女トレーナーと幼馴染スティルインラブのIF 作:IGLOO(いぐるー)
「スティルは、夢とかある?」
「夢?」
「うん、ダービーウマ娘になりたいとか、グランプリ取りたいとか。」
「うーん…、スティルは、ティアラがいいな。」
「ティアラかあ、良いね。スティルによく似合うだろうな。」
「えへへ…それでね、お姉ちゃんをトリプルティアラトレーナーにするの。」
「私を?」
「うん、スティルの夢。」
「そっかぁ…。じゃあ私も、スティルに相応しいトレーナーにならなきゃね。」
「お姉ちゃんはもう、スティルのトレーナーさんだよ?」
「ふふふ、ありがとう。じゃあ、お互い頑張ろうね。」
「うん!」
ーーー
スティルインラブのメイクデビューが先週に行われ、無事に終わった。ティアラ路線を目指すウマ娘でのレースだったとはいえ、3バ身半の圧勝は幸先の良いスタートを切れた。そして今、今世代ティアラ路線再注目のひとりのレースをテレビで見届けていた。ジュニア期ながらクラシック路線に交じって芝2000mを楽勝。距離選択も、桜花賞よりもその先のオークスを見据えているのだろう。
アドマイヤグルーヴ、あのエアグルーヴの一番弟子とも噂されているウマ娘。スティルのティアラ獲得を阻むウマ娘は間違いなくこの娘だと確信できる素晴らしいレースぶりだった。彼女のデビュー戦と今日のレースを何度も何度も見返す。そうしてモニターと睨めっこしていると、気が付けば太陽の色が濃くなっていた。
「トレーナーさん、何を熱心に見てらっしゃるのですか?」
「わっ、スティル。来てたの。」
「はい、ノックはしましたよ?」
「あはは、気付かなかった…。これね、貴女のライバルになるであろうウマ娘の分析をしてたの。」
「私の、ライバル、ですか。」
少しスティルの表情に翳が差した気がした。
「そう。知ってると思うけど、アドマイヤグルーヴ。」
「アルヴさん…。」
面識もあるらしい。ウマ娘は愛称チックに略して呼ぶことが慣習になっている。が、ときたま予想外の略し方をされる子が居る。「略し方アルヴなんだ?」と聞きたくなったけれど横道に逸れるのでやめた。
「スティルの最大の壁になることは間違いなさそう。」
「…。」
「間違いなくGⅠ級のウマ娘ね。もう来年のオークスウマ娘は彼女、くらいに言われているし、それどころかメジロラモーヌ以来17年ぶりのトリプルティアラへの期待が高まっているでしょうね。」
「メジロ、ラモーヌ…。」
「凄いよね、メジロラモーヌ。史上唯一のトリプルティアラウマ娘。あの走りが目に焼き付いて離れないひとは未だ多いでしょうよ。」
「…っ、トレーナーさん、も?」
スティルの表情がどんどんと険しくなる。色々と思うところがあるらしいのはわかるけれど、変に誤魔化しても良いことは無いので素直に返事をすることにした。
「そりゃねえ。当時はもちろん知らないけど、映像で見るだけでも強烈だし。」
「…。…、トレーナーさんは、私がトリプルティアラウマ娘になったら嬉しいですか?」
まるでなろうと思えばなれるかのような物言いをするな、と思った。ただ実際なれると確信している私も姉バカというかトレーナーバカなのだけれど。
「そりゃあもちろん。それを目指して頑張ってるんでしょ?私たち。叶ったら嬉しいし、叶うと思ってるよ。」
「今の、ままでも?」
「え?」
「…いえ、なんでもありません。…今日はもう帰ります。また、明日。」
「えっ、ちょ、スティル!?」
追いかけようとも思ったけれど、ひとりで考える時間も必要かと思い、スティルの決断を待つことにした。どちらにせよ、私のやることはスティルを全力で支えることに尽きる。
「…。はあ。」
(他の方に嫉妬して、居た堪れなくって出てきてしまうなんて。)
『許せないわよね?あの方の心の中に、他の女が紛れ込んでいるなんて。』
「でも…でも、仕方ないじゃない。今の私では及ばないのだから。」
『アドマイヤグルーヴ、メジロラモーヌ…。勝たなければ、あの方の中にはずっとその女たちが居続けることになるわよ?』
「で、でも…。」
『シンプルなことじゃない。勝てばいい。勝てば、ライバルなんてくだらないものは居なくなる。とうの昔に枯れた華の幻影も見ることはなくなる。そうすればあの方の心はワタシたちで満たされる。獲れば、いいのよ。トリプルティアラを。』
「む、無理よ…。史上たった1度の栄光なのよ。」
『ワタシなら成せるわ。ワタシなら奪える。無二の栄冠を。3つのティアラを。あの方の心を。』
「そ、そんな、奪う、だなんて…。」
『そもそもワタシたちのものなのだから。奪われたものは奪い返さないと。』
「…。」
『奪うのよ。全て、全て。』
「……。」
日がとっぷりと暮れた頃、気が付くとスティルがトレーナー室の中に居た。俯いて、何かを待っているようにも見える。スティルの影の薄さはたまに私でも気が付かないときがあるけれど、長い付き合い。もう驚くことは無いし、こういうときは大抵何か大事な話があるとき。
「スティル…。」
「お姉ちゃん。」
「…どうしたの?」
「聞きたいことが、あるの。」
「なに?」
「今の私で、勝てる?」
「…。」
「今のままの私で、トリプルティアラ、獲れる?」
「…。無理、ね。そのままの貴女では。」
普段のままのスティルでも、上手くいけばなにか重賞は獲れると思う。しかしGⅠ、それもティアラとなれば夢のまた夢。それが忖度の無い、彼女への客観的な評価。
「…わかって、いました。このままじゃダメだって。でもやっぱり…決心がつかなくて。貴女に、あんなはしたない姿を見られたくなかったし…どうにかなってしまうんじゃないか、多くの迷惑をかけてしまうんじゃないかって。でも、決めました。勝ちたい。トリプルティアラが、欲しいです。お姉ちゃんを、トリプルティアラトレーナーにしたい。だから、あの子のちからだろうと、どんな手だろうと、全部、全部使います。」
決意の言葉とは裏腹に、柔和な表情でそう語るスティル。もう、彼女を縛るものは何もない。
「…。わかった。私も腹を括る。必ず、獲ろう。トリプルティアラ。」
「はい。」
「ただ、これだけは覚えておいてね。私はいつだって貴女の味方だし、貴女の傍に居るから。ね。」
「…はい、トレーナーさん。」
そういって微笑むスティルは、どこか儚げに見えた。
それから幾日か経ったある日。
「アナタのそれ…頂戴?」
「…っ。」
「いいえ…全部、奪ってあげる。」
本能を剝き出しにしたスティルが今にもアドマイヤグルーヴに襲い掛かろうとしていた。もちろん、そのくらいの迫力があった、という意味だけれど。
「スティル!」
「なぁに?」
「なにはこっちのセリフ。何してるの。」
「…話にならない。」
「あっ。あーぁ。逃げちゃった。」
「そんなんじゃ誰だって逃げるに決まってるでしょ。」
「…こわぁい。」
おどけたようにそういうと本能は引っ込んでいつものスティルに戻っていた。注目度の高いアドマイヤグルーヴの傍で起きた事態に周りがざわついていた。私たちも逃げるようにその場を去った。スティルは本能を使うと言っていたが、そちらとも話し合わなければならない。そしてちょうど今日は満月。デビュー戦も勝ったことだし、良い機会だと思った。
夜。2人でいつもの広場に来ていた。満月の日は決まってここに来ている。人目が無く、適度な広さがあるので都合がよかった。スティルは月を見つめていたかと思うと、妖しい雰囲気を纏いながらこちらを振り向いた。見るたびに奇麗な目だと思う。違う違うとかぶりを振り、気を張る。
「スティル、昼間のあれはどういうつもりだったの?」
「開口一番ソレ?…まあいいわ。あの子が美味しそうだったから。」
「アドマイヤグルーヴが?」
「名前なんて些細なものはどうでもいいの…。ああ、でも、そうね。宣戦布告、みたいなものかしら。」
「宣戦布告って…。でも、今のままじゃ勝てないよ、彼女には。」
「へぇ…?」
「断言する。勝てない。」
「それで、アナタなら勝たせられるって?」
「そう。トレーニングは普段のスティルがやってるからいいとして、レースに関しては、無闇に走るのではなくて、私に従ってほしい。もちろん悪いようにはしない。レースの中で、一番オイシイ場面を貴女に任せたいって言ってるの。」
「…よろしいわ。聞いてあげる。」
「!」
「けれど…もしそれで満足できなかったら、さっさとアナタを頂いてしまうから。いいわね?」
「もちろん。でも、期待は裏切らないから。」
「…楽しみね。」
昼間のスティルとはまるで違う笑みを浮かべた後、いつものように彼女は駆けだしてしまった。
(さっさと、ということは、私ってどの道スティルに食べられるってこと…?)
少し引っかかったが、別にいいか、と美しい獣の疾走を眺めながらひとりごちた。