中間テスト前々日。
この日の夜、オレは部屋で、みーちゃんと2人で勉強をしていた。
「綾小路くん、この問題はどう解けばいいのかな?」
「ええと、ここはだな───」
みーちゃんとの勉強会を開くに当たって、オレは学力を抑えていることを明かした。
隠しているままだと、オレは分かっていることを教わり、みーちゃんは気付かず無駄な授業をすることになってしまう。
それは普通に時間の無駄だ。
だが本意はそこじゃない。秘密共有効果、親密圧力効果───つまり、秘密を明かすことで特別感を抱かせ仲を深めることができるという心理学的な効果を狙ったのだ。
『みーちゃん、これは他の人には秘密にしてほしいんだが』
『どんな話?』
『実はオレは、意図的にテストの点数を低く抑えているんだ。本当はどの教科でも満点を取ることができる』
『えっ、そうだったんだ。どうしてそんなことを?』
『初めは単に、目立つのが嫌だからだった。だがクラスポイントというシステムが明かされた今は、自衛のためだ』
『自衛?』
『この先、クラスポイントの争奪戦がどのような形で行われるのかは分からないが、可能性として、他クラスの優秀な人材を追い詰め蹴落とすといったような手段が用いられることは否定できない』
『学校なのに、そんなことあるのかな……?』
『高育側がどんな場を用意するのかは不明だ。しかし、例えばCクラスの龍園はそういった方法を取りかねない。Bクラスは既に被害を受けていると聞いたしな』
『そっか……私もそうした方がいいのかな?』
『いや、やめといた方がいい。普通に成績が下がるぞ。オレは成績も、Aクラスでの卒業もあまり興味がないからこんなことができるんだ』
『あ、そっか……』
『悪いな、なんだか騙していたようになってしまって。でも一緒に勉強をするとなったら、明かさないわけにはいかなくてな』
『ううん、全然気にしてないよ。むしろ、打ち明けてくれて嬉しかったので』
『これを話したのはみーちゃんだけだ。他クラスはもちろん、Dクラスの生徒にも言わないでくれ。堀北や幸村から怒られるだろうからな』
『うん、絶対言いません!』
数日前、こんな会話があった。
それから、オレはもっぱら教師役だ。
みーちゃんが勉強している横でオレは、どの知識をどの学年のどの時期に習うのか、そしてどんな問題の正答率が低いのか、ということを調べていた。
もちろん点数調整のためだ。
「解けました!」
「……正解だ。途中式にも不足はない。みーちゃんは理解が早くて、教え甲斐があるな」
「えへへ」
オレは元々、人に勉強を教えるのが得意ではなかった。
何故理解できないのかが理解できないからだ。
だが、みーちゃんは頭がいいので、オレの拙い説明で答えに辿り着いてくれる。
オレは彼女のおかげで、教える楽しさというやつを学んだ。
「綾小路くん、すごいね。まだ授業でやってないところなのに」
「先に習う機会があっただけのことだ。調べてみたら、オレは既に高校で習う範囲は既に修了しているらしい」
「ええっ、本当に!?」
「ああ。自分が勉強しているのがどの学年の範囲かなんて知らなかったからな。オレも驚いた」
みーちゃんは予習もばっちりな優等生なので、中間テストの範囲はとっくに終わっている。彼女は過去問がなくても高得点を取れるだろう。
「あ、もうこんな時間。私、そろそろ帰るね」
「ああ。また明日」
翌日───中間テスト前日。
櫛田が過去問をコピーし、Dクラスの面々に配布した。
これには、堀北も櫛田の功績を認めないわけにはいかないようで、素直に褒め言葉を口にしていた。
「ありがとねっ、綾小路くん!」
「いや、実際に交渉して手に入れたのは櫛田だからな。胸を張って称賛を受け止めたらいい」
この日の放課後は過去問を暗記するだけの時間なので、みーちゃんとの勉強会はなし。
そして、中間テスト当日。
須藤が教室でも、必死になって机にかじりついていた。
「須藤、お前もしかして……過去問勉強しなかったのか?」
「英語以外はやった。寝落ちしたんだよ」
それを聞いて、堀北が即座に動き出す。
「須藤くん、点数の振り分けが高い問題と答えの極力短いものを覚えましょう」
堀北が須藤の隣に座ったのと同時に、オレは松下、みーちゃん、平田にチャットを送る。
『須藤の英語が危うい。赤点は平均÷2の可能性があるから、自分が赤点にならない程度に点数を下げてくれないか?』
『おっけー』
『分かりました!』
『クラスの皆にも呼び掛けた方がいいんじゃないかな?』
『須藤は嫌われてるから、大半は認めないだろ。それに過去問があっても危うい生徒はいる。邪魔すべきじゃない』
『そうだね、分かったよ』
平田たちとのチャットを終える。
「私も50点くらいに調整するよ!」
横からオレの携帯の画面を覗き込んでいた櫛田が、フンスと意気込んだ。
「ああ、頼む」
そして、結果発表の日。
クラスメイトの大半は驚いたことだろう。
過去問のおかげで高得点が約束されていたこの試験で、平田や堀北など高学力の生徒の英語の点数が、軒並み50点台に揃っていたのだから。
赤点ラインは、平均点75.1÷2=『37.55』。
最低点の須藤は39点だったので、無事、中間テストを乗り切ることができた。
一夜明けたその夜。
何故かオレの部屋にクラスメイトが集まっていた。
元赤点組の3人に、堀北と櫛田。そして平均点下げに協力してくれた平田、松下、みーちゃんの8人がいる。
「なあ、なんでオレの部屋なんだ?」
「俺も須藤も山内も、部屋散らかってるもん。女子の部屋だと遅くまで集まれないし」
「遅くまでいるつもりなのか……」
オレは嘆息したが、その心配は杞憂に終わった。
平田が早めに解散させてくれたからだ。
元赤点組の3人を連れて平田が出ていった後、オレは部屋に残っている平均点下げに協力してくれた櫛田、松下、みーちゃんに礼を言った。
「ありがとう、協力してくれて」
「あら、あなたが声をかけていたの? 私はてっきり櫛田さんかと思っていたのだけど」
堀北が首を傾げる。
今回はかなり急なことだったので、櫛田に任せる手間を取らず、手っ取り早くオレから連絡をしてしまった。
「あなたも赤点の計算方法に気付いていたのね」
「小テストの時、微妙な数字だと思ったからな。まあ、たまたまだ」
オレは改めて堀北以外に頭を下げる。
「今回は助かった。何か礼をしよう」
「ううん、綾小路くんが気にすることじゃないよ」
「須藤くんがするならまだしもね」
「うん、気にしないで」
「……ねえ、なんだか私にだけ感謝の意思が向けられていない気がするのだけど」
床に座り本を手にした堀北が、上目遣いになって睨んでくる。
「オレがお前に協力する立場だろ? つまり堀北の方がオレに感謝すべきだと思うんだが」
「須藤くんの退学という危機に直面していたのはあなたも同じじゃない」
「そうだな、つまり対等だ。だからオレはオレが声をかけたこの3人と平田に礼をする」
「……まあ、別にあなたからの感謝なんて欲しくもないけれど」
堀北はパタンと本を閉じると、自分の荷物を持ち、何も言わずに部屋を後にした。
「ちなみに、お礼って何してくれるつもりだったの?」
松下が聞いてくる。
「いや、具体的には考えていなかった。昼食を奢るとかか?」
「プライベートポイントを使わせるのは気が引けるって。今度また遊びに行こうよ」
「喜んで」
「じゃあ私も行こうかな」
「あっ、私もいいですか?」
松下の案に、櫛田とみーちゃんも乗っかってくる。
「なら今週末に集まるか。後で平田にも声をかけておく」
平日放課後の短い時間では、礼として相応しくないだろう。
「う、うん。お願いね~……」
そんな約束をして、3人は自分の部屋へ戻っていった。
松下は最後、微妙そうな表情をしていたが、何か言いたいことがあったんだろうか。
原作の平均点=79.6。
79.6×40=3184 ←Dクラスの合計点(原作)
平田、松下、みーちゃん、櫛田の点数が原作から変わって100→55くらいに減少したので、計-180。
3184-180=3004
3004÷40=75.1 ←今作の平均点