003と009-7のCM騒動の余波は広告業界全体を飲み込んでいた。 「まだいる」 004が窓の外を見た。ギルモア邸の前には、報道陣、広告代理店、スカウトがいた。 「帰らないの?」 003が聞いた。 「帰らない」 004。 「なぜ?」 「次の獲物を狙っている」 全員の視線が一人に向いた。 「え?」 009が固まった。 「俺?」 「お前だ」 004が断言した。広告業界は気付いていた。003は世界最高峰の美女。009-7は時代を象徴する偶像。では、島村ジョーは? 彼は別種の危険性を持っていた。美形、運動神経抜群、英雄、優しい、強い、そしてなぜか可愛い。
「なんでだろう?」 広告代理店の女性プロデューサーは頭を抱えていた。 「二十代に見えるのに、大人の男なのに、放っておくと犬みたいな顔する。でも戦うと死ぬほど格好いい。」 「意味が分からない」 会議室全員が頷いた。そして、「絶対に取りましょう」 満場一致だった。最初、009は断った。 「俺そういうの向いてないし」 全員が言った。「向いてる」 「みんなひどくない?」
結局、一件だけ受けることになった。男性向けでも、女性向けでもない。ある高級腕時計メーカー。CMはシンプルだった。夜の街、静かな雨、コート姿の009が歩き振り向く。ダークブラウンの瞳。ナレーション「時間は誰にも止められない」 一瞬だけ微笑む。 「だからこそ大切だ」 腕時計が映る。CM終了。放送開始三十分後。サーバー負荷上昇。 「またか」 004が言った。 「またね」 003が言った。企業は大混乱だった。 「注文が十五倍です!」 「在庫がありません!」 「工場を止めるな!」 「止めてません!」 株価急騰。
女性たちが騒いだ。 SNSで、『見た!?』 『見た!!』 『尊い!!』 『あれは反則』 『目が合った!』 『私と目が合った』 『全員と合ってる』 さらに、『大人の男なのに可愛い』 『分かる!』 世界中で同意の嵐。心理学者が分析を試みた。 「母性本能と恋愛感情が同時に刺激されています」 「そんなことあるんですか?」 「普通はありません」 「じゃあなぜ?」 「009だからです」 「なるほど」 雑誌も特集した。 『世界で最も守りたくなる英雄』 『戦場では最強』 『日常では大型犬』 『なぜか可愛い』 009本人は「大型犬って何?」 003は記事を読んで笑い転げていた。 「すごく分かるわ!」
さらに問題が起きた。女性ファンが急増した。若い女性、社会人、主婦、高齢女性、年齢を問わなかった。世界中のイベント会場。 「ジョー!!」 「好き!!」 「愛してる!!」 009は引いていた。 「怖い」 「人気者は大変だな」 002が笑った。 「他人事じゃないでしょ」 「俺はここまでじゃねえ」 その夜、SNSで新たな言葉が生まれた。 『ジョー現象』 意味『格好いいと思った直後に可愛いと思ってしまうこと』 辞書サイトに載りそうだった。009は頭を抱えた。 「なんでそうなるの……。」
広告業界は確信した。003が女性の憧れなら、009は女性の理想であった。しかも、英雄、戦士、優しい、強い、美しい、少し天然、そして本人は無自覚。広告業界にとっては最高だった。ギルモア邸では、009-7が笑って言った。 「次は誰だろう」