009-7――榊レイナは深いため息をついた。自宅近くのコンビニにアイスを買いに来ただけだった。しかし、店の外に出た瞬間「あっ……いた!」 「本当にいた!」 「銀の人!」 高校生の集団が駆け寄ってきた。009-7は天を仰いだ。またであった。
最初は単なる噂だった。近所の高校、女子大、近隣の私立大学からSNSで写真が流れた。ゴミ出ししている銀髪の美少女、スーパーで買い物する美少女、ジャージ姿で町内会の草むしりをする美少女。しかも正体は世界的有名人、009-7、銀の魔女、中東自由連邦元首、世界最強クラスのサイボーグ。そんな人物が普通にコンビニに現れる。若者が放っておくはずがなかった。大学では都市伝説になっていた。「昨日見た」 「俺も見た」 「学食に来たらしい」 「いやファミレスだろ」 「天使だった」 「マジで光ってた」 「光ってない」 どんどん話が盛られていった。最後には「レイナ様を見た者は単位がもらえる」 などという完全なデマまで流れた。
一方、女子学生たちは別方向に暴走していた。 「肌綺麗すぎる……」 「髪どうやって手入れしてるんですか?」 「化粧品何使ってるんですか?」 「香水は?」 「シャンプーは?」 「食事は?」 「睡眠時間は?」 質問攻めだった。009-7は困惑した。 「普通だよ」 「絶対嘘です!」 「いや本当に」 「企業秘密ですね!」 「違う」 誰も信じなかった。さらに困ったのは付きまといであった。ある日、スーパーで買い物していた。後ろから視線を感じた。009-7は立ち止まって振り向いた。女子高生三人と目が合った。 「!」 「逃げろ!」 「見つかった!」 三人が走り去った。完全に野生動物の観察であった。また別の日は大学生だった。距離を取って尾行していた。レイナは歩く。相手も歩く。曲がる。相手も曲がる。 五分後にはレイナは諦めた。加速装置を発動して消えた。 「え?」 大学生たちは固まった。 「消えた」 「消えた……」 「本当に超能力者だった」 翌日から噂はさらに悪化した。
男子学生も大変だった。 「よし、声かけよう」 「無理だろ」 「頑張れ」 「男だろ」 押し出される一人。震えながら近づいてきた。 「えっと……」 「ん?」 振り向いた009-7。 その瞬間、男子学生は硬直した。近くで見ると破壊力が違った。美しすぎる。しかも、「どうしたの?」 中身は五十七歳のおっさんである。妙に落ち着いていた。貫禄と威圧感があった。 「す、好きです!」 言ってしまった。周囲から歓声があがった。009-7は頭を抱えた。 「ありがとう」 「はい!」 「だけど私は君の父親くらいの年齢」 「え?」 「頑張って勉強して」 「はい……」 男子学生は何故か人生相談を受けて帰った。
本当に困ったのは女子だった。ある女子大生は本気だった。 「弟子にしてください!」 「何の?」 「美少女の!」 「わけわからない」 「お願いします!」 「知らん」 「一生ついていきます!」 「やめて」 別の女子学生は「結婚してください!」と言った。 「待て」 009-7は即座に止めた。 「私は女性」 「問題ありません!」 「私は既婚」 「知ってます!」 「妻もいます」 「素敵です!」 会話にならなかった。夜、帰宅した00-7はソファに倒れた。 「疲れた……」 妻が笑った。 「また?」 「今日は女子大生から求婚された」 「へえ」 「驚かないのか」 「慣れた」 「お前たち冷たいな」 「だってお父さんだし」 「そうだし」 009-7は頭を抱えた。
その頃、近所の高校の生徒会室で真剣な会議が行われていた。 「最近、009-7様を追い回す生徒が増えている」 「問題です」 「近隣住民への迷惑になります」 「その通り」 結果、校内に掲示が出た。 『009-7様を追跡しないこと』 『自宅を探さないこと』 『サインを求めないこと』 『町内会への侵入を禁止する』 前代未聞であった。さらに近所の大学でも、『009-7氏への接触は節度を持つこと』という掲示が出た。教授たちは頭を抱えた。学生たちは守らなかった。そして翌朝、レイナはゴミ出しに向かった。いつものように平和な朝……のはずだった。曲がり角の向こうに十数人の高校生と大学生が偶然を装って立っていた。 「おはようございます!」 「おはようございます!」 「おはようございます!」 大合唱になった。009-7は空を見上げた。 「私はいつから動物園のパンダになったんだ……」