペットを使っていて」

 

「そ、そうよ。もっといいのに買い変えたら?」

 

「残念ながらプライベートポイントに余裕が無い」

 

「綾小路くーん? 彼氏持ちの女の子に近付ぎないかなー?」

 

「そうだった。すまない平田」

 

「いやいや。綾小路くんは軽井沢さんを助けてくれたんだから、むしろ僕がお礼を言う立場だよ」

 

 軽井沢から離れる際に彼女の持っていたコップ2つを回収しシンクに置いて、オレは手を振りながら4人を見送った。

 

「忘れ物~」

 

 と思ったら、松下だけが1人戻ってきた。

 

「何を忘れたんだ?」

 

「え、んー……綾小路くんと2人で話せる時間、とか?」

 

「なんだそれ」

 

 松下はさっきまでと同じく、ベッドの縁に腰掛けた。

 

 何やら話したいことがあるようなので、オレも床に腰を下ろす。

 

「いやこっち来なよ。2人なのに目線に差があるとなんだか変な感じするからさ」

 

「松下がいいなら」

 

 オレは松下の隣に座り直す。

 

「ねえ、さっきの堀北さんの話、本当はどこまで意図してたの?」

 

「順に並べれば、まずクラスポイントを増やしたいと考えていた。そしてこの先他クラスとの争いが激しくなっていくことを予想すると、Dクラスにはリーダーがいないことが致命的な弱点になる。堀北をその候補に挙げたのは5/1時点だ」

 

「えっ、そんな早くから?」

 

「ああ。でもさっき言ったように、今のあいつではリーダーなんて務まらない。それを改善するためには、あいつに手痛い失敗をさせて、自分が正しくて優れているという傲りを壊してやる必要があった」

 

「今日の勉強会の失敗は綾小路くんが仕組んだってこと?」

 

「何も仕組んでなんていない。あいつが自分から、自分にできないことをやろうとしただけだ」

 

「そうなるって分かってて、何も助言とかしなかったんでしょ?」

 

「それはそうだけどな。で、堀北はさっき、兄と会っていたんだ」

 

「生徒会長だね」

 

「ああ。堀北は兄を追って高育に入学したが、堀北兄は妹を認めていないようでな。手酷く否定して、妹の心にダメージを与えてくれた」

 

「そのタイミングで説得したと」

 

「そういうことだ。運がよかった」

 

 生徒会長との一件がなかったら、堀北を説得するのは相当に骨が折れただろう。

 

「これを話したことは誰にも言わないでくれよ? バレたら堀北に殺される」

 

「もちろん、分かってるよ」

 

「それで、これが聞きたくて戻って来たのか?」

 

「うん、まあそうかな」

 

 用は済んだ筈なのにまだ去る気はないのか、松下は上体を倒してオレのベッドに寝転がる。

 

「そんな無防備でいていいのか?」

 

「何かしちゃうの?」

 

 これまでの約1カ月、松下とはかなり親しくなったと思う。

 

 大人数はもちろん、2人で出かけることも何度かあった。

 

 そしてその間、オレは松下に一度も接触していない。

 

 不用意な接触は嫌がられるリスクがあるし、周りに交際していると勘違いされるリスクもある。またその勘違いを否定したとき、交際していない女子に触れていたという醜聞になる恐れもある。

 

 だから常に一定の距離を置いていたのだが、そのせいで異性への興味が薄い人間だと思われたのかもしれない。

 

 ……いや、間違っていないけどな。

 

 ただ、その評価がどう働くのか、読み切れない。

 

 安心できる男と思われメリットになるのか、その代わり恋愛対象から外れデメリットとなるのか。

 

「信用されるのは嬉しいけどな」

 

 オレは松下に覆い被さった。

 

 まるで押し倒しているような体勢。

 

「え……?」

 

 松下は考えの浅い女子ではない。オレが欲情し襲い掛かるリスクも頭の片隅にはある筈。

 

 その上でこんな行動に出ているということは、受け入れる心づもりがあると見ていい。

 

 そして、そんな気持ちでいるならば、全く興味を示さないことはむしろマイナスになる可能性が大だ。

 

「オレは友達付き合いを大切にしていたから、松下はオレが安全な奴だと勘違いしてしまったのかもしれない」

 

「勘違いっていうか、その……」

 

 松下の細い手首を掴んで、軽く体重をかけ押さえつけた。

 

「オレにだって性欲はある。松下のような可愛い女子に誘うようなマネをされたら、つい手を出してしまうかもしれないぞ」

 

「いや、えっとその、ちょっと待って……」

 

 松下は頬を真っ赤に染めて、視線を横に逸らす。

 

 ……さて、ヤる覚悟を決められたら大変だ。応えなくてはいけなくなるからな。

 

 その前に、オレは松下から離れた。

 

「冗談だ」

 

「……ぇ?」

 

「無理矢理迫ったりしない。松下とは良好な関係でいたいからな」

 

「…………」

 

「松下があんなことを誰にでもやるとは思っていないが、例えオレが相手であっても、軽々に揶揄って誘惑するようなことはやめた方がいい」

 

「ふん!」

 

「痛ッ」

 

 松下は、再び隣に座ったオレの脇腹を、強烈に突き刺してきた。

 

「この、このっ!」

 

「痛い、痛い。悪かった。もうしない」

 

「そうじゃない!」

 

「ぅぐッ!」

 

 い、いいところに入った……無抵抗だったからな。

 

 オレは暫くそのまま、松下の羞恥を誤魔化す暴力に付き合った。

 

「はぁ……私も帰るね」

 

「ああ。また明日」

 

 落ち着いた松下を改めて見送る。

 

 ドアの閉まり際に覗いた視線は、嫌悪を含んでいないように感じた。

 

 よかった。かなりリスクの高い行動だったからな。ともすれば、1カ月積み重ねた信頼を一発で失いかねなかった。

 

 その後シャワーを浴び、明日の堀北がどうするのかを考えながら、オレは就寝した。

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