中東自由連邦建国前夜。世界中のニュース番組は連日、中東の戦況を報じていた。その中心で報じられていたのは009-7だった。日本の都内の女子大学の学生寮の一室で「きゃああああ!」夜中にもかかわらず悲鳴が響いた。 「うるさい!」 隣室から壁を叩かれた。 「ごめんなさい!」 だが本人は興奮していた。テレビ画面には戦闘服姿の009-7。銀髪、赤い瞳、風になびくマント。背後には装甲車、前方には武装勢力。そして「投降しろ」 静かな声がした。次の瞬間、敵の通信網が沈黙しドローンが墜落した。ミサイルは制御を失った。味方兵士たちが前進した。まるで英雄譚だった。
「お姉さま……」 女子大生は呟いた。 「素敵……」 完全に落ちていた。 もともと宝塚が好きだった。 男役スター、軍服、騎士、革命家、皇帝。そういうものが大好物だった。そこへ現れたのが009-7だった。現実に存在した。しかも戦場にいた。宝塚どころではなかった。 「これは運命だわ」 友人は言った。 「違うと思う」 しかし本人は聞いていなかった。そこから暴走が始まった。ネット検索。009-7、榊レイナ、銀の魔女、中東自由連邦。映画出演、インタビュー、演説。全部調べた。関連書籍、写真集を買った。ポスターを貼った。スマホの待受、パソコンの壁紙、タブレットの壁紙、全部009-7。親衛隊にも加入した。親衛隊会報は宝物になった。友人たちは諦めていた。 「また始まった」 「重症だ」 本人は否定した。 「信仰なのよ」 余計に悪かった。そして、ついに親衛隊主催イベントの日。009-7本人が来ることになっていた。彼女は前日から眠れなかった。朝四時に起床して、服装を何度も確認。鏡を見た。 「大丈夫」 全然、大丈夫ではなかった。完全に緊張していた。
会場には数百人のファンがいた。壇上に現れた人物を見た瞬間、彼女は息を呑んだ。テレビで見るより綺麗だった。写真より、映画より綺麗だった。人間離れしていた。白磁のような肌、銀髪、赤い瞳。そして「こんにちは」 軽く手を振った。その仕草が、どこか男性的だった。堂々としていた。自然体で気取らない。妙に格好いい。女子大生の脳内で何かが爆発した。(お姉さま……!) イベント後の握手会で、ついに順番が来た。足が震えた。009-7が笑った。 「どうした?」 声が出なかった。涙が出た。「えっ!?」 009-7が慌てた。 「なんで泣くの?」 「お姉さまが素敵すぎて……」 009-7は助けを求めるように003を見た。 003は笑いを堪えていた。 「慣れなさい」 「慣れろと言われても」 女子大生は泣きながら言った。 「戦場で戦う姿を見ました!戦闘服姿が素敵でした!」 「ありがとう」 「私、宝塚が好きなんです!」 009-7は意味がよくわからなかった。 「そうなんだ」 「理想です!」 009-7は困った。悪意は全くない。純粋な憧れだった。だから「ありがとう」 そう言って笑った。女子大生は再び泣いた。周囲の親衛隊員たちが拍手した。イベント終了後、女子大生は放心状態で帰宅した。部屋に入ってベッドへ倒れ込んだ。天井を見た。 「会っちゃった……」 本当に会ってしまった。テレビの中の英雄、戦場の銀の魔女、中東自由連邦の指導者。そして、優しく笑う絶世の美少女。しばらくしてスマホを見た。親衛隊チャット『どうだった?』 彼女はゆっくり返信した。 『生きててよかった』 その一言にチャットルームは大いに盛り上がった。