10人目のサイボーグ   作:れぷとん

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第128話 講演会

 ブラックゴースト撃退からしばらくたって世界は平和であった。00ナンバーサイボーグたちも久しぶりにのんびりしていた。日本の009-7の自宅のリビングで003が紅茶を飲み、009がソファでゆったりとしていた。002はテレビを見ながら笑い、004は読書。009-7はジャージ姿で床に寝転がり、脳直結でネットを見ていた。 「ん?」  メールが届いた。  差出人を見たら、ある国際的なLGBT支援団体だった。 「なんだこれ」 開いてみた。内容は簡単だった。 『ぜひ講演をお願いしたい』 009-7は首を傾げた。 「なんで私?」 003が横から覗き込んだ。 「あなた以外に誰がいるのよ」 「そう?」 「そうよ」 009-7は深く考えなかった。基本的に頼まれ事は断らないし、しかも社会貢献らしい。 「まあいいや」 返信した。 『了解しました』

 

 一か月後の都内の大ホール、参加者は数百人。世界中から集まっていた。009-7は舞台袖で困っていた。 「なんか場違いな気がする」 付き添いの003がため息をついた。 「今さら?」 「私は別に専門家じゃないよ」 「あなた以上の事例が存在しないのよ」 「そうなの?」 「そうなの!」 司会者が紹介した。 「本日は特別ゲストとして009-7様にお越しいただきました!」 拍手、歓声。009-7は少し引いた。 (なんでこんなことになった)

 

 講演そのものは無難だった。ブラックゴースト、サイボーグ化、戦争、平和。その辺りを話した。問題は質疑応答だった。一人目。若い参加者が立ち上がった。 「私は身体と心の性別の違いに苦しんできました」 会場が静まった。 「009-7さんは男性から女性になられました」 「はい」 「どのように折り合いをつけたのでしょうか」 会場中が注目した。 003も見ていた。009-7は真面目に考えた。 「うーん……」  数秒。 「気がついたら美少女になっていたので」 会場は沈黙した。 「事故で死んだようなものだったし、生きてるだけでありがたいかなって」 沈黙は続いた。 「最初は驚いたけど、まあ生きてるし、ご飯美味しいし、家族にも会えたし、なんとかなるかなと」 司会者が困っていた。もっと深い話を期待していた。しかし、会場の空気が少し変わった。二人目が質問した。 「鏡を見るのは怖くありませんでしたか?」 「最初はびっくりした。でも見ないわけにもいかないし、そのうち慣れた」 「怒りはありませんでしたか?」 「何に?」 「人生を奪われたことに」  009-7は少し考えた。 「怒ったところで元には戻らないからなあ」 静かだった。 「もちろんブラックゴーストは許さない。でも、それと自分自身を嫌いになるのは別問題だよ」 会場がさらに静かになった。 「私は今の自分を結構気に入っているよ。元のおっさん時代も嫌いじゃなかったし、今も嫌いじゃない。両方とも私だからね」 003が思わず吹き出した。009は笑いをこらえ、004は頭を抱えた。 三人目「周囲からどう見られるか怖くありませんでしたか?」 「怖いよ」 即答した。 「今でも怖い」 参加者たちが驚く。 「でもね」 009-7は笑った。 「みんな他人のことなんか思ったより見てないよ。そして本当に大事な人は案外受け入れてくれる」 妻、娘、甥、妹。00ナンバーサイボーグたちを思い浮かべた。 「私の場合はそうだったからね」 会場には涙を流す人もいた。

 

 講演終了後、長蛇の列ができた。 ⸻ 「ありがとうございます」 「救われました」 「勇気が出ました」 「生きてみようと思います」 009-7は困惑していた。 (そんな大したこと言ったかな?) 003が横で苦笑した。 「言ったのよ」 「そうなの?」 「そうなの!」 数日後、動画がネットに流れた。 『今の自分を結構気に入っている』 『元のおっさん時代も嫌いじゃない』 『両方とも私だからね』 世界中で拡散された。いつの間にか009-7はLGBTコミュニティの象徴的人物の一人として扱われるようになったが、本人は最後まで理解していなかった。 「なんで私?」 と首を傾げる009-7に004は本を閉じながら言った。 「おまえは特殊すぎる」 「褒めてるのか?」 「半分はな」

 

 世界のどこかで、苦しみを抱えた誰かが講演動画を見ていた。 『元のおっさん時代も嫌いじゃない。今も嫌いじゃない。両方とも私だから』 決して洗練された言葉ではない。哲学者のような説明でもない。だが、死を越え、性別を越え、年齢を越え、それでも自分を見失わなかったサイボーグの言葉は不思議な重みを持っていた。当の本人は、その日の夕食で唐揚げを食べていた。 「講演会って疲れるな」 「お疲れ様」 003が笑った。 「もう呼ばれないだろうね」 翌朝、講演依頼メールが172件届いていた。 「なんで!?」 009-7が悲鳴をあげた。

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