004ことアルベルト・ハインリヒはついに決断した。もう限界だった。会議室に00ナンバーサイボーグが全員集合した。妙に重苦しい空気の中、004は009-7を真正面から見据えた。 「レイナ」 「なんだ」 「お前を野放しにしておくのは危険だ」 003が静かに頷いた。「危険ね」 002。「危険だな」 009は少し申し訳なさそうに頷いた。「僕も危険だと思う」 005まで重々しく頷いた。 「危険だ」006も力強く頷いた。「危険アル」007は紅茶を飲みながら言った。「全会一致だね」そして001はテレパシーで賛意を送ってきた。反対しているのは当の本人だけだった。009-7は怪訝そうに眉を寄せた。「なぜ?」全員が叫んだ。「お前が言うな!!」00ナンバーサイボーグの心が完全に一つになった。
こうして『009-7共同生活』が始まった。表向きの理由は立派だった。『家族への負担軽減』『本人の安全確保』『警備体制の強化』もっともらしい理由である。だが、本当の理由は一つしかなかった。『監視』それだけだった。ところが、009-7は意外にも素直に受け入れた。「確かに、家族には迷惑をかけている」娘は即答した。「かなり」妻も言った。「ものすごく」「そうなんだ……」009-7は本当に反省した顔になった。引っ越しの日、娘は泣いた。「寂しいよ」妻も、どこか寂しそうだった。「いつでも帰ってきなさい」009-7は穏やかに微笑んだ。「すぐ会える」「うん」「毎日連絡する」「うん」「脳直結で」「それはやめて」最後だけは即座に拒否された。
こうして、00ナンバーサイボーグたちとの共同生活が始まった。そして意外なことに、009-7は、この生活をかなり気に入った。戦友たちなので、余計な気を遣う必要はない。彼女の正体も知っている。元は五十七歳の日本人男性だったことも。今は少女の姿をしたサイボーグであることも。何も説明しなくていい。とても楽だった。居心地はかなり良かった。問題は外出だった。
共同生活初日。「本屋へ行ってくる」009-7が立ち上がると003も立ち上がった。「私も行くわ」「なぜだ」「付き添い」「私は子供か」「保護者よ」「誰の?」「あなたの」。翌日。「博物館へ行ってくる」今度は004が立ち上がった。「俺も行く」「なぜ?」「監視だ」隠そうともしなかった。さらに翌日。「スーパーへ行ってくる」002が立ち上がった。「俺も行くぜ」009-7はじっと002を見た。「監視?」「監視だ」完全に信用されていなかった。
だが、彼らは一つ重大なことを忘れていた。009-7を外出時に監視しても、あまり意味がない。なぜなら、009-7には桁外れの電子戦能力がある。脳直結、ネットワーク常時接続。SNS、動画サイト、掲示板、チャット、ニュース、検索エンジン。世界中の公開ネットワークが、彼女にとっては視界の延長だった。そして、ある日、009-7はSNS上で、自分について語っている投稿を見つけた。『今日もレイナ様かわいい』009-7は何気なく返信した。『ありがとう』数秒後『え?』『嬉しい』『えっ』『……本物!?』『本物』終了。当然、終わるはずがなかった。大騒ぎになった。また別の日。『銀の魔女って朝ご飯何食べるんだろ』『納豆』『うわあああああああ!!』世界中へ拡散された。さらに、『レイナ様、元気かな』『元気だよ』、『今日、会議で怒られた……』『気にするな。次に直せばいいよ』、『受験落ちそう』『勉強しろよ』、『失恋した』『次があるよ』、『仕事辞めたい』『今日は寝て明日考えよう』最初はただの気まぐれだった。ところが、009-7は脳直結である。通常の人間のように、一件ずつ画面を開き文字を入力する必要などない。並列処理、一秒間に数万件、返信完了。ぶっちぎりで最速のSNS利用者だった。
003が異変に気づいたのは、その日の夕方であった。ソファで本を読んでいる009-7を見て、何となく尋ねた。「レイナ」「なに?」「今、何してるの?」「相談に乗っている」003は少し嫌な予感がした。「……何件?」「今のところ三十五万件」003は両手で頭を抱えた。「また始まった……」止められなかった。
数か月後、世界中のSNSでは、それが日常になっていた。『レイナ様、おはよう』『おはよう』、『レイナ様、おやすみ』『おやすみ』、『今日、仕事頑張った』『偉い』、『試合に負けた』『次だ』、『告白したけど振られた』『よく言った。今日は泣いていい』、『明日、面接です』『早く寝ろ』、世界中の人々が、気軽に009-7へ話しかけた。そして、かなりの確率で返事が来た。相手は国家元首で世界的英雄である。映画にも出演する有名人である。ブラックゴーストを撃退した伝説のサイボーグである。なのに返信率が異常に高かった。
その結果、インターネット世界における009-7――榊レイナは、完全に別の何かになっていた。『世界一返信してくれる有名人』、『人類最大の人生相談窓口』、『ネットの姉』、『ネットのお母さん』、そして『ネットのお父さん』最後の呼び名は本人も少し複雑だった。「……間違ってはいないのだが」誰にも聞こえない声で呟いた。
一方、004はリビングでニュースを見ていた。『009-7のSNSフォロワー数、世界人口の十分の一を突破』004は無言だった。『一日あたりの返信件数、平均二千万件』『専門家は、009-7との日常的な交流がSNS利用者の精神的安定に一定の効果を与えている可能性を指摘しています』続いてキャスターが言った。『一方、一部の国では“レイナ依存”とも呼ばれる現象が社会問題化しています』004はゆっくりと天井を見上げた。隣に座っていた003が尋ねた。「アルベルト?」返事がない。「どうしたの?」004はしばらく沈黙した後、真顔で言った。「監視に失敗した」003も黙った。そこへ002がやって来て、ニュース画面を見た。「むしろ悪化してないか?」009もやって来た。「僕たちと暮らし始める前より、世界との接触が増えてるよね」007が紅茶を一口飲んだ。「監視するために同居した結果、世界人口の十分の一と直接会話するようになった、と」005が腕を組んだ。「失敗だな」006も頷いた。「大失敗アル」001からも静かな同意の思念が届いた。なお、当の009-7は、その隣の部屋で『今日も一日お疲れさま』という三百万件の投稿に、『お前もな』と一斉返信していた。