新橋駅前SL広場に1万人。いや、それ以上だったかもしれない。009-7こと榊レイナは満面の笑みで手を振っていた。 『みんなー!』 「うおおおおおおお!!」 『今日はありがとー!』 「レイナ様ーーー!!」 『楽しかったよー!』 「こっちこそー!!」 完全にアイドルコンサートだった。元同僚たちは後方で呆然としていた。 「なんだこれ」 「俺たち飲み会してたんだよな?」 「たぶんな」 誰も自信がなかった。
009-7は時計を見た。 「ん?」 夜十時だった。 「まずい」 妻からのメッセージが来た。 『いつ帰るの?』 娘からのメッセージ『お母さん怒り始めた』 さらに『帰ってきたら話があります』 妻はブラックゴーストより怖かった。009-7は帰ることを決断した。 『みんなー!』 歓声。 『今日は本当にありがとう!』 さらに歓声。 『そろそろ帰ろうねー!』 少し残念そうな声が上がった。 『夜遅いからねー!』 『ちゃんと寝ろよー!』 『風邪ひくなよー!』 もはや保護者だった。 そして『それじゃあ!』 大歓声 『さようならーーー!!』 009-7は手を振った。次の瞬間、加速装置発動。世界が静止した。群衆、歓声、街の灯りも、全部止まった。 「さて帰るか」 009-7は軽い気持ちで移動した。駅前、裏路地、さらに数百メートル先で加速装置を解除した。 「よし」 そして普通に帰宅した。
問題は残された人々だった。駅前広場には静寂がきた。「……え?」 誰かが言った。 「どこ行った?」 全員が周囲を見る。いない、どこにもいない。1万人の視線の中心にいたはずの銀髪の少女が消えていた。完全に跡形もなく。 「え?」 駅前が混乱した。 「瞬間移動?」 「テレポート?」 「魔法?」 「超能力?」 「天使?」 「神様?」 どんどん話が飛躍した。 SNSでは『消えた』 『本当に消えた』 『動画撮れた』 『フレーム単位で見ても消えてる』 『鳥肌立った』 『やっぱり人間じゃない』 『銀の魔女は実在した』 世界中へ拡散した。動画再生数は一時間で数百万。テレビ局では、「CGじゃないのか!?」 「編集痕跡なし!」 「どうなってる!?」 大混乱だった。
004アルベルト・ハインリヒは無言でニュースを見ていた。テレビ 『009-7、駅前で消失』 『超能力説浮上』 『専門家も説明不能』 004は頭を抱えた。隣で003が苦笑していた。 「レイナらしいわね」 「違う。最初から加速装置で帰れば良かった」 「それはそうね」 「わざわざ1万人の前で別れの挨拶をしている」 「それもそう」 「しかも最後に消えた」 「うん」 「馬鹿だろう」 003は反論できなかった。 その時、004のスマホが鳴った。発信者009-7。 「もしもし」 『アルベルト』 「なんだ」 『なんか消えたことになってる』 「消えただろう」 『加速装置だ』 「一般人には同じだ」 『そうなのか?』 「そうだ」 『なるほど』 なるほどじゃない。004は頭痛がしてきた。 「お前」 『なんだ』 「世界中が超能力者扱いしている」 『今さらでは?』 「否定できんな」 004はため息をついた。ニュース画面では、消失映像、大騒ぎする専門家。SNSトレンド世界一位、#銀の魔女消失、#瞬間移動、#009_7、#超能力。004はソファにもたれた。 「ジョーが一番常識人に見える日が来るとはな……」
自宅では009-7が妻と娘に正座させられていた。 「それで?」 妻が微笑んだ。 「飲み会だったのよね?」 「はい」 「どうして1万人集まったの?」 「わからない」 娘が言った。「お父さん」 「なんだ」 「たぶん普通の人じゃないからだと思う」 009-7は真面目に考えた。 「なるほど」 娘は断言した。 「絶対わかってない」 その頃、世界中では、銀の魔女が瞬間移動した、という噂が猛烈な勢いで広がっていた。