10人目のサイボーグ   作:れぷとん

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第117話 町内会の009-7

009-7が日本に戻り、かつての自宅で暮らし始めると、彼女はいつの間にか「近所のお姉さん」になっていた。もっとも、有名すぎる近所のお姉さんではあったが。ある朝のことだった。「ゴミ、出してくる」 そう言って家を出た009-7は、ジャージ姿で片手にゴミ袋を提げていた。世界中の情報機関から動向を注視されている人物とは、とても思えない姿だった。

 

家を出て、角を曲がった。

「あら、おはよう」

近所のおばちゃんだった。

「おはようございます」

009-7もごく普通に挨拶を返した。

ちょっと前なら、それだけでも近所は大騒ぎになっただろう。だが、今は違った。

「今日は燃えるゴミよ」

「知ってます」

「よかった」

完全に近所付き合いであった。

そして009-7は、町内会の行事にも普通に参加していた。

回覧板、防災訓練、草むしり、地域の清掃活動。全部である。

その様子を知った外国メディアは驚いた。「国家元首なのに、町内会活動に参加しているのですか?」009-7は不思議そうに首を傾げた。「当番だからね」それだけだった。

 

ところが、一つ問題が起きた。町内会活動への参加者が妙に増え始めたのである。最初、町内会長は喜んだ。

「若い人が増えた!」

高齢化に悩んでいた町内会にとっては、願ってもないことである。しかし、一か月後、会長は公園を見渡し、首を傾げていた。

「……なんで、こんなに人がいるんだ?」

公園清掃、防災訓練、花壇整備、餅つき大会。全部過去最高人数だった。

原因は009-7だった。

特に近所のおじいさんたちは大喜びだった。

「おはようございます!」

009-7が笑顔で声をかけた。

「お、おう!」

七十代、八十代男性の全員がぴしっと背筋が伸びた。

「今日は天気がいいですね」

「そ、そうじゃな!」

 

明らかに鼻の下が伸びていた。その様子を、奥さんたちは呆れた顔で眺めていた。

「また来た」

「毎回いるじゃない」

「昨日まで腰が痛いって言ってたのに」

「今日は元気ねえ」

実に不思議な現象だった。

 

その現象は町内だけでは収まらなかった。

隣町、そのまた隣町、なぜか他の町内会からも参加者がやって来るようになった。

「防災交流です」

「地域間の親睦です」

「地域連携の一環です」

理由だけは立派だった。もちろん、ほとんど嘘だった。

目的は一つ。009-7を見たい。それだけであった。

 

町内会長は、とうに察していた。

「……またか」

ある日の町内会対抗ソフトボール大会では、参加希望者が例年の三倍に膨れ上がった。

「ずいぶん若返ったな……」

会長は遠い目をした。

試合当日、グラウンドの脇で009-7は参加者に飲み物を配っていた。

「どうぞ」

「ありがとう!」

六十五歳。

「どうぞ」

「ありがとう!」

七十二歳。

「どうぞ」

「ありがとう!」

八十一歳。

異様な人気だった。

 

少し離れたところで、その様子を見ていた妻が言った。

「大変ね」

妹も頷いた。

「昔からやってることは変わらないんだけどね」

「そうなの?」

「子供の頃から、近所のおじさんやおばさんに可愛がられてたから」

「今も?」

「今も」

ただし、少しだけ方向性が変わっていた。

 

夕方になると、009-7は町内会館のお茶会にも顔を出した。周囲はほとんど高齢者だった。

それでも、会話は妙に盛り上がった。

「最近、膝が痛くてなあ」

「病院には行きました?」

「行った」

「じゃあ、ちゃんとリハビリしてください」

「はい」

なぜか素直だった。

世界でも屈指の電子戦能力を持つサイボーグが、町内会館で健康相談を受けていた。

しばらくすると別のおじいさんが話しかけてきた。

「孫が今年、受験でな」

「そうなんですか。頑張れって伝えてください」

「おお、伝えるよ」

今度は人生相談だった。

隣では、おばあちゃんたちが楽しそうに笑っていた。

「平和ねえ」

「ほんと、平和だねえ」

その通りだった。

 

世界では、相変わらずさまざまな危機が起きていた。テロ、サイバー攻撃、国際紛争。

009-7が呼び出されるような事件は、いくらでもあった。

だが、この町内会館では、やたら元気なおじいさんたちと楽しそうに笑うおばあちゃんたち、そして、その真ん中でお茶を飲んでいる009-7。町内会長は、その光景を眺めながらふと思った。「この人がこんなに平和なのは良いことなんだよなあ」その通りだった。009-7が暇で平和なのはとても良いことだった。

 

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