ジュネーブで開かれた国際サイバネティクス会議。帰国便の窓から雲海を見ながら、榊 恒一はため息をついていた。「……あと三年で定年か」 五十七歳。日本有数のサイバネティクス研究者。義肢制御、神経接続、人工筋肉。若い頃は「機械で人を救う」と本気で信じていた。だが現実は予算と政治と責任ばかりだった。実験は制約ばかり。思うように研究は進まず、この歳になった。まあそれも仕方がないかと思っていた。
なんとなく窓の外からの日の光の様子がおかしいことに気が付いた。さっきからぐるぐると回っている。液晶ディスプレイの地図を見ると同じところを回っていることに気が付いた。エンジンの脇から燃料を捨て始めたのが見えた。エンジンが火を噴いた。機体が激しく揺れた。悲鳴。 警報。急降下。海面が迫ってきた。榊は最後に思った。 ――ああ、案外あっけないな。そして闇に沈んだ。
目覚めると、全身が焼けるように痛かった。いや、痛みですら人工的だった。「意識回復」 「脳定着成功」 「人格維持率九七パーセント」 白い研究室。横に置かれたシリンダーのような容器の中にいることに気が付いた。ガラス越しの科学者たち。榊は身体を起こそうとして凍りついた。身体が小さい。胸がある。銀色の長髪が肩を滑り落ちる。 「……なんだこれは」鈴を転がすような声が出た。白衣の男が満足そうに笑う。「君はブラックゴーストの新型サイボーグだ」 「ブラック……ゴースト?」 まさかと思った。そして理解する。《サイボーグ009》。若い頃に読んだ漫画の世界。「コードナンバーは009-7」 「待て」 「私は芸術性を重視しているのでね」 「何を」 「美少女型にした」 「ふざけるな!」 研究者は本気で不思議そうな顔をした。「兵器は美しくあるべきだろう?」還暦目前の男が美少女サイボーグになっていた。最悪だった。
009-7の性能は異常だった。電子戦特化型。神経加速、電脳接続。情報処理能力はスーパーコンピュータに迫る。彼女は電子機器へ“潜る”ことができた。監視カメラ、通信網、ミサイル誘導、ドローンの自律動作、全てへ侵入可能。身体能力は、先行した00ナンバーのデータに基づき、支援型としてバランス良く構成され簡易型加速装置を装備していた。ブラックゴーストは彼女を兵器として完成させようとした。だが榊は従わなかった。「私は人間だ。殺人兵器じゃない」 ブラックゴーストの科学者は言った。「君ならこの身体がいかに画期的なものか理解できると思うのだがね」榊は理解できてしまった。ある日、彼女は別区画を見せられた。そこにいたのは、加速装置のテストを受ける少年、島村ジョー、009だ。さらに、ジェット・リンク、アルベルト・ハインリヒ、00ナンバーサイボーグたち。榊は悟った。ここにいれば、自分も怪物にされる。