女トレーナーと幼馴染スティルインラブのIF 作:IGLOO(いぐるー)
「ここもダメだったか…。」
「ごめんね、お姉ちゃん…。」
「気にしないで、スティル。でも、もうアテは無いなあ。」
「もう、いいよ、お姉ちゃん…。スティル、走れなくていいから…。」
「…本当?本当に、レースできなくてもいいの?私のことを気にしてるなら、そんなこと考えなくていいからね。」
「え、えっと…。」
「…ねえスティル、もしよかったら、私と2人で練習しない?」
「お姉ちゃんと?」
「そう。他のコとのレースとかは出来ないけど、練習なら出来る。走り方とか、毎日のトレーニングとか。何もしないよりは良いと思うんだ。どうかな。」
「う、嬉しいけど…良いの?」
「もちろん。お姉ちゃんはいつだってスティルの味方だから。スティルのためなら、お姉ちゃんはなんだって頑張れるんだよ?」
「お姉ちゃん…、ありがとう…!お姉ちゃん、大好き!」
「私もスティルのこと、大好きだよ。よし、じゃあ一緒に頑張ろうね、スティル!」
「うん!」
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「じゃあ、スティル、改めて、今日からよろしくね。」
「はい、よろしくお願いいたします、トレーナーさん。」
「ふふ、なんだかくすぐったいね…。」
私とスティルの新たな日々が始まった。彼女にトレーナーと呼ばれるのはまだ少し慣れない。けれど、この関係はもう慣れたものだ。ひとまずスティルの今の実力を測るために色々と計測を行うことにした。
「スティルのフォーム、奇麗だね。」
初めてすぐ、普段のスティルの走りの特徴はこれだと思った。均衡のとれた姿勢、体幹が出来ている証拠だ。
「では、トレーナーさんのおかげですね。」
「え?」
「私の基礎は、お姉ちゃんと培ったものですから。」
「そっか…。」
うっかり目頭が熱くなる。あの時間は無駄じゃなかったんだという思いと、本当にスティルのトレーナーになれたんだという感慨が今になってこみあげてくる。いかんいかんと頬をぺちぺちと叩き気を取り直す。タイムを見返すと、この時期にしては悪くない。悪くないけれど、それだけ。特に抜きんでたものがあるわけではない。必然、脳裏にはあの奔走が浮かんでしまう。
「ところで、スティル。スティルは、レースであの走りをするつもりは、無い?」
「……、はい。」
スティルにとってセンシティブな話題だということはわかっていた。しかし今後の方針としてはっきりさせておかなければならない。
「それは、昔みたいに、恐れられたり、嫌われたりするのが嫌だからだよね?」
「それも、多少はありますが…その、やっぱり、トレーナーさんにあんなはしたない姿をお見せしたくはない、から…。」
「そっか…、わかった。一応、確認しておきたくて。ごめんね。」
いじらしいことを言うスティルに胸が苦しくなる。なんて可愛らしい思春期だろう。翻すと、あまり不用意に手を出すとお互いのためにならないことになる。
「いえ、そんな…謝らないでください。私の、わがまま、ですから。」
「でも一応伝えておくと、私は貴女のあの走り、奇麗で、かっこよくて、好きだからね。」
「ありがとう、ございます。」
以前、スティルはあの衝動を本能だと言っていた。であれば、無理に抑えるのも良くないのでは…?そう思うし、何よりあの走りがレースで活かせればスティルは歴史に名を残すウマ娘になれる、そういう確信があった。だから正直なところは残念だった。とはいえやはり無理強いは良くない。内心を押し隠し、今はあまり触れず、出来るトレーニングを積み重ねよう、そう決めた矢先。
「アハハハハハハハ!!!」
模擬戦でソレが出てきてしまった。息をのむ。悍ましいほどの美しさ。それを見た他のウマ娘はおろか、周りのトレーナーまでもが怯えきってしまっている。ここに長居するわけにはいかない。幸い模擬戦が終わるころにはいつものスティルに戻っていたので、場所を移して話し合う。
「また、みっともない姿を見せてしまいました…。」
「いいや、全然。でもやっぱり、昂るとああなっちゃうんだね。」
「はい…。」
伏せがちに上目遣いでこちらの様子を伺うスティル。本人の言う通り、周りの視線や声よりも私が気になるらしい。気にしなくていいのに、と言ったところで、こういうことは言葉だけでは伝わらない。
「ね、スティル。本能の貴女とちゃんと話をしてみたいんだけど、どうかな。」
「あの子と、ですか…?」
「うん。そういえばまだちゃんと喋ったことなと思って。前喋ろうとしたときもあんまりうまくいかなかったから。」
「…。」
彼女と対話が可能そうなことはもうわかっていた。本能だろうがもう一人のスティルだろうが、スティルであることに変わりはない。言うことを聞いて欲しいだとか以前に、一度喋ってみたいというのは紛れもない本心だった。
「もちろん無理強いはしないからね。」
「そういえば…トレーナーさん、あの子を見てもそんなに驚いていなかったですよね…?」
「そりゃあ、知ってたし…?」
「ご存じだったのですか!?」
「もちろん、もうひとりのスティルが居るのには驚いたけど…昔からレースになるとスティルって雰囲気変わってたし?そんなびっくりするようなことじゃなかったかな。」
「そう、だったのですね…。本当に、私は、なんで逃げ回っていたのでしょうね…。」
「スティルの小さい頃はそれこそ、自他どころか自我がはっきりしてなかったんだろうね。だからそういうこともよくわかってなかったんじゃないかな。…それで、どうかな。」
「そう…ですね。いえ、わかりました。大丈夫です。次の満月の日で、よろしいですか?」
「うん。ありがとう、スティル。」
次の満月は明後日だった。
「スティル?」
「懲りないヒトね。そんなにワタシのことが好きなのかしら。」
満月がトレセン学園の練習コースを照らす。そこに佇んでいるのはもう、いつものスティルインラブでは無かった。月光を受けてか、瞳が妖しく光った気がした。その紅の瞳に捉えられ、何かが背筋を伝わるような感覚を覚える。しかし、恐怖ではない。濃いローズウォーターのような、美しい瞳。
「うん、好きだよ、昔から。」
「…っ!?」
「やっと話せるね、スティル。」
「…おかしなヒト。気高い獣であるワタシを好きですって?」
「言ったでしょ。初めて貴女の走りを見たときから、ずっとね。」
「…。」
少しそっぽを向かれた。ストレートに想いを伝えすぎただろうか。妖艶さ、みたいなものが滲み出ていても、やはりスティルはスティルらしい。
「それでね、ひとつ聞きたいことがあって…、貴女は、とにかく走れれば、それでいいの?」
「どういうことかしら。」
「うん、今のままじゃね?ただ走ることはできるだろうけど、レースに勝つことは難しいだろうなって。ちぐはぐなままじゃ。でも別に走れればそれでいいってことなら私にできることは無いし、逆に勝ちたいのなら私に出来ることもあるかなって。」
いつものスティルがこの子を拒絶しても、昂ったときの主導権はどうしても今目の前に居るスティルに握られてしまう。正直なところ私は、理性だろうが本能だろうがスティルはスティルだと思っているので、どちらにも良いようにしてあげたいが、とりあえず今はこの子とちゃんとしたコミュニケーションをとれるようになることが先決に思われた。
「アナタに従えって?」
「まあ、ありていに言えば、そう。」
「なんの実績もない新人トレーナーに?」
クスリという笑みと、挑発的な目を向けられる。そこを突かれると流石に何も言い返せない。
「ぐぅ…それを言われると。」
「アハハッ…。ワタシは、ワタシのやりたいようにやらせてもらうわ。」
「わかった、じゃあ見ていて。貴女を納得させて見せるから。だからちょっと時間をちょうだい?」
「やっぱり、アナタは、運命のヒト…。」
「え?」
ニヤリ、と笑った彼女は哄笑と共に駆けていってしまった。今の笑みは肯定ということでいいのだろうか…。とりあえず満月の夜はちゃんと見守るようにしよう、そう思った。
それからは唐突にスティルの本能が顔を出すことが減った。今日も、模擬戦を行ってもいつものスティルで終えられている。やはりあのときの笑みは肯定で、とりあえずは私を品定めして待ってくれるらしい。
「トレーナーさん、あの子とは何を話したのですか?」
日も暮れて、スティルを寮に送る最中、そう切り出された。彼女を寮まで送るのは日課になっていた。口ではスティルのため、スティルが心配だからと伝えているけれど、本心は少しでもスティルと一緒に居たいから。でもそれは流石に小恥ずかしいので言わない。とはいえ、スティルも喜んでくれているようなので実際win-win。
「スティルってお互いのことは把握できないんだっけ?」
質問に質問を被せてしまった。なんとなくだけれど、あの子が私を試していることを伝える気にはなれなかった。余計な気を遣わせたくないからかもしれない。
「あの子は全部わかっているみたいですが…私は断片的にしか。」
「そっか。まあ、私が頑張ればってところだね。」
「トレーナーさんが…?」
「いや、私とスティルが、だね。二人三脚で、頑張ろうね。」
「…?はい。」
少し怪訝な顔をされてしまう。そして同じ敷地内なのだからしょうがないけれど、そうして話しているうちにもう寮に着いてしまった。
「じゃあ、スティル、また明日ね。」
「はい、また明日。お姉ちゃん。」
(また明日、か。またお姉ちゃんと一緒に過ごせるなんて…。お姉ちゃんには感謝してもしたりない。嬉しいな…。お姉ちゃんと一緒だったら、どこまでも走っていける気がする。夢だったトゥインクル・シリーズも…その先も、ずっと…)
・・・―――
「そう、ずぅっと…。貴女のお傍に。い つ ま で も。」