女トレーナーと幼馴染スティルインラブのIF   作:IGLOO(いぐるー)

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10話

「美味しい、美味しいわね、これ。」

「そう、良かったね…。」

 尖塔のようなフルーツパフェを、実際とても美味しそうに頬張るスティル。それは見たかった光景であり、少し異なる光景でもあった。

 スティルの本能が普段の生活を送るようになってはや1週間。今日も彼女の希望でフルーツパーラーに来ていた。頼んだのは季節の特盛フルーツパフェ。柑橘系やぶどうを主に、これでもかとソフトクリームの下に周りに盛り付けられている。私は特に食欲が無かったが、注文しないのも気まずかったのでホットコーヒーを1杯。既に湯気の消えたぬるいコーヒーがまだ8割ほどは残っている。

 今のスティルは確か、勝負服の希望によれば露出と真っ赤な色が好きだったはず。だけれど、今日は蝦色のベールとロングスカートといういつもの組み合わせだった。スティルがそういった服しか持っていないことが大きな理由だろうから、そのうちミニスカートやホットパンツのような服を買ってこないか心配になる。

「お姉様は本当に食べなくていいのかしら。」

「うん、私は良いから。」

「そう。」

 特に遠慮している素振りも無く次々と果物やらソフトクリームやらを口に運ぶスティル。あっという間に半分近くが無くなっていた。私のよく知っているスティルなら、塔の尖った先をやっと崩した頃だろう。

「へぇ、グラスより背が低くなったら、底のほうからお食べください…。なるほど、そうして勝手に混ざったパフェを楽しむのね。」

 パフェの楽しみ方、と書かれたポップを読んで何やらぶつぶつと言っている。スティルは他人に聞こえるような独り言はあまり言わない。

「ところで…エリザベス女王杯に出たいの?」

「ええ、あの子も出るでしょう?」

「アドマイヤグルーヴ?まあ、出るだろうね。」

「そこでも魅せてあげるわ。アナタが大好きな走りを。」

「…そう、だね。」

 スプーンをくるくると回して、こちらを指し示すような仕草をする。スティルはそんな行儀の悪いことをしない。

 この店に入ったときにも、客に声をかけられた。「スティルインラブさんですよね、秋華賞凄かったです!エリザベス女王杯も出られるんですか?」そんなことを言われた。スティルが注目されている、本来であれば嬉しいはずなのに、それは本当にスティルがトリプルティアラを獲ったからなのか、疑ってしまう。このスティルになって以来、かつての影の薄さは鳴りを潜めている。声をかけても目の前に居ても気付かれない、なんて異常なことは起きないで、ごく普通の生活を送れているようだった。であれば、今までのスティルのままだったら、こんな風に声をかけられていたのだろうか。影が薄いままで、見向きされることは無かったんじゃないだろうか。そんな取り留めもないことも考えてしまう。

 私の鬱々とした思考に気が付いていないのか、気が付いていて無視しているのか、スプーンを口に運んでは頬に手を当てて歓喜している。スティルはそんな風にはしないけれど、なんて美味しそうに食べるんだろう。

「…やっぱり、一口だけ貰って良い?」

 美味しそうに食べているヒトを見ると、どういうわけかそれが欲しくなる。ヒトの性だろうか。

「しょうがないわね、はい、あーん。」

 私がお金を払うのだからしょうがないも何も無い気がしたけれど、それは言わないでおいた。差し出されたスプーンを口に迎える。マスカットの酸味とソフトクリームの甘さが絶妙だった。

「本当、美味しいね。」

 そうでしょうとも、と言ってまたもくもくと口に運ぶスティル。スティルが小さい頃は、私があーんをする側だった。ケーキ、かき氷、パフェ…昔から甘いものが好きだったスティルのために、彼女とはいつも違うものを頼んでいた。スティルがイチゴのショートケーキなら私はチョコレートケーキ。スティルがブルーハワイのかき氷なら私はイチゴ味。スティルに合わせてゆっくり食べていると、時折彼女から視線を感じる。視線の先には私のおやつが。「一口食べる?」そう聞くと耳をピンと立てて「良いの?」なんて聞いてくる。そんないじらしい姿が大好きだった。一度、「そういうのは、お行儀が悪いって、お母さんが言ってた…。」と断られかけて、「大切な人なら良いんだよ。」と言いくるめたことがあった。何を食べていたかは忘れたけれど、その日はいつにも増して美味しそうに食べていた気がする。どれも大切な思い出だ。

「ねえ、スティル。私、貴女のこと好きだよ。貴女の走りだけじゃない、貴方自身も。でもね、いつものスティルにもいて欲しいの。私は、どっちのスティルにもいて欲しい。それがスティルだと思うから。だから、協力してくれないかな。」

 何をどうしたら良いかなんてわからないけれど、とにかく今のスティルの協力を仰がなければ何も出来ない、そう思った。

「嫌ね。お断りよ。それに何をどう協力しろって言うのかしら。ワタシにだってどうしようもないって何度も言ったわよね。」

 予想していた以上に語気が強くなり、冷たくあしらわれる。不愉快だと言う雰囲気を隠しもしないスティル。少しひるんで、続く言葉はもごもごと口の中で情けない音になった。

「えっと、その、それは何でなの?どうしようもないっていうのは。」

「何でって、何が。」

「何でどうしようもないってわかるのかなって…。」

「ワタシのことだから、わかるのよ。感覚だから言葉にして伝えるのは無理ね。」

「じゃあ、本当に、一生スティルが出てくることは無いの?」

「さあ。もしかしたら何かの拍子にまた出てくることがあるかもね。」

「な、何かの拍子って?」

「いい加減しつこいわよ?」

 ガラスに張り付いた残りのクリームをスプーンで擦り取りながら、こちらも見ずに返事をする。これ以上話しかけるなと言わんばかりだ。

 

 この日はそれ以上どこに行くでもなく解散になった。日付が変わる頃になってベッドの中に入る。全く眠れる気はしないが、とにかく目を瞑る。最近は明け方になってやっと微睡んで、気が付けば目覚ましが鳴るという日々を繰り返している。ストレッチにホットミルク、アロマや睡眠用音楽など色々と試してみたが効果は無かった。寧ろ、夜が更ければ更けるほど目が冴えてくるような気すらしている。

 目を閉じてじっとしていると、色々と良くない考えが湧き上がってくる。頭の中を支配しているのは当然スティルのことだ。本能のスティルと喋ることは嫌いじゃない。寧ろ好きだ。危いと感じる瞬間や妖しい雰囲気で刺激的な時間を過ごせる。ただ、私が知っているスティル、小さい頃からずっと一緒に居て、これからもそうだと疑わなかったスティルが居ないなんてことは耐えられなかった。もしかしたらスティルにもう会えないかもしれない、そんなことを考えれば頭がおかしくなりそうだった。何よりスティルをそこまで追い詰めてしまったのは私のせいに違いない。スティルに背負わせてしまった、スティルにそんな選択をさせてしまった。他の誰でもない私のせいで。後悔、憤怒、憎悪、溶岩のように湧き出る感情にどうにかなりそうだった。スティルのためと言って結局彼女のために何一つできなかった。今もこうして頭を抱えているだけで解決策なんて思い浮かびもしない。情けない、本当に情けない。何がスティルのお姉ちゃんだ。何がずっと味方だ。ただ言うだけならどうとでも言える。大事なのは行動であり結果だったのに。私はスティルに甘えていたのだ。いつも私の後ろに居たのに、いつの間にかしっかり者になっていた彼女に。そんな私がスティルを支えるだなんて、初めから馬鹿丸出しだったんだ。私のほうがスティルに支えられていたというのに。桜花賞も、オークスも、秋華賞も、全てはスティルの力。私はただそこに突っ立っていただけ。馬鹿みたいに突っ立って、何もできなかった。そのくせ何かできると思っていた愚か者だった。

 …これから私は、スティルとどう向き合っていけばいいのだろう。空には、細い月が薄紅に輝きながら浮かんでいた。

 

 スティルインラブは、うっすらと細い月を窓越しに見上げてひとり呟く。

「ごめんなさい、お姉様。でもお姉様が悪いのよ?ワタシが目の前に居るのに、この子のことばかり気にして…。でも、それももうすぐおしまい。ねえお姉様。見ていてちょうだい。次のレースで、お姉様の心も、身体も全て、ワタシで、ワタシの愛で満たしてあげる。全身全霊をかけて愛を注いであげる。この子のことなんて綺麗さっぱり忘れてしまうように。ワタシに狂ってしまえるように。だから、落ちて、堕ちてきて、一緒に愉しみましょう。この世界でワタシたち以外なんて、必要無いのだから。」

 深紅の双眸が、妖しく光った。

 

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