女トレーナーと幼馴染スティルインラブのIF 作:IGLOO(いぐるー)
ハーメルンは初利用なので、おかしなところがあればご指摘いただけると幸いです。
「ほら、スティル。お隣のお姉ちゃんよ。ご挨拶できる?」
「えっと、はじめ、まして…?スティルインラブ、です。」
「はじめまして、スティルちゃん。」
初めてスティル会ったときは、何て可愛い子なんだろうと思った。色白で、鮮やかな栗毛を伸ばした人形のような子。そして魅入られるような紅い瞳。一目で彼女に惹かれていた。
そんなスティルのことは昔から妹同然に可愛がってきた。また、少し年が離れていることもあって、彼女も私のことを姉のように慕ってくれていた。ただ少し依存しがちというか、引っ込み思案なところも相まって、何をするにしてもどこへ行くにしても私が居ないといけない時期があったくらい。だから彼女の家の旅行なのに私が付いていくこともあったし、逆にうちの遠出に彼女が付いてくることもあった。スティルのご両親は初めの頃こそ申し訳なさそうにしていたけれど、だんだん慣れて、もうお互いどちらの娘でもあるくらいには慣れたものだった。それにそもそもスティルが懐いてくれていたのはとても嬉しかったから、なにも苦では無かった。家族ぐるみでそういう関係だったのもあって、スティルが少し大きくなってからは2人でどこかへ行くことも増えた。買い物、映画、動物園、水族館、遊園地…。私は学校の友だちも普通に居たから、その子たちと遊ぶことももちろんあったけれど、スティルはそうじゃなかった。友だちらしい友だちは居なく、誰かと何かをするとなると、必然両親か私か。
そんなスティルには1つ特殊な体質、と呼べるものがあった。彼女はとにかく気付かれない。比喩的な影が薄いとかではなくて、本当に存在感が無い。そこに居るのにわからない、肉眼で捉えているはずなのにわからない。レーダーに映らないステルス機なんて比にならないくらい。それに気付いたのは、というかそういう体質になったのは彼女が少し大きくなってからだったと思う。最初は、私の家族がそこに居るスティルを探している、という違和感から始まった。他には、何人かで鬼ごっこをしていてもタッチされないだとか、順番待ちで彼女が返事をしても気付かれないだとか、そういったことが積み重なって、彼女の特異性を認識することになった。
そんなスティルを見つけるのは決まって私だった。日差しに弱い体質もあって、休みがちな彼女が“行方不明”になることはたまにあって、そんなときは決まって私が見つける。自分が捜索されていることを知らないスティルは私を見ると嬉しそうに、「あれ、お姉ちゃん、なんでここに居るの?」なんて言ったりした。いつからそうなったのかは覚えていない。少なくとも出会った当初はそんなことは無かった気がするけれど…。そういうこともあって余計引っ込み思案になった彼女が、彼女自身の意志でこれがやりたいと言い出したのがレースだった。
いつだったか、トゥインクルシリーズのレースを観に行ったとき。私自身レース観戦は好きだったので、良いレースを観たなくらいに思っていたのだけれど、隣のスティルの様子がおかしいことに気が付いた。さっきまで何ともなかったのにどうしたのだろうと聞いてみても、なんでもないの一点張り。その日は口数少なく帰った。何か気に食わないことがあったのかと思って、レースの話題は出すのをやめようかなどと考えていた矢先、彼女がレースをやりたいと言い出した。確かにスティルは走るのが速かった。レースの才能があるのかな?くらいに思っていた私は嬉しくなって、ご両親に許可をもらって近くの子ども向けクラブにスティルを連れて行った。そこが私の人生のターニングポイントだった。スティルの走りは速いなんてものではなかった。普段の彼女からは想像もできない荒々しく激しい疾走。胸が焼けるような気がした。
だけれど、周りの反応は悪かった。いや、悪かったなどというものではなかった。急に猛獣が現れたようにすら見えたろう。今から思えばある程度致し方ない反応だったのかもしれない。しかしスティルの心は傷付いたし、私も憤慨した。その後いくつかそういったクラブのようなものを試したが、いずれも上手くいかなかった。彼女は必ず孤立していた。
それでも走りたいという熱意は消えなかったので、私が面倒を見ることにした。ご両親は共働きで忙しかったので、私が打診すれば二つ返事だった。ご両親はときたま相手をしてくれれば、と思っていたらしかったが、私たちがあまりに毎日トレーニングのまねごとに励んでいるものだから、流石に申し訳なく思ったのか、直接、たまにでいいからねと言ってきてくれた。しかし何より私がスティルの走りを間近で見ていたかった。基礎的なトレーニング教本から過去の名ウマ娘の自伝まで買ってきて学んで、スティルに教えた。今から思えば、素人が俄か知識で教えるなと言いたくなるが、とにかくマンツーマンの日々が始まった。ただそれもそう長くは続かなかった。私はその頃にはもうトレーナー志望だったので、専門の学校に通う準備を進めていた。そちらとの両立が難しくなり、最終的には私の進学とともにスティルとは離れることになった。とはいえ連絡はとりあっていたし、帰省のたびに会っていはいた。その頃にはだましだましで少し遠くのクラブに通っていたスティルは、トレセン進学を希望していた。トレーナーと担当になる。それがお互いの夢になっていた。
そして私のトレーナー資格取得に先立って、スティルは見事トレセン生になっていた。以前からのスティルの能力を考えれば合格は必然だった。
問題は私だ。スティルのトレーナーになる。それだけを想って勉強に勉強を重ねた。スティルに色々と教えていたことが役に立つこともあったが、何よりスティルの存在が力になった。
勉強が辛くなったとき、こっそり彼女を見に行ったことがあった。前より速くなっているかな、そんな気持ちで見に行ったのは間違いだった。強烈だった。昔からこの小さく細い体のどこにそんな力があるのかと思っていたが、比べ物にならない。獰猛。嵐のような走り。雷を落とされたような気持だった。
その日からは我ながら狂ったように試験勉強に取り組んだ。それ以外記憶にないくらいに勉強しまくった。気が付けば本番で、合格していたときの安堵からくる脱力感は凄かった。でも、これでスティルのトレーナーになれる。それだけが喜びだった。
そしてすぐ私は大いに困惑することになった。スティルが私を避けている。思い返せばスティルが入学して少ししてから、全然連絡を取り合っていなかった。こちらに気を遣ってのことかとも思ったけれど、トレーナーになれたことを連絡しても、「おめでとうございます。」と返ってきただけ。極めつけは学園内でも全く会ってくれない。模擬レースにも全然顔を出さない。実はもうトレーナーをつけてしまってあわせる顔が無いのかと思ったがそんなことも無いらしい。何か私に負い目があるのはわかりきっていた。しかし具体的なことは見当もつかなかった。もしかしてもう走るのが嫌になったとかだろうか。しかし退学はしていない。スティルが会ってくれないことには何も始まらない。とりあえず新人トレーナーとして働いていたある日の帰り道。
呼ばれた気がして、気が付けば、あの公園に居た。
私は小さい頃から引っ込み思案で、大好きなお姉ちゃんの後ろに隠れてばかりでした。何をするにしてもお姉ちゃんについてまわるだけ。私と、お姉ちゃん。私の狭い世界はそれだけだったと言っても過言ではありません。お姉ちゃんさえいれば、私はそれで良かったのです。
あるときお姉ちゃんと見に行ったトゥインクルシリーズ。あの日に全てが変わりました。私の内に芽生えたなにか。その衝動に飲み込まれそうになったのです。お姉ちゃんが居なければどうなっていたかわかりません。しかし結局ソレを私は制御しきれませんでした。レースをしたいと言った私をお姉ちゃんはクラブに連れて行ってくれました。そこで私は本能のまま、走ってしまいました。結果怖がられ、恐れられ。でもお姉ちゃんだけは褒めてくれました。その後、お姉ちゃんに色々と教えてもらって、レースのことやトレーニングについて学びました。今思えば、お姉ちゃんには負担ばかりかけてしまっていました。それでもお姉ちゃんは、「スティルがレースをしたいって思うなら、私はスティルのトレーナーを目指すよ。」そう言ってくれました。
その後私はトレセン生になり…しかし現実を突きつけられました。実力が通用しない、などであればまだ良かったかもしれません。問題は、私のはしたなく醜い本能を全く制御できないことでした。走るたびにそれを露わにしてしまう。周りに恐れられ、避けられることも辛くはありましたが、何よりお姉ちゃんにこんなふしだらな私を見てほしくなかった。次第に私はレースを避け、お姉ちゃんすらも避けるようになりました。今の私を見て、お姉ちゃんにすら遠くへ行かれてしまったら。そんな未来を想像すると、胸が締め付けられ、足元から崩れ落ちるような喪失感に苛まれました。お姉ちゃんの居ないわたしの人生など考えられませんでした。でも、お姉ちゃんに本当の私をさらけ出す勇気もありませんでした。
いつからでしょうか、恋や愛を自覚してお姉ちゃんのことを好きになったのは。それに気が付いた時にはもう私は、お姉ちゃん無しでは生きていられなくなっていました。心も体も、お姉ちゃんが居てくれなければ幸せを感じられないようになっていました。お姉ちゃんの全てを愛しています。お姉ちゃんが私のことを想ってくれれば、それ以上の幸せはありませんでした。ですから、私の何にも代えがたい宝物は、お姉ちゃんが私のために一生懸命作ってくれたトレーニングノートなのです。私だけのために、私だけを想って作ってくれた大切な大切なノート。お姉ちゃんと離れ離れの日々は心が割かれそうなほど寂しく、辛いものでした。それを少しでも癒してくれたのがこのノート。トレセン学園に入ってからも、毎日のようにこのノートを見返しました。だからこそ、これ以上お姉ちゃんに遠ざかって欲しくなかった。醜い私を見て欲しくなかった。お姉ちゃんの傍に居たいのに、お姉ちゃんに近づいてほしくない。自分が生んだ心の軋轢に勝手に苦しんだ毎日でした。お姉ちゃんに酷いことをしている自分からも目を背けて。
そんな私の心とは裏腹に、本能の私、とでも言うべき内なる存在は、レースの時と、満月の夜に必ず首をもたげてきました。ですから満月の夜だけは、人目につかないところで過ごすようにしていました。
それがまさに、あの日でした。
星の光をも陰らすような月光を注ぐ満月が眩しい夜。じめじめとした空気が肌に纏わりついて不快な夜。何かに呼ばれた気がした私は、気が付けば高台にある広場に居た。
(スティル…?)
見覚えのある後ろ姿があった。背丈、肉付き、栗毛の長髪、そして何より私が贈った純白のケープ。咄嗟に声をかけようとした私は、しかし。振り向いた彼女の顔が、月光に照らされてか、ありありと見えた。虚ろな目に恍惚とした表情。少し乱れた制服。艶めかしい姿にどきりとして息をのんだ瞬間、彼女は駆けだした。
「何…これ…。」
異様だった。幼い頃から彼女の激しい走りには魅せられてきた。普段の引っ込み思案な彼女からは考えられない野性的な力強さに。しかしこれは。
「アハハハハハハハハハハハハハハハ!!!」
悦びの叫喚を夜闇に響かせながら疾走する彼女は…。
「奇麗…。」
獣、いや魔物。まるで人間世界の住人とは思えない。およそ私の知っているスティルインラブではない。骨の髄から恐怖がしみだしてくるような感覚に総毛立つ。逃げろ、そう理性が警鐘を鳴らす。しかしその魔獣の疾駆から目が離せない。獲物を捕らえて食い千切らんばかりの迫力。あまりにも獰猛な美しさ。これが本来の彼女だとでもいうのだろうか。引力のように彼女に惹かれていく。尚も喚声をあげながら駆ける彼女に、一歩、また一歩と。気付けば、彼女が目の前に居た。いつの間にか立ち止まり、満月を見上げている。
「スティル…。」
私の声に振り向いた彼女の顔が歪む。月の影になって顔はよく見えない。
「…やっと。」
「え?」
「やっと、会えた…。」
「スティル…?」
私を捉えた彼女の瞳が紅く、妖しく光った気がした。一筋の光を落としながら。
「やっと会えた…ッ!」
途端、首元に激しい痛み。視界がぼやけ、身体から力が抜けていく感覚。
「スティ…ル…。」
そこで私の意識は途絶えた。