10人目のサイボーグ   作:れぷとん

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第115話 スーパー銭湯でのちょっとした間違い

 日本で珍しく全員の予定が空いていた。 「今日は一人で行くわ」 朝食の席で003が言った。 「珍しいな」 009が驚いた。 「たまにはね」 003は笑った。 「最近は009-7も連れて行くけど、今日は化粧品をゆっくり見たいの」 「なるほど」 009-7は頷いた。 「私がいると長くなるからな」 「あなた、試供品を全部試そうとするでしょ」 「研究者の性だ」 「やめて」 003はため息をついた。そして一人で出かけて行った。残されたのは、002、004、009、009-7。男三人と元男一人。 「暇だな」 002が言った。 「暇だ」 009も認めた。 「どこか行くか」 結果、なぜかスーパー銭湯になった。 「日本らしいしな」 002が言った。 「悪くない」 004も同意した。009-7はぼんやりしていた。最近、世界中で自分の正体が発覚した。元五十代男性、家族、国家、サイボーグ。色々考えることが多かった。

 

 そんな状態でスーパー銭湯に到着した。男湯と女湯の入口。本来なら009-7は何の迷いもなく女湯へ行くべきである。だが、009-7は考え事をしていた。少し疲れていた。002が進む。004が進む。009も進む。009-7も進んだ。自然に男湯へ。誰も気付かなかった。009-7本人も完全に無意識だった。何も考えていなかった。五十年以上、男湯に入っていたのだ。習慣とは恐ろしい。更衣室の棚に着替えを置いてロッカーを閉めた。服に手をかけた。そして、ようやく周囲が気付いた。 「……え?」 沈黙した。そして、「えええええええええっ!?」 大騒ぎになった。 「銀の魔女!?」 「なんで!?」 「男湯!?」 「違う違う違う!」 「店員呼べ!」 「いや待て!」 「待てない!」 002が頭を抱えた。 「おい!」 009が額を押さえる。 「何やってるんだ!」 004は無言だった。 だが、とても困った顔をしていた。ようやく009-7本人も気付くいた。 「……あ、間違えた」 全員が言った。 「間違えたじゃない!!」 その後、丁重に、そして半ば強制的に摘み出された。

 

 幸い、本人に悪意はない。監視カメラもある。事情も説明された。店員も困惑していた。 「いや……そういう問題では……」 その後、009-7は女湯へ行った。009-7が女湯に行くと、別の意味で緊張が走った。 「え……」 「本物?」 「銀の魔女?」 入口付近がざわついた。テレビやネットで何度も見た顔。世界的英雄、009-7。その本人が入ってきたのだ。だが、すぐに別のざわめきが広がった。 「でも……」 「元男性なんだよね?」 「ニュースでやってた」 「大丈夫なの?」 誰もが少し戸惑っていた。無理もないのだ。世界中の情報機関を混乱させた話である。当の009-7もそんな空気に気付いていた。 「やっぱりそうなるよね」 少し苦笑した。元研究者、元五十代男性。そして現在は009-7。自分でも説明が難しいのだから、他人が戸惑うのも当然だった。しかし、しばらくすると空気が変わり始めた。周囲の女性たちは落ち着いて009-7を見た。そして「ああ……」 誰かが納得したように呟いた。 「なるほど」 別の女性も頷いた。 「そういうことか」 そこにいたのは誰が見ても自然な女性だった。ニュースや報道で見ていた以上に、その立ち居振る舞いも、仕草も、雰囲気も、どこにも違和感がない。むしろ「すごく綺麗な人ね」 「映画女優みたい」 そんな感想の方が増えていった。 やがて、最初の緊張は消えていた。009-7もほっとした。

 

 露天風呂へ向かった。夜風が心地よく湯気がゆっくり漂っていた。久しぶりに何も考えない時間だった。国家のことも、世界情勢も、ブラックゴーストも全部忘れた。 「ふう……」 深く息を吐いた。隣にいた年配の女性が声をかけた。 「テレビで見るより疲れてそうね」 「そう見えますか?」 「見えるわよ」 009-7は思わず笑った。 「少し疲れています」 「無理しちゃ駄目よ」 どこにでもいるような世間話だった。 それが妙に嬉しかった。結局。  009-7は誰にも邪魔されず静かに湯につかり、露天風呂を楽しみ、サウナまで満喫した。帰り際、「また来てくださいね」と店員に言われた。 「今度は入口を間違えないでください」 その一言に009-7は少しだけ気まずそうな顔をした。 「善処します」

 

 一方、男湯では002がため息をついていた。 「疲れた」 009と004も頷いた。 「疲れたな」 三人とも同じ感想だった。周囲の男性客も複雑だった。 「いや」 「困るんだけど」 「困るんだけどな」 「でもな」 「なんかもったいなかった気もする」 「気持ちは分かる」 「分かるな」 全員困った顔だった。

 

 数時間後に帰宅。そして、003が帰還した。 「ただいま」 「おかえり」 003は買い物袋を置いた。そして、全員の顔を見た。何かがおかしい。 「何があったの?」 沈黙。誰も答えない。 「?」 003は009を見た。009は視線を逸らした。002を見た。目を逸らした。004を見た。逃げた。最後に009-7を見た。身体を逸らした。 「……何したの?」 003の声が低くなった。数分後、事情が説明された。長い沈黙、そして「あなた馬鹿なの?」003の説教が始まった。 「いや」 「いやじゃない!」 「考え事をしていて」 「だからって男湯!?」 「昔の癖が」 「昔の癖で済む問題じゃない!」 009-7は小さくなった。002は笑いを堪えていた。009も肩が震えていた。004だけは真面目な顔をしていた。だが、少しだけ口元が緩んでいた。その日、世界最強の電子戦サイボーグは、世界で一番強い003に負けたのであった。

 

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