10人目のサイボーグ   作:れぷとん

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第113話 伯父が美少女になっていた日

 009-7が妹と再会した時のこと。日本のある地方都市の静かな住宅街に一台の黒い車が止まった。降りてきたのは、銀色の髪を風になびかせる少女だった。年齢は十代後半くらい、整った顔立ちと透き通るような白い肌に赤い瞳。テレビで何度も見たことがある。世界を救った00ナンバーサイボーグ“銀の魔女”009-7。近所の主婦たちがざわついた。 「えっ!?」 「本物!?」 「なんでこんな所に?」 しかし本人は平然としてインターホンを押した。  数秒後、玄関が開いた。 「はい?」 出てきた女性は固まった。009-7も固まった。数十秒、  二人とも動けない。 「……久しぶりだな」 少女が言った。 「は?」 「元気だったか?」 「誰?」 「お前の兄だ」 「は?」 当然である。 目の前にいるのは絶世の美少女。 兄だった人物は五十代のおっさんだった。理解できる方がおかしい。

 

 居間で事情を説明した。 「だからな」 009-7はため息をついた。 「飛行機事故で死んで、ブラックゴーストに拉致されて」 「うん」 「サイボーグにされて、今はこうなった」 「意味がわからない」 妹は即答した。 「だろうな」 「だろうなじゃないよ!」 テーブルを叩く。 「私の兄はどこ行ったの!?」 「だから私だ」 「美少女じゃん!」 「それは私も困ってる」 「困ってるの!?」 結局、最後の決め手になったのは子供時代の話だった。 「小学校三年の時、お前が勝手に私のプラモデル壊しただろ」 妹が固まる。 「それを母さんのせいにした」 「……」 「あと冷蔵庫のプリン食べたのもお前だ」 「……」 「高校の時、好きだった先輩に書いたラブレターを私が見つけた」 「やめろぉぉぉぉぉ!!」 妹が顔を真っ赤にした。誰にも話していない話だった。本人と兄しか知らない。 「……本当に兄ちゃん?」 「そうだ」  妹の目から涙がこぼれた。 「生きてたんだ」 「まあ、半分機械だがな」 「バカ」 妹は泣きながら笑った。 「もっと早く来なさいよ」

 

 その夜、妹はずっと拗ねていた。 「奥さんと娘には先に会ったんでしょ?」 「ああ」 「なんで私は最後なの?」 「忙しかった」 「嘘」 「……すまん」 「ずるい」 まるで昔に戻ったようだった。そして最後には「まあいいや」 妹は笑った。 「兄ちゃんが生きてたなら」 「そうか」 「でも」 じーっと顔を見た。 「本当に綺麗だね」 「やめろ」 「悔しい」 「何がだ」 「私より美人」

 

 その頃、二階では甥の拓也が人生最大級の混乱に陥っていた。高校生。彼女なし、健康優良男子。突然、家に現れた銀髪美少女。テレビで見た時から憧れていた、世界的有名人。しかも超美人。緊張しながら話しかけた。 「えっと……009-7さん」 「なんだ?」 「ファンです」 「そうか」 「握手してください」 「別にいいぞ」 握手した。手が柔らかい、いい匂いがする。心臓が跳ねた。これは恋かもしれない。そう思った。しかし「ところで」と言われた。 「小学校の時、一緒に昆虫採集しただろ」 「……」 「覚えてないか?」 「……」 「私だ」 「……」 「伯父さんだ」 「……」 が停止した。 「待ってください」 「なんだ」 「伯父さん?僕の?男ですよね?」 「そうだ」 「今は?」 「見ればわかるだろ」 「美少女ですね?」 「そうだな」 「伯父さんですよね?」 「そうだ」 「意味がわからない」 その後、拓也は一時間ほど沈黙した。目の前では伯父が母と昔話をしている。だが見た目は美少女。脳が処理を拒否していた。さらにテレビをつけるとニュース番組 『銀の魔女こと009-7氏は本日──』画面に映る伯父。そして隣に座る伯父。同一人物だった。理解不能。深夜、拓也は一人で天井を見ていた。 「なんなんだよ……」  好きになりかけた相手が伯父だった。しかも世界的英雄、しかもサイボーグ、国家元首、銀の魔女。情報量が多すぎる。脳が限界だった。スマホを見るとSNSでは今日も009-7の話題で盛り上がっていた。 『可愛すぎる』 『結婚したい』 『天使』 『銀の魔女最高』 拓也は真顔になった。 「お前ら落ち着け」 ぽつりと言う。 「それ、俺の伯父さんだから」 もちろん誰も信じてくれない。世界中が憧れる銀の魔女、その正体は、子供の頃、一緒に虫取りをしてくれた少し不器用で優しかった伯父なのだ。

 

 009-7の妹はふと思った。 「せっかくだし写真撮ろうか」 「写真?」 「兄ちゃんと会えた記念」 009-7は少し照れた。昔は写真が苦手だった。だが今は世界中のメディアに撮られ慣れている。 「まあいいか」 まず三人で撮影。009-7、妹、拓也、並んで笑顔。次は兄妹だけ、泣きながら抱き合う写真、手を握る写真。妹は涙を拭きながら笑った。 「本当に帰ってきたんだね」 「まあな」 問題はその後だった。 「伯父さん、こっち!」 拓也が呼ぶ。 「なんだ」 「二人でも撮ろう」 「いいぞ」 肩を組んで撮影。次、なぜか腰に手を回す。 「おい」 「いいじゃん」 「よくない」 「銀の魔女とのツーショットだぞ」 「私はお前の伯父だ」 「見た目は違う!」 「それはそうだな」 拓也は完全に悪ノリしていた。肩を抱く、手を握る、隣に座る、背中合わせ、なぜか恋人風ポーズ。 「お前な」 「記念記念」 「後で黒歴史になるぞ」 「ならない!」 妹は腹を抱えて笑っていた。 「若いわねえ」 全部撮影した。 その夜、拓也は自室で写真を見返していた。 「うーん」 にやけた。どう見ても美少女である。しかも世界的有名人、銀の魔女、その隣に自分。なぜこんなことになったのか、意味は分からない。だが嬉しい。 「すげえなあ……」 保存した。バックアップした。クラウドにも保存した。健康な男子高校生であった。

 

 数日後の高校の昼休み。拓也は机でスマホを見ていた。そして、にやにやしていた。「気持ち悪い」 友人が言った。 「うるさい」 「彼女できた?」 「違う」 「じゃあ何見てる?」 「別に」 慌てて隠した。 「おい見せろ!」 「やめろ!」 「うおっ!?」 スマホ画面が見えた。 一瞬で教室が静まり返った。 「……え?」 「今の」 「銀の魔女じゃね?」 「マジ?」 「いやいやいや」 全員集まってきた。スマホを奪われた。 「返せ!」 「これ本物!?」 「お前なんで肩組んでるんだ!?」 「腰に手回してるぞ!?」 「手まで握ってる!」 「お前何者だ!?」 教室が爆発した。 「説明しろ!」 「無理!」 「付き合ってるのか!?」 「違う!」 「知り合い!?」 「まあ……」 「どういう知り合いだ!」  拓也は頭を抱えた。  言えるわけがない。銀の魔女が伯父です。元五十代のおっさんで母の兄です。誰が信じる。すると、一人の男子が冷静に言った。 「待て」 全員が見た。 「AIじゃね?」 「……あ」 「最近作れるし」 「確かに」 「偽造写真だろ」 教室が静かになった。 「なるほど」 「そうか」 「納得」 「キモいな」 「キモい」 「お前何してんだ」 拓也は机を叩いた。 「本物だ!」 「はいはい」 「違うって!」 「生成AI乙」 結局、誰も信じなかった。だが、数日後、別の問題が発生した。 「なあ、その画像どうやって作った?」 「は?」 「AIソフト教えてくれ」 「俺も作りたい」 「銀の魔女とツーショット欲しい」 「自然すぎるだろ」 「プロンプト何?」 男子生徒たちが群がった。 「だから本物だって!」 「はいはい」 「違う!」 「秘密なんだろ?」 「違う!」 「有料版?」 「違う!」 「LoRA?」 「知らん!」 「画像生成の神かお前」 「違うって言ってるだろ!」 放課後、拓也は疲れ果てていた。 「もう嫌だ……」 机に突っ伏した。母親からメッセージが届いた。 『兄ちゃんがまた日本に来るって』 拓也は固まった。数秒後 『また写真撮る』 と返信した。その瞬間、後ろから友人が覗き込んだ。 「またAI画像作るのか」 「だから違うんだよ!」 教室中に笑い声が響いた。

 

 数週間後、009-7は再び日本に来ていた。もちろん公的な予定もあったが、その合間を縫って向かった先は妹の家、かつて自分が育った家だった。 「ただいま」 玄関を開けた。 「おかえり」 妹が笑った。もはや驚かない。世界中では銀の魔女、救世主、国家元首。だが妹にとっては兄ちゃんであった。居間、009-7はソファに寝転がっていた。 「疲れた……」 「元首がそんな格好する?」 「妹の家くらい休ませろ」 「昔から変わらないね」 「お前もな」 自然に会話が続いた。肩書も能力も関係ない子供の頃からの家族だった。そこへ、「伯父さん!」 拓也が飛び込んできた。 「来たな」 「待ってた!」 テンションが異常だった。前回の騒動など完全に忘れていた。 「写真撮ろう!」 「またか、懲りないな」 「銀の魔女との写真だぞ!」 「私は伯父だ」 「両方だ!」 結局、また撮影会になった。肩を組む、ピース、腕を組む、背中合わせ、なぜか映画ポスター風。 「お前楽しそうだな」 「楽しい!一生の自慢になる」 「将来黒歴史になるぞ」 「ならない!」 妹はそんな二人を見ながら笑っていた。兄が死んだと思っていた。もう二度と会えないと思っていた。その兄が今、自分の息子と馬鹿をやっている。それだけで十分幸せだった。

 

 夕方、「飯行くか」 009-7が言った。 「おごり?」 「おごりだ」 「やったー!」 向かった先は近所のファミレスだった。 店員は固まった。 「え……」 銀髪、赤い瞳、テレビで見た顔。世界中が知っている、銀の魔女。 「三名です」 普通に言う009-7。 「は、はい!」  店員が緊張していた。 客席もざわついた。 「本物?」 「まさか」 「銀の魔女だ」 「なんでファミレス?」 「ファミレス来るの?」 本人は平然としていた。 「ドリンクバーあるぞ」 「やった!」 拓也が喜んだ。 その時、店の奥で一人の高校生が固まっていた。拓也の同級生だった。 「え?」 目を擦った。 「え?」 もう一度見た。 銀の魔女がいた。そして、その隣で楽しそうに話している拓也。理解不能だった。即座にLINEが飛んだ。 『大変、今すぐ来い!ファミレスに銀の魔女いる』 『拓也もいる』 数分後、近所の高校生たちが集結した。 「マジだ」 「本物だ」 「うそだろ」 「なんであいついるんだ」 「なんで笑ってるんだ」 「なんで隣に座ってるんだ」 遠巻きに見るしかない。拓也は全く気付いていなかった。 「伯父さん、このハンバーグ美味い」 「そうか」 「ドリンクバー取ってくる」 「行ってこい」 完全に親戚同士の会話だった。一方、高校生たち「羨ましい」 もはや呪文だった。

 

 翌日の学校、拓也は教室に入った瞬間囲まれた。 「説明しろ」 「何を」 「昨日だ!」 「ファミレス!」 「銀の魔女!」 「どういうことだ!」 質問が飛び交う。 「知り合いなのか?」 「まあ」 「なんで?」 「言えない」 「彼女?」 「違う!」 「親戚?」 拓也は一瞬固まった。しかし、言っても信じられない。 「極秘だ」 真顔で言った。教室が静まった。 「極秘?」 「ああ」 「国家機密?」 「そんな感じだ」 「マジか」 「マジだ」 すると、なぜか全員納得した。 「国家機密なら仕方ない」 「仕方ないな」 「聞かなかったことにしよう」 「そうだな」 全然仕方なくなかった。

 

 放課後、拓也はため息をついた。 「なんなんだよ……」 スマホを見ると昨日撮った写真だった。銀の魔女と肩を組んで笑う自分。思わず笑ってしまった。 「まあ……」  ぽつりと言った。「悪くない」

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